養護院にて
神殿に付属する施設の一つに養護院がある。神官見習いやその卵達、彼女ら以外にも何らかの理由で(二親ともに亡くなったとか、育てることが出来ずに捨てられてしまったとか)親を失った子供達がそこで寝食をともにしている。
神殿の領地である聖領の住人の子供達が主であるが、他領の子供も少なからずいる。神殿は慈悲深く、神聖視されてる故だろう。
「あーもう。モッフモフー。かわいい〜」
私のテンションは上がりっぱなしである。赤ちゃん特有の丸っこい、ぷくぷくした体型の獣人の子供達がそこらじゅうにいる。
「う?」
つぶらな瞳で指をしゃぶっている熊系獣人の赤ちゃん!まさにテディベア!
「はああ〜」
初めて見るテンション高めの女子(中身はオバサン)に赤ちゃんが怯えたように大声で泣き始めた。
「ふぎゃー!」
凄い音量。さすがワイルドベアな赤ちゃん。
「ほら、泣かないの。男の子でしょう?」
慣れた手つきで赤ちゃんを抱き上げるのは、神官見習いのフィオナ。彼女が抱っこして揺すりあげると途端に大人しくなった。涙目で指しゃぶりを始める。
「あのう、ごめんね?泣かせるつもりはなかったの」
私がそう言って謝ると彼女はなんでもないような顔をして、
「ああ、はい。大丈夫ですよ。この子は最近ここに来た子でまだ慣れてないんです。他の子は好奇心が旺盛だから、泣いたりしませんよ」
と、逆に教えてくれた。
そっか。来たばかりか。じゃあ、心細いし、打ち解けるには時間がかかるよね。私は元の世界で養護施設に預けられたばかりの頃を思い出す。あの頃は自分の殻に閉じこもって、周囲と話どころか目を合わすことさえしなかった。
「そっか。ごめんね?」
熊系獣人の赤ちゃんと視線を合わせるように背を屈め、微笑む。この子の悲しみが少しでも早く薄まるようにと願いをこめて。
赤ちゃんが不思議そうに私を見返した。
「フィオナはあやすのが上手になりましたね」
アリーサに褒められるとフィオナが照れたように顔を赤く染めた。フィオナにとってアリーサは憧れの姉のような存在らしく、私とともに養護院に訪れたアリーサを見て、すごく喜んでいた。
あれ?私って巫女として崇拝対象じゃないの?いや、いいんだけどね。
「小さい子の面倒を見ることは、神官見習いの大切なお役目ですよ。なお一層励むように」
「はいっ!」
うーん。フィオナもかわいいね。見た感じ、十歳くらい。レーヴェンハルト年齢でいったら、もっと上だろうけど。
「アリーサ姉様」
「姉様、お帰りなさいませ」
わらわらと小さな女の子達が集まって、アリーサの周辺にまとわりつく。
おお。アリーサ、大人気。いつもの能面のような顔ではない、柔らかい表情を見せている。
それも束の間ですぐに、
「皆、巫女様の御前ですよ。まず最初にご挨拶なさい」
と、いつものキリッとした顔に戻ってしまった。つまらん。
女の子達が私の前に綺麗に並んで、神官式の挨拶を述べる。
うんうん、みんな上手に言えたね。なんて言うか、オバサンが小学校の児童の発表会を見守る目線だ。
「初めまして。ナツキと言います。みんな、よろしくね」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
うーん、声が揃って素晴らしい。伸び伸びとした教育が行き届いているのが、ひしひしと感じられる。
「ここは獣人の子供達が多いですね」
神官見習いの女の子達を除いてだが、ほぼ七割方が獣人の子供達だ。なんとなく呟いただけなのだが、フィオナが困ったように視線を反らせる。
ん?何かまずかった?
「獣人の子供は、他所から流れてきた親が無責任にも神殿に捨てていったり、寡婦となった母親が育てられずに置いていったり、親のない子供ばかりではないという事情があるのです」
アリーサがそっと小声で耳打ちする。
な、何ですって!許せない!