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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
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それぞれの葛藤

彼とオーレリアが味わったという、絶望について詳しく聞きたかったが、彼はそれを許さなかった。

「さあ、こちらです。あなた方の来訪は既にお伝えしてあります。中でエイン殿がお待ちですよ」

彼が立ち止まったのは、私達が交わしていた会話のためだけではなかったようだ。

案内が済んだら、彼は役目が終わったとばかりに立ち去って行った。私の胸のうちに、言い知れないモヤモヤだけを残して。


「入りましょうか」

ヴァンが確認してきたので私は頷く。

軽いノックの後、扉が開いた。どうやら付き添いの侍女のようだ。いや、看護士か?

「どうぞ、お入り下さい」

エインさんは手厚く看護されているみたいだった。居間と続く、寝室へと案内される。

広い寝室へ一歩踏み込むと、ムッと薬草の匂いが香ってきた。

寝台の上には頭部や腕など至るところに包帯を巻かれたエインさんがいた。

「やあ…。久しぶりだと言うのに、みっともない格好をお見せしてもうしわけない」

わずかに嗄れた声は火事の煙で痛めたのだろうか。

「そんな、みっともないだなんて…」

私が言いきる前に、走って寝台へと近付いて行く人影があった。

「こんな…、なんて酷いこと…」

寝台にすがり付いたテトラが、そう涙声をこぼした。

「姉上…」

そんなテトラを、エインは慈悲深い色を讃えた瞳で見遣った。それから、よく動かぬ腕をシーツの上へと這わせ、寝台に置かれたテトラの手にそっと添わせた。

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「本当に…。あなたときたら、事あるごとに私を心配させるのですから」

老齢に差し掛かった義理の姉と弟の間に流れる空気は、ただの義理の姉弟のものとは、到底、思えなかった。

私は言葉を呑み込み、二人を見守る。


しばらく経ってから、私達は、別れてから現在までの近況を報告し合う。エインさんは喋るのも大変そうだったから、先に私は万能薬を差し出した。

「ああ、これは…。とてもよく効果くお薬ですね」

「ええ。新しく出来た治療院で処方される、お薬でとても効果があるんですよ」

なんと言っても、永珠の実をベースに作ってありますからと、心のなかで呟く。

「とても体が楽になりました。貴重なものをありがとうございます。もしよろしければ、北領の騎士にも分けていただけませんでしょうか。私を救ってくれた騎士のうち、数名が酷い火傷を負ってしまったと聞いておりまして、心配なのです」

「いいですよ。旅の身の上なので、さほど数を持ってきてませんが、数名程度なら差し上げられます」

一般用にすごく薄めてある薬なので、北領で知られても大丈夫だ。もっと効能のあるものは、とっておきなのであげられないが。

「ああ、良かった。シーリン、君が処方してあげてくれるかい?」

「かしこまりました」

「彼女はシーリン。私の看護を担当してくれている癒者の助手なのです。任せておいて大丈夫ですよ」

彼女に薬を渡すと、急いで出て行った。

「火傷を負った騎士の一人が彼女の兄なのです。本当は兄上のお世話をしたいだろうに、火傷の原因を作った私の看護を担当させられて、申し訳なく思っていたのです」

ああ、それであんなに急いでいたのか。

「あなたときたら、他人の心配ばかりして…。少しはあなたを心配する私達の身にもなってくださいな」

テトラがほんの少しばかり、詰るように言うと、

「ああっ!す、すみません」

と、平謝りしていた。


なんだかなー。ちょこちょこ、甘い雰囲気になるのはどうなの?私を含めて、周りは独り身ばかりなのにと、ちょっとジェラシー。

「こほん。それで反領主組織に加担していたと言う人はどういう方なんですか?」

「は、ええと。彼は北領家に生家を取り潰された商家の出なのです。一家は離散し、幼かった彼だけが孤児院に預けられ、その後、修道士として残ることになったのです。

普段は温厚で働き者の男でした。ただ、私も気にはしていました。時おり、彼のうちに北領家へに対する恨みが燻っていたことを」

自分もまた北領家出身であるが、同じ不遇をかこう者として同情こそすれ、敵意は感じられなかった。

「以前、反領主組織をどう思うかと聞かれたことがありました。私は、力では何も解決しないと告げましたが、彼には届かなかったようですね…」


 あの日も普段と変わらない一日が終わろうとしていた。それが突然、騎士団がやって来て、

「ここに反政府組織に加担する者がいると報告があった。速やかに投降せよ!」

と言い放ちながら、修道院の中へと押し入って来た。

「応対した若い修道士が、慌てて私の元へとやって来ました。昼間は手伝いの女性達がいますが、夜になると大人は修道士が数名だけです。その中に該当の者がいるとすれば、私の頭の浮かんだのは…、彼でした」

若い修道士と他の者に子供達のことを託し、説明を求めようと件の修道士を探した。

「彼は真っ青になって、こんなことになるとは思っていなかった。自分は情報を流していただけで、暴力行為に手を染めたことは一度もないと震えていました。

おそらくですが、彼は仲間に裏切られたのでしょう。もしくは、元領主家出身の私から有益な情報が得られると思い、利用されたのかもしれません。

私は彼に逃げるようにと言いました。そして、火を放ったのです」

「まさか!あなたが火をつけたのですか!」

信じられないとばかりに、テトラが目を見開く。

「はい、申し訳ありません。この怪我は、私の自業自得なのですよ。本来ならば、貴重なお薬を分けて戴くような身ではないのです」

室内を重い沈黙が満たす。


そん空気を追い払うように、私は言った。

「エインさんは、その人に自分の姿を重ねて見ていたんですね?」

「っ!」

「北領の領主家をお兄さんから一緒に立て直そうと託されたのに、追い出されてしまった。幼い日の、お兄さんとの誓いが、エインさんの心の拠り所だったのに」

「私、私は…!」

エインが知らず、拳でぐっとシーツを握った。

かすかに震える満身創痍の体は見ていて痛々しい以外の言葉はない。

そんなエインの両目から止めどなく涙がこぼれ落ちた。

「ナツキ様のおっしゃる通りです。私は、彼に私の無念を重ねて見ておりました。側室腹の私に、兄だけが優しかった。父上でさえ、私を厄介者として見ていたのに。

そんな兄上が北領の栄光を取り戻そうと、その手伝いをしてくれと言われて、私は、心底嬉しかった。

兄上が亡くなった後も、その意思を継いでいこうと思っていたのに、私は領主家から出されてしまった―」

長い沈黙のあと、エインはポツリと呟いた。

「そうか…、私は悲しかったのか。彼もまた、そうだった。だから、私は…」

彼を逃がしてあげたかった。エインは声に出さずに、そう言った。

静かに涙を流し続けるエインの手を、テトラはずっと離さなかった。

彼の悲しみを幾らかでも和らげてあげたかったのかも知れない。そんな二人の姿はとても綺麗で、そして、悲しかった。


悲しい…、悲しいか。ここにいる人達は皆、そうだ。エインさんもオーレリアも、彼女に従う宰相さんも、みんな。

テトラさんだって、孫娘のセアラを守りたい一心で孤軍奮闘していたが、きっと、こんな風に誰かに寄りかかりたかったのだろうと思う。

もしかしたら、皆が皆、そうなのかも知れないね。だからこそ、北領そのものを変える可能性にかけたいと

私は心から思うのだ。

「悲しい過ちを二度と繰り返さないためにも、私は、エインさんに聞いてほしいことがあります」

涙の跡が残る顔で、エインがこちらを見上げた。その瞳に希望がうつるのを、確かに見えた。


「北領家に伝わる、始祖の剣を私と一緒に振るってはもらえませんか?長い年月、北領を苦しめてきた呪いを打ち払ってもらいたいんです」

私の言葉にエインが奮い立つ。

「レーヴェナータとキーラ、二人の血を受け継ぐ者だけが、北領の歪みを正せる。いいえ、正して見せる。それを一緒に証明してはもらえませんか?」





















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