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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
145/210

過去からの因果

本日もパンを売って売って売りまくった私は、半ば屍のようになりながらも、それなりに成果を得た。

市場と言うのは、人の坩堝だ。人が集まるところには情報もまた集まる。

私達、旅の一向が領都に到着してわずか四日目にして、北領の領主に関して、おおよそのことが分かった。


現領主は、名をアランと言い、先代領主の一人息子である。彼は、成人して間もない若い領主である。

生前、父親は息子に、自分の側で領主としての経験を積ませようとしていた。しかし、その矢先に、当の父親が亡くなってしまう。それ故、領主として経験が圧倒的に不足しているのは仕方がないことだった。

また、先代には兄弟は一人もおらず、叔父が一人だけいるにはいるが、件の養護院で院長をしていて、政治には不介入の立場であるらしい。

そこで、実母である先代領主の未亡人が後見人となった。未熟な領主を母親が支えている…と、言うのは表向きで北領はこの未亡人によって牛耳られていた。


「オーレリア様、ね」

私は口のなかで、その名を呟く。

お姫様のような、綺麗な名前だなと思った。

彼女は、先代領主の未亡人であり、そして現在、影の領主と囁かれている女性である。

忘れてならないのが、ヒルダさんの実の姉だと言うこと。

噂では金髪に淡い紫の瞳をした、非常に美しい女性らしい。だが、薔薇に棘があるように彼女もまた、美しいだけではないのだろう。

棘どころか、棘の先っぽに猛毒を含んでいるかのような、凄まじい悪評に包まれていた。


曰く、北領の政治の中枢では汚職や賄賂による腐敗が蔓延し、彼女によって、北領の人事は彼女の意のままに行われているらしい。また、正しい行いをする、まともな人や彼女のやり方を糾弾する人物は次々に更していった。

残ったのはクズばかり。彼らの頭にあるのは、自分達の私腹を肥やすことばかりで北領で暮らす領民の暮らしを顧みることなど一切ない。

と言うのが、情報収集を行った結果だ。悪評なら、まだまだ、腐るほどあるらしいが、全部を披露するのもバカらしいくらい、とんでもない現状らしい。


「想像していた以上だな。北領の現状は」

ヴァンの眉間に大きな皺が寄った。彼もまた、朝から領都の中を歩いて、情報を集めていた一人だ。

私は本日のお勤めを終え、宿へと戻ると、これまで仲間達が市場や街中で仕入れた情報を宿の一室で聞いていた。

「でも、おかしくないですか?」

ラベルがそう声を上げた。

「おかしいのは分かりきっている。何が言いたい?」

「だって、汚職をする輩や賄賂で成り上がった者ばかりでまともな領地運営が出来るはずがないですよ。

このままでは自分達、領主家の存続さえ危うくなると言うのに、あえて看過しているんですよ?」

あ!そう言えばそうだね。

領地や領民が疲弊すれぱ、それは領主家にまともにはねかえってくる。

「それは全く、その通りだが…」

ヴァンが盲点をつかれたように唸った。

「ね。おかしいですよね?」

ラベルが周囲を見渡した。

ここにいるのはいつものメンバーだ。私、アリーサ。そして、三人の守護騎士達。

ミグ姉さんとエリーは引き続き、情報収集に励んでいる。二人は北領の冒険者ギルドに潜入し、裏社会からも探ってくれているらしい。

くれぐれも用心してねと、私は二人を送り出した。

北領は人身売買や奴隷制が残る、ある意味、とても危険な地だ。

気の良い人達が集まった聖領の冒険者ギルドとは違って、人拐いや暗殺と言った、後ろ暗い依頼をこなす冒険者もいるらしい。


「…それが目的なのじゃないかな?」

私は嫌な想像をした自分自身に、嫌悪する。けれど、そうとしか思えなかった。

「どういうことですか?」

「うん。先代領主夫人…。ううん、オーレリアは北領を潰したいんじょないかな?。そして、それを建前にして、聖領に進攻するつもりなのかも知れない」

「なっ!そんな馬鹿な。自分の領地をわざと崩壊させるなんて正気とは思えない!」

「うん。きっと、正気じゃないんだよ」

「っ!」

私の言葉に、居並ぶ一同が絶句する。

「彼女にとって、北領なんてもう、どうでもいいんだろうね。どうして、そう思うに至ったのかは、私には分からないけれど。

帰る場所を無くしてでも、聖領に、ううん、ヒルダさんに一矢報いたいと思っているんじゃないかな?」


レーヴェンハルトの中央にある聖領は世界の中心である。そして、そこにある神殿の神殿長の座につき、世界の調和と安寧を司るヒルダさんは神にも等しい。

ううん。レーヴェナータ同様に女神と呼んでも差し支えないだろう。

「かつて、手に入らなかったものを欲しがるのは、それほどおかしなことじゃないよ」

「それは欲しがる対象が人やモノであったなら、でしょう?

神殿長の座は、子供が欲しがるオモチャのような、そんな単純に手に入るようなものではありません」

ヴァンが唸るように言う。

「そうだね」

と、私は彼の言葉を肯定した。

「ナツキ様?」

この考えがあっているのかどうかも正直、分からない。分からないけれど、分かっていることもあるのだ。

「神殿の神殿長の座は、人によってはどんなことをしても手に入れたいものなのかも知れない。

けど、そのために北領の民を犠牲にしていいはずがない」

私は心底、腹を立てていた。


かつての権力争いの末、北領では領都が遷都され、以前とは暮らし向きが悪くなったのは、これはもう、言っても仕方がないことだ。

だが、現状、北領での暮らし向きはさらにひどくなっている。これは辺境であろうと、領都であろうと大した変わりがない。多くの人が貧しく、そして、困っている。

領地の務めを果たさない領主と、その母親がいるせいだ。


苦しい北領での暮らしから抜け出すために魔獣の跋扈する地に足を踏み入れ、命を落とした大勢の人達がいる。

北領の土地は作物が実りにくい。そのために聖領から救援物資が届けられている。だが、その救援物資が届けられなくて、飢えて亡くなって人もいたことだろう。

子供達を守るためにある養護院では人身売買が行われ、何も知らない子供達が犠牲となった。


そして、ヒルダさんが日々祈りを捧げ、この世界を護るために心血を注いでいることを、オーレリアは知らない。いや、知ろうともしないのだろう。


私は、運命に導かれるようにして、神殿の巫女として、この世界に転移させられた。

驚きや恐怖が全く無かった訳ではない。嬉しい出会いもあれば、悲しい別れもあった。

ただ、それらを上回る喜びや幸福感を得られた。


はっきり言おう。私は、この運命に感謝したい。


だからこそ、レーヴェンハルトの害悪を放置する訳にはいかない。巫女としても、一人の人間としても。


「明日、養護院に行こうと思うの」

私は、皆にそう告げた。

ヴァンが一つ頷いてから、

「それは先代領主の叔父だと言う院長に会うためですか?」

と、問うたので首を縦に振った。

「ええ、そうよ。院長が北領の全てを知っているような気がするの」

それは勘でしかなかったけれど、当たっていると確信している。

同時に、人がいないのに領主家からあえて出された彼がこの先、腐敗した北領を導いてくれる、そんな予感があった。

「うん!とにかく、事を行うにしろ明日以降だ」

今夜は気力体力ともに十分に補って、明日に備えよう!パン屋の売り子はお休みするよ!


午前中はパン屋の売り子なのは、もう規定路線なのか…。この日も朝から頑張って働いた。

それから、メーテル達の家にお邪魔してロック君と合流を果たす。メーテルも一緒に行く予定だ。

「院長様に会いたいって、それは構わないけどよ。覚悟はしておけよ?」

は?覚悟とは?養護院って孤児達の面倒をみる場所だよね?何の覚悟が必要なの?

「見れば分かる」

ロック君はそう言って詳しくは教えてくれなかった。

むー。まあ、行けば分かるよね。うん。


そこはまさしく戦場であった。もちろん、剣や魔法で戦う本物の戦闘なんかじゃないよ?

大勢の幼い子供達がひしめき合う、育児の戦場だ。

「びえええええええ!」

「ふぎゃあああああ!」

「ひうぅぅぅぅぅぅ!」

赤ちゃん達の大合唱をBGMにスプーンを振り回す幼児を叱りつけ、その一方でフォークからすっぱ抜けた丸い物体が宙を飛んでいる。

あ、飛んできたプチトマトに似た紫色の物体がスープ皿の中に…。あーあー!被害は甚大だ。

「ほらほら。泣かないで下さい。代わりを用意させますからね」

スープを台無しにされた女の子がギャン泣きするのをあやす、中年男性がいた。それがこの養護院の院長にして領主一族のエインさんだ。

「トム、駄目ですよ。それはスージーの朝ごはんですよ」

隣の子の食事をかすめ取ろうとする男の子にすかさず注意する。

「えー!これっぽっちじゃ足らないよ!」

「皆、平等ですからね。文句を言ってはいけません」

幼児にまで敬語を使う、変わった人だ。

赤ちゃん達の世話は女性達に任せ、院長は、もう少し大きな子供達のお世話係らしい。

黒い衣装は、あちらの世界の神父さんが着るような服装だ。それもそのはず、彼は神職に就いている。

女性しかつけない神殿の神官の、男性版らしい。彼らは神徒と呼ばれ、レーヴェンハルトにはそうした神徒が数多く存在する。

聖領には神殿しかないため、私は初見であった。

お世話係の女性達は近所のボランティアで、この養護院にいるのは神徒である男性ばかり。しかも、院長を含めて、たったの四人きりだ。

対する子供達の数は二十人くらいはいるだろうか。朝昼はボランティアの女性達が手伝いに来てくれるそうだが、夜間は三人が交代で不寝番をしているそうだ。

ここにいるのは三人。昨日の不寝番であった神徒は、早朝に交代して、ただ今は就寝している。


だらだらだら。私がスプーンでスープを飲ませていた幼児の口からスープがこぼれ落ちる。

「ひー!!!」

少々、パニックに陥った。

「ナツキ様。私が代わります」

アリーサが幼児の口元を拭って、テーブルの上をさっと片付けると、慣れた手つきでスープを飲ませていく。

「この子は離乳食を始めたばかりなのでしょう。まだ、うまく食べれないようですね」

少しずつ、きちんと飲めているのか見極めながら、スプーンを運んでいく。

う。私って役立たずだ。子育て経験ゼロなのは、やっぱり女子として失格だね。


地球時代?施設にいた頃、赤ん坊や幼児もいたけれど、私は周囲に壁を作っていて、あまりうまくやれなかった。

「これじゃ子供達より駄目だ」

ロックとメーテルの二人は勝手知ったるとばかり、養護院の子供達を上手に世話している。

はあっと肩を落とす私の背中をツンツンとつつく者がいた。

ん?誰よ?

「ぶほっ!」

思わず、吹き出してしまう。

だって、振り返った先に頭にたくさんのリボンをつけられた、無表情ながら困り顔のセーランが立っていたからだ。

綺麗に結わえられているのではなく、思い思いのスタイリング?であっちこっちの髪の毛が色とりどりのリボンで結ばれている。

「ど、どうしたの?なんか面白いことになっているんだけど」

「…女の子の集団に襲われて」

セーランの視線の先には、年長さんらしき、おしゃまな感じの女の子達がたむろしていた。

狭い養護院ではテーブルや椅子の数が足りないため、小さい年齢の子供達から食事をし、年長組はその間、掃除をしている組や待機している組とで分かれている。

そんな待機中の子供達に、見た目だけならダントツ綺麗なセーランは目をつけられたようだ。

「かわっ…かわいいわよ?」

ぷふふ。

「…掃除を手伝いに行ってきます」

掃除組は男の子が中心らしい。

私は去っていくセーランの後ろ姿を見送った。

頑張れ!


ここ最近、ラベルに付き添いを頼んでばかりだったので、今回はセーランをお供にやって来たのだけれど、ちょっと可哀想な感じになってしまったな。

ちなみにヴァンはお留守番だ。見た目から子供に恐がられそうな狼系獣人の彼は論外だからだ。

人も獣人も関係なく、いい感じに混じりあっている聖領ならば、獣人の子供達に大人気のヴァンであるが、北領に来てからは獣人にはあまり良いイメージがない。

メーテルを拐おうとした輩とかね。

実際、北領に住んでいる、ただの人にとって、獣人は近寄りたくない存在らしい。

時に領主の兵として、人々から税金を無理矢理搾取していったり、娼館の建ち並ぶ町の有力者に雇われた獣人達は女子供を拐っていったり、ろくなことをしない。

もちろん、いい獣人もいるよ。大半が穏やかに生活している。


騒がしい朝の喧騒が過ぎれば、年長の子供達はお勉強。小さな子供達はお散歩や日向ぼっこなど、思い思いに過ごす。

「申し訳ありません。お客人に子供達の世話を手伝っていただいて」

そう言って頭を下げるのは養護院の院長エインさんだ。

「いえいえ。たいしたお世話も出来なくて、かえって恐縮です」

ここは院長室、養護院の責任者の執務室であるが、古めかしい執務机やソファしかない。

かなりの年代物に見えるソファは所々外装が剥がれて中身が見えている。

「いや、お恥ずかしい。先代の頃から使っている家具ばかりで随分とガタがきているようで」

「先代?院長先生の前の院長さんですか?」

「どうぞ、エインと呼んで下さい」

最初にそう申し出てから、院長、エインさんは養護院の現状を語り始めた。

そうそう。私はロック君とメーテルの友人として、こちらを訪れれている。北領の子供達の現状を憂える、聖領から視察に来た者としてだ。

まあ、最初にナツキと名乗った時点で私の素性はばれているようだ。エインさんが戸惑ったように、私を眺めたのでニコリと笑ってごまかした。

ロック君らは他に手伝いをするため、ここにはいない。時々、養護院にやって来ては人手不足の院を手伝っていくのだそうだ。

本当にいい子達だね!


「北領は大地が痩せて作物が実りにくく、また、冬になれば厳しい寒さで凍りつく。レーヴェンハルトの他の領地に比べても、非常に暮らしにくい土地なのは昔からです。

けれど、今のように人々が困窮するようになったのは、百年ほど前からのことです」

「百年前?前の領都から今の領都へと変わったことが、そもそもの原因なのではないのですか?」

「もちろん。かつて領都があった頃に比べると生活は厳しくなりました。けれど、飢え死にする人々が出るようになったのは、さらにこの数十年の間です。

北領は貧しいながら、それなりに暮らせていたのです。そうでなければ、とっくの昔に領民が死に絶えていたことでしょう」

そう言われれば、そうかも。


この世界を創造したレーヴェナータとキーラが厳しい北領の大地に暮らす人々を見捨てるようなことをするはずがない。

穏やかな気候で作物が育ちやすい東領や砂漠や大山脈などの大自然の恵み豊かな南領に比べると、北領は暮らしにくいと思う。

けれど、他の領地にはない鉱山など物資が豊富だ。作物が育ちにくいならば、他から得ればよい。

実際、北領の領主達はそうしてきた。寒い冬の間、農村の人々は鍛冶仕事や冬の手仕事で収入を得てきたのだ。それで人並みに暮らせていた。

それが滞り始めたのが、エインの言う百年前からのことらしい。

一体、百年前に何が起こったのだろうか?

その真実は思いもかけない出来事から発していた。まるで呪いのように。


「全ては二代前の領主、私の兄がオーレリア姫の降嫁を強く願ったことに起因しているのです」

そして、エインは語り始める。


後継者争いによって荒廃してしまった北領の領主となった、北領領主家の悲願が生んだ悲劇を。












読んで下さり、ありがとうございます!

前回の更新からブクマが増えました。

何ヵ月ぶりか?の読者様の反応に、やっぱり書くのを止めるのはやめようと思いました。

ありがとうね!頑張ります!


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