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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
139/210

知りたくなかった事実

私は、それからも迅速に行動を開始した。対立関係にあるホップと手を組んだことを知られる前に行動する必要が生じたからだ。

宿屋のリッピさんも同様に私達の協力者だ。

「ええと。リッピさんに私達の会話を聞かれたと思うのだけど、大丈夫かな?」

私がホップさんに聞くと彼は薄く笑った。

「心配はいらない。リッピと俺とは協力関係にあるからな」

「そうなの?」

「ああ。俺が荒れ地で助けられた話をしただろう?あれは偶然なんかじゃない。こいつが俺達を助けて欲しいと、たまたま同時期に出立予定だった商隊に頼んでくれたんだ」

リッピが大きな体を小さく丸めて、こう言った。

「私はその頃、宿屋の下働きだったんだ。…ホップ達が泊まった」

宿屋の主人は以前から荒れ地の危険性を隠して、旅人に何の忠告も与えようとはしなかった。

それを子供だったリッピは歯がゆく思っていた。

「ホップには従姉妹のお姉さんがいたんだ。綺麗な人で、それに優しかった。子供だった私は、ろくに食べ物も与えられずに朝から晩まで働かされていた。毎日、くたくたで腹が空いていた。

そんな私に彼女は隠れて自分の分のパンを分けてくれた。決して、彼女も十分な量を食べられた訳じゃないのに」

恩返しがしたかった。けれど、宿屋の主人の手前、荒れ地の怖さを口に出せなかった。

それでも、彼女を救ってあげたかった。だから、頼んだ。

「でも結局、間に合わなかったけれど」

大人になったホップがこの町に帰って来た時はそうとは気付かなかった。

「宿が潰されて路頭に迷っていた私をホップが救ってくれたんだ」

その時に、彼女と一緒にいた少年だと聞かされた。

「だから、こいつとはお互いに恩義があるんだ」

「…私はろくに役に立たなかったけれどね」

私は、二人の関係の深さに驚いたけれど、妙に納得した。どうしてリッピさんが会ったばかりの私に、最初から協力的だったのか。

彼は今でも償いの機会を求めているのだ。そして、ホップもまた、それを知っていて…。

二人ともやり方は違うけれど、この町をどうにか変えていこうと頑張ってきたのだ。

私の涙腺がうるうると弛んだ。

「二人とも、いい子だね!亡くなったお姉さんも草葉の陰できっと喜んでくれているよ!」

そう言うと、ホップとリッピがお互いに酸っぱいものでも飲んだような顔をした。

「…いや、あんたが見た目とは違うと頭ではわかっているんだが、その姿でそう言われてもな」

二人からすれば、子供のような年齢の私から、そんなことを言われるとは思ってもみなかったらしい。

えー?何で?せっかく褒めたのに。


署名活動は順調だ。ホップさんは裏の計画遂行のためにある程度の嫌がらせは継続して行ってくれている。

急に嫌がらせを止めたりしたら、変に怪しまれるからね。

「町の大半は同意してくれたようだね」

活動開始から三日目、前日までの集計を行った結果、過半数に達しようとしていることに私は満足していた。

「あと少し、か。ねえ、お医者様のオルクさんからはまだ届いていないの?」

「ああ。あいつは医者だから、日中はどうしても忙しいからな」

そう弁解するのは鍛冶屋のベンさんだ。彼が集まった署名を届けてくれる係でよく話をする。

んー。でも、お医者さんだからこそ、患者さんと密に接することが出来てスムーズに集められると思うんだけど。

「あいつの家は、いわゆる町の名家だからな。格式とか色々、面倒くせえんだよ」

幼馴染みでよく見知った仲なのだが、あちらは勉強に明け暮れ、こちらは遊びに明け暮れていた幼少時代であったらしい。

「ふうん。お医者様になるのはどこでもたいへんだねえ」

ポッと聖領で薬師をしてくれているソールのことが思い浮かんだ。彼もまた、勉強家だ。

あー、しまった!

ついでに思い出さなくてもいいことまで思い出してしまった。


出立の日の前日、薬を届けに神殿へとやって来たソールと旦那の兎獣人トールだったが、彼らは何と、小さな男の子を連れていた。

「えーと。その子は一体?」

「はい!この度、養子に迎えたメロです!」

はい?養子って?

「ほら、ご挨拶は?」

トールが幼子の肩をそっと叩いた。

「初めまして。メロと、申しましゅ」

ペコリと下げた頭には兎の耳があった。ふわふわした黒毛の、かわいい男の子だ。

「あんたら、いつの間に…」

「すいません。一番上の兄の所の子供なんですが、養子にしたいと話してあったところ、この程、決まりまして。ご紹介が遅れて申し訳ありません」

「ちちさま?」

男の子が不安そうにトールの袖を引いた。

「大丈夫だよ。いつも話しているだろう?この方がレーヴェンハルトの巫女ナツキ様だ」

「ナチュキ様?」

見た目も極上なのだが、舌ったらずな所がまた、かわいい。

「う、羨まし…。いえ、二人ともおめでとう!念願の、お父さんとお母さん?になったんだね」

「ええ」

嬉しそうに、モジモジとソールが身をくねらせる。

「これからは親子三人。仲睦まじく暮らそうと思います。出発前にご報告が出来て良かった!」

トールが晴れがましい笑顔で、そう告げる。そんなトールにソールが幸せそうに寄り添い、そんな二人の間にはかわいい男の子が…。

この時、私はむくむくと沸き上がる、何とも言い難い感情の赴くまま、トールのしっぽを力任せに握った。

「は、はふうーっ!」

痛みのあまり、トールがぴょんと飛び上がる。

うーん。自己最高記録更新だね。

「ト、トールー!」

「ち、ちちさまー!」

二人が悶絶するにトールへと駆け寄った。

獣人の尾は軽く触れる程度なら、驚くくらいで済むが、強く握ると急所を掴まれたも同じく、悶絶する。

荒ぶる感情のまま、強く握りすぎたみたい。

「ナツキ様っ!」

私は、側に控えていたアリーサからこっぴどく叱られた。

けどさ、仕方なくない?かつての独身社畜女子、今現在、ことごとく婚活連敗中並びに彼氏いない歴更新中の私に、幸せ家族を見せつけたトール一家が悪いと思うんだよね?


そんなことをつらつら考えていたら、突然、宿の食堂に二階の部屋にいたはずのミグ姉さんがが駆け込んで来て、

「ちょっと!外をご覧よ!周りを警備隊に取り囲まれているわよ!」

と、大声を上げた。

「ええっ!」

驚いた私達は揃って、窓から外の様子を伺う。

「あれは…。シムさんにマイロさんじゃないか!それに他の皆も!」

リッピさんが叫ぶ。そう、警備隊に連行されていたのは、私達の署名活動に賛同してくれた町の人達だった。

「どう言うこと?署名活動自体は禁止行為ではないはずでしょ?」

署名によってリコールされることは、確かに不名誉なことではあるので対象である警備隊隊長にとって、出来れば阻止したいところだろう。けれど、それを権力に任せて阻止すれば、逆に解任の理由を与えることになるのに何故?

「どうやら、署名集めだけが理由じゃないみたいだ。あそこを見てみろ」

ベンさんが指差す方向に医者のオルクさんがいた。彼だけ、他の皆のように縛られていない。


「そこに宿屋のリッピと鍛冶屋のベンがいるはずだ。ある嫌疑について取り調べる必要が生じたため、大人しく出てこい!」

警備隊の一人がそう呼ばわった。

「やっぱり、俺達を捕まえに来たんだ!けど、何でオルクだけ、捕まっていないんだ?」

ベンが当惑したように言うと、

「もしかして商売に関することじゃないか?」

リッピさんが半信半疑、そう言った。

「あ、ああ!そう言われてみれば、署名に関係ない奴も捕まっているな」

町の代表として署名集めに関わった人以外も警備隊に連行されていた。

「全員、商売人だ…。それじゃ、まさか?」

「ああ。町全体で不当な利益を上げていることへの制裁だろう」

リッピが疲れたように言う。

「そうなの?」

人の好さそうな人達だと信じた私が馬鹿だったのか?

「不当なんかじゃねえよ!確かに他の町に比べて商品や食料なんかは馬鹿高いが、それは町が魔獣に襲撃されるから、警備のために余分な税を取られるからで…。それも今の隊長に代わってから、法外な額を請求されるようになったせいだ。

決して不当な利益を得るのが目的じゃない!」

必要にかられてだと、ベンは言う。

「確かに宿の値段も聖領や他の領と比べて高いとは思ったけど、それが相場だと思ったから、何も言わなかったけど」

東領ではラベルの知り合いに便宜を図ってもらったし、そもそも、大半を妖精の森で過ごしたから、滞在費はそれほどかからなかった。

南領では都の高級宿に宿泊したが、なるほど高級と吟われるだけはあると納得のお値段だった。

そして、リッピさんの宿屋は庶民的な普通の宿だ。清潔で居心地がいいのは確かだが、お値段はかなりする。さすがに高級宿ほどではないが、普通の人間にはお高い値段だろう。

「他の町からやって来る連中からすれば、暴利だと言われても仕方がない。けど、そうしなけりゃ、こっちが食っていけねえんだよ!」

「そうだな。それよりも先に考える必要があるのは、オルクのことだ。おそらく、彼が裏切り者だったんだ。

ホップ、彼と裏取引のある警備隊に情報を横流ししていたんだ…」

「そんな…、何でオルクが?あいつは町の名士なのに」

ベンが当惑したような顔をした。


そこに更なる追い撃ちがかかった。

「いつまで待たせる気だ!逃げようとすると、罪が重くなるぞ」

リッピとベンとが顔を見合わせる。

「どうする?言われた通りにするしか…」

全てを諦めたかのような二人に、私は待ったをかける。

「ちょっと待って!先ずは私に話をさせて」

「はあ?お嬢ちゃんに関係ないだろう?署名のことならいざ知らず、これは不当に利益を得ていることへの逮捕なんだぞ?」

「そんなことは分かっているわ。けど、ここで皆が捕まえられたら、どうなると思うの?」

「ちゃんと説明して分かってもらうしかないが…」

「ううん。きっと、商売のことだけじゃない。署名集めを止めろと脅されるわよ。酷ければ、余罪で処罰されるかも知れない」

「そんなまさか!町の治安を守る警備隊だぞ?」

「その警備隊の隊長が裏取引で不当な利益を得ていたのよ?これは立派な犯罪行為よ。出るところに出れば、処罰されるのは自分なの。それをみすみす見過ごすと思う?」

「それは…」

「私が話をつけるわ。署名なら十分集まっているもの。そうでしょ?」

私は今日の分の集計に協力してくれていたアリーサらに視線を向けた。

「ええ。昨日の分とで過半数に達しました」

アリーサが書類をまとめながら答えた。

「それなら十分、同じ土俵に立てるよ。しっかりおやりよ」

「あまり気が進まないけれど、無実の人間を差し出すことは出来ないわ」

ミグとエリーがそう言って、後押ししてくれた。

「俺達が守るから、安心してくれ」

ヴァンら、守護騎士達が私の周りを囲んだ。

ラベルとセーランの二人が、励ますように頷いた。

「さあ!行くわよ!この町が変わろうとしていることを町の皆にも見せてあげましょう!」


結果、あっけないくらいの幕切れに終わった。集めた署名を突き付けられた警備隊隊長はみっともないくらい狼狽え、町の皆の前で醜態を晒した。

元々、町の人間で組織された警備隊である。領主から任命されたとは言え、好き勝手に私腹を肥やしていた上司に付き合う人間はいない。

解任のリコールを受けた隊長を領都へと送り返す段取りをつける。もちろん、捕縛されていた皆は解放された。

元々、新しく赴任してきた警備隊隊長から課せられた余計な税金を支払うために行ったことだ。事の発端をつまびらかにすれば、彼らに非はないのが明白だ。

そして、残る問題は…。


「お祖父様も、お父様も、そうおっしゃったんだ!生け贄を差し出さなければ、町を魔獣が襲ってくると!

だから、私は町の皆のために行ってきたんだ!私は悪くないっ!」

さっきからそう繰り返し、自分の無実を訴えるのは医者のオルクだ。

町の仲間を警備隊に売っていた、そのことを糾弾されると、彼は意味不明な事を叫び始めた。

「そうしなければ、この町が滅びるのだ!私は悪くない!私は悪くないっ!」

頭をかきむしりながら、そう何度も自分は悪くないと繰り返す姿は、まるで気が狂ったようにも見えた。

多分、そうなのだろう。なまじ、町の名家のお医者さんの血統に生まれ、幼い内から「こうあれ」と洗脳され続けた弊害だ。

「おい。落ち着けよ。俺達は事実が知りたいだけなんだ。何だよ、その生け贄ってのは?」

ベンさんが地面へと踞った幼馴染みの肩に手をかける。

「私がしたのは病気で動けない人間を荒れ地に置いて来ただけだ!それだって、町の皆のためで…」

「は?お前、そりゃどういう意味だよ」

困惑するベンさんら町の人達の間をかき分け、私はオルクの前へと立った。

「旅人を生け贄にしてきたのね?」

我ながら、底冷えするような声だったと思う。

「病気で動けなくなった、お医者様に助けを求めて来た人達をあなた達は荒れ地に置いてきぼりにして、魔獣に襲わせていたのね?」

「ひいっ!」

「そんな酷いことを…」

町の住人の間から悲鳴が起こった。

「し、仕方なかったんだ!元々、町の人間ではない旅人で、身寄りも金もない連中に診察してやる必要はないと、お祖父様が…」

「何人?何人、あなたはそうやって見殺しにしてきたの?」

「全員の人数なんて、覚えてないさ!それこそ、次から次へとこの町にやって来るんだ」

「…覚えていられないくらい大勢なのね?」

「この町のためになることだって!そう教えられて来たんだ!」

オルクが地面に這いつくばって、必死に言い募る。

「そう…」

私はもう、この人間と向かい合っていたくなかった。

「町長さん、あなたがまだ自分が町長だと言うのなら、この人のことはあなたにお任せします」

町長とは名ばかりで、警備隊隊長の言いなりだった初老の男性に私はオルクの処遇を委ねた。

「…分かりました」

彼は部下にオルクを連れて行くようにと命じた。

「なあっ!皆なら、分かってくれるだろう?私達が…、私がこの町のためにやってきたってことを!」

オルクが町の面々を見回した。けれど、誰一人として彼を見ようとはせず、目を背けるばかりだった。

「ベン!なあ、ベン!お前だったら…」

「俺だったら何だ?俺ならお前を肯定してやれるって?俺が言えるのは、お前をもっと外に連れ出してやれば良かったってことだけだ」

ベンの頬を涙が伝い落ちる。

オルクは呆然とそれを眺め、引きずられるようにして、この場を去って行った。


正しいことをしようと頑張っただけなのに、私達の間には拭いきれない苦さだけが残った。

















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