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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第三章 聖領編
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失ったものと新しい出会い

ラベルは私の震える肩を抱きよせると申し訳なさそうに眉を曇らせ、こう言った。

「すいません。転移の魔方陣が発動してしまった後だったので止められませんでした」

ついさっきまで元の場所まで戻ると喚いていた私が多少落ち着いたと見て、そう切り出したのだろう。

戻りたいと言っても、そんなこと許される筈もない。折角、安全な所へまで移動したのだ。

それでも、私はヴァンのことが気になって仕方がなくて、ラベルを困らせた。困らせると分かっていて、暴れる私を見かねたミグが叱りつけた。

「いい加減にしなよ!あんただって、駄目だって理解してるだろう?部下を困らせてどうするのさ。

上に立つ者のすることじゃないだろう?」

暴れる私を宥めようとラベルは必死に説得を続けていた。それなのに私は話を聞こうともしていなかった。

私はラベルの顔を見上げた。彼は困ったように、そして、私と同じくらい心配した顔で私を見返した。

「あ…。ごめんなさい」

私だけじゃない、ラベルだってヴァンのことが心配なのだ。

「いいえ。俺だって同じ気持ちです。けど、俺のするべき事はナツキ様を安全な場所にお連れすることですから」

すいません。だから、ナツキ様の希望に沿うことは出来ませんと逆に謝られた。

不安や恐れを分かち合うことが出来て、相変わらず体の震えは止まらないけれど、ほんの少し冷静さを取り戻すことが出来た。

「一度、外の拠点に戻りましょう。すぐに皆も戻って来るはずです」

洞窟の外まで再度転移するよう勧められたが、私は首を縦に振らなかった。いや、振れなかったのだ。

ここで待ちたいと願ったら、ラベルは頷いてくれた。

「では、ここで皆の帰りを待ちましょう。でも、遅くなるようなら、先に移動しますからね」

外の方がはるかに安全なのは分かっているが、ヴァンの安否も分からないまま、自分だけがぬくぬくと安全な場所にいるのは耐えられなかったのだ。

ラベルが譲歩してくれたのを感謝しつつも、不安ばかりが募る。時間の経つのがこれほど長く感じられたのは、こちらの世界に来て初めてのことだ。

かつて一度だけ、同じ様に感じたことがあった。あれはそう、地球にいた頃のことだ。幼い、あの日、迎えに来ない両親を待ち続ける間も私は同じ気持ちだった。

あの日と違うのは、私には新しい家族と呼べるような人や仲間達が出来たことだ。その仲間の一人の安否が気遣われた。

崖の下へと落ちていくヴァンの姿が、脳裏で何度となくフラッシュバックする。

怖くて震えるのをラベルが何を勘違いしたのか、

「大丈夫ですか?寒かったら言って下さい。俺には上質な天然の毛皮がありますから」

そう提案してきた。

一瞬、なんの事か分からなかったが、天然の毛皮がふさふさしたラベルの毛並のことを言っているのだと分かると自然と笑みがこぼれた。

「ふはっ。毛皮って…」

「毎日、手入れしてますからね。艶々ですよ?」

私を元気付けようとしているのが分かり、気を強くもとうという意欲がわいてきた。

私は立ち上がると、

「戻って待つことにするわ。きっと、ヴァンは大丈夫だもの」

そう言って、再度転移することを受け入れた。

「もちろんです。騎士長は頑丈ですからね。滅多なことでは傷一つ、つけられません!」

俺も模擬戦じゃ負けっぱなしなんですからと、ラベルが変な同意をする。

でも、ありがとね。気遣ってくれて。

私だって大人になったのだ。震えて待つばかりだった、幼い頃は卒業したのだ。

私とラベルは再び転移の魔法陣を用いて、洞窟の外で待機している仲間の元へと戻った。

「まあ!早かったのですね」

驚いたようなアリーサが出迎えてくれた。

「うん…」

それだけで何か不測事態が発生したことを察したアリーサが天幕の内へと誘う。

「トール殿。すみませんが、お湯を沸かしてきてくれませんか?」

「いいとも!」

薬師であり、看護士でもあるソールは残って私に付き添ってくれた。

「お顔の色が優れませんね?薬湯をお飲みになりますか?」

「ううん。体はなんともないもの」

「薬湯は体を癒すためだけのものではありません。心を癒すためにも用いられるのですよ」

ソールが優しい。何だかんだ言っても、彼もまた玄鳥の一族で患者を救うことを第一に考える。

「そうね。じゃあ、いただくわ」

トールが沸かしたお湯にさらさらと粉末を溶かした。

「どうぞ」

差し出された器には薄いピンクがかった薬湯が煎じられていた。

「何だか甘い薫りがするわね」

「甘いと感じるのは花の薫りです。これは気持ちを落ち着かせる作用のある薬湯ですからね」

一口、口に含むと胸がすっとした。

「…美味しい」

「お口に合うようで良かった。苦いばかりが薬ではありませんから」

皆の優しさが嬉しい。アリーサとラベル、トールやソールに見守られながら、私はヴァンの無事を祈った。

それから洞窟内にいた残りの面々が戻って来たのは、かなり時間が経ってからのことだった。

彼らの沈痛な面持ちを見れば、ヴァンの安否は容易に想像できた。

「…駄目だった、の?」

胸が苦しい。私は声を振り絞って、そう聞いた。

「申し訳ありません。私がもっと早くに行動出来ていれば…」

セーランが悔しげに唇を噛みしめる。翼人であるセーランは飛べる。崖下へと落ちていくヴァンをいの一番に助けられるのは彼を置いて他にいない。

魔法はすべからく詠唱など発動にある程度の時間がかかるからだ。無詠唱であっても同様だろう。

「ほんの…ほんのわずかの差だったのです。後一歩で届かず、騎士長は崖の下を流れる濁流に呑み込まれてしまいました…」

濁流ってそんな…。目の前が真っ暗になる。こうして立っていることすら、覚束ないくらいだ。

「しかし、騎士長は寸前で防御の魔法を展開し、落ちた衝撃は少なかったはずです。あとはどれだけ、それが持つかどうか…」

防御の魔法は敵からの攻撃を防ぐだけではない。自身を守る盾であり、鎧である。

「明日からの捜索は可能なの?」

今日はもう遅い。夕方近くなってから、洞窟に潜るのは危険だった。魔獣は総じて夜行性のものが多いからだ。

「それは…」

言葉を濁すセーランに代わり、カイルが私の前へと立った。

「よろしいでしょうか?」

私は了承の意を示した。

「現段階でヴァン殿を捜索する術はありません。川の流れに沿って行く道はありませんし、騎獣での捜索も、その先に何があるのか分からない状況では許可出来ません。私は不用意に人員を危険に晒すことは出来ませんので」

正論過ぎて反論出来ない。けれど、心は悲鳴を上げていた。

どんな危険があろうとも、ヴァンを捜しに行きたいと。

「あなたも巫女として、最善が何かを判断して頂きたい」

止めを刺された。

「その上で私から謝罪させていただきたい」

「え?」

「連れてこい」

カイルが振り返り指示すると、体を魔力による縄で縛られた一人の騎士が連れてこられた。

「この者がヴァン殿に魔法で妨害し、体勢を崩されたヴァン殿が崖下へと転落した原因を作ったことが判明しました」

その様子を別の騎士が目撃したのだそうだ。

今回の旅で言動におかしな点が見受けられ、カイルによって監視の目がつけられていた。本当は残留組としたかったのだが、トールやソールがいるため、自分のいない場所に置いておく方が危ないと判断したのだそうだ。結果的には同じことだったのだが。

そうとは知らず、彼は罪を犯した。

その男は、私が態度が悪いと感じていた騎士の一人だった。まだ若い。騎士として、それほど経験は積んでいないように見える。

守護騎士の家系だから、今回の旅の一員に選ばれたと聞いた。見るからにプライドの高そうな輩だ。

私の選んだヴァンら守護騎士に対して思うところがあったのだろう。けれど、こんな卑劣な真似は断じて許してはおけない。

「私は悪くない!名誉ある守護騎士に、獣人なんぞを選んだあなたにこそ責任があるのだ!」

ここにきて私の批判か。それはこんな場所で、人一人の安否が気遣われる場面で行うような事なのか。

神殿の騎士棟には私は何度も足を運んでいる。何故、その時に申し出なかったのか。

常日頃、私は自分のこちらの世界への常識の無さを痛感しており、折に触れて騎士達にも向かい、騎士達と交流したり、助言を求めたりしていた。

神殿の騎士には獣人も多い。面と向かって批判は出来ないだろうが、言い分を聞く耳は持っているつもりだ。

しかも、多くの魔獣に襲われて、皆が一致団結しなければならない時によくもそんな真似が出来たものだ。

呆れると同時に激しい怒りが沸き起こる。

「どのようにでも処分して構いません。私も監督不行き届きですので同罪ですが、今回の湖水竜捜索が終わるまでは処分保留としていただきたいのです。

虫のいい申し出とは重々承知しておりますが、ヴァン殿のためにも最後までやり遂げたいのです」

そう言って、深々と頭を下げた。

真摯な姿に私の怒りは徐々に溶けていった。

「あなたの責任ではないでしょう?己のやったことの責めは当人に取らせればいいわ」

私は冷たく、捕縛された騎士を見遣った。

「私が守護騎士に獣人であるヴァンを選んだことが不満のようだけど、姿形に何の意味があるの?

獣人であれ、人であれ、私はその人の人となりで誰を側に置くかを判断しているつもりです。

それはあなた方に対しても言えることです。努力して認められたならばともかく、守護騎士の家系に生まれたことが、それほど偉いとは思いません。

もちろん騎士と任命されたのですから、あなたも並大抵ではない努力をしてきたとは思いますが。

…かつてレーヴェナータのために心を砕き、守護を任された騎士が持っていた、心の在り方を忘れてしまったようね」

彼が、はっとしたように私を見た。

心の底まで腐ってはいないようだ。許せるかどうかは別だが。

「…残念です。先に聖領へと戻り、騎士団長から裁下を仰いで下さい。騎士の処分は私の範疇ではありません。

カイルも捜索を続けてもらって構いません。元々、それが目的なのですから」

「は。そのように致します」

罪を犯した騎士は早々に神殿へと護送されるようだ。抜けた二人の代わりの騎士も必要であるし、妥当だろう。

「…少し一人にしてくれる?」

心配そうに見守る仲間に背中を向け、そう頼み込んだ。

「分かりました。夕飯まで時間がありますし、ゆっくりおくつろぎ下さい」

アリーサは理解してくれたようだ。

「ありがとう」

そう言って、一人で天幕の中へと入る。途端、足の先から地面へと崩れ落ちた。

外に漏れないように両手で口を塞ぐ。堪えきれない、嗚咽が漏れる。

「…ひっ。う、うう」

ヴァンは私にとって特別な存在だった。ともすれば、ヒルダさんよりも。

彼が、この世界で初めて私を見つけてくれたのだ。

元の世界で心も体も疲弊した私は亡くなる寸前にヒルダさんによって、この世界へと転移させられた。

何もない崖の上、広い荒野を目前にたった一人震えていた私を救い上げてくれた。ヴァンにとって、それはただ単に任務の一環だったのだろうが、私にとっては違う。

見つけ出し、暖めてくれた(ついでに下の処理までさせてしまったのは不可抗力であったが)。

そのヴァンがいなくなってしまった。

それはひどい消失であった。他の仲間がいなくなっても、それは悲しいだろうが耐えられる。

けれど、ヴァンのいない世界など、私には考えられない。

「ヴァン…、ヴァン」

私は、呼んでも答えてくれない相手の名前を何度も何度も繰り返した。

「嫌だよ、ヴァン…」

埋めようもない喪失を、どうやって乗り越えればいいのだろか。私は、もって行き場のない感情に、ただ泣くことしか出来なかった。


全身に礫をぶつけられたような痛みでヴァンは目を覚ました。着ている服は水を吸って重く冷たい。

どうやら地面の上にいるので助かったようだが、どうやってあの濁流から助かったのか何も思い出せない。

瞼の裏に最後に見たナツキの姿が思い出された。必死に自分の方へと手を伸ばす、彼女の泣き出しそうな強ばった顔が。

「無事だと思うが…」

ヴァンは部下を信頼していた。セーランもラベルも並みの騎士以上の力量は備えている。

それは常に向上するよう、努力に努力を重ねた結果だ。

守護騎士の家系に生まれたのでない、自分達の何が気に入ったのか。ナツキは自分達を守護騎士に選んだ。

そのためのやっかみはひどいものだった。面と向かって詰られるくらいはいい方で、隠れて行われた陰湿な所業の数々は口にするのも憚られるようなものばかりだ。

けれど、それ以上にナツキに認められる騎士となりたいと言う思いの方が断然強かった。

自分達三人は故郷において、厄介者だった。全員、領主家かそれに類する家系に生まれ、聖領の守護騎士の家系に生まれた騎士達の誰よりも高い地位にあった。

それを喜んだことは一度もなかったが。少なくとも自分は。

神殿の騎士となったのは故郷にいられなかったからだが、自分の務めを誇りに思っている。

「…俺は貴方に見合う騎士であったでしょうか?」

最後に見たのが泣き出す寸前の顔だったから、ヴァンは自分で自分を責めた。両目に手の甲をあて、そう自問する。

誰もいないと思った。だが、どこからか足音が近づいて来る。

魔獣かと思ったが、体には力が入らないし、剣もない。魔力も防御を張り巡らせていたことで枯渇寸前だった。

ぐぐっと最後の気力を振り絞り、ヴァンは上体を起こした。

無様な最後は見せられない。誰も見ていないのは分かっていても、自身の矜持が許さないのだ。

もし、亡骸が見つけられたとしても敵に背を向けるという汚点は残すまい。

全身を苛む痛みをこらえ、ヴァンは目を凝らして暗闇のなか、先を見据えた。獣人は夜目がきくので、どうにか周りを判断出来た。洞窟内ではあるようだが、少し様子が違うようにも思える。仄かに光る花は何だろうか。見たことがなかった。

ヒタヒタとさらに近づいてくる何かがその姿を現した。

「あ!起きたんだねえ。良かった、良かった」

顔中を長い髭で覆われ、ボロボロとなった服を身に付けた男、いや獣人だ。

「やっぱり永珠の実の効果は抜群だなあ。治癒の魔力なんて欠片もない僕でもこうして誰かを助けることが出来るんだから」

「は?永珠の実だと?」

「あれ?知ってるの?珍しいねえ。冒険者以外で知ってるのは」

男はヴァンの横に座り込んだ。狼の獣人であるヴァンも体格はいい方だが、男はさらに大柄だった。

しかも、頭に立派な二本の角を生やしていた。

「あんた、もしかして大角鹿の獣人か?双子の子供がいる?」

「ええっ!ロキとロナを知ってるのかい?こりゃ、ビックリだ」

髭ぼうぼうで顔の造作は分からないが、存外若いようだ。好奇心に溢れた二つの目がキラキラと輝き、ヴァンを見下ろしていた。














はい、そうですよ。ヴァンは健在です。タイトルが紛らわしい?わざとです。だって心配なんかしてなかっただろうから、ちょっとしたスパイスです。

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