犯した罪と向き合う
アウルムを従えて、こちらで用意されている客室へと入ると、そこには別行動をとっていたセーランの姿があった。
「あ、おかえり。セーラン」
「…お先に戻りました」
って、私の方が後から帰ったんだけどね!反領主組織壊滅?に乗り込んで、無事に戻って良かったねと言う意味を込めてのおかえりだ。
「あれ?他の皆は?」
「別室で待機しています。…捕縛した者への取り調べなどもありますので」
「あー、そっか。それで?エインさんの部下だった人も一緒に取り調べしているの?」
「彼は別室に監禁してあります。元々、反政府組織の情報源として活動していたので、実働部隊とは無縁の存在でしたし」
情報屋みたいなものだったらしい。
「ふうん。ちょっと会ってみることにするわ。どこにいるの?」
「…お会いになられるのですか?」
セーランが驚いたように見た。
「ええ。彼にエインさんの思いを伝えておきたいの」
私の意図に思い当たったセーランは、不本意そうながらも承知してくれた。
そこで私は、残りの面々には自由にしていいと言い残し、セーランと一緒に部屋を出た。
セーランに案内されたのは、屋敷の端の方にある使用人部屋の一つだった。かつては大勢の使用人を抱えていたイリューズ商会であったが、今では数えるほどしかいない。
空き室も多く、その一つに軟禁したそうだ。部屋の前には見張りが一人だけ立っていて、やって来た私達を不思議そうに見た。
「セーラン、どうした?―っと、ナツキ様。一体、どうされました」
セーランには砕けた雰囲気のようだが、私の姿を認めて慌てて言い繕う。
「中の人物に会わせてもらいたいの。いいかしら?」
見張りの青年が、ちらりと視線をセーランへと向け、意向を確かめる。セーランが無言で頷くのを見てから、扉を開いた。
「どうぞ。こちらです」
「ありがとう」
私が扉から部屋の中を見渡すと、一人の青年が所在なげに椅子の上に腰を下ろしていた。部屋の中にはベッドが一つに簡素な机と椅子しかない。彼はその椅子に拘束もされずに座っていた。
それはいいとして、青年の顔の左半分が、ぷっくりと青く膨れ上がっていた。
多分、おもいっきり殴られたかしたのだろう。
私が背後のセーランを見上げると、むっつりと押し黙る顔があった。おそらくセーランが犯人だ。エインさんに迷惑をかけた修道士に対して、ものすごく怒っていたものね。
いや、違うな。今も進行形で、怒っているみたいだ。
セーランの怒り冷めやらぬのはともかくとして、私は気持ちを切り替えて、青年に向き直った。
「はじめまして、じゃないわよね。面と向かって話したことはないけれど、孤児院で会ったわよね?」
「…ええ。覚えています。一度きりでしたけれど、あなた方がお帰りになった後も院長様は幾度となく、あなた方のことをお話になられていましたから」
顔面が半分、ひどいことになってはいるが、話す分には冷静そうに見える。
「名前を聞いてもいいかしら?」
「アッゼです」
「そう、アッゼ。何故、エインさん達を裏切ろうと思ったの?」
アッゼの肩がビクリと揺れた。
「裏切るつもりはありませんでした。ただ、領主に復讐がしたかった」
「復讐、ね。エインさんからおおよそのことは聞いてはいるわ」
私の言葉に、アッゼが大きく反応した。
「エイン様っ!エイン様はどうなったのですか?」
そんな彼を牽制するように、セーランが私の斜め前へと立ち塞がった。
私からは見えないが、セーランは相当怖い顔をしていたようだ。
セーランを前にしたアッゼは、急に力を失くしたように、椅子の上へと崩れ落ちた。
私は、そんなセーランの肩をやんわりと叩く。
不機嫌を隠そうともしない顔がこちらを見下ろしてきた。そんな彼を私が無言で見つめると、しょうがないな、みたいな顔で私の前からどいてくれた。
私は、彼にかいつまんで話して聞かせた。
「エインさんは酷い火傷を負っていてね。ひどく危なかったと聞いてるわ」
アッゼが、すがるような目で見上げてきた。
「でも、今は随分とよくなったみたい。私が聖領から持ってきた薬が効いて、痛みもなくなったそうよ」
「…聖領、あなた方は聖領からいらっしゃったのですか?」
「エインさんから聞いてなかったの?」
「ええ。院長様はあなた方が北領に新しい風を吹かせてくれる。北領が生まれ変わるかも知れないと、そんな風にしかおっしゃいませんでした」
「そう。エインさんはそんな風に言ってくれていたのね」
「けれど、私は信じませんでした。だって、何十年と前から北領はひどい有り様だったのに、急に変われる訳がない!」
「だから、反政府組織に加担してきたの?」
「…私の家は、こちらのイリューズ商会とは比べ物になりませんが、そこそこ実入りの良い商売人の家でした。両親と二人の兄と私。四人家族で幸せに暮らしていました」
「…」
私は口を挟まなかった。アッゼ本人の口から、彼の思いを吐き出させたかったからだ。
アッゼの家は領都ではそれなりの規模の商家だったそうだ。従業員も何人かいて、領地を巡って買い付けなども手広く行っていたらしい。
そんなある日、アッゼが物心ついて間もない頃、突然、領主家から騎士団が派遣されてきて父親と店の主だった者達が捕らえられた。
店は封鎖され、残された母親と従業員達は途方にくれた。しばらくは残ってくれていた従業員達も帰らない主人に見切りをつけて、一人去り、二人去り。
残されたのは母親とアッゼを含む子供達。そして、最古参の侍女一人きりだった。
切り詰めた生活のなかでもたらされたのは、父親達が鉱山に犯罪奴隷として連行されたと言う知らせだった。犯罪奴隷には刑期があるが、その殆どが過酷な労働で刑期終了を待たずに死んでしまう。
言わば、終わりの見えない死刑宣告を受けたようなものだった。
希望を閉ざされた一家に侍女が、ある話を持ちかけてきた。彼女の実家は地方の土地持ちで、小作人としてなら雇ってもらえるはずだというものだった。
苦労知らずの母親に商売が続けられるはずもなく、兄二人もアッゼより年が離れていたが、成人前の子供だった。
母親は子供達とともに、侍女の実家を頼ることにした。
ただし、そこにアッゼの居場所はなかった。
「私は幼すぎて労働力として使えないからと孤児院に預けられました。母親はまだ幼いから記憶にも残らないだろうと私を預けていきましたが、私は全て覚えていました。
当時すでに、孤児院には院長として、エイン様がいました。私は、そこでエイン様に育てられました。エイン様は私が幼くても記憶力がよく、判断力もあると見抜いていました。
そこでエイン様は幼い私にこう言いました。
―家族を恨んではいけないと。領都と違って地方の暮らしはとても厳しい。そんな場所に幼い子供を連れては行けないと、お母上は苦渋の決断をされたのだからと」
そう言うや、アッゼが両手で頭を抱えた。
「けどっ、そんなことを言われて、すんなりと子供が納得なんて出来ますか?
裕福な商家に生まれて、なに不自由なく暮らしていた。それなのに父親があらぬ罪を被せられ、捕縛されていったのですよ?
その当時、今もですが、北領家におもねらない商家は次々と潰されたり、商売人の権利を剥奪されたりしていました。
父親は全うな商売人でした。少なくとも、私にはそう、うつっていた。
私は恨んだ。いなくなった父親を、私を置いていった母親を、兄弟達を。そして、私達家族を離れ離れとする原因を作った領主家を!」
高ぶった感情のまま、アッゼは語り続ける。しかし、それは唐突に終わった。
「…でも、それは全て逆恨みだった」
「どう言うことなの?」
私が問うと、アッゼが顔を上げた。
「私の家は、真実、犯罪を犯していたのですよ」
彼は泣き笑いの表情を浮かべた。
「知ったのはほんの数日前のことです。組織に情報を流しているうちに、昔の旧悪も知ることになって。父親は非合法な密輸に手を染めていたのです」
正規のルートではない交易で不正に利益を得る。それが密輸だ。
「売り買いはモノだけじゃない。時には人も売買していたのです」
私が最初に立ち寄った辺境の街で見聞した人身売買、それに手を染めていたのだそうだ。
「私はずっと父親のことは冤罪だと信じてきた。それなのに間違いだったのです!
そうと知った私は組織を抜けることを告げました。それが、この結果を招いたのです」
反領主組織からの脱退は許されない。アッゼはその場で引き留められない代わりに密告された。
「領主家出身のエイン様が院長を務める修道院の者が、反領主組織と関わっていたと知れたら、どうなるか火を見るよりも明らかだったのに…。
私は、父親とも慕ってきたエイン様を巻き込んでしまった!」
彼の声は、苦悩と後悔に満ちあふれていた。
「エインさんは、あなたを恨んではなんかいないわよ?」
私は、アッゼのすがるような視線を真正面から受け止めた。
「エインさんは、ただただ、あなたのことを心配していた。騎士団が捕縛にきた時も、何とかしてあなたを逃がそうと下手に火をつけて、逆に逃げ遅れてしまって巻き込まれたの」
「院長様が火を?私は騎士団が火を放ったとばかり…」
「いいえ。騎士団を足止めしたくてやったのですって。
…あなたが、自分の境遇と、とてもよく似ていて、助けたかったと言っていたわ。それから、心配なさっていた。あなたが無事に逃げおおせてくれればと」
エインさんの思いを聞いたアッゼは、声も出さずに泣いていた。
「たぶん、領主家はあなた一人のために追っ手を差し向けてはこないと思う。このまま、都から出ることは可能だと、私は思うわ。エインさんも、そう望んでいる」
アッゼが泣き濡れた瞳で私を見、大きく頭を振った。
「いいえ。私は出頭します」
「エインさんは悲しむわよ?」
「出頭すれば、院長様が危険を省みずに作ってくれた機会を潰すことになるでしょう。
けれど、私は、私を思ってくれる人をこれ以上裏切りたくない」
「処刑されるかも知れないわよ?」
領主に逆らうことは、殺人と並ぶ重罪だ。たとえ、実行犯としてでなくても、反領主組織に属していたのは事実だ。
「それでも、行きます。だって、もし、もう一度、院長様に会うことが出来たなら、私は胸を張ってお会いしたいですから」
笑いながら、そう言った。その顔は、悲壮感など感じさせず、晴れやかだった。もしかしたら、命がないかも知れないというのにだ。
私は、そんなアッゼの笑顔を眩しく見つめた。エインさんが危険をかえりみず、逃がしてあげたいと望んだのは、そんな彼の真っ直ぐな本質を愛しんでいたからだろう。
彼は間違いを犯したのかも知れない。けれど、死をもって償うなんて、あってはならないと思った。
…だから、一分一秒でも早く、旧・領都を呪縛から解放して、北領の未来を変えなければならない。そう心の底から願った。