もたらされた朗報なのに
ミグ姉さん私達に語ってくれたのは、私が聖領の巫女として知っておいた方がいいと判断したからだろうが、セアラは直接ではないが当事者であるからだ。
「そとそも何故、今になって、失われた正当な領主である証を手に入れようと思ったのかなあ?」
旧領都に人が入れなくなって幾久しい。剣がなくたって、問題なく領主にはなれたのだ。
「…おそらくですけど、お母様の見栄なのでしょうね」
んん?見栄って、どういうこと?
「お母様は神殿長にこそなれませんでしたが、その候補者であったと言う誇りがございます。
ですから、領主を継承する、お兄様に何らかの箔付けしたかったのだと思います」
「そうだろうね。当時のあたしは仲間を失った悲しみや悔しさで頭が一杯で、剣を欲した理由なんて知ろうともしなかったけど、手に入れた剣を渡しに領主の館で先代領主夫人に、ただ一度きりだけど会ったことがある」
「お母様に…」
「あの人は剣が手に入ったことをさして喜んじゃいなかった。それからすぐに北領を出て月日が経って、そのうちに冷静に考えられるようになってから、あたしも疑問に思ったんだ。
どうして喜ばなかったのかってね。
あの人にしてみれば、手に入れても入れなくても、どっちでも良かったんだろう。
そうか、見栄か。そんなことのためにあたし達は…」
背を向けたミグの肩が震える。
「…申し訳ありませんでした」
セアラのせいじゃないと、私は言いたかったけれど、それを言っては駄目なんだろうなと思う。
セアラは北領の領主家の娘だ。自身が犯した罪ではなくても、一族の罪を一緒に背負わなければならない。
私だって、ヒルダさんがもし間違った行いをすれば、一緒に罪を背負うつもりだ。
ヒルダさんは完璧に近い。けれど、完璧な人間なんているはずがないのだ。間違えたり、後悔したり、そんな風に迷いながら人は成長していくのだと思うから。
しばらくして、気を取り直したように、
「ねえ、ナツキ。あたしは取り戻せると思うかい?」
ポツリとミグが呟いた。
何をとは、聞かない。
「ええ。そのために私達はここにいるのよ」
「…そうか」
ミグが置き去りにしてきた、かつての仲間達の魂は今もなお、囚われ続けている。
私は、私達はこの歪みを正さなければならない。
「わ、私も!私もご一緒させて下さい!」
チュニックの裾を両手で握りしめ、真っ赤になりながら、セアラが宣言する。
「もしかしてら、何のお役にも立てないかも知れません。それでも、お父様が亡くなるまで気に掛けていらした旧領都のために何かをしたいのです!」
私は、小さな女の子が精一杯、力説する姿にほんわりとする。
「そうね。一緒に頑張ろう」
「はいっ!」
「まったく…、あんた達と話していると、どうしても調子が狂っちまうね。
けど、そんなところが、今のあたしには有難い」
ミグ姉さんがそう言って、苦笑を浮かべた。
良かった。いつものミグ姉さんだ。私は、安心した。
星熊のカノンも、ミグ姉さんも、そして、吹きだまりの面々も、皆、それぞれに戦っている。
それは全て、旧領都の歪みのせいだ。
私は、決意を新たにして、目前に広がる焦土を見据えた。ゆらゆらと陽炎のように浮かぶ、次元の歪みが消える日を大勢が望んでいる。
私がこの地に来ることになったのは、もしかしたら、このためだったのかも知れないと密かに思うのだった。
それから私達は和気あいあいと狩りや採集に勤しんだ。野生の獣の数こそ少ないが、探せばいるのだ。
ウサギを追いかけるアウルムもいれば、のんびりと日向ぼっこをしている騎獣達もいる。
私はベリーの類を発見し、いそいそと摘んだ。
帰ったら、おばちゃん達にジャムにしてもらうのだ。自分で作ると言えないのが、悲しい。
地球にいた頃の私は、料理本の通りにしか作れなかった。それはこちらでも同じである。
教えてもらいながらなら作れるが、真っ白な状態では何も出来ない。しかも、こちらには炊飯器もガスコンロもオーブンもない。
神殿であれば、魔法道具でそれらしいものはあるが、それだってさじ加減は必要だ。
吹きだまりの調理は基本、薪をくべて煮炊きする。そんなもの、私に出来るはずもない。
たくさんのお土産を抱えて、ホクホク顔で洞窟へと戻る。セアラと一緒におばちゃん達の夕飯作りを手伝い、お腹一杯とはいかないまでも空腹にならない程度に食べ、後片付けも手伝ってから、あてがわれた部屋へと入る。
ここでは明確な男女別はない。と言うか、あるにはあるが男部屋、女子供部屋と数人ごとに大雑把に分かれている。
私達は警備面から別々の部屋に分かれるのはよろしくないと、大部屋を区切って使っていた。
これだって随分と譲歩したのだ。例によって例のごとく、ヴァンが不敬にあたる!と、ごねたから。
別に同じ布団で寝ようという訳じゃなし。ちゃんと仕切りもあるのだ。問題ないだろうに。
「あなたは巫女であると言う自覚がなさすぎる!」とキャンキャン喚くのを、ミグ姉さんが文字通り拳で黙らせた。
もちろん、本気でやったらヴァンが勝つだろう。
彼は、聖領騎士団に所属する、その他面々と同じく、フェミニストであり、紳士なのだ。
「俺はそこまで頭は固くないですけどね」
と、気楽な調子でラベルが言う。
私は、そんなラベルの頭をワシワシと撫でておいた。
そんな訳で大部屋の中心にロープを張り、布を垂らしただけの仕切りも寝る時と着替える時以外、外してある。
建前上、男女で分かれていても、あってないようなものだ。そもそも、セアラは子供だし、ミグ姉さんに至っては別にある、それこそ野郎ばかりの男部屋でも構わないというくらいだ。
私は流石にそれはごめん被るが、このメンバーに危機感を抱くことはない。
だって、無理矢理、私をどうこうしたところでヒルダさんから粛正されると分かっていて、それでもやる?って感じだ。
私だったら、怖くて出来ない。いつも温和な、ほのぼの系だから、誤魔化されがちだが、彼女ほど苛烈な人はいないと思う。
以前、神殿の神官にちょっかいをかけてきた某を(あえて名前は言うまい)、ヒルダさんは口にするのもアレな方法で罰を与えた。
きっと一生、聖領の地に足を踏み入れることはないだろうなと、私は思う。
おばちゃんによると、私が森で摘んだベリーは明日の朝食に出してくれるそうだ。
ジャムをのせたパンケーキを焼いてくれるらしい。久々のご馳走だね。あー、楽しみ。
私はセアラの髪を三つ編みに編みながら、まったりと食後の一時を過ごす。
人使いの荒い、ナタクさんも夕食の後まで用事を言いつけることはない。
「明日の朝にはパンケーキを焼いてくれるって」
「本当ですか?私、ここに来てから一度もいただいてません。楽しみですね!」
幽閉の憂き目にあっていたとて、領主の妹として人並み以上の境遇であったセアラがぱあっと顔を輝かすのを見て、私はたまらず、口を手で押さえた。
う、不便をかけてごめんね。不甲斐ない、お姉ちゃんでごめんなさいと、心のなかで謝った。
ふんふんふーんと鼻歌混じりのセアラの髪にリボンを結んでお仕舞いだ。
「ありがとうございます。ナツキ様」
かわいい。妹ってこんな感じかなー。
「うん、いいね。あー、あたしの店の服を持ってくるんだったわあ。失敗した!セアラが着たら、きっとよく似合うだろうに」
「まあ!ミグ姉様が作るお洋服ですか?私も着てみたいです」
「いいわよ〜。生地さえあったら、作ってあげるわよ〜」
口調が、お店の店長口調である。冒険者のミグ姉さんの時と大違いだ。ついでにクネクネしている。
「楽しみです!」
そんな二人を私は生温かく見守る。
私が、ミグのことをミグ姉さんと呼ぶのを真似たのか、セアラも姉様と呼ぶ。
いや、いいんだけどね。けど、何か違和感が。
あと、セアラにあのゴスロリを着せるって本気?領主の妹に、それはないんじゃないかなー。
「あら?ナツキ様、何やら光っていますけど?」
セアラが私の脇を指して言う。そこには通信の魔法道具を入れた袋があった。
もしや―?
慌てて、私は袋から取り出した。
「やっと、気付いて下さいましたのね」
鏡のようなソレにヒルダさんの麗しい顏が写っていた。
「ヒルダさん?もしかして、方法が見つかったの?」
遠い昔、ヒルダさんのお母さんが神殿長見習いであった頃、訪れたこの地で出来なかった旧領都の消滅に変わる手段が見つかったのだろうか?
私の周りに部屋にいた、その他面々が集まってきた。
「ええ。見つけました。きっと、この方法なら、囚われた魂を消滅させることなく、解放して差し上げることが出来るでしょう」
それを聞いた一同の口から、わあっと、歓声が上がる。
「喜ぶのはまだ早くてよ。それほど簡単なことではありません。まず必要なのは、レーヴェナータとキーラ、それぞれの血をひく者。
つまり、ナツキ―。あなたが解放の鍵であったのです」
私が?
突拍子もない言葉に、私はキョトンとしてしまう。
だってねえ、鍵だと言われても何が何やら分からないですよ。
「それは、キーラ様同様に次元を閉じる者が必要だということでしょうか?」
横からヴァンが割って入ってきた。
「ええ。その通りです。この世界の創造は、二人の力を共に合わせた結果、行えたことなのですが、切り離したこの世界と地球との境を閉じたのはキーラ様でしたから」
あれ?もしかして、新事実ってやつ?キーラが地球に残る必要があった理由がそれなの?
「閉じることはどちらの世界であっても出来たことですよ。キーラ様が残った理由の一つではあったのかも知れませんが」
つまり、キーラの血をひく私に旧領都の歪みを閉ざす力があると?そういうことなのね?
「ええ。先代、わたくしの母一人では、全てを消すことでしか次元の歪みを正すことが出来なかったのですけれど、ナツキ様がいらっしゃることで消すのではなく、歪みだけを切り離すことが可能となるのです」
はあ。どうするのかイマイチ、ピンとこないけど、囚われている魂を消さずにすむのなら、それに越したことはない。
「もちろん、それだけでは駄目ですよ。解放するためには、領主の剣が必要です」
「領主の剣?」
「ええ。旧領都に封じられていると伝わっている北領の領主の証ですわ」
あ!それって?
「あるわよ!それなら、オーレリアが旧領都から冒険者に命じて取ってこさせたそうよ」
「まあ、そうなのですか?わたくしは存じ上げませんでした。どうして、姉上はそれを公表しなかったのでしょうか―」
ヒルダさんが首をひねる。
「理由はどうあれ、それなら領主の館にあるはずよ。とってくればいいの?」
すんなりとオーレリアが渡してくるれとは思わないが、そらなら奪ってくればいい。
「それだけてば不十分です。キーラの血をひく者にそれは扱えない。扱えるのはレーヴェナータの血をひく者だけです」
「でしたら!私がおります!」
私はセアラを見て、うんと頷く。
二人揃っているよ!これなら、何とかなるんでしょう?
しかし、ヒルダさんの瞳は曇ったままである。
どうして?剣ならとってくるよ?
「セアラには剣の持つ本来の力を解放出来ないでしょう。あなたは幼すぎるのです」
領主の剣はレーヴェナータが過酷な土地をあえて選択した長子へともたせた餞別代わり、レーヴェナータの持つ大いなる力を封じてあるのだと言う。
セアラの幼い器では、それを扱うことは難しいだろう―。ヒルダさんが悲しげにそう告げた。
そんな…!私は、折角見つけた解決法を目の前にして二の足を踏むことになるなんて!
一体、どうしたらいいの?
今回、早めの投稿となりました。新しい環境の変化にやっと慣れた感じですかね。
引き続き、体調不良でコンスタントに更新出来ないかも知れませんが、なる早で頑張ります。どうぞ、よろしくお願いします。