子供達と一緒に
口の悪い聖獣が枯れ草を食みながら、私を値踏みするかのように上から下まで眺める。
《はあ〜っ。がっかりだぜ。俺の好みはボンキュッボンのお姉ちゃんにのによお》
うるさい!何なの?この聖獣にあるまじき、下品な感じは。全くルウちゃんや水蓮とはエライ違いだよ。
「あの〜、この駄羊は一体…?」
「え?駄羊?アルバさんはペットだよ?」
クリクリとした目がかわいい、小さな男の子が教えてくれた。
「は?ペットって」
「かわいいよねぇ」
「ねえ。カワイイねー」
小さな女の子達が同意する。
これがカワイイ?あ、駄目だ。これってもしかして、ジェネレーションギャップってやつ?
「可愛くなんてないわ。ただのムダ飯食らいよ」
メーテルがバッサリと言い切った。
ですよね!可愛くはないですよね?
《おまっ!メーテル!なんちゅうことを言うんだ!チビの頃から面倒を見てやった恩を忘れたか!》
「メエメエ、うるさいわよ」
あれ?メーテルにはアルバの言葉が聞こえてないの?
「ねえ。アルバっておしゃべりする羊、だよね?」
「あなたも何を言ってるの?馬鹿なの?」
あ、また馬鹿って言われた。
「羊がおしゃべりなんてする訳ないじゃない」
呆れた口調だ。
「お姉ちゃん、馬鹿なの〜?」
「ち、違うわよ?変わった羊だから、おしゃべり出来るのかな〜って思っただけよ?」
「ふうぅ〜ん」
う。そんな目で見ないで。
「ほら。あんた達、お昼ご飯の支度を手伝って」
「「はーい」」
「「ご飯〜」」
子供達の興味はすぐに別へとうつる。
助かった〜。
「ねえ。ラベルにもアルバが人の言葉を話しているようには聞こえない?」
私はコソッとラベルに耳打ちする。
「俺にはメエとしか聞こえませんが…」
困惑したような顔をする。
《けっ。てめえは薔薇姫と契約してやがるだろうが!その恩恵だよ。そんなことも知らねえのか》
くっ、屈辱的。羊に貶されるなんて、長い人生で初めてのことだ。
「セイラ!起きてよ!」
私は、斜め掛けしているセイラ専用鞄をポンと叩いた。
《うにゅ?ご飯なの?》
私がパン屋で朝からずっと働いていた時も、鞄の中で寝こけてただけなのに第一声がそれなの?
《うん?》
コシコシと寝ぼけ眼をこする。
《わあ!まん丸毛玉だー!》
《てめっ!その呼び名は止せって言ってるだろ!》
背中の羽を振るわせながら、セイラがアルバへと向かって翔ぶ。それから金色の角の先っちょに腰を降ろした。
「ぶふっ。まん丸毛玉…」
私はつい、吹き出した。
《おい!てめえはこいつの主だろ!注意しねえか!》
「はあん?聞こえませーん。私は、おしゃべりする羊なんて存じませーん」
聞こえない振りをする。
《てめっ!》
《まん丸毛玉、太ったね〜》
セイラが呑気そうにダメ出しする。
妖精のセイラの登場に子供達は大騒ぎとなった。けれど、メーテルの、お手伝いしない子はご飯抜きと言う言葉に騒然となって、黙々とお手伝いを始める。
外観はボロボロで今にも崩れそうなバラックだったが、中は広々としていた。
「この辺りは廃屋になった古いバラックが多くて、わざわざ壊すのも手間だし、放置されているの」
メーテルが床の上に直接敷いたゴザの上にお皿を並べる。それから、それぞれのお皿に貰ってきたパンやおかずを盛り付ける。
それをお手伝いを終えた子供達が目を輝かしながら、見つめている。まるで飼い主の食べてよし!を待っている子犬のようだ。
このようなバラックは仮の住まいである。過ごしやすい春から秋にかけて雨露をしのぎ寝られれば、それで良いと考えられていたため、簡単な補修以外に手間をかけることはないとのこと。
そもそも、バラックは仮の住居となるはずだった。先の領都が呪われた地となったがために、代替わりをした領主によって急遽拵えられた。
「新しく来た領主様は、北領の政治を建て直すのに手一杯だったそうよ」
中継ぎの領主による領都の壊滅は、その後も領主をはじめとする貴族達や民の暮らしに暗雲をもたらした。
「悪いときに悪いことは重なるものなのね。この地に都を移してから、ただでさえ作物が育ちにくい土地柄なのに天候不良で作物が育たなかったり、それまで豊富な鉱石を出土していた鉱山が閉鎖したり、年々、財政が逼迫して、代々の領主様方はとにかく北領を潰さないように必死で、私達のような底辺にいる民の生活のことまで手がまわらなかったの」
メーテルはまだ一人で食べるのが覚束ない幼児の食事の世話をしながら、領都での暮らし向きについて話をしてくれた。
「それでも生活をする上で最低限の保証はあったんだ。それが全く無くなったのは、今の領主様に代替わりしてからだ」
そう言ったのはロック君だ。彼は、ここでは最年長でリーダー的な存在である。
「養護院への補助が削られて、一日二度あった食事も一度あればいい方でない日も増えた。そんなだから、俺達は年がら年中腹を空かせていた。
その上、食えなくなった親達が子供をどんどん捨てていくせいで子供の数は増える一方だ。
養護院で食えないなら、俺達自身の手で稼ぐしかない。それで俺達は養護院を出て、外で暮らし始めたんだ」
ロック君が仲間とともに養護院を出奔したのは十歳の頃、最初は四人だったそうだ。
年長の三人組とメーテル。女の子であったメーテルを連れて出たのは訳があった。
「売られるところだったんだ」
その言葉にメーテルが俯いた。
「養護院の院長様はそんなことを許すような方じゃなかったけれど、雇われて生活の面倒をみてくれていた男のなかにそんな考えをする者がいたんだ」
メーテルの前に何人かが娼館へと売られた。院長へは商家に奉公に出したと偽り、売った金を己が着服したのだ。
それが分かったのは、売られた女の子がぼろぼろになって戻ってきたからだ。
「その子はユニの…、実のお姉さんだったんだ」
年長組の一人、男の子だけど柔和な顔立ちをしている少年をロックがチラリと見遣る。
売られて三年で優しくて綺麗だったお姉さんは見る影もなく、痩せ衰えていたそうだ。
「病気だったんだ。けど、薬をもらえるどころか休ませてさえもらえずに病気が悪化して、それでも最後の力を振り絞って帰って来たんだ。俺達に真実を伝える、ただ、それだけのために」
ぐすっと鼻を鳴らす音が年長組から聞こえた。
幼い子供達は食べることに夢中で話を聞いてなどいない。いや、聞いてもまだよく分からないのだろう。
「テトラ姉は帰って来た翌朝に息を引き取った。亡骸を俺達が養護院の隣にある墓地に埋葬したんだ」
ロック君が語ってくれたのは自分達、孤児達がどうして子供だけで生活するようになった理由だ。
それは胸を締め付けられるような悲しい理由があった。ユニ君の亡くなったお姉さんはどれほど苦しかっただろうか。
商家に奉公に行くのだと聞かされて向かった先が娼館で、助けて欲しくても誰も助けてなどくれなかった。
辛く苦しい毎日のなかで想うのは、たった一人の弟のこと、そして、養護院で共に育った仲間達のことだったのだろう。
だからこそ、最後に彼らに警告するために命懸けで養護院へと戻ったのだろう。
「あんた…、何で泣いているんだ?あんたに関係ないだろう?」
ロックが不思議そうに目を瞬く。
私は、頬を熱い涙が伝うのを乱暴に袖で拭った。
「関係なくないよ!子供達が苦しんでいるのを聞いて、知らんぷりなんて出来る訳ないっ!」
ホント、年をとるごとに涙腺が弱くなる。レーヴェンハルトに転移して、若返ったけれど、それは変わらない。
「なんでそんな…。大人は…、院長様を除いては誰も俺達、孤児のことなんか気にしちゃくれない。
北領じゃ、大人だって一日を生きることに必死なんだ。他人のことを気にかけている暇なんてない。
それなのにどうして?」
「子供は国の、世界の宝なんだよ!子供がいなかったら、世界は滅びるし、暗い世の中になってしまう。
私達、大人が子供達を虐げていい理由なんてどこにもない!」
私がそう力説すると、ロックが顔を赤らめた。
「へ、変なヤツ」
変じゃないよ!子供は大切にしないといけないの!
「それより、テトラちゃんを売り飛ばした野郎の居場所を教えて。私がぶっ飛ばして来るから」
「は?いや、それはもういいよ」
よくないよ!半殺しにしても足りないくらいだよ!
「テトラ姉が帰って来て真相を知った院長様が罰を与えたから」
罰?雇われた者の不正に気付けなかったボンヤリさんに何が出来るって言うのよ。
「院長様は不正に関わっていた者全員に奴隷の呪印を刻印して、鉱山奴隷として一生送るようにしたんだ」
「奴隷の呪印って?」
「言葉通りの意味だ。魔法で奴隷契約を施すんだ。犯罪奴隷は皆、刻印されて一生見えない鎖に繋がれるんだ」
え?なにそれ。こっわ!養護院の院長先生なんだよね?
「院長様は先代領主様の叔父さんで領主一族だから」
院長様って一体、どういう人なの?会ってみたい。
羊の姿をした聖獣アルバは本当に子供達のペット扱いをされているようだ。幼い子供達から、いい子いい子されていた…。
からかうと《うるせえ!》と言葉が返ってきたが、子供達からされるがままだ。
肥満体のぐうたら羊だけど、子供好きなんだね!あと、口が悪いよ。毛を刈っちゃうぞ?
あ、黙った。毛刈りは嫌なのか。そうか。
「今日はどうもありがとう。また明日、お邪魔させてもらっていいかな?」
私から提供したパンやお菓子は、幼い子供達のハートを鷲掴みにしたようだ。
「お姉ちゃん、バイバイ!」
「また、明日ね!」
「お菓子。美味しかった!」
そう言いながら、足の周りをまとわりつく。
癒されるわ〜。
「ワンちゃんもまたね!」
「ワンちゃんじゃない!」
ラベルが涙目になって否定するも、子供達は聞いていない。
人より力の強い獣人は兵隊や冒険者、それに鉱山の労働力として引く手あまたでこの辺りであまり見かけないのだそうだ。
いても、ひ弱な種族がほとんどで犬系獣人は皆無。物珍しさと柴犬みたいな、かわいさでラベルは大人気だ。
うんうん。分かる、分かるよ。
「明日は養護院に連れて行ってやるよ」
すっかり打ち解けてくれたロック君が案内してくれるらしい。いい子!
「ちょっと!明日もパン屋で働くんでしょうね?」
メーテルがすっと割り込んで来た。
う、本心はしんどいので働きたくないけど、ここで嫌と言い訳にはいかない。子供を働かせて大人が遊んでいいはずかない。
「…はい」
翌日もパン屋の売り子決定だ。
そうして別れを告げ、私達は泊まっている宿へと戻る。
帰り道、アリーサがこんなことを私に言ってきた。
「私は自分が一番不幸だと思って生きてきたのですが、今日はそれが恥ずかしくなりました」
アリーサは子供達の面倒をメーテル同様、甲斐甲斐しくみてくれていた。同じ養護院出身で子供達の面倒を見ることに慣れているのでそつなくこなしていた。
「不幸に優劣なんてつけられないでしょう?だから、自分より不幸だと思ったとしても、恥ずかしいと思うのは違うんじゃないかな?」
私の言葉にアリーサがはっとして顔を上げた。
「そう…、そうですよね。私ったら、何を思い違いをしてたのかしら」
「ずうっと不幸だと思っている限りは不幸から抜け出さないんじゃないかな。私が言うのもなんだけど」
私だって、地球にいた頃は、自分が不幸だと思っていた。生きていることが幸せだと思えるようになったのは、この世界に来てからだ。
たくさんの大切な人との出会いが私を変えてくれた。
「アリーサも私も、過去にばかり拘っていないで未来で幸せになれるように努力するべきよ」
これは私自身に言っている。不幸だと思っている間は、ずっと不幸なままだから。
そんなのはごめんだ。私は、私の出来る範囲で幸せになるんだ。
またまた、お久しぶりです。ご愛読ありがとうございます。楽しんで?読んでいただけるよう、頑張ります。