吹き溜まりの人々
浄化する云々はさておき、ここって冒険者ギルドなのかなあ?領都にあるのが本部でこちらが支部とか?そんな私の疑問が顔に出たのだろうか。お頭さんが答えてくれた。
「冒険者ギルドだって?はははは!違う、違う。俺らはな、ならず者どもの集まりよ」
妙な凄みを感じさせる人だ。自分ではならず者だと称しているが、結構な大物なのかも知れない。
「まあ、聖領の巫女姫さんがミグを伴っている理由は知らんが。
なあ、おい。ミグよ。オメエ、ここに帰ったら罰を受けるとよもや、忘れてんじゃねえだろうな?」
罰?ミグ姉さんが何をしたと言うのだろう?
かつては冒険者で、今はギルドを辞めて、売っている品はともかくとして真面目に働いている人なのに。
「さっきも言った通りだよ。あたしは、過去に決着をつけにきた。二十年前、この北領から逃げたツケを払うためにね」
ミグ姉さんが、堂々とそう言ってのける。
それを、お頭さんは口元を曲げておかしそうに眺めた。
「ほう。腹はくくってあるってことか。なら、いい。テメエの言う、ケジメってやつをとくと拝見しようじゃねえか」
そう言うと、バンと手のひらで膝をうった。
「オメエらは下がっていろ」
すると、左右に侍らせていた美女達がしずしずと部屋から出て行った。
残ったのは、部屋まで案内してくれたアニキと目の前のお頭のみ。
もちろん、扉の外にはお頭の部下達がひしめいている気配が伝わってくる。何かあれば、扉を蹴破ってでも押し寄せて来るだろう。
対するこちらは戦力外の私とセアラ。戦えるのはヴァンとミグ姉さんの二人だけだ。
これからの話し合いの如何によってはこじれるかも知れない。
私は気を引き締めた。
「さて、と。これで人払いは終わった。こっからは腹を割って話そうじゃねえか。
巫女姫さんがいるのにも驚いたが、それよりも、どういう経緯で領主家のお姫さんまでいやがるんだ?」
あ、やっぱり知気付いた?私のことを知っているくらいだもの。当然、自分のところのお姫様は分かるよね。
私は、私の横に立つセアラを見下ろす。彼女には外にいる騎獣とともにいても言いと伝えたのだが、本人が同行すると申し出たのだ。
呪われた旧領都で暮らす人達の話が聞きたいと言って。
セアラは一瞬、息を飲んだような顔をしてから、口を開いた。
「はじめまして。私は北領領主の妹でセアラと申します」
お尻まで隠れる長めのチュニックの裾をドレスの裾に見立ててか、詰まんでお辞儀をした。
ここに来るのに騎獣を用いたのだ。ドレス姿では乗れない。
チュニックにパンツ姿である。乗馬服も持ってはいるそうだが、領主館に置いてきたのだそうだ。比較的、動きやすい格好をと指示された結果、従姉のお古から選んだものだ。
セアラを領主館から連れ出した際に利用した馬車は豪華だが、一般的な広さしかない。スペースには限りがあった。
ちゃんとした引っ越しではないのだ。半ば、拐うようにして出奔して来た。持っている一部のドレスや普段着など、最小限しか持って出られなかった。
同じ理由で北領から出て行った従姉達も沢山の衣装を残していた。元々、裕福な商家である。新しい土地で新しい衣装を誂えたほうが良いと判断したのだろう。
「こりゃあまた、ご丁寧にどうも。俺はナタクって言う、半端もんでしかねえが、この吹き溜まりの顔役を務めさせてもらってましてね」
「吹き溜まり?」
セアラがキョトンと問い返す。
領主館の中で、お上品な世界しか見てこなかったのだ。戸惑うのも無理はない。きっとスラムとは何たるかも知らないだろう。
「どこにも行くところもねえ。誰も待っている者もいねえ。そうした連中がいつしか寄り集まって出来た居場所、そう言えば理解出来ますかね?」
スラムでさえ、家族や仲間がいて帰る家があった。それに対して、吹き溜まりとはそんなささやかな暮らしさえ、置いてきた、または奪われた連中の坩堝なのかも知れない。
「はい。でも、帰る場所がないとおっしゃいましたが、ここがみなさんの帰る場所ではないのですか?」
不思議そうにセアラが問う。
「こんな所、吹けば飛ぶような脆い結束しかありゃしねえですよ。今は俺を中心に纏まったように見えるでしょうが、俺が死ねば、すぐにバラバラになるでしょうよ」
多分に自虐的な物言いである。
アニキが何か言いたそうにしていたが、結局、口にはしなかった。
吹き溜まりと言うくらいだ。色々あるのだろう。
「でも、まあ。そんなことはお姫さんに関わりのねえことだ。
本題に入ろうや。わざわざ、領都からここに来た理由を教えてくれねえか?」
まさか、この吹き溜まりを一掃しようってことはないだろう?と、ナタクが問い掛ける。
「私がここに来たのは、かつての領都を見てみたいと皆さんにお願いしたからです」
「ほう。こんな呪われた土地をわざわざ見たいとはね」
やや驚いたように目を丸くする。
「代替わりをしてから一度として訪れたことのない、領主家の、しかも、お姫さんがね」
「え?では、お父様はこちらへと足を運んだことがあるのですか?」
「ああ。数年に一度程度だが」
そう言うナタクの顔は、どこか懐かしそうに見えた。
「何をするために?あ、すいません。私は、お父様のご政務に全く関与しておりませんでしたので」
「そりゃあ、そうでしょう。あんたはまだ子供だ。あんた、なんて呼んだら不敬でしょうが」
「いいえ、構いません。私はもはや、領主家を追われた身ですから」
そこでセアラは簡単に自分の境遇を話して聞かせた。全くの初対面、しかも、胡散臭い相手に随分と心を寄せたものだと、私は密かに思った。
ただ、私自身も目の前の男に何かしらの信頼出来るものを感じていた。
私が出会った初対面の男達の中で、最もまともに見えないと言うのに。それが不思議だった。
ナタクはセアラの言葉を真摯に受け止め、一拍置いてから、話し始めた。
「…北領家が腐っているのは、俺も聞いて知っている。先代が亡くなられて、一気に加速したように見える。
あんたのオヤジさんはそうならないように、懸命に模索していた。そんな最中の、早すぎる死だった。
…お悔やみ、申し上げる」
片膝を立てていたのを下ろし、拳を膝にあて、ナタクは頭をさげた。ならず者だと言う、彼なりの弔辞だろう。
「ご丁寧にありがとうございます。
それで父はここで何を行っていたのでしょう?まさか、さ迷える魂に祈りを捧げるため、だけとは思えませんが」
「オヤジさんは、この呪われた旧領都を元の都へと戻らせる方策を探っておられた」
「お父様が?」
「表向きは旧領都の査察と言う名目で訪れていたようだ。俺が真の目的を知ったのはたまたまさ」
「そうでしたか…。お父様にそのようなお考えがあったとは存じ上げませんでした。
私はただ、今の北領に変わるきっかけとなった地を見てみたいと思っただけでしたが、元に戻そうとは考えてもおりませんでした」
「あんたら、今の北領領主家も被害を蒙った側だが、全く非がなかったとは言えない。
今さら言っても仕方がねえが、中継ぎの領主となった男が在任中、これと言った瑕疵はなかった。
領主の座に執着し過ぎたのはアレだが、次代の領主側がその功績に配慮するなり、もう少し温情を見せていたら、こんな有り様になるまで争うことはなかったはずだ。
こんな、手に入らないのなら、全てを壊してしまおうなんてな」
その通りだ。中継ぎの領主を領主として全うさせた後、跡を継ぐことだって出来た。
おそらく、レーヴェナータの直系であると言う驕りが次代の領主側にあったに違いない。
「あんたのオヤジさんは、何とかして過去の怨念を払拭したいと現地調査を重ねていた。
もしかすると、それがオヤジさんの寿命を縮める原因となったのかも知れねえがな…」
呪われた、禁忌の地―。かつての北領の領都に近づく者はすべからく呪われる。
そう言い伝えられている。
「実際には呪いなんてものはねえ。あるのは次元の歪みだけだ。他でもない、人が作り出したな」
だが、簡単になかったものには出来ない。恨みが深すぎるのだ。
「今の領都で領民の全てを救うことは出来んだろう。この冬も、大勢が命を落とした」
領都に家もなく、洞窟にも入ることが出来ない者達の多くがここに集まるのだそうだ。だが、ここでも選別が行われる。
他の者より金銭の持ち合わせがある者、よい働き手となりそうな者、女や子供で売ることが可能な者。酷いようだが、それが現実である。
「オヤジさんは幾ばくか、ここに資金を投じていた。ここは非合法の場所だから、それこそ秘密裏にな。だが、オヤジさんの死によってそれも途絶えた」
結果は言わなくても分かるだろう?ナタクが目で問い掛ける。
「…申し訳、ありませんでした」
セアラは子供だ。責任を負うべきは大人達である。だが、ナタクは容赦しない。
「たとえ知らなかったのだとしても、あんたは北領家の娘だ。その責任をおう義務がある」
私は反論しようと体を前のめりに動かす。それをヴァンが頭を振って止めた。
これは北領の問題なんだってことでしょう?でもね!
セアラはポロポロと涙を流し、小刻みに震えていた。自分達、領主家の愚かさが招いた現実にうちのめされていたのだろう。
ナタクはそんなセアラをしばし、無言で見つめ、
「あんたのオヤジさんは、息子や娘、子供達に生まれ変わった領都を見せてやりたい、そう言ってたぜ?」
と、優しいようにも聞こえる声音で言い添えた。
「あ…」
セアラの瞳から、新たな涙が零れ落ちた。それはとても綺麗で、そして、言い表せない哀しみに彩られていた。
少し、短編過ぎたかも?でも、区切りがいいので投稿しました。