春まで頑張って働きます
湖水竜探索から帰ってから、他領からの問い合わせやご心配に関して、私は丁寧に謝罪のお手紙を書いて送った。
東領のレキやオーリさん、南領のリヒトさん。
ごめんなさい。突然、頭の中で助けてって言われても困るよね?ホント、申し訳ありませんでした。
オーリさん曰く、レキが飛び出して行こうとするのを留めるのに大変だったとのこと。
もー、あんたは領主なんだから、もう少し考えてから行動した方がいいわよ?私が言うことじゃないかも知れないけど。
何でこんなに私に一生懸命になってくれるのか、疑問に思っていると素直に書いたら、レキから意味不明の返事が返ってきた。
「お前のような跳ねっ返りには自分みたいな、冷静沈着な相手が側に必要だろう」とのこと。何なの、この上から目線?
私は最近、代々守護騎士家系で冷静沈着なカイル騎士長が側近の一人となったので大丈夫ですと返信しておいた。
あれ以来、音沙汰が無くなったが安心したのかな?
あと、南領のアシュラム君が来年、守護騎士の選抜試験を受けに聖領に来るらしい。
自分が守護騎士となったら、ナツキのことは俺が守る!みたいな、お便りが寄せられ、ちょっとだけ困った。
まあ、受かってからのことなので保留だ。一応、頑張れ!
それから、リヒトさんから丁寧な長文を頂いた。
最初の方は今回のことを心配し、何事もなくて良かったと綴ってあった。
シルヴァが派兵せずに済んで、助かった。危うく、戦争になるところだ。
その後は、南領の現在の様子など当たり障りのない内容だった。所謂、業務連絡ぽかった。
最後の方へと読み進めていくうちに、突然、話の内容が変わった。
「え?えええええええー!!」
手紙の後半を握りしめ、大声を上げた。
自室なので当然一人なのだが、隣室にはアリーサが詰めていて、慌てた様子で部屋へと飛び込んできた。
「何事ですか!」
「あう。これ…」
私は困りきって、アリーサに手紙を見せた。
「は?っはあ?」
だよね?そうなるよね?
「これは…、ヒルダ様との協議案件ですね」
手紙には私に求婚の申し込みをしたいとあった。
住む場所は違っても、お互いに季節ごとに行き来したりすることで繋がっていられるだろうし、子供が生まれたら、男子は南領で女子は聖領で育てる方向、もしくはどちらか選んでもらう方向で検討させて欲しいと、つらつらと重ねてある。
「ど、どうして?終わったと思っていたのに」
アリーサには私の叶わなかった想いなど筒抜けであったため、失恋未満報告はしてある。
「何やら、文面を見るに様々なことをふっ切った感がございますね。遠距離でも構わないから、結婚して欲しい、ですか…」
いや、結婚してくれとは書いてないよ?求婚の申し出をしたいとあるだけで。
「どう違うのです?」
それはその!申し出は事前の確認であって、求婚自体は相手に直接するものじゃない?
「…そうですね」
どっちでもいい、みたいな顔は止めて。
「とにかく、どうしたらいいと思う?」
「ヒルダ様に面会予約を入れておきます」
やっぱ、そう?神殿内で唯一の既婚者だもんね。
「違いますよ?領地間の均衡を保つための話し合いが必要だからです。領主と巫女との婚姻は当人同士の問題ではないのですよ?」
はー。何だか大事になりそうな予感。
時と場所を移し、私はヒルダさんの執務室にいる。
彼女に手紙を渡し、内容を確認してもらった。
「なるほど。そうきましたか…」
丁寧に手紙を畳んで、私に返す。
「領地間の均衡のために神殿長や巫女と領主の婚姻はあまり認められませんが、なくもないのです」
あれ?いいの?
「まあ、事実婚になりますけれど」
「えーと、正式に結婚はせずに夫婦同然みたいな?」
「そうなりますわね。実を言うと、わたくしの姉がそうでした。父親の名は申せませんけれど、結婚せずにここで育てられた姉は次代の神殿長になってもおかしくない力量をお持ちでしたけれど、母上はそうはなさいませんでした。
姉をその地位につけると、父方の親族の権力が増し、レーヴェンハルトの秩序が乱れると考えられたのです」
ああ、それで北領にお嫁入りしたんだね。
「そうですわ。けれど、それもまた、間違いであったと思っています」
「どう言うことなの?」
「姉は野心を捨てられなかったのです。神殿長となって、この世界を統治したいと言う望みを抱いています。
けれど、それは間違った認識ですわ。神殿長はこの世界を統治しているのではなく、正しい方向へ導く手助けをしているだけで、地球で言うところの為政者、王ではありません。
それを姉は、はき違えているのです」
なまじ能力があっただけに父親の存在がお姉さんから神殿長となる夢を奪ってしまったんだね。
「姉は自分の娘を次代の神殿長としようと画策しているのです」
「まだ、小さいんだよね?」
私が転移させられた時の説明に出てきた気がする。
「ええ。幼い故に危ういのです。姉の思考を植え付けられ、そのまま成長すれば、レーヴェンハルトに相応しくない神殿長が誕生するやも知れません」
「他に候補となる人はいないの?男子であっても候補となることはあるんだよね?」
「なくはないのですが、魔力量が足りないなど欠けている部分が多いのですよ。
わたくしの亡くなった長男は娘を残しましたけれど、その子に神殿長を継がせることは出来ません。魔力量が足りていないからですわ。朗らかで優しい娘なので、残念に思いますが」
「西領の領主に嫁がれている娘さんは?」
「それこそ、無理でしょう。あの子は男子を出産しましたが、その時に体を損ねてしまって半療養中なのです。
レーヴェナータの血筋は先細りで、女が生まれにくく、生まれても体が弱かったり、魔力が足りなかったりと不安定なのです。
出来れば、北領の姪を引き取り、わたくし自身が養育したいのですが、姉が承知いたしません」
まあ、娘を養女に差し出せって、なかなか納得しづらいと思う。
「姉は自身が後見となって、姉の思いの通りに操ることの出来る娘が欲しいだけですわ」
「本当にそうなの?ヒルダさんの思い込みとかじゃ…」
お姉さんと対立しているみたいだし、曇り眼で見ているってことない?
「まあ!」
驚いた顔をした後、朗らかに微笑む。
「ナツキったら、わたくしにそんなことを言うのはあなたぐらいですわ!」
すいません。言い過ぎました。
「いいえ。わたくしも時には誰かに叱ってもらったり、間違っていると指摘してもらわないと増長しかねませんもの。
ありがたいことですわ」
ならいいですけど。
「けれど、わたくしは曇り眼で見たりしていません。ちゃんとした報告を受けた上で、そう判断しているのです。
可哀想に姪は搭に半ば幽閉同然のように閉じ込められ、自由に外を出歩くことも出来ない有り様なのです」
それって幼児虐待ですよ!
「ええ、わたくしも何度か抗議しているのです。それがかえって逆効果だったらしく、わたくしの行動が姉の被害妄想を助長したようなのです。ただ単に行動の自由を制限されていただけなのが、搭に閉じ込めることになってしまって。
わたくしが姪を自分から奪うのではないかと妄想し、さらに酷い扱いになっているようなのです」
「北領でお姉さんを諌めてくれる人はいないの?」
「父親である北領の領主が存命しているうちは、そこまで酷くはなかったのですが、数年前に急逝され、今は嫡男が跡目を継いでいますが、彼に母親を諫めることは出来ない様子です」
あー、息子は母親に弱いもんね。妹が幽閉同然でも助けてあげられないのか。
「ですから、領主との婚姻は注意が必要なのですわ。あなたも、よくよく考えてからお返事して下さいませ。
わたくしは反対はいたしませんが、後々、禍根となることもあると重々ご承知下さい」
「はい」
そうして、私はヒルダさんの執務室を後にした。
結論、考えることが増えた。
リヒトさんとのことはまあ、成り行きに任せようと思う。好きと言う気持ちは残っているけれど、一旦は終わった想いだ。
再び、顔を合わせて求婚されたとして、すぐに頷くことは出来ないだろう。さっきの話を聞いたら、尚更だ。
それよりも!私は幽閉同然だと言う女の子をどうにか助けてあげたい。
まだ小さい、地球で言うところの小学校低学年くらいらしい子が搭に閉じ込められているなんて、看過出来ないよ!
「う〜ん。でも、帰ったばかりだし。仕事も溜まっているしなあ」
仕事をしないとアリーサに怒られる。それにアウルムの調教もまだ出来ていないし。
「真冬の北領じゃ、身動きとるのも一苦労だろうな。やっぱり、春になってからか…」
北領より南に位置する聖領でさえ、この寒さだ。雪だって相当積もっているだろう。
うん、よし!春になったら、決行だ!それまでに溜まった仕事を片っ端から片付けて、万全の準備を行おう。
私は何もお母さんから子供を取り上げたい訳ではない。一番いいのは、お母さんが改心してくれることだ。
けど、なかなか難しいだろうなとは思う。地球にいた頃、そんな風に子供を虐待していまう母親のニュースをよく目にした。
子供への虐待が酷くて、一度は児童相談所に保護されても、一時帰宅した際、悲しい結末を迎えてしまった…とか、そんな事例が幾つもあった。
私は子供を生んだことも育てたこともないから、どうしてそんな心理に陥るのか理解できない。
ただ、お母さんを理解して支えてくれる人がいなかったのかな?とは思う。
ヒルダさんのお姉さんも旦那さんを失って、周りが見えなくなっているだけなのかも知れない。
そう言うことなので、先ずは話し合いだ。それでも埒があかないようなら、姪っ子ちゃんを誘拐してくる!
うん、それで行こう!と、私は物騒な考えを胸に秘め、冬の仕事を着々とこなしていった。
治療院も附属の研究所も開業の目処がたった。ソールの頑張りとヤンさんの縁の下の力持ち的な支えが大きかった。
ヤンさんと言えば、色恋とかではないが、職業訓練所のセルマさんと気の合う茶飲み友達となったようだ。
よく二人でのんびりと語らっているのを、幾人も目撃しているそうだ。
ナニそれ、羨ましい!結婚出来ない女、代表だった私としては、そんな風に迎える穏やかな初老の男女の関係って憧れるよね!
え?結婚したらどうだ?分かってます!婚活も頑張るよ!
聖領の議会の議長としても、神殿の巫女としても。その他諸々、幼稚園の運営と職業訓練所の運営。治療院と研究施設の設立と、私ってば働き過ぎじゃない?大丈夫?過労死しないかな?
「それだけ食欲があれば、過労死なんてしないでしょう」
私がモリモリとご飯を食べる姿にアリーサが嘆息する。
「少しは控えた方がよろしいですよ?確実に太っています」
わーん。分かってるわよう。でも、冬は寒いから体が皮下脂肪を増やそうとして太りやすくなるものなの!
「そうですか?単なる食べ過ぎでは?」
温かいクリームシチューにパンを浸して食べる至福や、何ものにも代え難い。
と言うわけで、お代わりを下さい。
「はあっ」
ため息、つかない!幸せが逃げて行っちゃうよ?
窓の外は吹雪いているが、神殿の中は温々と暖かい。
ヒルダさんの結界で聖領内はこれでも他の地に比べると過ごしやすいが、人が生活できる程度に弱めるに留めているらしい。
あまり自然の天候に手を加えると反動があるらしく、かつて、他領に大損害を与えたのだそうだ。レーヴェンハルトは魔法で護られた世界であるが、元々は地球の一部を切り取った世界である。
四季も寒暖の差もあるのだ。人の手でそれらをねじ曲げるのは天の摂理に背く事に当たる。
「もしかしたら、次元の大波もまた、レーヴェンハルトと言う世界を人間が創造したことへの神からの罰なのかも知れませんわね」
そう、ヒルダさんが言っていた。
神様からの罰がどうのとか、話が難しすぎるが、自然をねじ曲げるのは良くない。うん。
「午後から、アウルムと外に出てみるよ」
あれから、アウルムもお行儀が良くなった。私に敵意を示さなくなったのだが、玉に命令は無視するので調教が足りていないと言えよう。
見た目は成獣に近づいている。日に日に大きくなっていくアウルムである。まだまだ、根っこの部分が甘えたなので困る。
「ギルドで先輩方の所作なんかを見させるのも良いかも」
「あなたが騎獣と戯れたいだけでは?」
ギクッ。も、もー、アリーサさんたら!あくまで調教の勉強だよ?
「止めはいたしませんから、ごまかさないで下さい」
すいません。猫形騎獣をもふりたいです。
リヒトの心境の変化については異世モフSSに掲載済みです。気になる方は、読んでみて下さい。