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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第三章 聖領編
122/210

双子の父と猫形騎獣

大角鹿の獣人はイサークと名乗った。

「いやあ。まさかこんな所で子供達の知り合いに会えるとはなあ。偶然ってあるもんだね」

ヴァンの胸中など露知らず、至って呑気な態度である。

「いや、知り合いと言っても、つい先日、会ったばかりでよくは知らないんだが…」

言い終えた所で左足にビリッと痛みが走った。どうやら流されている間に足を痛めたようだ。

男もそんなヴァンの様子に気付いたようで、

「おや?足をひねったみたいだね」

と、こちらへと体を寄せた。とにかく大男なので上からのし掛かられるようで少々決まりが悪い。

「ちょっと待っててね」

そう言って、洞窟内で仄かに光を放っている花のような実を丁寧に摘み取って来た。それをそっとヴァンの傷む足の上へと置いた。

すると実の部分が発熱したかのように、じんわりと温かくなった。と、同時に痛みも和らいでいく。

「これは一体…」

それから、さらに時間が経つと実の部分が乾燥したようになって最終的には砕けて地面に落ちた。

なんとも不思議な実に驚いていると、大男、そうイサークと言ったか。彼が疑問に答えた。

「あ、これはね。永珠の実って言ってね。貴重な薬草なんだよ。僕は治癒魔法なんて持ってないけど、採集は出来るから、こうして実を枯らすことなく利用出来るんだ」

「は?永珠の実はスーサ様しか取り扱うことの出来ない貴重な薬草だろう?それをこんないとも簡単に…」

貴重なものと聞いた。それを一介の騎士である自分に使っていいものか。

「あ。いいよ、いいよ。そんな心配しなくても、たくさんあるからね」

ただ一人用いることの出来たスーサが亡くなってから数千年近く経つ。その間、誰も扱うことが出来ずにひたすら増え続けた。結果、取り放題なのだと事も無げに言う。

「そうかも知れないが…。いや、治療してもらった身で文句を言うのもな。君が濁流に流された俺を助けてくれたのだろう?

本当にありがとう。しかし、こんなに良くしてもらっても、返すものがない。身につけていたものも流されてしまったようだし」

剣も、腰に提げていた貴重品を詰めた小袋も見当たらない。本当にこの身一つらしい。

「僕は岸に打ち上げられていた君を見つけて、ここまで運んだだけだよ。お礼なんて必要ないさ」

体も大きいが度量も大きい人物のようだ。ヴァンは、初対面である大男に好感をもった。

「それはそうと、ここはどの辺りなのだ?俺は帰らなければならないんだが、どうすればいい?」

「あ!それはね。僕にも分からないんだ」

「は?」

「僕もね、ここで迷ってから、かれこれ三年以上になるのかなあ?ここじゃ暦なんて分からないから、確かなことは言えないんだけどね!」

前言撤回、この男は度量が大きいのではない。ただの楽天家だ。

「まあ、気長にやるしかないよ。幸い、永珠の実のお陰で最低限飢えて死ぬこともないし、怪我や病気も治してくれる。それでもお腹が減ったら、そこいらの魔獣を狩ったらいいしね!」

あんまり美味しくないんだ〜と、呑気なものである。さすが、あの双子の親だけはある。

しばらくしてから場所を移動することとなった。何でも借宿にしている洞があって、そこに必要なものを保管したり、寝る場所としているのだそうだ。

「歩けそう?何だったら抱っこして…」

「いや、結構だ」

即答した。大の男が抱っこなどとみっともない真似出来るか!

「それじゃ、痛くなったらすぐ言ってね。抱っこ…」

「いいから!さっさと案内してくれ」

イサークはお姫様抱っこ!の形に差し出した両手を残念そうに降ろす。

どうも、この男とは波長が合わない。良い人間であるには違いないが。それにしても、どことなく知った人間に似ているような…。

「あ!これこれ、あのコガネムシは食べられるだ!外はかりっと中はしっとりとして、美味しいよ!」

美味しいって最強だね!と、満面の笑顔でコガネムシをゲットしていた。

…あ、そうか。ナツキ様と似ているのだ。

獣人の赤子をもふりながら、「かわいいって最強だよ?」と、言っていたっけ。俺には何のことか、さっぱり分からなかったが。楽しそうなのは理解できたので、ほっこりしたのものだか、この男は別だ。全く、ほっこりしない。

「ね!食べてごらんよ!」

そう言いながら、手のひらほどの巨大なコガネムシを押し付けてくる。

やめろ!俺は昆虫に興味はない!

「…美味しいのに」

俺に食えと言わなくなったのはいいが、目の前で食うな!ボリボリと音をたてるのは止めろ!気色悪い。

「えー!」

イサークが口を尖らせ、ブウブウと文句を言う。

全くもって、かわいくない。ナツキ様とは大違いだ。あの方が同じように口を尖らさせたなら、可愛らしいものだが。

イサークと連れ立って歩いた先に、なるほど、洞らしき横穴があった。

「暇だから、ちょこちょこと岩を削ったりして、居心地のいいように整えたんだ」

どや顔である。三年以上もこんな場所に閉じ込められて、よくそんな楽しげでいられるな。感心を通り越して呆れる。

妻子を持つ身で気にはならなかったのか?

「うーん。奥さんが出来た人でねえ。心配はしてなかったよ。双子も元気にしているんだよね?」

「まあ、そうだが…」

残念ながら、伴侶のことまで関知してない。冒険者として飛び回っているらしいが。また聞きなので、詳細は不明だ。

イサークは集めた枯れ草で火を起こすと湯を沸かし始めた。洞窟へは探検しに出掛けたらしく、装備は完璧で鍋や皿などの食器類も揃っていた。

「僕の奥さんはね。孤児達をまとめるリーダーだったんだ」

聖領の孤児全てが養護院や冒険者の見習いとして保護される訳ではない。もちろん、炊き出しなどの施しが神殿から定期的に行われ、兵士による巡回もあり、子供達だけでも早々酷い目に合うことはない。神殿のある聖領は慈悲深いのだ。

一部の大人を信用しきれない子供達はリーダーのもと団結して、子供だけでの生活を選択する者もいる。

イサークの奥さんもそうした一団のまとめ役だったようだ。長じて職人に弟子入りしたり、冒険者となったりと一人立ちするまでお互いに助け合って生活する。

ヴァンもそうした子供に会ったことがある。養護院に入ったらどうだ?と提案したところ、「自由でいたい」と断られた。

親に捨てられたり、死別したことで保護者を失ったり、様々な理由から孤児となる。自由でいたいと言った子供も、それなりに理由があったのだろう。

話をしながら待つことしばし、沸いた湯にイサークは何やら草のようなもの入れ、さらに煮出し始めた。それをコップについで渡してくれた。

「…」

「あ。大丈夫。ちゃんと飲めるから。僕の専門は植物の採集でね。知識はあるんだ」

恩人から供されたものを断るなど失礼だと恐る恐る飲んでみる。

「あ…、旨い」

微かな苦味もあるが、さっぱりとしている。何だろう、これは。

「緑茶だよ〜。保存が効くから、重宝しているんだ」

聞けば、光の当たらない洞窟内でも自生する植物もあるらしい。それらを採集しては干したり、加工したりしているのだそうだ。

「この洞窟は湖水竜の魔力で保たれているから、それだけで生き物や植物を活性化させることが出来るから、結構、快適に住めるものだよ?」

「それだ。湖水竜はここにいるのか?」

「んー。かすかに存在は感じることが出来る。ただ、居どころまでは分からないんだ。ここは湖と繋がる水脈だけれど、なかなか見つけられない。おそらく結界で隠れているのだと思う」

元々、湖水竜は人嫌いだったらしいから。

「冒険者は湖水竜に愛着があるらしいな?昔語りに湖水竜と友達になった男がいたと聞いたが」

「うん、そうだね!僕もあの話は大好きさ。けど、それ以外に理由があるんだ」

にわかに真剣な顔つきとなった。イサークはコトリとカップを地面へと置いた。

「僕にはね。見えるんだ」

「…何が見えると言うんだ?」

死者の霊だろうか?死霊など恐れてなどいないが、目に見えないものは脅威だ。ごくりとツバをのみこんだ。

「ニーニャがね…」

ニーニャ?

「猫形騎獣だよ」

「ああ。冒険者ホルンの愛騎だったとか言う?そう言えば、その子孫だと言う騎獣も来ているぞ?マニャって名前だったか」

「ええ!ホントかい?あの子も立派に人を乗せられるようになったんだね。小さくて人を乗せられないってミャアミャア鳴いてた、あの子がねえ」

しみじみとした口振りは、まるで親戚の子供の成長を目の当たりにして喜ぶようだ。

「それで?その猫形騎獣が何だ?」

「だからね。いるんだよ」

「とっくに死んでいるだろう?」

「そうだよ。もちろん、死んでいるから厳密には霊体だ」

こいつ、いよいよ頭がおかしいのか?猫形騎獣の霊って…。そんな思いが顔に出たのだろう。

「僕の家系はね。大昔は呪術師、シャーマンだったんだ。それで僕には霊が見える。

もちろん大抵の生き物、人も含めてだけど。霊体となって残るものは滅多にない。

けど、湖水竜と交流があって、その莫大な魔力に触れる機会が多かったせいか、ニーニャは霊体として残った。ホルン様はさっさと逝ってしまったようだけど」

シャーマンのことは知っている。眉唾ものだが。何故なら、レーヴェンハルトに転移した際、これらの人々は地球に残ったからだ。

「大角鹿の獣人と人族のシャーマンの間に生まれたのが僕のご先祖様なんだ」

「…そうか」

「多分、見えないと思うけどここにいるよ?」

イサークが隣を指差す。

うん。見えないな。

「すまんが俺には見えないようだ」

「だろうね〜」

彼が言うにはニーニャの霊体は冒険者ギルドにずっと憑いて?いて、彼らを見守っていたらしい。

時代、時代で霊体であるニーニャを見る者も現れたのだが、決して多くない。

自分は実に数百年ぶりに現れた見える者なのだそうだ。

「ニーニャはね。湖水竜のことを心配しているんだ。冒険者と湖水竜の間の縁が途切れてしまったことをね」

数代前のギルド長が急死したことで湖水竜への道筋が途絶えてしまった。それはニーニャも同様で、イサークは彼女?の要請に答える形で湖水竜への道筋を探るべく、旅立ったのだと言う。

家族にはいつもの探索に行くとしか告げていなかったので、自分がここにいることを知る者はなく、この場で探索を続けていたとのこと。

内緒で出掛けた結果、双子は母親から父親は死んだと思えと告げられたという話を聞かせてやった。

「ええ!そんな!僕は生きてるのにひどいよ」

ショックを受けたようだ。

「まあ、何だ。そう気を落とすな」

自分で伝えたことだが、どうも失敗したようだ。

「うう。僕はどうしたら…」

大男がじめじめと嘆いているのは見ているだけで気が滅入る。

「考えようによってはチャンスだろう。子供達はすぐそこまで来ているんだから、湖水竜を見つけてここから脱出すれば、これまでのことはともかく、名誉挽回出来るだろう」

「そ、そうだね!僕も子供達に会いたいし!」

三年もの間、洞窟内でくすぶっていた男も子供に会えると言う、目的に前向きになったようだ。それは良いことなのだが…。

「早速だけど、足の具合はどうだい?歩けるようになったら、すぐに出発しよう」

いや、待ってくれ。そんなにすぐには歩けない。痛みは徐々にひいていっているようだが、完治した訳ではない。

「分かった。なら、歩けるようになったら言ってね!僕も、いつでも出発出来るように準備しておくから!」

「お、おお」

先程までの憔悴っぷりとはうって変わって、ふんふんふん〜と鼻歌混じりの男にヴァンは若干引きぎみで、早く皆の元に帰りたいと切実に思うのだった。


ヴァンがそんな風に無事でいるとは知らず、私は外で膝を抱えてぼんやりと景色を見ていた。天幕の中に閉じ籠っていたら、入れ替わり立ち替わり、私の様子を伺いに人がやって来て、逆に一人になれないのだ。

そこで皆の目が届く範囲で大人しくしていることにした。

さやさやと風に吹かれて野草が揺れるのをぼんやりと眺めていたら、専用の寝床である手提げ鞄の中からセイラがひょこっと飛び出した。

ふわふわと宙に浮かび、

《えー?そうなの?大変だねえ》

などと、一人で喋りだした。

《ふんふん。困ってるの?うーん。どうかなあ?》

え?ちょっと何。独り言?怖いんですけど。

「ねえ。急にどうしたのよ。誰としゃべってるつもりなの?」

空想の世界にトリップしちゃったの?

《んん?見えないの?めんどくさいなあ》

見えないって何よ?

と、唐突にセイラが私の額をぺちんと叩いた。

いや、痛くないよ?けど、イラッとするんだけど?

《これでどーう?》

「は?何が…」

すると、それまで見えていなった何かの輪郭がぼんやりと浮かび上がる。

《…わ。…ゃ…よ》

かすかな声とともに徐々に形になっていく。そうして現れたのは、白と灰色の合わさった猫形騎獣であった。

《こんにちわ!ニーニャだよ!》

はい?












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