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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
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北領へ到着、不吉な噂話

人の行く手を阻む、荒涼とした大地をようよう抜け、私達は北領へと辿り着いた。同行する面々の顔には疲労の色が濃い。昨夜はほとんど寝ていないのだから、当然だ。

聖領と北領の間にある、誰のものでもない荒れ野で、たった一晩、夜営をしただけだったが、想定以上に魔獣が多く出現した。

交替で二人ずつ、見張りに立っていた騎士と冒険者だったが、二人では到底覚束ない数を撃退するために総出で当たることとなった。

私はその間、アウルムを胸に抱え、簡易テントの中でアリーサと一緒に皆の無事を祈った。

アウルムは外の気配に興奮して、落ち着かない様子だった。まあ、まだ、子供だから戦わせるつもりはない。

けれど、騎獣の本能で魔獣と戦いたいのか、終始、フーフーと荒い呼吸をしていた。

魔獣と戦う音だけが聞こえる。随分と長い間、そうしていたような気がする。


どのくらい経ったのか。不意にテントの帳が上げられ、

「ひとまず、片はついたようです」

と、全身に魔獣との戦いの跡が見てとれるヴァンが報告してきた。

「本当?皆は無事なの?怪我とかしていない?」

「大丈夫です。それぞれ、多少の傷を負った程度で全員無事です」

「そう、良かった!」

ほっとしたら肩の力が抜けた。自分では気付かなかったが、相当に緊張していたようだ。

安心したら、皆の様子が気になる。ヴァンの言うように、怪我は浅くとも手当ては必要だろう。

「じゃあ、手当てを…」

そう言って腰を浮かせると、

「私が参ります。ヴァン殿は、テントの前で引き続き警護願います」

アリーサが救急箱ならぬ、救急袋を持って、さっさとテントから出て行った。

あう、出遅れてしまった。

「ナツキ様?大丈夫ですか?気分が悪くなったりしていませんか?」

「ううん、大丈夫。テントの中でじっとしていただけだもの」

そこで私はヴァンも怪我をしていることに気付いた。

「あ!ヴァンも怪我しているじゃない!こっち来て、座って!手当てしてあげるわ」

救急袋以外にも薬を持っていたので、ヴァンを手招きした。

「いや…、テントの中に入るのは」

「いいから!早く!」

私が催促すると、テントの帳を開けたままにして、側へとやった来た。

抱えていたアウルムから手を離すと、

「ギニャウ」

と、不満そうな鳴き声を上げた。

私の抱っこが予想外に心地好かったのだろうか。ほてほてとテントの外へと出て行った。

「ソールに肌身離さぬように持っていろって、渡されたの。傷にも効くと言っていたから」

まだまだ改良中だが、永珠の実の廉価版だ。飲み薬だけではなく、塗り薬としても効果抜群なのだそうだ。

「ほら、腕を出して」

切り傷は幾つかあったが、特に目立つのは腕の傷だ。大きく裂けた袖の下に血の跡が滲む傷があった。

ヴァンが居心地悪そうに隣に腰掛け、腕を出す。

まずは水をかけて傷口を洗った。

「っ!」

ぴくっとヴァンの狼の耳が震える。

「ちょっと我慢してね」

綺麗な布を取り出し、傷口の周りを丁寧に拭う。それから、小瓶に入った薬を薄く伸ばしていった。

「ヴァンは永珠の実の治癒を既に経験済だものね。効果絶大とまではいかなくても、すぐに治るはずよ」

万能薬である永珠の実を市販薬として改良したもの。それがこの薬の正体だ。

治験もしていないし、副作用の有無も分からない。そこまでこの世界が地球のように科学が発展していないとも言えるのだが、こちらの世界においてはこのくらいのペースで十分だ。

なんと言っても、魔法の国なのだから。科学の力は、さほど必要ではないだろう。

「どうかな?」

「そうですね。痛みが和らいだような…」

傷口に包帯を巻いて、治療はおしまいだ。治療を終えたので出て行こうとするヴァンを私は引き留めた。

胸の中で渦巻いている、もやもやを聞いてもらいたかったからだ。けれど、いざ話そうとすると、どういう訳か言葉がすんなりと出て来ない。


ヴァンは最初、居心地悪そうにしていたが、私の様子から、何かしらの不安を察してくれたようだ。

「どうしたんだ?何か心配事か?」

時々、ヴァンが砕けた話し言葉になるのは、神殿の巫女ではなく、ただのナツキとして向き合ってくれているからだと、最近になって分かった。

そんな気遣いに、私の気持ちもゆるゆると解けていった。

「うん。レーヴェナータとキーラは、どうしてこんな土地をそのまま残したのかなって、そう思って」

「ああ…」

「だって、魔法で創られた世界なんだよ?だったら、こんな場所を残す必要なかったんじゃないかな?」

「俺も騎士団長から聞いただけだが…」

騎士団長もまた、ヒルダさんからその理由を教えてもらったのだそうだ。

「随分と前に騎士団がこの地に派遣されたことがあった。ちょうど、ヒルダ様の姉上が北領にお輿入れされる時にその護衛として随行したのだそうだ」

その時、初めて目にした、この荒れた大地の理不尽なまでの残酷さをヒルダさんに訴え出たのだそうだ。

それに対して、彼女はこう言った。


人の中に善と悪があるように、人の住む世界にも豊かで住みやすい大地と荒涼として人の住めない大地があって然るべきでしょう。

レーヴェンハルトは決して理想郷なのではないの。

元の地球から切り離され、魔法の力で制御されているからと言って、全ての人に平等で豊かな暮らしが与えられる筈がない。

この世界は、当時の姿をあるがまま、新しい空間へと移しかえたに過ぎないのだから。

言ってみれば、それは鉢植えの中でしっかりと根をはった植物を別の鉢植えへと移しかえたようなもの。

新しい器を得て、さらに緑豊かな葉を繁らせ、美しい花を咲かせるか否かは、その花次第で余人の手が及ぶ範囲ではない。

レーヴェナータ様とキーラ様が、荒涼とした大地をあえて創り変えなかったのは、後々の世のことまで考えたからでしょう。

あくまで、この世界のことは、この世界に暮らす人々に任せたかったのかも知れませんね。


「そっか、そんな言われがあるんだ」

「言ってることは確かに正しいと思う。だが、この荒れ野に行く手を阻まれた北領の民の暮らしを守るのは容易なことではないだろう」

作物が育ちにくい北領に聖領では毎年、物資を運び、支援を行っているのだそうだ。

「だが、近年、よくない噂ばかり聞こえてくる」

「それってどんな?北領の領主に関すること?」

そもそもの旅の目的は先代領主夫人による、幼い娘への監禁疑惑である。

「北領で民による反乱が起きるかも知れないと、そうした噂が冒険者ギルドへと入ってきているらしい」

「反乱…?」

私は、南領で起こった獣人と翼人の争いを思い浮かべた。

「民の間で対立が起こっているとか、そう言うこと?」

「いや、違う」

ヴァンが首を横に振った。

「民が領主へと反乱を起こそうとしているんだ」

それって江戸時代の一揆とかヨーロッパの革命みたいなもの?

「革命か…。そうかも知れないな。暮らしに困窮した民が領主としての責務を果たそうとしない現在の領主を排斥しようと武器や人手を集めているらしい」

「そんな…。聖領は、ヒルダさんは何て言っているの?私は聞いてないわ」

「ヒルダ様は北領のことは北領で解決するようにと言う、お考えだ」

「放っておくと言うの?聖領の神殿は、レーヴェンハルトの守護者でしょう?」

「レーヴェンハルトの全ての民への守護だ。北領だけじゃない。

何事も起こっていない今、我々、騎士団が介入すれば、他領に進軍したととられてもおかしくない」

「それはそうかも知れないけど…」

納得出来ない。反乱を起こそうとしているのは、ただの民衆だ。大勢の騎士を抱える、領主に果たして勝てるのだろうか?

無駄に死人を出すことになりはしないだろうか。それが怖い。

「でも、どうして?民衆は何故、領主に楯突くような真似をするのかしら?領主は民を守るのが役目でしょう?」

「民を守らない領主は必要ない、そう言うことだろうな」

「え?」

「さっき言っただろう?聖領から救援物資を運んでいると。それが民へと分配されないらしい」

「そんな!じゃあ、物資は誰が…」

私が顔を上げると、ヴァンが静かな眼差しでこちらを見ていた。

「…領主ね?領主が物資を民へと分配しないのね?」

でも、どうして?自国の民が飢えて、減ったりすれば困るのは領主だろうに。

「分からない。ただ、憶測では…」

ヴァンが言葉を切った。

「何なの?」

「聖領へ戦を仕掛けるために兵糧を集めているからだと言われている」

「ええ!」

聖領はレーヴェンハルトという世界を司る神殿がある。人々は、神殿と神殿長であるヒルダさんを尊崇しているのだ。

「あ…。まさか、ヒルダさんのお姉さんが神殿長に取って変わろうとしているってこと?」

「ただの噂だ。だが、噂であっても放っておくことは出来ない。だから、北領への旅を許されたのだ」

先の神殿長、姉妹の母親から神殿長に相応しくないと言われ、北領へ嫁がされた女性だ。

私は話でしか聞いたことがない、その女性をどんな人物なのかと思い浮かべることしか出来ない。

ただ、思い通りにいかない人生を歩まされてきた人なのは確かである。実の母親に否定され、厳しい北の大地である北領へと意に添わぬ結婚を強いられた人。

それなのに今度は、自身の娘を監禁するような人でもある。

「なんだか、怖いわ」

見たこともない相手の抱える闇のようなものを感じ、私は両手で自分の肩を抱いた。

そんな私を大きな腕が抱え込む。

「大丈夫だ。俺が守るから」

逞しい体と狼の毛並みがふんわりと優しく、私を包んだ。


ああ…、やっぱり、ヴァンの側は安心出来るなあ。


そんな風に思っていると、私とヴァンのあいだを割り込むようにアウルムが首を突っ込んできた。

「ギニャウ!」

グイグイと体を押し込んでくるアウルムに、私は笑って、

「ちょっと、何がしたいの?」

温かな体を抱き締めた。

「ギニャー」

私の肩に頭を乗せて、何やらご満悦である。鼻をフスフスと鳴らす。

かわいいなあ、もう!

サバトラの毛並みを、両手でわしゃわしゃしていると、ヴァンのジト目と目が合った。

え?どうして、そんなに不機嫌なの?

私は訳が分からず、こう聞いた。

「あ!ヴァンもわしゃわしゃしたいの?」

「そんな訳あるか!」

と、怒られた。

うーん。さっぱり分からん。ヴァンてば、カルシウム不足なんじゃない?









北領編、スタートです。最初から不穏な幕開けですが、これからも胸が悪くなること間違いなしです。癒しも欲しいので考えてはいますよ。ボチボチと頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。

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