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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
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魔法道具で通信しよう

私が頭のなかでぐるぐると思い悩んでいる間、星熊ことカノンが苦しい声をあげ始めた。

『グルルゥ』

一度は消えた黒い靄が、まるでカノンの体を縛るかのように縦横に走る。

『カノン!』

焦るアルバが名前を呼んだ。

『…いいから、私から…はな、れ…』

苦しい声で自分から離れるように告げた、その瞬間、靄だったものが一気に噴出した。


そこには最初に見た時と同じ、破壊の意思しかもたない星熊の姿があった。

『…ああ』

自分でも分かっていたはずなのに、アルバからは絶望の声が漏れる。

私は、カノンの意識を失くした星熊と対峙する。自らの意思をもたず、ただ、破壊の衝動の赴くまま、生きねばならない悲しい聖獣と。


彼女はただ、行き場を無くした可哀想な魂を救いたかっただけなのに―。


「今すぐは無理かも知れないけど、私がきっと、この場所に縛り付けられて、さ迷っている魂を解放してあげる。

必ず、成し遂げてみせるから、信じて待っていて」

宝石のように輝く、しかし、感情のない星熊の瞳を真っ直ぐに見つめ、私は彼女にそう約束する。


しばしの間、星熊は微動だにしなかった。

その後、くるりと方向を変えると、来た道を引き返して行った。その先にあるのは、次元の裂け目により、大勢の魂がさ迷う旧領都の中心、廃墟と化した場所だ。

ズシン、ズシンと来たときと同じ様に地面を揺らしながら、星熊は去って行った。

その後ろ姿を、私とここにいる皆が言葉もなく見送った。


アルバがあるかないかの肩をがっくりと落とした。羊なので肩があるのか不明なので。

『やっぱり無理だったか…』

傲岸不遜な物言いのアルバが、小さな子供のように踞る。

二人の会話から、彼らが親子のような関係であることが察せられた。聖獣がどうやって生まれてくるのか知らないが、この地に誕生した幼いアルバをカノンが大切に慈しみ、彼もまた、彼女を大切に思ってきたのだろう。

「ちょっと!弱気になるのはまだ早いわよ!解決策がないか、調べないうちから無理だなんて言わないで!」

私がモフモフとした肩?を叩くと、アルバがじとっとした視線を向けてきた。

『お前は!さっきの話を聞いただろ!神殿長となる前だったが、レーヴェンハルトで一番高い魔力を持つ者であっても、全てを滅ぼすことでしか救えないって、言ってただろ!

魂を捕らわれているカノンだって、一緒に消滅するしかないんだ!』

大切な人を失う絶望から、アルバが八つ当たりのように怒鳴る。

『痛っ!』

私は、そんな馬鹿羊の頭を拳骨で殴り付けた。

「決めつけるな!私が、そんなことさせない!カノンも、さ迷っている魂も、全部一緒に救ってみせる」

『なっ!そんなの、どうやったら出来るんだよ!』

「それは、これから考える!」

そう堂々と言い切る。

だって、今のところ、どうやったらいいかなんて皆目検討もつかないんだもん。

『はっ?』

目を白黒させるアルバの横にヴァンが立つ。

「安心しろ。それがナツキ様だ」

うんうんと頷きながら告げる精悍な狼の容貌に、アルバが呆けた顔を向ける。

「あっはっはっ!何だい、それ!」

ミグが腹を抱えて笑う。


少し離れた所では一連の展開に付いていけず、戦意喪失し、さらに脱力させられた三人の男達が、あんぐりと口を開き、突っ立って見ていた。

「あれ?星熊のやつ、あのまま行っちまったな」

弟が言う。

「ああ。被害は免れたんだ。良かったな」

それに兄が答えた。

「えっと…。俺もよく分からないんだけど、何か、変な方向に話が向かっているような気がするんですけど」

「「言うなっ!!」」

兄弟の見事なシンクロに弟分が黙る。

しかし、三人の胸中には絶対に面倒ごとに巻き込まれる!と言う、確固たる予感が飛来していた。


星熊から畑を守りきった?私達は元の場所へと戻る。

「ギニャー!」

外で待っていたアウルムから大歓迎を受けた。

え?そんなに?もしかして、心配してくれたの?と感激していたら、腰に提げたウエストポーチ(私がデザインし、職人さんに作ってもらった特注品!)に頭をスリスリ。

あー、そうか。おやつの時間だったね。

私は不思議な脱力感を味わいつつ、ポーチからアウルムのおやつを取り出し与えた。

いつもは訓練後に与えるのだけど、人を乗せて飛行するなど訓練ならぬ実戦を行っているのだ。

おやつは当然の権利だろう。

ビーフジャーキーのような干し肉を一本与えると嬉しそうに咥える。

よしよし。

「あ!そうだ!」

おやつをじっくりと味わっているアウルムの騎乗帯に備え付けられた収納袋から、私は手鏡よりは大きな鏡を取り出した。

これは、「もしかしたら、必要になるかも知れませんから」と、ヒルダさんから持たされた通信用の魔法道具。

結構、かさ張るし、メチャクチャ高い代物だし、失くしたりしたら大変だしと躊躇したのだか、ここで役に立つとは!

使用すると魔力をごっそり削られるので、普段使いは出来ない。魔力高めのヒルダさんや各領地の領主様方しか普段使いなど出来ない代物だ。

まあ、特に用もないので使用しておりませんわ、オホホと笑いながら、ヒルダさんは私に予備を貸してくれた。

手のひらよりも大きく丸い。手鏡と言ってはいるが、持ち手もない、ただの丸だ。ただ、装飾はかなり凝っている。

裏面には縁起物の動物や植物が密に彫られており、魔力が含まれた特殊な鉱石を加工して出来ている。

魔力が優れた彫金師が十年の歳月をかけて作ったそうだ。


綺麗な袱紗に包んだそれを、手のひらの上に乗せると、そっと魔力を流した。

そっと流したつもりが、結構、ごっそりとられたよ。

「あら?まあ!ナツキ様ではありませんか!ご機嫌よう」

ご機嫌ようって言ってますけど、全然、言葉と顔が裏腹ですよ?

目元ににうっすらと隈が…。

「お、お久しぶりです。忙しいところ、すいません」

「あら、いいえ!忙しくなんて、ありませんわ!ただ、西領の馬鹿、いえ、西領の領主が難癖言ってきて、対応に追われているのですけれどね!」

あー、西領かあ。西領はヒルダさんの実家で、他の領主とは違って割りと無理を言ってくるらしい。

通信の鏡を一番に使用しているのも西の領主だそうだ。

けど、馬鹿って…。何を言ってきたのだろうか?

「ちょっとピア!邪魔しないでちょうだい。ナツキ様からの通信があったのよ。他の何よりも先に優先させなければ!」

ヒルダさんの筆頭側仕え兼秘書のピアさんが近くにいるらしい。執務室に鏡があるのだから、それも当然だね。

「そんなの後回しよ。ついでにお茶の時間にしてちょうだい。馬鹿のことを考えながら、楽しくおしゃべりなんて出来ないでしょう!」

その後も攻防が繰り広げられ?、私からは声しか聞こえないのだけれど、勝利したらしいヒルダさんがにっこりとした微笑みをくれる。

「まあ、まあ。お待たせして申し訳ありませんわ。ピアったら、本当に融通がきかないのですもの」

「いえ。お忙しいのなら、後でも…」

「あら、駄目ですわ!わたくし、ナツキ様のお顔を見ながら、ほっこりとお茶タイムを満喫したいのですもの」

いやあ。絶世の美女の前に晒すような顔はしていないのですけどね?平均、平々凡々な日本人顔ですよ?

「そこがいいのです。こちらの世界の人間は皆、きりっとしたというか、きつい顔付きでしょう?

獣人は多種多様ですけれど、癒し顔って言うのかしら?ナツキ様は特別ですわ」

欧州系の顔立ちが多い、レーヴェンハルトではほぼ全員が整った顔立ちをしている。

農村なんかに行くと、ほっこりとした顔立ちのおじさん、おばさんもいるが、神殿に仕える超エリート集団にぽっちゃりさんはいない。

うん。まあ、そこは深く考えないようにしよう。

「西領の案件は大変なんですか?」

「ええ、まあ。大変ですれど、すでに騎士団を派遣しましたから、そこは大丈夫ですわ。あとはそうですね。事後処理に時間がかかりそうですけれど」

聖領騎士団を?それって大変なんじゃ…。

私の不安を読み取ったのか、ヒルダさんが優しく微笑んでくれる。

「詳細はナツキ様が帰られてからお話させていただきますわ。この会話は、全くの安全性がある訳ではございませんし」

同じ鉱石から作成されたもの同士で会話可能となるため、領主家に配備されている魔法道具で会話が傍受される可能性はゼロではないのだ。

「分かりました。取り敢えず、帰ってから、お話を聞かせてもらいますね。それで、私からご相談があるのですが…」

そうして、私は一連の出来事を簡潔にまとめて伝えた。


「そう言う訳で、北領の歪みを正したいと思っているのですが、何か良い方法はありませんか?」

ヒルダさんが鏡の向こうで考え込む。

「ごめんなさい。少し、時間をいただけるかしら?母の遺してくれた覚え書きのようなものがあるのです。もしかしたら、当時の様子がもっと詳しく書かれているかも知れません。

わたくしは娘ですが、そのことを母から聞いたことはありませんのよ。

きっと、神殿長になる前のことですから、わたくしに伝える必要がないと思われたのでしょう」

少しだけ、寂しそうな声が伝わってきた。

何だかなー。レーヴェナータの血筋は不器用な人が多いのかな?姉妹もそうだし、母子の間でも大きな隔たりがあるような気がする。

「お母さんがヒルダさんに話さなかったのは、自分と同じ苦しみを与えたくなかったからじゃないですか?」

「え?」

「だって、お母さんが出来なかったのだと告げれば、自分がお母さんの代わりに消滅させようと思いませんでした?」

「あ…」

ですよね?神殿長は聖領から動けないけれど、お母さんと同じ神殿長候補の頃なら、それが出来たはず。

「ヒルダさんも正義感が強い人だもの。消滅させることが一番の早道ならば、それを代わりにしよう。どんなに苦しくても、やり遂げようと思ったはずです」

私がきっぱりそう言うと、ヒルダさんは少しだけ困った表情をした。

「ナツキ様はわたくしを過大評価し過ぎですわ」

そうかな?レーヴェナータの血筋はおおむね、そんな感じだけどね。幼いながら、セアラちゃんもそうだし。お母さんのオーレリアは論外だけど。

「…ナツキ様、ありがとう」

小さな声に、私はただ頷いた。


それから、近況報告をした。一緒に旧領都に来ているセアラちゃんにヒルダさんは興味津々だ。

自身の後継者候補だし、場合によっては聖領に引き取る予定だ。

「けど、先入観は瞳を曇らせてしまいますから、会うのはまたにいたしますわ」

よければ、通信画面で会話しますか?と尋ねると、そんな答えが返ってきた。

すごく気になってるなーって分かる、言葉と態度なのが、かわいい。ヒルダさんって純粋培養の、屈指のお姫様だから、たまにかわいいなって思っちゃうんだよね。

言わないけど。


通信を終えると、さすがにどっと疲れた。その場にコテンと横になった。

魔力を吸われるのって、かなりの肉体労働だな。実際に動いたりしていないんだけどね。

「大丈夫か?」

離れた所で見守ってくれていたヴァンが私のすぐ側まで来て、片膝をつき、そう声を掛けた。

「うーん。しばらく横になっていたら、大丈夫。今は体の力が抜けて、座るのもだるいかも」

素直に現在の状態を伝える。ヴァンには隠しても無駄だし、私も結構、明け透けなのだ。

「そうか」

そう言うと、突然、私の背中をヴァンが両腕で起こした。かと思うと、次の瞬間、彼の大きな胸の前ですっぽりと抱き抱えれた。

私の体がヴァンの体に寄りかかるような感じだ。


えっと。照れる私に、

「巫女が地べたに寝転ぶなど、外聞が悪い」

と、そっぽを向きながら、ヴァンが言う。

あ、うん。そうだね。でもさ、皆の前で抱き抱えられるっていうのも、なんともはや、照れるのだけれど?

ラベルがキャンキャンと吠えているし。ミグ姉さんも苦笑いだ。唯一、分かっていないアウルムが干し肉を咥えたまま、キョロキョロと周りを見回す。


私達が戻ったと聞き、洞窟の中から出て来たセアラちゃんの視線が痛い。

違うのー!これは、その。色々と話さば長いのよ!

ちょっと、そこの三兄弟!(実際は兄弟と弟分)、視線を反らすのはいいけど、幼女趣味って、何よ!私は成人女性だ!









前回の投稿後、一年ぶりくらいに評価をいただいて舞い上がっていたら、同程度ブクマが下がっておりました。まさに天国と地獄。

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