再び、領都へと
次元の歪みを正すにはレーヴェナータの力が封じ込められた北領の領主家に代々受け継がれてきた剣とそれを扱うことの出来る魔力を持った者が必要とされる。
「セアラが幼すぎるのも要因ですが、魔力を効率よく扱う術を習得してはいないはずです。これらは本来、体がすっかり作られた成人後に習得するものですから」
魔法道具の通信具に映し出されたヒルダさんが困ったように頬に手を当てながら、そう言った。
私は地球産?で、ある程度、大人になってから(こちらの世界で言う成人には達していないが)やって来たので、魔力の扱いに関してはずぶの素人だ。
東領では光魔法を派手に使って、あとからこってりと周囲に叱られた。
そこで私は、使い方を知らずに魔力を行使するのは、命を縮めると教わった。今もなお、勉強中なのだ。
「レーヴェナータの力を扱えるのはレーヴェナータの血筋に連なる者に限られます。
北領の領主家で成人している者は限られているはす。私が知る限り、現領主アランと北領家を出た叔父くらいでしょうか。
もちろん、一番、剣との相性が良いのは姉上でしょうけれど」
あー、オーレリアさんか。あの人に頼むなんて論外じゃない?はっきりと北領を荒廃させようとしている人が、北領のために力を奮ってくれるはずがない。
「領都に戻ってエインさんに頼んでみるよ。あの人なら、きっと力になってくれるはずだもの」
養護院で院長をしているエインは、現在の北領の在り方を憂えている一人だ。きっと力を貸してくれるだろう。
「剣の力を解放させる方法は、その方に直接お教えしようと思います。そちらの準備が整ったら、また、知らせて下さるかしら?」
「あ、うん。でも、私はどうしたらいいの?」
「ナツキ様はあくまで剣の力が暴走するのを補助する立場なので、そう難しくはないので安心してちょうだい。始祖レーヴェナータの力は時として、この世界に祝福をもたらすこともあれば、破壊をもたらすこともある諸刃の剣なのですよ」
通信の最後にヒルダさんはそう言って、顔を曇らせた。
この時、私はそう言うものかと思った程度でさほど重要には思わなかった。
しかし、その言葉が持つ意味がとても重要であることを、後になって知るのだった。
とにかく、一度、現在の領都に戻ることにする。
「セーラン達もずっとあっちだし、セアラもおばあちゃんに会いたいよね?」
「いいえ。私はここに残ります」
「え?何で?」
「今、おばあ様のお顔を拝見したら、挫けそうになるからですわ」
ヒルダさんに剣を扱うことは出来ないだろうと言われて、セアラが落ち込んでいるのは知っていた。
けれど、セアラはまだまだ子供だ。気にしなくていいと励ましたが、本人は相当、気に病んでいるらしい。
「私は、お父様のご意志を継いで、この地にかつての都の姿に取り戻したいと思っていますのに、それが出来ないことが悔しくて…」
ああ、そうか。お父さんの代わりをしたかったのか。それは分かる。私だって、もしも、父が特別な職業についていたら、その跡を継ぎたいと思ったかも知れない。私の場合、父親は普通のサラリーマンだったから、そんな感情は芽生えなかったけれど。
それは早くに親と死別した者が持つ、ある種、特別な感情なのかも知れない。
もちろん、親の背中を見て…なんて言葉通り、亡くなっていなくてもそう思う子供はいる。
領主と言う存在は、聖領の神殿長であるヒルダさん同様にこの世界では特別な存在だ。
セアラはそんな家に生まれた。彼女は自分が駄目な子なんだと思い込んでいるのだろう。
「セアラは駄目な子供なんかじゃないよ?人にはそれぞれ、適材適所と言うものがあるの。
私が聖領の巫女であるように、領主家に生まれたセアラにしか出来ないことがあるはずよ」
私の言葉にセアラが不思議そうな顔を向けた。
「?」
「あなたは長く領主館の中に閉じ込められていて、外の世界を知らなかった。そうでしょう?」
「ええ。お父様が亡くなると、お母様によって私に忠実な側近達が退けられ、周りはお母様の息がかかった者ばかりになっていって、自由な行動が制限されたばかりか、終いには塔に閉じ込められてしまいました」
「そうよ。あなたは狭い世界の中にいた。でも、今は違う。あなたは自分の目で見て、聞いて、そして、感じることが出来る。
旧領都を見たいと言ったでしょう?実際に見て、どう思った?
吹き溜まりと呼ばれる場所で生活するなかで、あなたはどう感じたの?
作物の育たない場所と言われてきた、この場所で野菜が育ち、それを収穫した時、あなたはどう言ったかしら?
バレンさんの農業のやり方を北領に広めたいと思った。そうでしょう?
それらは全て、塔の中にいただけなら出来なかったことでしよう。
セアラにもちゃんと出来ることがあるわ。それを本当のことにするか、しないかはあなた次第だけど」
「あ…、私」
そう。セアラだって、ちゃんと成長している。駄目な子なんかじゃない。
自分の手で、足で進む道を決められるんだ。
「私、ここに残って頑張ります。挫けそうになるからじゃない。皆と一緒に北領の将来について考えていきたいから」
「そうしたいなら、そうすればいいわ。おばあ様には、セアラは一人でも大丈夫って、私からちゃんと伝えておくからね」
「はい!」
そう元気に返事をして笑うセアラは、年相応の子供に見えた。
私からしたら、これまでのセアラは全く子供っぽくなどなかった。
いつだって真面目で一生懸命で、自分の立場や境遇にがんじがらめにされて。
けど、今は違って見える。彼女の笑顔は心からのもので、進むべき道をちゃんと自分自身で選びとった結果なのだ。
そんな彼女が思い描く、北領の未来をいつか私も見てみたいと心から思うのだった。
翌日、私とヴァンとラベルの三人は騎獣に乗って旅立った。ミグ姉さんはセアラの護衛として残ることになった。
今回のことは、吹き溜まりの頭であるナタクには簡単に説明しておいた。
彼は、難しそうな顔をしていた。
「本当に実現すりゃ、それに越したことはないが…」
彼は多くを語らないが、どうやらヒルダさんのお母さんがこの地に訪れた時の案内人のような立場であったらしい。
ヨウタのおばあちゃん、つまり、ナタクの奥さんは付き人として聖領から一緒に来ていた神官見習いで、地球の歴史や文化に造詣が深かったようだ。
とりわけ日本と言う島国に関心があって、ヨウタと言う名前も日本人らしい響きから名付けたらしい。
私は日本人だけど、欧州の片田舎にあると言うキーラの子孫が暮らす場所からやって来た歴代の巫女達が伝えた日本文化に少々懐疑的である。
どうも中国と日本、いわゆるアジア圏がごちゃ混ぜになっているみたい。
「あいつは仕える主の代わりにこの地を見守っていきたいと、ここに残った。俺はあいつが生きている間に、何も見せてやれなかった」
行き場を失った人々の拠り所として、この吹き溜まりを作ったのは、聖領で神官見習いをしていて、慈悲の心が深かった奥さんなのだそうだ。
「いつだって自分よりも他人が優先で、病を得ても決して漏らさず、気付いた時には手遅れだった」
ずっと独身でいると言っていたのだが、いつだって一緒にいてくれたナタクの真心に絆されて、二人は結ばれた。
随分と遅い結婚だったそうだ。結婚と言っても正式なものではない。事実婚というやつだ。
その後、一人娘を出産し、その娘さんは長じて吹き溜まりで共に育った仲間と結婚してヨウタと言う孫を得たが、彼らはその年に猛威をふるった流行病で亡くなったそうだ。
彼女また、同じ病を得たが、誰にも告げずに亡くなる直前まで病におかされた人々の世話をしていたそうだ。
「俺はあいつの代わりに、ここを守っているだけだ」
彼にとって吹き溜まりは、亡くなった奥さんとの約束なのかも知れない。
「いつの日か、再び、あいつに出会ったら、この地の呪いが解けたと報告出来りゃいいが」
そう言って、ほろ苦く笑った。
この世界において、輪廻転生と言う概念は普通にある。本当かどうかは定かではないが、セイラによると私はキーラの生まれ変わりであるらしい。
だからこそ、ううん。キーラの生まれ変わりである私がいるからこそ、旧領都の呪いを解くことが可能となったと言える。
レーヴェナータは破壊による再構築を、キーラは浄化による再生を司る。
どちらも根底にあるのは創造する力だ。
地球の一部を壊して(切り離して)、新たに世界を再生したのである。
私は声を大にして言う。
「私達に任せて。きっと、旧領都を元の姿に取り戻して見せるから」
「…そうか。頼む」
ナタクさんが頭を下げた。その横でヨウタも神妙に頭を下げる。吹き溜まりは烏合の衆の集まりで不確かなものでしかないとナタクは言ったが、そんなことはない。
きっと、形は変わっても受け継がれていく。ナタクの奥さんの思いはナタクへと、そして、孫のヨウタへと受け継がれていくだろう。
そんな予感がする。セアラの描く未来同様、ここも行く末が気になる場所である。
私の旅は本当に良い出会いが多い。やっぱりと言おうかなんと言うか、婚活に生かせないのが本当に残念だ。
ナタクもヨウタも、私には守備範囲外なのだ。二人ともいい男なんだけどね。
二人の守護騎士を従えて、私は久方ぶりに現在の領都に戻って来た。
そこで待っていたのは、誰一人として予想していなかった現実であった。
「…養護院が無くなっている」
私の目の前にあったはずの養護院は焼け落ちて、煤けた灰に埋もれた残骸のみがそこにあった。
「こど、子供達は…」
ガクガクと足が震える。貧しくても明るく元気だった子供達。そんな彼らを見守る養護院の修道士達。
彼らの兄貴分であるロック君やメーテルはどうなったのだろう。
そして、セーランとエインさんは―!
悪い想像に震える、私の肩を後ろからそっと抱き止めたのはヴァンだった。
「ナツキ様、あちらに…」
ヴァンの指す方角にセーランがいた。ぼうっとしていても、鳥獣人の習性か、いつも身綺麗なセーランであったが、この時ばかりは灰や煤で全身が汚れていた。
そして、そんな彼の左右の腕にくっつくように身を寄せるロックとメーテルの姿があった。
「ああっ!」
私は一言叫んで、三人に向かって駆け出した。
「良かった。無事だったのね!」
「うん。皆、セーラン兄ちゃんに助けられたんだ」
興奮冷めやらぬロック君とは対称的に、
「怖かった…」
と、メーテルが大きな瞳一杯に涙を浮かべる。
「怖かったね。よく無事で!」
私は腕の中にメーテルを抱き締めた。プルプルと震える小さな体が、ただだだ、愛しかった。
「それで、何があったの?こんな火事が起きるなんて」
メーテルの背中を撫でながら、私はセーランに尋ねた。
「火事ではありません。領主の兵が火を放ったのです」
「何ですって!」
「昨夜遅く、強襲を受けたのです。エイン師が最後まで防波堤となって兵の目を引き付けてくれたお陰で、子供達全員を逃がすことは出来ましたが、エイン師は…」
セーランがきつく眉を寄せた。
まさか、そんな…。
「うわわああん!エイン父さんが連れていかれちゃった!」
エインさんは孤児達、皆のお父さんだ。
大人顔負けの気丈なメーテルにとっても、仲間達同様に大切な存在である。彼女が声を上げて泣いた。
「エイン師の生死は不明です。大量の魔力を消費しておられましたし、敵の攻撃も大分受けておられましたから」
沈痛な面持ちでセーランが言った。
何てことだろう。私は、頭が真っ白になった。
やっと、旧領都の呪いを解く糸口を見つけて、エインさんの力が借りたくて戻って来たと言うのに、肝心のエインさんの消息は不明である。
もちろん、無事でいて欲しい。
しかし、どうして養護院が襲われたのだろう。彼は領主家を追われ、子供達の面倒を見るだけの平穏な生活を送っていた。
そんな彼に今頃になって、何故?
修道士の一人が反領主組織と通じていたそうです。そいつは養護院が襲われた際、さっさと一人で逃げていきましたが」
いつものセーランらしからぬ、険のある強い口調である。
「私の騎獣に跡を追わせ、居場所は判明しています。すぐに乗り込みますか?」
えーと。セーラン、目が怖いよ?
当然だろうが、怒ってるよね?
「怒ってなどいません。殺してやりたいとは思ってますけど」
ひえっ!普段、温厚な人が怒ると怖いって本当だね。
毎週投稿を目指してます。出来れば!なので、期待しないでお待ち下さい。
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