説教部屋に連行される
私は、極力顔に嫌悪感を出さないように気を付けながら、アウルムからゴキを受けとる。
そうした遣り取りをセスがウンウンと言う感じで見ている。仲良くなって良かったね、みたいな。
あう。こっちの気も知らないで!死んでいるから、まだしも耐えられる。
「えーと…。ありがとね」
お礼を言うと、アウルムがニヤニヤ?した顔なのに気付く。
あれ、こいつ…。確信犯だ!絶対に私が喜ばないだろうと思って、これを持ってきたのだ。
でも、何故?ギルドの仲間から引き離されたから?
はっきりとした理由が分からぬまま、さらに数日が過ぎた。
相変わらず、アウルムは私を無視している。そんな時、セイラが久しぶりに戻ってきた。
《ただいま〜!あれ?こいつ、何?》
へぶしっ。セイラが後頭部を直撃する。
セイラとアウルムは今日が初対面だ。騎獣を飼ったことを説明すると、私の頭の上で頬杖を付きながら、アウルムを見下ろす。
《へえ、ふ〜ん》
アウルムは居心地悪そうにモゾモゾとしている。
フロウがいるので妖精を見たのは初めてではないだろうに、どうして?と思っていると、突然、セイラが宣言する。
《あんた、あたしの子分ね》
びしっと指を突き付ける。
「子分って…。あんたの方がお姉ちゃんなんだから、優しくしなさいよ」
《嫌よ。こいつ、ナツキのこと嫌いって顔してるもの》
はあ?そうなの?そこまで嫌われていたとは、ショックだ。
《だから、誰が偉いのかキチンと理解させないと!》
一番は私で次点で自分。アリーサやヴァン達守護騎士と続き、最下位がアウルムとのこと。
あれ?アリーサの方が守護騎士より上なの?ご飯(この場合、花とか)をくれるから?そうですか。
《あんたは一番下なんだから!大人しく、ナツキに従いなさい!》
「ギニャアアア!」
アウルムが激しい唸り声を上げた。こんな風に怒ったこと、一度もなかったのに。
「ねえ。言っていることが分かるでしょ。何て言っているの?」
《うーん。ニーニャが帰ってこないのは、お前のせいだ?みたいな?子供だから、ちゃんとした言葉になってないし、全部は分かんない》
ニーニャ?
「もしかして、ニーニャが湖水竜の所に残ったのが気に入らないの?」
「ギニャウウウ」
《お母さん、なんだって》
「ヴヴヴ」
前足を突っ張るように姿勢を低くして、こちらを睨んでいる。
怒っているんじゃない。寂しいんだ。
たぶん、ニーニャは亡くなったお母さんの代わりだったのだろう。それなのに今回の件で、ニーニャまで失ってしまった。
湖水竜の探索を頼んだのは私だ。だから、私のせいでと思ったのだろう。帰ってこないのは何故だと、マニャやフロウに聞いたのかも知れない。
私は、アウルムの前に膝をついた。
すると、アウルムは後方へと飛びすさった。そこでまた、威嚇するような唸り声をあげる。
嫌い。嫌い。大嫌いだ!そう言っているのだろうか。
「ごめんね。ニーニャを連れて帰ってあげられなくて。でも、ニーニャはね、自分で残ることを選んだんだよ?」
「ギニャア!」
「うん。そうだね。ニーニャは優しい子だもの。アウルムのことが嫌いになったから、置いていったんじゃないよ」
「ニア?」
本当に?そうなの?と、不安そうに私を見上げる。アウルムは賢い子だ。ニーニャが帰らないのは、私のせいではないと、ちゃんと分かっている。
ならばどうして?と幼いながら、悩んだのだ。
「嫌いだからじゃない。アウルムには仲間がちゃんといて、自分みたいに主と呼べる人と出会えるはずと知っていたから。だから、ニーニャは自分の思う通りに生きようと決めたの。
誰に強要されたのでもない、自分の意思だから、それは尊重してあげないといけないの。
アウルムがどんなに寂しいと思っても、ニーニャの意志を止めることは出来ない。ううん。してはいけないのよ」
「ギニァー…」
先程まで唸っていたのが嘘のようにしょんぼりする姿が胸をうつ。
アウルムの前足の脇に手を差し入れ、私の膝に乗せた。それから、ゆっくりと背中を撫でる。その間、全く抵抗せず、されるがままだ。
「ニーニャは湖水竜や妖精達と楽しそうにしていたわよ。でも、アウルム達のことを忘れた訳ではないの。
お互いにいる場所は違っても、ちゃんと思いあってるのよ」
「ニ?」
本当に?と言うように、頭を持ち上げ、私を振り仰ぐ。
「ええ。その証拠にアウルムも離れたからって、ギルドにいるマニャや他の子のことを忘れたりしないでしょう?」
「ギニャ!」
大きな声で返事を返した。長いしっぽが安堵によるものか、ゆらゆらと揺れる。
良かった。理解してくれたみたい。
《はあ、もう。落ち着きのない子!世話が焼けるわね》
うーん。それ、まんま、私のセリフなんだけどな…。
セイラは妖精達の中で最年少ではあるが、薔薇姫として別格扱いされている。そんなセイラにとって、アウルムは初めて出来た弟分なのだろう。
「お姉さんぶりたいんだよね〜」
《な、なによ!どういう意味よ!》
昨日まで甘ったれの、赤ちゃんみたいだったのに、急に成長したみたいだ。それはそれで喜ばしいことだ。
時折、言動が不安定になることがあったので心配していたのだ。
二人とも、私のかけがえのないパートナーだ。末永く、仲良くしてもらいたいものである。
って、言ってる側から喧嘩しない!
やめなさいって!え?ちょっと、私を巻き込むのは止めっ。
なっ、あーちゃん!スカートを引っ張らないで!
ビリリリリ!あー!
そこへ、セスが通り掛かった。彼は、両手で持ち運んでいた騎獣用の道具の入った箱を取り落とす。
ぎゃー!!!
み、見られた。セスに生足を…。パンツを見られなかっただけ幸いだ。
アウルムによって斜めに引き裂かれたスカートから伸びた太ももの、かなり際どいラインまで見られた。
こちらの世界では短くても膝下までが許容範囲。太ももを見せるのはタブーである。
あれ?でも、最初の日、私、ヴァンにすっぽんぽんを見られてるよね?あれはいいのだろうか?
とりとめのないことを考えて、思考を紛らわす。
その間も、破けたスカートを押さえ、見えないように必死で隠す。
そこに運悪く?ヴァン達がやって来た。
彼はこの惨状を一瞥した後、無言で腰から剣を引き抜いた。ラベルとセーランがそれに続く。
ヴァンは怒っているのが丸分かりだからともかく。後ろの二人!顔が笑っているのに、行動が伴っていないよ?
セス、お願い!逃げてー!
とか、やっているとひょっこりアリーサが現れた。
彼女は、ひどい頭痛でもしたかのように額を押さえると、無言でアウルムの首根っこをひっつかみ、ぽいっとセスに投げ渡した。
「訓練士の方に、よおく躾けてもらって下さいませ」
こくこくと、セスが頷きながら、その場から脱兎のごとく逃げ出した。
「さて、ナツキ様?セイラも!」
破けた服のせいで逃げられない私と、こっそり消えようとしたセイラの名が呼ばれた。
「ひっ!」
《あうっ》
「お説教ですわよ?」
退路を絶たれ、私達二人は絶体絶命のピンチに陥った。
私、別に悪いことしていないよ!むしろ、被害者なのに!
「連帯責任と言う言葉はご存知ですか?」
凶悪な笑顔って、今のアリーサの顔のことを言うのだと思う。
「ナツキ様、まさか知らないはずはございませんわよね?」
は、はひっ!知ってます!
「では、参りましょうか」
ヴァンが差し出したマントを貸してもらって、アリーサの跡を追う。気分はドナドナだ。
こうして私は、道々、説教を受けながら、今まで存在することを知らなかった説教部屋なる隔離部屋へと連れていかれた。
養護院にも似たようなものが存在するらしい。聞き分けのない子、ほかの子に危害を加えた子に反省を促す目的で存在するらしい。
子供と同じ説教部屋て…。
私、見た目はともかく、いい年なんだけどな…。
「明日の朝、お迎えに上がりますから、それまでじっくりと反省して下さい」
目だけ見える、小さな小窓からアリーサが無情に告げる。
「あの、お腹が空いたんだけど…」
「え?何か、おっしゃって?」
「…何でもないです」
パタリと小窓が閉まり、かすかな足音が遠ざかっていく。
ぐううう。お昼ご飯から何も食べていないのでお腹が鳴った。
《食べる?》
セイラは部屋に飾られていた切り花を私に差し出した。花の蜜が食事代わりらしい。
お気持ちだけ頂戴します。人は花の蜜だけでは空腹をまぎらわせない生き物なのだ。
殺風景な、この部屋にあるのは粗末な寝台と机と椅子のみ。え?おトイレは?もしかして、あれかしら?三角コーナーが部屋の隅にあった。
うふふ。ここって説教部屋じゃないよね?留置場だよね?
そして、夜は更けていく…。
翌朝、ろくに眠れぬまま、私は釈放された。
うーん。シャバの空気が旨い!
「これに懲りたら、お慎みになって下さい」
私は頭を洗いながら、アリーサからだめ押しされる。
分かったから、今はゆっくりさせて!
朝風呂で昨夜受けた精神的ダメージを緩和するのだ。三角コーナーはキツかった。臭いは魔法で完璧にシャットアウトされているのだが、静かなダメージを受ける。
「あなたが自分からアウルムを引き取って、面倒を見ると仰ったのですから、きちんとされないと。他の騎獣にも示しがつきません」
ただでさえ、騎獣用の獣舎ではなく、アウルム専用の獣舎を与えられているのだ。他と歴然とした差をつけているのだから、完璧な調教を行わなければならない。
私は甘やかし過ぎなのだとのこと。
いや、返す言葉もないね。
湯船に浸かって、お湯の感触をしみじみと味わう。
「あ〜」
お風呂はいいね。セイラも気持ち良さげだ。
ほどほどで出なさいね。湯中りしちゃうから。
「アウルムの世話が大変ならば、騎士棟にある獣舎で管理を任されてはいかがですか?」
「駄目!それは絶対!」
ここで私が世話をすることを止めたら、アウルムはまたしても、見放されたと思うだろう。それだけは絶対に駄目だ。
「そうですか。では、しっかりとお世話して下さいませ。決して、低能の烙印を押されることのないようにお願いいたします」
う、分かってるわよぉ。
一晩、騎獣の訓練士からみっちりと躾し直されたアウルムは借りてきた猫のように大人しくお利口さんになっていた。
「我々も巫女様の騎獣だからと遠慮申し上げていたのが、仇となっていたようです。今後はしっかりと鍛える所存ですので」
ピシッと前足を揃えてお座りするアウルムと私の間に奇妙な連帯感が生まれていた。
言うなれば、お互いに臭い飯を食った仲みたいな?実際にはご飯抜きだったのだけれど。それはアウルムも同じだったようだ。
子供だもん。ご飯抜きはきついよね?後でオヤツをあげよう。
「いけません!騎獣は決められた時間に決められたものを食べるように訓練されています。
それが出来ないようでは騎獣として失格です」
ガーンって、アウルムの顔に書いてあるようだ。
確かにお腹が空いたからって、任務中に獲物を狩りに出掛けるようではまずかろう。
「それじゃ、オヤツをあげるのは駄目なの?」
「…主である、あなたが管理した上で適切な量を与えるのであれば、問題ないでしょう」
「ただし、際限なく与えるのは論外です」
三時のオヤツ的な感じで適度な量、適度な回数を守る。そう言うことだね?
「それじゃ、いい子だったら一日一回オヤツをあげる」
「ギ二ャ!」
こうして私とアウルムは絆の先っぽ?のようなものを結ぶことが出来た。
まだまだ子供なので遊びが主だが、そんな中でも主従の区別をきちんと教え込まなければいけないらしい。それにはカナンを幼獣から育てたヴァンのアドバイスが役に立った。
神殿内で危険はないに等しいので普段はそれほど顔を会わせることがなかったのだが、アウルムが来てからぐんと回数が増えた。ラベルとセーランも一緒に来るので毎日が賑やかだ。
たまにカイルがそれに加わる。しかし、彼の目的が分からない。
強いて言えば、観察されている?みたい。一通り観察して、満足そうに帰って行く。たまに帰りが遅いと従卒の少年が迎えに来ることもある。
彼とは面識はあっても、前回の旅で騎士団長に率いられた一団の一人という認識でしかなかったのだが、カイルの従卒でしかも意外な出自だった。
ある日、ヒルダさんの執務を手伝い、一緒にお茶をしていると、彼女が私に聞いてきた。
「最近、エリオルと顔を会わせる回数が増えたと聞いておりますよ。そうなのですか?」
エリオル?誰でしたっけ?ああ、そう言えば、カイルのお目付け役、もとい従卒が確かそんな名前だったような。
「顔を会わせるだけですよ?会話なんてないですし。カイルがこちらに入り浸って、仕事に差し支えると呼び戻しに来る時に挨拶されるくらいです」
華やかな美少年なので目の保養だとは言わないでおこう。いらぬ嫌疑をかけられても困るし。
「紹介する必要はないと思って、言わずにおいたのですけど、頻繁に会うようなら、一言、言っておこうと思って」
え?まさか、夫候補ですか?年が離れすぎでは?
「そんな訳ないでしょう!」
怒られた。マジで怒られた。
「あれは、わたくしと騎士団長との間に出来た末の息子なのです」
えええええええ!!
「騎士団長って!セルゲイとヒルダさんって結婚していたんですか?」
「結婚はしておりません。神殿長や巫女は結婚と言う形式にとらわれませんから」
さらっと言ったね?じゃあ、愛人ってこと?
「そうですわね。セルゲイとわたくしは同志…、いいえ、戦友と言ったところかしら?」
大人同士の恋の駆け引きやら、やむにやまれぬ事情やらを妄想…、もとい、想像していたのが一気に冷めた。
「戦友ですか?子供までいるのに?」
「エリオルのことは自然な成り行きの結果でしかありません。もちろん、我が子として愛しく思ってましてよ」
ならいいけど。転移して来た巫女みたいに我が子に興味を示さないとかじゃなくて。
「けれど、以前にもお話した通り、レーヴェナータの血筋は女系に受け継がれ、男子はあまり重きをおかれません。
血筋を絶やさぬため、ある程度、尊重されますがほとんど表に出ることはありません。
エリオルのように神殿騎士になりたいと言う者は、ごくわずかで大抵、領主家の娘婿に収まる者がほとんどですね」
本人が納得しているなら、それもありだろうけど、何だか決められた生き方しか出来ないようで可哀想ではある。
「そうですわね…。わたくしにも兄弟がおりますけれど、全く没交流ですわ。噂に聞く程度で、近況を報告し合うこともありません。姉妹となると、細やかなお付き合いがありますけれど」
お姉さんが北領の領主に嫁いでいるんだよね?妹さんが西領の先代領主に嫁いだけれど、未亡人となっているのだとが。
「ええ。妹は早くに夫となった方と死に別れてしまいましたが、再嫁いたしませんでした。
子供が出来ない体であると分かったからでしょう」
「そんな…。子供が出来ないと結婚出来ないの?」
「普通であれば、可能でしょう。自分でなくとも、第二夫人になりに生んでもらえばいいのです。
しかし、わたくしも妹もレーヴェナータの血筋に生まれたが故にそれが許されなかったのです」
尊い血筋の娘が正夫人であったとしても、その夫が第二、第三夫人を持つなど許しがたいと世間が言うのだそうだ。
難しい問題である。身分が高い者ほど血を残すことを求められ、複数の妻を持つことを奨励される。
けれども、妻の立場からしたら、複雑だろう。
「妹さんは今?」
「西領で元気に過ごしておりますよ?わたくしの娘が先代領主の弟で現領主に嫁いでおりまして、その母親代わりをよく努めてくれているようです」
そうなんだ。よかった。姪っ子が娘さんの代わりになっているなら、寂しくないだろう。
「いずれ、あなたも西領に行く機会が訪れるでしょう。あちらはわたくしの故郷ですから、親族連中は一筋縄ではいかないでしょうけれど、ナツキなら大丈夫でしょう」
にっこりと笑顔で言い切られた。
えー、こないだ愚痴ってたよね?親族ほど厄介なものはないって。ヒルダさんにそう言わしめる人達って…。怖いんですけど?
「大丈夫!」
えぇー?二度言う?