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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
159/210

届かない思い

その日は朝からすっきりと晴れ上がっていた。私は連日の疲れが残る体をもて余しつつ、それでも決戦?を前に自身を震い立たせるように起きた。

旧領都から帰還してすぐ、修道院の襲撃とエインさんの捕縛を聞かせられ、ここイリューズ商会に腰を落ち着ける暇もなく、私達は敵陣である北領の領主館へと乗り込むことを決定した。

仲間達は渋々ながらも賛同してくれたし、孤児達の面倒を見てくれる人も確保出来た。

憂いがないと言えば、嘘になるが、それでも進んでいく。


「ささ、ご自身でご覧になって下さい。綺麗に仕上がりましたよ」

言われて鏡を覗き込む。そこには巫女の衣装を纏い、うっすらと化粧が施された私が映っていた。

「とてもお似合いですわ。さすがは聖領の巫女様ですわ」

満更お世辞でもなく、テトラさん付きのおばあちゃん侍女達がそう言って誉めてくれた。

「これも皆様のお陰です。こちらに来てお手入れを怠っておりましたから、お肌の調子が悪かったのですけど、イリューズ商会のお化粧品はどれも最高品質ですわね。聖領のものと引けをとりませんわ」

自分の主(私だ)を誉められて気をよくしたアリーサが彼女らに同意したように頷いている。

私は特別美人ではないし、大半お世辞だろうけど、褒められて嫌な気はしない。

今朝は早くからお風呂へと放り込まれた上、隅から隅まで磨きかけられた。

まるで、まな板の鯉のような心境でアリーサの指揮のもと、せっせと巫女へとチェンジさせられたのだ。

全く変化なしでは悲しすぎる。


巫女の衣装は、北領の領主に謁見した時に着るかもと、こちらに持って来ていた。

私は荷物になるから置いていこうとしていたのだけど、アリーサに「どこで必要になるかも知れませんから!」と押しきられたのだ。

実際、こうして日の目を見ることになったのだから、アリーサの慧眼に恐れ入る。

これまでの旅でもそうだが、私は巫女であることを隠して、あくまでも個人的なものとして、非公式な旅を目的としている。

「ヒルダ様の姉上様とお会いになられるのですから、格式と言うものがございます」

あー、なるほどね。対抗心を燃やしているんだね?

アリーサは、私の側仕えとは言え、所属しているのはあくまでも神殿であり、神殿長であるヒルダさんに心酔している。

「ナツキ様ももうすぐ成人の儀をお迎えになられるのですもの、成長が著しいようで喜ばしいことです」

うん?そうかなあ?大して変わってないよ?

私は自分の姿をじっくりと観察する。

まあ、あちらの世界より若返っており、お肌ののりも十代のそれだ。ピチピチしている。

そもそも、これまでもお化粧をすること自体、聖領でも数えるほどだ。

私は地球にいた頃も、洗顔や基礎化粧に関しては、全然オッケーなのだが、ことファンデーションを塗るのが苦痛であった。休みの日はもちろん素っぴんだ。

そろそろアンチエイジングの化粧品に切り替えた方がいいかしら?と、思っていた矢先にこちらへと転移させられ、若返ってしまった。


言われてみれば、私がこちらの世界に来てから、結構な年月が流れていた。

地球であったら、五年なんて結構な年月である。しかし、レーヴェンハルトでは地球の一年が三年と、ゆっくりとした時間の流れだ。

正確な年齢をと言われると困る。何しろこちらで生まれていないため、年齢が分からないのだ。

元の年齢の三分の一くらいでと年齢が決定し、来年で成人を迎える予定だ。


白を基調とした巫女服に袖を通すと、気が引き締まる気がする。

やっぱり、この世界を支えているヒルダさんの相棒?だと改めて認識させられるからだろう。

「髪の毛も伸びたわね。切った方がいいかしら?」

私が肩に流れる、髪の毛を一筋つまみながらそう言うと、アリーサが食いぎみに反対してきた。

「駄目ですよ!先程も言った通り、成人の儀が近いのです。成人の儀では髪を結うのが正式でもっと伸ばしていただかないと」

あー、そうなんだ。だから、最近髪の毛を整えるだけに留めていたんだね。知らなかったよ。


すっかり身支度を終え、私は椅子から立ち上がる。

「テトラさんの方はどうなの?」

私とともに領主館へと向かう予定である先・先代領主夫人のテトラさんも別室で支度中であった。

「テトラ様のお支度も完了したようです。玄関口でお待ちとのことですわ」

「そう。それじゃあ、行きましょうか」

「我々もお見送りいたします」

おばあちゃん侍女さん達も引き連れ、私は玄関口へと向かう。


そこには凛とした立ち姿で待つ、テトラさんと私の仲間達がいた。

「まあ、まあ。綺麗にお支度なさいましたこと」

「ありがとうございます。お待たせして、すいません」

「お気になさらず。この先のことを思うと、時間など気にもなりませんでしたわ」

そう言って、にこりと微笑む。孫までいる、おばあちゃんであるが、テトラさんは生来の穏やかな気性が外見にも反映しているせいか、あまり年齢を感じさせない。

けれども、領主夫人だった頃の風格のようなものが今の彼女から発っせられていた。

おそらく、現役の領主夫人であった頃はこうであったのだろう。うーん。私も負けていられないな。


 いざ、出発する段になると私には一つ気掛かりが残る。

「セーラン、本当に一人で大丈夫なの?」

「はい。大丈夫です」

昨日のような冷静さを欠いた状態ではないが、いつもの無表情に私は心配になった。

と言うのも、セーランは私達と一緒には来ないで、修道院襲撃の原因を作った修道士と彼の仲間である反領主組織壊滅に向かうのだ。

「ご心配には及びません。我々も付いて参りますから」

騎士の甲冑を纏ったタージさんがその胸を叩いて、請け負ってくれた。

彼らは新しく味方となった元・北領騎士団の一員だ。私が旧領都に行っていた間にイリューズ商会の門を叩き、テトラさんの警護を申し出てくれたのだそうだ。タージさん他、十数名がここにはいた。

彼らは現領主、つまり先代領主夫人のやり方に異議を唱えたことで騎士団から罷免を申し立てられ、これまで燻っていたのだそうだ。


「それは心強いのだけど、いいの?表だって領主に楯突くことにならない?」

私はタージ達を見回す。彼らが領主への不満を唱えながらも無事でいられたのは、表立った行動をとらなかったからだ。

彼らと同様に罷免された者のなかには、世間に北領の現状を訴え、領主から徒に民衆を先導したとして捕らわれた者も少なくない。

「反領主組織には我々のかつての同僚もいます。此度の件は我々にとっても、見逃せない案件なのですよ」

彼らはセーラン同様にエインを慕っていた。先代が亡くなった際、エインに年若い領主の後見を願い出たこともあるのだそうだ。

「本当ならば、エイン様を宰相に迎え、北領を運営していくはずでしたのに、オーレリア様によってそれは叶いませんでした」

あー、オーレリアね。本当に全ての諸悪の根源だよ。今日はガツンと言ってやらなくちゃ!

「では、そちらはあなた方にお任せします。セーランも無茶は駄目だからね」

私の言葉にセーランがこくりと頷く。

「皆も無茶しないでね。今日は話し合いに行くだけなんだから」

私とともに領主館へと赴く面々の顔を見回す。

「はあ。それを言うなら、あなたが一番肝に命じて下さい。あなたの暴走に、いつも、こちらが巻き込まれているだけなのですから」

ヴァンがやれやれと首を振るのに、アリーサやラベルが同意するような頷いている。

「ええっ!皆、ひどい!私、そんなことしてない!」

私が反論すると、

「…無自覚ですか」

「処置なしですね」

「ナツキ様、そこは反省する点ですよ?」

ヴァン、アリーサどころか、ラベルまでそんな風に言う。

「もう!分かったわよ!私が一番、気を付ければいいんでしょ!」

「ええ。自覚するのは勿論ですが、そこに行動が伴えば、問題ありません」

むう。ヴァンがひどい。

いいわよ、いいわよ。借りてきた猫みたいに大人しく交渉の場につけばいいんでしょ!

そんなの簡単なんだから!私は見た目はともかく、前の世界じゃ、人生の折り返しを目前とした大人だったのだから、そんなこと楽勝なんだからね!


ガッシャーン!!陶器が割れる、派手な音を鳴り響かせ、私は立ち上がった。

目の前に置かれた、紅茶の入った器が倒れるのも構わず、私はオーレリアへと詰め寄った。

「何ですって!?どうなっても構わないって、それは一体、どういう意味で言っているの?」

怒りに燃える私に対して、オーレリアは一ミリ足りとも冷静さを崩さない。

右手に持った茶器をそっとテーブルのソーサーの上へと置いて、上目遣いにこちらを見上げた。

「言葉通りですわ。巫女様」

巫女様とわざわざ、そのように呼ぶ声に、こちらを敬おうとする要素はなく、かえって無礼に聞こえる。

「北領はわたくしの代でおしまいにする、そう申しました」

「ふざけないで!ここには大勢の人達が暮らしているのよ。それを終わりにするなんて、冗談でも言っていいことと、悪いことがあるわ!」

「わたくしは冗談など、申しません。そのような品性下劣な教育を受けては参りませんでしたから」

まるでよく出来たビスクドールのような秀麗な顔にはおよそ感情など窺えない。

表情豊かなヒルダさんの顔と、とてもよく似通っているのに、こちらは鉄の仮面でも被っているかのようだ。細引きの眉はピクリとも動かず、冷たい瞳をしていた。


私がそんな風に激昂するまで、さほど時間はかからなかかったと思う。ヴァン達には気を付けると言った端から、そうなってしまったのは悪いと思っている。けれども、オーレリアは私が考えていた以上に狂っていたのだ。


午前中にイリューズ商会を出発し、領主館の扉を叩いた。門番達は先・先代領主夫人が外にいたことを知らなかった様子であたふたしていた。

それでも、領主館のある敷地へと入り、テトラさんの先導のもと、私達は領主館のなかへと通された。

領主であるアラン君は外出中で不在。元々、目的はオーレリアとの会見であったから、それは問題ない。

通された部屋は領主が私的な謁見に用いる部屋だそうで、それほど広くはなかったが、狭くもない。

日本で言うところの、二十畳ほどの部屋だ。

北領の領主館は高台に立っていて陽当たりは良いはずなのに、中はとても薄暗く感じた。

それは私が色眼鏡で見ているせいかも知れないが、働く人々の表情は暗く、それが館の雰囲気に反映しているのかも知れない。


この世界を治める神殿を戴き、敬虔な人々が暮らす聖領。豊かな国土に恵まれ、穏やかな気性の人々が暮らす東領。そして、砂漠と大森林という大自然に育まれ、個性ある人々が暮らす南領。

私が知る、どの領地とも似ていない。

全員ではないが、北領の人々の大半は、どこか暗く、そして、全てを諦めたような顔をしていた。


ほどなくして、私達が通された部屋にオーレリアが入ってきた。一緒に付いて来ているのが、おそらくオーレリアが抜擢したと言う宰相だろう。

彼女から紹介はなかったが、私はそう見当づけた。

「お久しぶりですこと。お義母様にはご機嫌麗しゅう」

ドレスの裾をそっと引き上げ、オーレリアが挨拶した。

「あなたもお元気そうで何よりです。今日はあなたにご紹介したい人があって参りました」

「さようでございますか。お義母様はご実家にお戻りになって悠々と余生を過ごされているとばかり、思っておりましたのに。まだ、こちらに未練がございましたの?」

まるで他人事のように、義母を見る。その目にはさしたる感情は浮かんではいない。強いて言うならば、まるで言うことを聞かない困った子供を見る目だった。

「未練はございませんが、後悔ならごさいます」

「まあ、後悔ですか?一体、何でしょう?大きいとは言え、ただの商会から嫁いだ平民のあなたに?」

「そうですね。私は平民出身でしたから、あなたのすることに一切口を挟まずに参りました。

叱るにしても、それは私の口からではなく、息子の役目と思っておりましたから。

けれど、残念なことに息子は亡くなりました。

私はあの子の親として、そして、二人の孫の祖母として、あなたを叱りに参りました」

「まあ!叱るですって?あなたがわたくしを?」

オーレリアが冷ややかな視線を投げつけた。

「ええ。私はあなたが北領の政治から一切の手を引くよう進言しに参りました」

「おかしなことを。北領の領主は息子のアランです。わたくしはただの後見ですわ」

「確かに北領を動かしているのは、領主とそちらの宰相をはじめとする官僚達です。

けれど、実際に背後で彼らを動かしているのはあなた、そうでしょう?」

テトラの問いかけにオーレリアは答えなかった。答える意味すらないと、その白い面は語っていた。


そうしたやり取りがしばらく続いた。二人の会話はまるで一方通行だ。

テトラの心はオーレリアには決して届かない。

「…失礼しますわ。わたくしも決して暇ではありませんの」

そうオーレリアが告げると、テトラさんはゆっくりと瞼を閉じた。


 私は、それまでテトラさんの隣で黙って座って聞いていた。

テトラさんの決意を無にしたくなかったし、穏やかに会見が行われるなら、それで良かったのだ。

聖領の巫女として、私はここに臨んで来ているが、そんなものを振りかざす気は毛頭ない。

ただ、北領の未来を憂いる傍観者としての立場でありたかった。

しかし、それは叶わなかったようだ。


「…あなたにはどのように見えているのですか?」

「え?」

それまで黙っていた私が言葉を発したことにオーレリアは少なからず驚いたようだ。

「北領の現状を、あなたはどのように見て、考えているのですか?それとも、あなたには何も見えていないのですか?」

「おかしなことを。わたくしはちゃんと見ておりますわ」

「本当に?領都以外で暮らす人々の困窮があなたには見えますか?

ここ、領都でさえ、バラックで暮らす人々がいます。彼らがどんな暮らしをしているか、見えていますか?

孤児となった子供達が、手を取り合い、必死に生きている姿が?

あなたには本当に見えているのですか?」

「貧富の差など、どこの領地でもありますわ。慈悲深き聖領の巫女様は全ての民を救えるとでも思ってらっしゃるの?

まるでレーヴェンハルトの神殿長である、我が妹、ヒルダのように?」

そこには明らかな失笑があった。

「私は―!私は、あなたにどう思ってあるのかと聞いているのです!それとも北領がどうなっても関係ないとでも言うの!」

「ええ。その通りですわ」

「…え?」


 オーレリアにとって、北領もそこで暮らす人々もどうでもよい存在でしかなかった。

「わたくしは常々、こんな不毛の大地などいっそのこと滅んでしまえばいいと思っていました」

「な、なんですって」

私は思わず、聞き返してしまった。

「…北領はわたくしの代で終わせるつもりです」

「っ!」

「北領はわたくしの代でおしまいにする、そう申し上げました」

今度こそ、聞き間違えなんかではない。オーレリアは確かにそう言ったのだ。













またまた間が開いてしまいました。毎日は無理でも毎週更新を目指したいです。応援よろしくお願いします。

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