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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
138/210

辺境の町の真実

町の代表者を集め、現状打破を訴えた日の翌日、泊まっている宿屋に見るからに柄の悪そうな輩がやって来た。

「おう。ここに獣人を連れて泊まっている姉ちゃんがいるだろう?とっとと連れて来いや!」

「な、なんのことでしょう?」

宿屋のオヤジさん、リッピがとぼけたが、

「隠しだてするとためにならねえぞ」

と言って、ガシャーンとモノが壊れる音が響いた。

おそらくカウンターの横にあった鉢植えが倒されたのだろう。

もうじき、花を咲かせるところだったのに。ひどいことを。

私はちょうど、遅めの朝食をとるため階下の食堂にいたので、それらのやり取りが筒抜けだった。

「あー。ちょっと遊んであげてくれる?」

食事を終えて、暇そうなミグ姉さんに頼んだ。

ミグ姉さんの食後の運動にはもってこいだろう。

「あいよ」

気軽に請け負って、彼女が表へと消える。

バン、ドン、ガシャーンと、軽快な音とともに、

「ひいいいっ!」

「や、やめてくれっ!」

男達の情けない声が聞こえてくる。

しばしの沈黙。

「畜生!覚えてやがれ!」

あー。どこの世界でも、その捨て台詞って鉄板なんだねーと、妙に納得してしまう。

「ふう。やれやれ。準備運動にもなりゃしない」

片腕を振り回しながら、ミグが帰って来た。

「お疲れ様〜」

私はのんびりとした口調で労う。

「これで何回目かな?」

「五回目ですわ」

アリーサがすかさず答えた。

「懲りないねえ。ってゆーか、強い人っていないの?」

私達は、今朝から次々と送り込まれてくる裏家業のチンピラ達の対応に追われていた。

と言っても、私が対応する訳ではない。

最初はきちんと話し合いをしようと、私も表に立ったが、どうにもこうにも話にもならないのだ。

曰く、よそ者が余計な真似をするな。痛い目にあいたいのか。とっとと出て行け…、エトセトラ、エトセトラ。

「うーん。誰かがしゃべっちゃったんだろうね」

「この町も決して結束している訳ではありませんからね」

昨日、集まってもらった人達には住民の説得にあたってもらっている。

町には町のルールみたいなものがあって、中央、この場合、領主が任命して赴任してきた者であっても、住民の過半数の賛成があれば、任を解かれるのだ。

いわゆるリコールだ。

「仕方ないね。長いものには巻かれろで長年やってきたんだもの。いきなり、変えろって無理な話だよ」

まあ、その無理を押し付けたのは私なのだが。

「ただの旅人に過ぎない私達が出来ることは妨害してくる連中を排除するくらいだもの」

今現在、宿には私とアリーサ。そして、ミグしかいない。他の皆には妨害してくる輩から町の皆を守ってくれるよう、頼んである。

町の代表者が、住人を説得して署名をもらうために歩き回っているのに付いてもらっているのだ。

「ねえ。エリー一人で大丈夫かな?変に絡まれたりしない?」

エリーは見かけだけなら、極上品なのだ。性格は…、なのだが。

「あの子なら、大丈夫。精霊魔法だって使えるし、何よりも妖精が一緒だしね」

普通の人には見えない妖精がちょっかいをかけて来る連中にイタズラを仕掛けるのだ。人は見えないものをことさらに怖がる。

「ふうん。そっか」

そう言って、私はリンゴに齧りついているセイラを見下ろした。

《おいしー!》

自分より大きなリンゴに引っ付いている、その姿はカブトムシか何かの昆虫を連想させる。

いや、何も言うまい。幸せそうなのはいいことだ。

「ミグ姉さんも疲れたら、そう言ってね。私が対応するから」

「は?あんたがどうするってのさ」

えー、それはその色々と。ゴニョゴニョ。

「いいから、あたしらに、任せておけばいい。大将はどっしり構えているもんだよ」

「はい」

姉さんてば、頼もしすぎる。私は安心して、ゴロゴロ野菜スープを飲み干した。

あー、北国は根野菜が美味しいな〜。


その後も飽きることなく、刺客?達がやって来てはミグ姉さんによって蹴散らされていった。

昼も過ぎて、あくびの一つでも出そうな頃、何と御大その人がやって来た。

裏のボスことホップだ。

「よう。お邪魔するよ」

一見すると細身の渋いおじさまだ。頬が若干こけたようなのは栄養不足とかではあるまい。そう言う顔なのだろう。

トウモロコシの穂が色褪せたような髪と淀んだ灰色の瞳をしている。

「こ、これはホップさん!」

リッピが狼狽えたように視線をさ迷わせ、その視線が私へと向けられた。

「ほう。このお嬢ちゃんかい。うちの連中を返り討ちにしたって言うのは」

「ホップさん。違います。返り討ちにしたのは、そっちのゴツい女です」

額に包帯を巻いた男が訂正する。ミグによって痛め付けられた男達の一人だろう。

「うるせえな。てめえに聞いてねえよ」

視線だけで黙らせる。

「ここ、いいかい?」

ホップがナツキの座るテーブルの椅子を指差す。

「…どうぞ」

ミグが立ち上がり、私の脇へとついた。アリーサは背後だ。

「そう、怖い顔をするもんじゃない。せっかくの美人が台無しだ」

「…余計なお世話だよ」

ミグが低く唸る。美人だって、言われたのに浮かれたりしない。もちろん、私もだ。

「おい」

ホップが壁際に張り付いて、オロオロしているリッピに、

「この店で一番上等な酒を持ってこい」

と、命じた。

「は、はいっ!」

慌てて厨房へと向かう。


いつもなら、泊まり客や近所の人間で一杯の店が閑散としていた。立て続けにやって来るチンピラを恐れて、泊まり客は部屋へと引き込もっているし、そんなこと気にしない近所の人間もホップを一目見るや、脱兎の如く帰っていった。

「どうだい?一杯」

自分のグラスに酒を注ぎ、次にボトルを私の方へと向ける。

「いえ、結構です。まだ、未成年ですから」

「未成年?」

この世界では、未成年の飲酒は駄目とか法律で決められていない。働いて稼いでいる者は一人前と見なされる。

「あー。まだ、子供ですから」

「ふん。見かけはそうだが、あんたはもっと年がいっているように見えるがな」

嘘!私の実年齢を看破した?

「どういう意味ですか?」

「言葉通りさ。対等に話せる相手、そう思ったまでだ」

「話し合いを希望されるのなら、伺いますよ」

「ふん」

ホップがグラスをあけ、空のグラスをテーブルの上へと置いた。

「あんた、ここで何がしたいんだ?」


私は、自分の考えを話して聞かせた。この町で横行する旅人への搾取を止めるために上の人間を変える必要があると。

「なるほど。それでどうなる?」

「どうなるとは?」

「俺達が旅人の身ぐるみを剥いでやらなくなったら、荒れ地に死体が増えるだけだとは思わないのかい?」

私は言葉に詰まる。実際に多くの亡骸、もはや骨となった人々の遺体をたくさん見て来たからだ。

「この町は北領の最南端、最後の町だ。北領で食えなくなった連中が一縷の望みをかけて、荒れ地へと向かう。その先に希望があると信じて。

けど、実際は救いのない死が待っているだけだ。騎獣もない。冒険者や傭兵と言う戦力も持たない、ただの農夫が荒れ地の魔獣どもに勝てると思うのか?

俺達は夢見る阿呆どもを救ってやってるのさ。金品を奪い、もはや、どうすることも出来ない所まで追いやって、そうして叶わない夢を見る連中の目を覚ましてやっている」

ホップが語る。それはナツキが考えもしなかったことだ。

「それを止めさせてどうする?あんたが阿呆どもの目を覚まさせてやるって言うのかい?」

「いいえ。それは出来ません。私はこの町の人間でも、北領の人間でもないから」

「そうだ。ただの通りすがりのお節介な連中だ。この町のことを、何一つ知りもしない」

彼には怒りがあった。決して声を荒げる訳ではない。淡々とした口調だ。

けれど、どうしようもないくらいの怒り、ううん、哀しみがあった。

「あなたも亡くされたんですか?」

「は?何を…」

「ご家族?それとも、恋人かしら?あなたも同じように荒れ地を渡ろうとして、そこで大切な家族を亡くされたのでしょう?」

ホップの淀んだような瞳の奥に狂おしいくらいの想いが見え隠れしていた。

「あんた、やっぱり年を誤魔化しているんだろう?」

「誤魔化してはいません。異世界から渡って来る時、若返ってしまっただけで」

「異世界…?はっ、そうか!あんた、あんたは…。巫女か、そうなんだろう?」

「ええ」

「通りで、見かけどおりじゃないと思ったはずた。数年前に異世界から巫女が召喚されたって、聞いたことがある。

俺達、北領の人間には何の関係もない話がな。巫女がいようと、聖女がいようと関係ない。

この地は、世界から見捨てられた土地だからな!」

ダンと、ホップが力任せにテーブルの上に拳を振り下ろす。

「ごめんなさい。ここに来るまで、私、北領がどんな所か知りませんでした」

「ここではろくな作物は育たない。夏が短く、冬には凍りつくような寒さに覆われる。

人々は常に飢え、それでも聖領から食料が配分されるから、何とか食い繋いでいくことが出来た。

だが、それもこの数十年は滞っている。馬鹿な領主のせいで」

「事実なんですね?」

「知らなかったと?」

「いいえ。真偽を確かめるために来ました」

「遅すぎる!」

ホップが吐き捨てる。

「本当にごめんなさい。謝って許してもらえるとは思いません。聖領の、神殿の管理が行き届かなかった結果ですもの。

けれど、変えていきます。私は、そのためにここに来たのだと、そう思っています」

「手始めにこの町を変えようと?」

「ええ」

ホップは確かめるような目で私をじっと見据えた。そして、目を固く閉じると再び見開いた。

「この町の歪みは随分と前からだ。領主は関係なく」

「どういうことですか?」

「俺もかつて、故郷を捨て、この町へとやって来た農民の倅さ」

「え?」

昔から住む町の人間だとばかり、思っていた。

「俺が家族と親戚を伴って訪れた時は、町の皆が笑って送り出した。誰一人、荒れ地の危険性について詳しく教えようとはしなかった。

何故だか、分かるかい?」

「いいえ、分かりません」

正直に答える。

「荒れ地の魔獣に餌をくれてやるためさ。この町は荒れ地から近いから、頻繁に魔獣に襲ってくる。

けど、一度も全滅したりしない。北領の兵士が守っていると言うのもあるが、定期的に餌を与えてやっているからだ」

「そんな…」

「あんたが説得しようとした、やつらの中にはそんな考えの者が残っている。だからこそ、我々に協力する気になった。

あんたのしようとしていることを密告し、阻止しようとね。無知な旅人にいなくなってもらうと困るからだ」

ホップが顔を歪めた。苦いものを思い出すかのように。

「この町では強い者が生き、弱い者が死ぬ。昔から、そうだった。それがただ、旅人であったと言うだけで本質は変わらない」

「あなたは旅人を守っていたんですね?」

「そんなお綺麗なものじゃない。俺の場合、たまたま、商人の一行が通りかかって、俺一人が助け出された。当時、俺はまだ、子供だった」

それから、商人の下働きやら傭兵の世話やら、子供にも出来ることをしながら旅の一行に加えられた。

ホップは数年、東領の商人の家にいたそうだ。その間、商人からは商売のイロハを傭兵からは戦う術を学んだ。

商人として独り立ちした頃、再び、この町へと舞い戻って来た。

「復讐のためだ。自分達、家族をみすみす死なせた、この町の人間に思い知らせてやるために、俺は力を蓄えた」

相変わらず、この町の人間は旅人に何の忠告も与えず、荒れ地へと向かわせていた。

「俺は稼いだ金で、商館を建てた」

私が驚いた顔をしたからだろう。ホップは薄く笑った。

「俺の本業は商人ですよ。ゴロツキどもがいるね」

商人として、成功を果たし、その裏で家族を死なせた町の人間へ復讐していった。

都合のいい話しかしなかった宿屋を潰し、高い金を踏んだくって購入したが何の役にも立たなかった馬を売り付けた馬屋を潰した。

それから、旅人を救うためにあえて泥を被った。

「旅人を騙して、金を騙しとったり、連れていた娘を売ったり。何でもやった。

…商人としては、最低だ」

「兄貴は俺達を救ってくれた、恩人だ!」

「そうだ!姉ちゃんが酒場で働かせてもらったから、母ちゃんの薬が買えたんだ!」

「俺だって、学がねえからってどこにも雇ってもらえなかったのをこうして雇ってもらえた!」

どこから沸いて出たのか、ワラワラとチンピラ崩れどもが現れ、ホップを擁護し始めた。

「ホップさんは恩人だ!」

「やめろ。下がっていろと、言っておいただろう」

「けど…」

あー、うん。チンピラはチンピラだけど、真面目なチンピラ君だったんだね、通りで弱いはずだよ。

「ホップさん。私の考えを聞いてもらえますか?」

「?」

私は町の人達とは別に、この人の協力を欲した。この町を根本から変えていくために。














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