会話をしよう
エインさんの意思を確認した上は、ここに留まる必要はない。
「しかし、すんなりと我々を帰してくれるでしょうか?」
ヴァンの懸念は最もだ。
「なら、私が直接聞いてくる」
護衛をぞろぞろ連れていては、オーレリアだって警戒するだろう。
私は、わーわー文句を言う面々を残して、オーレリアの元へと向かった。案内はテトラさんの異母妹である侍女さん一人だ。
「こちらでお待ち下さいとのことです」
さしもの侍女さんも困惑しきりの様子である。
「ありがとう。あなたも帰っていいわよ」
「いえ。お部屋の外で待たせたいただきます」
そう言って、心配そうに部屋から出て行った。
部屋は余計なものなど一切ない、けれども、確実に価値のある家具が配置されていた。北領は総じて、木の温もりと言うか、素材本来の色合いを生かしたものが多い。そして、どう見ても年代物だ。
私は、ただ待っているだけなのもアレなので、家具を見学させてもらうことにした。
「…あなたは、よく分からない人ね」
私が熱心に見学している合間に、オーレリアが隣の部屋と続きとなっている扉に、半分、体を預けたような格好でこちらを見ていた。
「あ!ごめんなさい。暇だったもので」
「ここはあなたにとって居心地がいい場所ではないでしょう?敵地と言ってもいいくらいなのに、随分と呑気なものね」
「敵地だと思ったことはありません。あなたが考えを変えてくれたなら、すぐにでも協力体制を築けますよ?」
「おかしなことを…。わたくしの考えは変わりません。もはや、遅すぎたのです」
「遅すぎるってことはないでしょう?まだ、冬まで時間は十分あるし、私達が協力しあえば、救える命だってずっと多くなるはずよ」
「どうやって?民の全てを救うには何もかもが足りないでしょう?」
「そのために私達は戻ってきたのです。旧・領都の呪いを解くために」
「馬鹿なことを!あれが次元の歪みだと、もう知っているでしょう?歴代の領主が、誰一人、なし得なかったことをあなた一人で何とか出来ると思うの?」
「一人では無理です。ですから、エインさんに協力して貰いたくて、ここに戻って来たんです」
「はぁ、」
オーレリアは心底、疲れたような顔をしてソファへと腰を降ろした。
私も黙って対面へと座る。
「どうやって、それを成そうと言うつもり?」
「北領に伝わる領主の剣を貸して下さい」
「あれを?」
オーレリアがソファに沈みこんだ体をやや浮かせ、前のめりとなる。
「はい。ヒルダさんは次元の歪みを糺すには、レーヴェナータとキーラ、二人の血を引く者と剣が必要だと言っていました。
私がここに来たことか必然であるならば、私は、それを成し遂げられるはずです」
「大した自信ね」
「自信なんてないですよ。でも、やらないと」
「…」
オーレリアが私を凝視する。
「噂は本当みたいね」
「噂ですか?あんまりいい噂じゃないでしょうねえ」
東領でも南領でも、やらかした感はある。
「考えなしで、行き当たりばったり。まあ、考えなしなのは確かみたいだけれど」
妹とは大違いと、小さく呟いた。
「ヒルダさんですか?結構、抜けているところもありますよ?」
「まさか!あれは何事にも用意周到で物事の先の先まで見越して行動するような子よ。あなたと一緒にしないでちょうだい」
「それは当然です。だって、神殿長は自分の幸せすら犠牲にして、世界を守っていかないといけないのだから」
「…あれが犠牲ですって?最初の夫と息子を次元の大波で喪った時も、あれは泣きもせず、兵を統率していたのよ?」
「それが役目だからです。泣いてないはずないでしょう?ヒルダさんが泣くとしたら、誰もいない部屋で一人でです。
レーヴェンハルトを導く立場にある神殿長が自分の感情を優先させるはずがないでしょう?それに悲しんで傷付いていたからこそ、新たな夫を持とうともせず、長い間、一人でいたのでしょう?」
まあ、今は聖領騎士団団長がヒルダさんを最も身近で支えているのだけれど。それをこの人に教えてあげる気はない。
「それは…」
「あなたに同じことが出来ましたか?苦しいからと、全てを終わりにしようとする、あなたにレーヴェンハルトを支える神殿長としての役割が、務まりましたか?」
オーレリアは頭を大きな金槌でガンと殴られたような衝撃を受けた。
自分は全てにおいて完璧にやろうとし、そして、結果を出してきたはずだ。しかし、母が選んだのは自分ではなく妹だった。そして、神殿長になれなかった自分の、心の拠り所であった婚約者もまた、妹を選んだ。
全てを無くした私に、西領の領主は北領へと嫁ぐようにと命じた。
失意の果て、結婚と同時に会った夫は自分よりも随分と年下の子供で、しかも、北領家は腐りきっていた。
こんな世界、壊れてしまえばいいと、わたくしはそう思った…。
こんな考えを持つこと自体、わたくしは神殿長失格だろう。母は、わたくしを正しく見ていたのだ。
「ヒルダさんはどんなに困難で苦しくても、決して、そんな素振りを見せません。たまに私に甘えてくるくらいですかね」
「甘える?あれが?」
「ええ。かわいいですよ?だから、私は嬉しくなっちゃうんです」
「嬉しいって、どうして?」
「だって頼られているってことですよね?甘えてくるなんて。あなたには、そんな相手はいなかったの?」
ナツキの視線がオーレリアを捉える。オーレリアは自分がひどく動揺していることに困惑していた。
わたくしにはいなかった…。いえ、気付こうとはしなかったのだ。
年下の夫はいつまでも子供のままではない。長じて、彼はひどく案じたような目で自分を見ていた。その視線がひどく煩わしかった。
義母もまた、優しい眼差しで自分を見た。追放したエインもまた、悲しそうに見つめていた。
彼らは皆、わたくしを心配してくれていたのだ。けれど、わたくしはいらぬ同情だと切り捨てた。
「ねえ、オーレリア。あなたにはまだ大切なものが残されているでしょう?旦那さんは亡くなってしまったけれど、子供達がいる。それだけじゃ、幸せにはなれない?」
アラン、息子はわたくしの顔色を窺うだけで自分では何一つ決められない意志の弱い子だった。
セアラは夫に似た、強い意思を秘めた瞳をしていた。だからこそ、無駄な家督争いを回避しようと周囲から隔離し、塔へと閉じ込めた。
だが、その囲いを娘はあっさりと飛び出して行ってしまった。
「あなたに剣を振るってとは言わないけれど、それを使う許可をちょうだい。北領に伝わる大切な宝剣だと知っているけど、どうしてもそれが必要なの」
オーレリアが物思いに耽っている間にも、ナツキは切々と訴える。
「次元の歪みをこのままにしていいはずがないわ。民のためにも、北領の未来のためにも」