新しいルート
さて、腐敗した町の刷新には町長を新しく選出することとなり、皆から支持を受けて立候補することとなったのは、宿屋のリッピだ。
「と、とんでもない!私なんかが、そんな大任をやれる訳がないですよ!」
と、拒絶していたのを私が、
「町長になってさ。この町の宿屋を管理する組合なんかを作って、町を訪れる旅人に警告を与えることを義務付けるとかすればどう?
そうすれば、無恥な旅人が危険な目に合うことも少なくなるんじゃないかな?」
と、アドバイスすると途端にやる気になったようだ。
「そうなれば、彼女のような犠牲者がなくなるかも…」
先の町長は警備隊隊長の不正を領主に報告し、一連の処理を終えたら辞任する予定だった。彼は長い間、医者のオルクが行ってきたことを黙認してきた。その罪を償いたいと言っている。
「そうよ。過去は変えられないけれど、この町の在り方を変えることで、新しい町へと作り変えることは出来る。
亡くなった人達への弔いと思って、リッピさんにはそれをやってもらいたいの」
「…はい。はい!」
泣き笑いの表情でリッピが決意を固めた。
うん、これでよし。新しい町作りに関しては、リッピを中心に町の人達が頑張ってくれるだろう。
さてと、あとはもう一人にやってもらうことだけど。
私はホップが店を構える場所へとやって来た。付き添いはミグ姉さんとエリーの二人だ。
何故、彼女ら二人が一緒に来たのかと言うと、新しい事業を始めるためである。
「よお。来たか」
相変わらず不健康そうな容貌のホップが私達、三人を出迎えてくれた。店の従業員はガラの悪そうな若い者から、お年寄りまでと幅広い。しかし、女性は見当たらなかった。
通されたのはホップの執務室のようだ。なんと言うか、中小企業の応接室に近いものを感じる。よく言えばアットホーム。悪く言えば、煩雑きわまりない。女性がいないからって、片付けないと駄目だよと言いたくなる。
「まあ、座れ」
示されたソファには私とエリーが腰掛け、ミグは扉側に立った。
「警戒しなくても、何もしやしねえよ」
めんどくさそうにミグを見て言う。
「気にしないでよ。性分なんでね」
ミグが軽く手を振って、相手をいなす。
「はあ、そうか」
ホップもそれ以上、無理強いするつもりはないようだ。
「おい」
振り返ってそう言うと、秘書らしい青年がホップに書類を手渡した。
「ああ。紹介しておく。こいつはリーオだ。新しい店を任せるつもりだ。今後、店が軌道に乗ったら、あんたらと直接交渉するのはこいつだ」
「よろしくお願いします」
折り目正しく、青年が頭を下げる。丸っきり人の姿なのに、カメレオンのような緑色の髪の毛の色は珍しい。
私がまじまじと眺めていると、
「こいつはな、獣人と人との混血だ」
ホップがそう説明する。
「そうなの?」
「ああ。先祖に混血の者がいたらよくあるんだが、珍しい毛並みや外見で生まれてくることが稀にあるんだ。
こいつもその一例さ」
ほうほうと、私は納得する。
「先祖が爬虫類形の獣人だったんです」
はあ?カメレオンの色だなーって思っていたら、まんまだった!
私はまだ見たことがないのだけれど、爬虫類形の獣人もいるそうだ。
「北領じゃ、珍しくもなんともねえよ。珍しがるのは他領の人買い連中だ」
「オヤジさん…」
リーオが困った顔でホップを見る。
オヤジさんて呼ばれてるんだ。ぶふっ、なんか似合わないな。
「知っておくべきだ。聖領の巫女なんだからな」
彼から怒りを感じ、私は姿勢を正す。
「北領が貧しいのは昔からだが、それにつけこみ、子供を買いに来る連中がいる。そのほとんどが他領のやつらだ」
リーオもまた、人買いに買われた子供の一人だった。その商人は万事にケチ臭く、帰りの護衛料すらケチッた。
それに嫌気がさしていた護衛達は強い魔獣と遭遇した際、最後まで守るのではなく、商人とその荷を置き去りにして逃げてしまった。荷物には子供数名が含まれていた。
ホップはきな臭さを感じ、後を追いかけた。案の定、護衛は逃げ出した後で商人は魔獣の餌食となった。
幌のついた荷台も襲わる最中で、ホップは仲間と一緒に魔獣を退けた。
数名いた子供のうち助けられたのは、たったの二人だけだった。
ホップは子供達を連れ、町へと戻った。それからすぐに護衛についていた傭兵達を探しだし、殺した。
「こいつは生き残った二人のうちの一人だ。もう一人は女の子でな。里子に出した。もう、とっくの昔に嫁にいったよ」
そこで一度、言葉を区切る。ホップが両手を組んでその上に顎を乗せた。
「あんたの提案はいいと思う。だが、こうした輩もいることをしっかりと把握しておいてもらいたい。俺達の方で全ての旅人を検査してまわるのは無理だ。
人身売買を無くせと言っているんじゃない。そうしないと生きられない連中もいるからな。
ただ、知っておいてもらいたいのは、俺達が始める新しい事業は、そうした輩を助けることにもなるってことをだ」
「もちろん、肝に命じます」
私はしっかりと頷いた。
私が提案し、ホップに依頼したのは聖領の冒険者ギルドの出張所をこの町に新しく設立し、聖領と北領とを安全に行き来出来るルートを構築することだった。
それには騎獣を沢山抱え、なおかつ魔獣と戦える戦闘力を持った冒険者ギルドと手を組むのが一番だ。
そこでエリーとミグの二人を連れだって来たのだ。
私達が話をしている間、エリーはホップから手渡された書類を黙々と精査していた。
「おおまかな筋はこちらで結構です。もちろん、決定はギルドに帰ってから判断を仰ぐことになりますけど」
「結構だ」
「よろしくお願いします」
リーオ君は爽やか好青年だねえと、近所のおばさん目線で眺めていたら、エリーが挙動不審なことに気付く。
キョロキョロと視線が落ち着かず、頬が上気したように赤い。
「ん?エリーってば、もしかして、具合でも悪いの?」
「え?いえ!そんなことは…」
「そうなんですか?よろしければ、奥の部屋で休んでいかれては?」
心配そうにリーオがエリーを見つめる。
ぶわわわわわわわわ。エリーが全身火だるまとなった。比喩ではなく、そうなった。
「ぎゃー!何で発火してるのよ!」
聖霊魔法の使い手であるエリーは、時としてとんでもない自然現象を引き起こす。
「水ー!誰か、水持ってきてー!」
ボヤ騒ぎから、数分後。火は無事に消し止められた。
あーあ。ソファから何からびしょびしょだよ。
「ご、ごめんなさい」
小さく項垂れるエリーを、リーオが優しく気遣う。
「気にしないで下さい。聖霊魔法は扱いづらいと聞いたことがあります。若いのにスゴいなあ!」
純粋にそう褒める。
自分もまだ若いのに気遣いがちゃんと出来て偉いなあ。それにやっぱり、好青年だ。
エリーが真っ赤になって、うつ向いた。
あれ?そうなの?私はエリーの挙動不審の原因が何か、分かった気がした。
そっかー。恋心ってやつだね?ふんふん。応援するよ!って心の中で思っていたら、
「おい。マチルダの奴が待ってるんじゃないか?もう、帰っていいぞ。今日は顔合わせに呼んだだけだからな」
「けど、こんな有り様なのに」
「いいから。元々、お前は休みだったのを無理に来てもらったんだから、後始末はうちの連中にやらせるさ」
「そうですか…。それじゃ、お言葉に甘えて。すいません」
「ああ。本決まりになったら、その分、余計に働いてもらうさ」
「はは。怖いなあ。オヤジさんは冗談は言わないからな」
そう言ってから、私達へと、改めて向き直った。
「すいません!ろくにご挨拶も出来ていないのに、先に帰るなんて」
「いいわよ。これじゃ、話も出来ないし」
水びたし、焼け跡が残る部屋は燦々たる有り様だ。
「お帰りになる際にはまたお寄りください。これから作る店の方にご案内します」
元々の建物はあるのだそうだ。内装や騎獣用の小屋などを新しく増築するらしい。
「妻も喜んで接待させていただきますので」
「え?結婚されてるんですか?」
「はい!オヤジさんに助けられた子供のうち、女の子っていうのが俺の嫁さんなんです。この春、赤ん坊も生まれたばかりなんですよ!」
子育て真っ最中なのだそうだ。今日は久しぶりの休みで家族でのんびり出来るはずだったのを急遽呼び出されたらしい。
「それじゃあ、失礼します」
最後までいい笑顔だ。
私はそっとエリーの横顔を伺った。彼女は灰となっていた…。
うん、ドンマイ!そっと視線を反らした。
「そろそろ話をしていいか?」
ホップが疲れたように切り出す。
「ええ。もちろんです!」
失恋直後の乙女はそっとしておくに限ると、私はホップへと向き直る。
「歩きながら話そう」
水びたしで使い物にならない部屋から出て、私達はホップ商会の中を見てまわった。
「色々と取り揃えてあるんですね」
「大半は東領にある恩人と取引したものさ」
ホップさんを助けてくれて、大人になるまで育ててくれたっていう人だね?
「ああ。そうだ」
北領で産出される金や銀、宝石なんかと取引しているとのこと。
「あっちは気候も温暖で作物がよく育つからな。食料が大半だが、こうして武器なんかも売っている」
荒れ地を渡る傭兵を率いた商人や、冒険者が主な売り手だ。
「近年、北領の鉄でうった剣は堅くて錬成度が高いと評価を得ている。決して産業が無い訳ではないんだ。ただ、それを大きく広げる手段がないってだけだ。
鉄の産出や輸送、販路を広げるにしても領主の援助が必要とされるのに、当の領主は耳も貸さない」
苦虫を噛んだように吐き捨てる。
北領の領主家は想像以上に病んでいるようだ。
「ごめんなさい。何とか力になれればいいのだけれど」
「あんたに言ったんじゃない。北領のことは北領に住む人間が考えることだ。
今回のことだって、あんたにとっちゃ、やってはならない範疇なんだろうが…」
聖領は他領の内政不干渉の原則だ。
「私はお手伝いしただけですから。町を立て直すのは町の人達の仕事だし、ルート作りは冒険者ギルドの仕事ですから」
「…そうか」
ホップ商会の従業員は、ほとんど全員が渡れなかった者達だった。若者は地元の者が若干いるらしい。宿屋で暴れていたのがそうだ。
「行き場がねえって言うから、置いてやっているだけだ。好きな時に出ていったらいいと言ってある」
女性の姿がないのはどうしてかと尋ねると、
「あんたは嫌な顔をするだろうが、女には別の使い道がある」
私の顔がちょっと怖くなったらしい。慌てて付け足してきた。
「納得づくで契約してあるんだ。年季があけりゃ、自由の身だ。この町を出て故郷に帰ってもいいいし、別の場所へと行っても構わない。好きに生きればいい」
生きていればそのうち、いいこともあるだろうさ。
そう言ったホップの顔に暗い影が一瞬だけよぎった。
多分、亡くなった家族を思い出しているのだろう。もしかすると、ホップもリッピ同様、綺麗で優しかったと言う従姉のことを想っていたのかも知れない。
彼らは二人とも、独身だった。
「いつか、いい思い出に全てが塗り替えられればいいね」
はっとした顔でホップが私を見下ろした。
「…思い出にいいも悪いもねえよ。ただ、懐かしいだけさ」
「ああ、そうだね。ただ、懐かしいだけだよ」
ミグが同じ様に呟いた。
ん?なんかこの二人、いい感じじゃない?そう思うのは私だけだろうか。
エリーに聞いてみようと思ったが、駄目だ。失恋直後だった。
まあ、いいか。旅の終わりに、この町を訪れた時にくっつける算段をしようと私は密かに計画を練るのであった。