何てことない一日
いやー、なんと言うか。そんな昔からの因縁だとは…。
「けど、一般的にいいお話みたいに伝わってるみたいなのに、からかわれるってどういう?」
「だから!『蝙蝠城の道化姫』なんだから、何か面白いことをしろとか、そういうのよ!」
エリーが怒ったように言い返す。
ははあ、なるほど。そう来るか。
私達がいるのは、湖水竜が棲むと言う洞窟の手前、さすがに目の前に天幕を張ったりはしない。魔獣の棲み家の目と鼻の先なんて、自殺行為だ。
だから、洞窟の魔獣に気付かれない、ギリギリの位置に目眩ましと匂い消しの魔道具を設置してから、天幕を張った。
あんまり遠いと何かあった時に対応出来ないしね。
今日はもう、洞窟の中に入らない。天幕の設営と周辺の調査に人員が割かれる。
そして、どちらにも必要とされなかった私達、エリーや双子達が輪になって話していると言う訳だ。
別に役に立たないから、隅っこで静かにしていろと言われたのではない。
そう、天幕の設営で誤って支柱を建てたばかりの天幕を台無しにしてしまい、怒られたからではない。それは双子がやったことだ。私じゃない。
「あ〜、あの昔話か〜」
「ね〜、あたしも好き〜」
どうやら、蝙蝠城の姫のお話は子供用のおとぎ話みたいに伝わっているようだ。
「子供だからさー。そりゃ、からかったりはするだろうけど。それほど気に病む必要はないんじゃない?」
これだから、部外者は!って目で睨まれた。
「私は小さい頃から、ずっとからかわれてきたのよ!その気持ちが理解出来る?出来ないでしょう!」
う〜ん。立場は違えど、私もおとぎ話の主人公の末裔みたいなものだし。ほら、この世界を創造したキーラの子孫ってことでさ。
「全っ然!違うでしょ!あなたは巫女として崇められてるじゃないの!」
でも、それってさ、私のやったことじゃないし。それにヒルダさんみたいに賢くもなければ、綺麗でもないのに巫女様、巫女様ってかしずかれるのも辛いものがあるよ?
「そうね。あなたは綺麗でもなんでもないし」
すんと納得する。
って、コラア!面と向かってディスるな!
「あんたの場合、その性格の悪…、コホン。正直に言い過ぎるせいじゃないの?」
エリーがはっとしたように、次いで目を反らせる。
思い当たる節があったようだ。どうも蝙蝠族は思い込みが激しくて見栄っ張りな種族らしい。
「あ〜。そんなことないぞ。どちらかと言うと謙虚で勤勉な奴らが多いぞ?」
私達の話をたまたま聞きかじった、近くで天幕を設営するクレイさんがそう蝙蝠族を擁護する。
でもじゃあ、偶然似ているってだけなの?まさか、蝙蝠城の姫の子孫ってことはないよねえ?
「ああ、そいつは道化姫の子孫だぜ」
まんまじゃん!その性格って、お姫様と同じじゃないか。
「そ、そんなことない…わよ?」
あさっての方角を見ながら、言われても説得力ないよ?
《エリーをいじめないで》
フロウが庇う。
「いじめないてないよ〜?まあ、教育的指導は必要かなとは思うけど」
それはギルドの面々に任せよう。いや、待てよ。付き合いの長い彼らも放置していたのでは?
そう思って見ると、
「うん?まあ、あれだ。面白いからな」
「だな。性格ってゆうのはなかなか変えられんもんだしな」
おじさんズが揃って、なあなあで済ませようとしている。しかも若干面白がってさえいる。
はあ、仕方ない。私がエリーの教育係になるしかないね。
と、思っていたらアリーサから待ったがかけられた。
「ご自身のことも、満足に出来ない方が一体何を教えると言うのですか?」
ひどい。私だって、ここに来て一年以上経つ。しっかり、常識やら倫理やら、呑み込んでいる。
「は?常識のある人間がことあるごとに獣人に触ろうとしますか?」
アリーサが私の右手をちらっと見た。私は、無意識にロキ君のおでこの辺り、鹿の獣人特有の角(まだ、子供なので突起部分)を撫で撫でしていた。
はっ!て、手が勝手に!
「別にいいよ〜」
「あたし、角ないんだ〜。残念」
寛容な双子達に感謝!
「エリー殿のことは、もう放っておいてもよろしいのじゃありませんか?特に問題もありませんし。フロウの待遇も解決済みでしょう?」
そうなのだ。フロウは自由に姿を現すことが出きるようになった。とは言え、元々恥ずかしがり屋なので慣れた人の前だけなのだが。
「それはそうなんだけど…」
ちょっと納得いかない。本人は無自覚らしいが、相当性格に難があるよ?
「そんなことは本人の自由です。嫌われたくないなら、自身で気を付ければいいことです」
ですよねー。
周辺調査から帰って来たヴァン達の機嫌がなにやら悪い。
「どうかしたの?」
と、声をかけてみても「何でもありません」の一点張り。
何でもないのに、しっぽがブワッてなる訳ない。
ラベルも、イライラしたようにパシーン、パシーンと尾でそこいらの木を叩いているし。
ホントに何事?
唯一、比較的冷静そうなセーランに理由を尋ねる。
「私が冷静に見えると?そうですか」
あ、違ったっぽい。額に青筋がくっきりと見える。
「あの方達の選民意識に辟易させられただけです。ナツキ様がお気になさるようなことではありません」
選民意識?それって白人至上主義とか、○○民族が優れているとか、とにかく自分達が一番ってやつ?
「カイルはそんな風には見えなかったけど…」
はあっと息を吐き出してから、
「あの方は別です。もちろん、己が神殿を守るのだと強く意識されてはいますが。基本、平等な考え方をされています」
問題なのは彼の部下の一部なのだ、とセーランは言う。
「神殿の護衛騎士の家系である彼らは、レーヴェンハルト創造時から続く、古い家柄でとにかく気位が高くて、その上獣人を見下しているのです」
「ヒルダさんがそんなこと許すとは思えないけど…」
「巧妙なのですよ。面と向かって何かを言うわけはなく、嫌がらせをするにしても証拠は残しません」
って具体的に何をされたのかは、決してしゃべらなかった。
主に愚痴るのは…と言うより、同僚への不満を女性に言うのは抵抗があると言うところか。
私も会社や上司への不平不満を垂れ流す男性はちょっと嫌かも。でも、何にも話してくれないのも、それはそれで寂しい。
「ご心配なく、我々で対処出来るので」
ふむ。なら、任せるよ。
「私の守護騎士様達は、それほど柔じゃないものね?」
セーランが嬉しそうにフワリと微笑んだ。
この時の私にはそうした態度が、守護騎士候補であった彼らをさらに苛立たせることになるとは思いもよらなかった。
私が自身で選んだ騎士への信頼を見せつけることで自分達が蔑ろにされたと言う不満を増大させているとは。
そして、この後、事件は起こる。しかも最も、卑劣な遣り方で。
この先のことなんて知りようがないのだけど、私は自分の迂闊さを後に思い返しては恥じいるのだった。
「周辺の調査は終了とのことで、明日には早速洞窟内の探索を行う予定です」
それは到着した日の翌日のことだった。初日は天幕の設営等に大方の時間をとられ、今日は引き続き周辺の調査が引き続き行われた。魔獣避けの結界や目眩ましもしているし、多分、問題ないだろうが何事にも不測の事態は起こるものだ。
「この辺りに厄介な魔獣はいないようです。おそらく洞窟内の魔獣や湖水竜の存在が他の魔獣を寄せ付けないものと思われます」
淡々とヴァンが報告を読み上げる。早朝からヴァン達もカイルの命令で周辺調査に出掛けていた。
もちろん、数名の護衛騎士を残してのことである。
「ご苦労様。何事もなくて良かったと言いたい所だけど、洞窟内にいるのが強い魔獣だってことが嫌でも思い知らされるわね」
ゾワリと武者震いをしてしまう。
「何度も言っていますが、あなたが洞窟内に入る必要はないんですよ?ここで待機したもらった方が我々も安心です」
もー、ヴァンってば!この期に及んでまだそれを言う?
「心配性なんだから。大丈夫だってば!私にはあなた達っていう強い守護騎士の護衛と秘宝級のお守りもあれば、ついでに薔薇姫の守護だってあるんだよ?」
「まあ、それはそうですが…。アレがそう頼りになるとは思えませんが」
ちらと横を見る。ヴァンの視線の先にはフロウと戯れる薔薇姫ことセイラの姿があった。
《薔薇姫様〜。返して下さい〜》
《やだよーだ!》
フロウの帽子を手に逃げ回るセイラと、それを追うフロウ。
きゃっきゃっ、きゃっきゃっと戯れる妖精二人。和むんだけど、確かにセイラが役に立つとは思えない。
「喧嘩はダメだよ〜」
「みんな、仲良く〜」
そこへ呑気な双子が参戦する。
ここは幼稚園かな?年齢的には双子は小学生、セイラは一歳ちょっとだけど薔薇姫の記憶を有している。
なんと言ってもフロウはレーヴェンハルト創造時には誕生していたのだから、一番年上のはずなんだけど…。
《うわ〜ん。待って下さい〜》
「フロちゃん、遅い〜」
「フロちゃん、愚図っ子〜」
あれ?年上なのに一番いじられている?
「こら!セイラ、フロウの帽子を返しなさい!」
可哀想なので私が介入し、帽子を取り上げる。
「ごめんね。うちのセイラが」
《ううん。ありがとう》
ちょっぴり涙目のフロウ。頑張れ!
《これは最初の主様からいただいた大切な帽子なのです》
へえ、そうなの?妖精の服は汚れたり、傷んだりすることはない。ずっと同じだ。魔法の産物らしい。
「その人は妖精の服が作れる人だったんだ?」
稀にそう言う技術を持つ魔法使いがいるらしい。私は会ったことがないが。私が着ている、この服も特殊な魔法を織り込んだすぐれものだ。
《はい…。不器用だけれど、優しい人でした》
あー、なるほど。帽子の形とか縫い目とか確かに不器用な人が作ったんだろうなーと一目で分かる。ポンポン飾りのついたベレー帽だが、多少、形が歪だった。
でも、フロウによく似合っているし、愛情がこめられた感じがする。
「いいものを貰って良かったね」
《はい!》
いい笑顔だ。きっと良い関係を結んでいたのだろう。
長命な妖精のことだから、最初の主さんはとっくの昔に亡くなっている。けど、こうして形に残る品物があれば、それを見て思い出すことも出来るだろう。
《セイラも帽子欲しいの!》
分かった、分かった。今度、作ってあげるから。
《わーい!》
はしゃぐのはいいけど、あんたのその頭に帽子って難しくない?グリングリンのスクリューヘアなんだけど。
あー、あれだ。かぶるのではなく、髪に留める感じの帽子なら。
「ま、帰ってからね」
わーいわーいとはしゃぐセイラをロナが羨ましそうに見ていた。
「ええと。ロナも欲しいの?」
「…欲しいの」
「一緒に作る?」
と、聞けば「作るー!」と元気なお返事が返る。
「それじゃ、ミグ姉さんに頼んでみよう」
「うん!」
私の知る洋服屋はミグ姉さんだけだし。あの店のコンセプトは自分で着るのは無理でも、セイラとかなら似合いそうだ。
「はん?あたしが何だって?」
密偵として洞窟内に潜行していたミグ姉さんも戻って来ていた。
「帽子を作りたいって話してて、ミグ姉さんに教えてもらえないかなって」
「ああ、そんなことか。いいよ」
ありがとうございます!
「あんた達、随分とまあ仲良くなったもんだね?」
ミグは強ばった体を揉みほぐす。魔獣の巣を捜索するなんて流石にキツい。
初めての場所であるし、ブランクもあるしで結構どころではなく疲れていた。昔ほど無理が出来ない。年のせいだろうか。
「ま、それも今回の任務が無事に終わったらのことだけど」
「なんとかなるよ〜」
「なるよ〜」
双子がマイペース過ぎる。
「呑気に言ってるんじゃないよ。明日はあんた達も潜るんだからね!」
ミグが行ったのは中継地となる拠点を探るまで。いかに魔獣との遭遇を回避するのかが課題となった。
結果は上々。ごく当たり前の魔獣はいたが、手強いものはもっと深層部分に潜んでいると言う予想だ。
「楽しみ〜」
「だね〜」
この子達の危機回避能力は、ギルド内でもピカ一なのは認める。それでも、幼いこの子達を危ない目に合わせるのは、気が進まない。
「私もしっかり見ていますから、大丈夫ですよ!」
能天気なのが、ここにはもう一人。
「あんたはあんたのことだけ考えてなよ。余計な手出しはしないで!」
えーっと不満そうなのはナツキだ。様付けで呼ばないで欲しいと言うので、身内しかいない時は呼び捨てにしている。
「自分の身だってろくに守れやしないのに人の世話を焼いている場合?」
「もっと、言ってやって下さいませ」
アリーサが援護射撃よろしく、加勢する。
「ひどいよ!アリーサってば!」
あたしは呆れながら、そんな二人を黙って眺めるに留める。なんと言うか、変わった主従だと思う。
ナツキに至っては巫女だと言う自覚があるのか、ないのか。こんな風に冒険者と笑って接すること事態、聖領の巫女としては異例中の異例だろう。
けど、憎めない。それどころか、かつての仲間達を思い出させる。あの頃のあたしはろくに食えなくて、寒くてひもじかった。
それでも仲間と一緒なら、心は温かかった。そんな優しい記憶を眩しく思い出すのだ。
ミグ姉さんの過去が気になる人は、異世もふSSに短編を書いてますので良かったらご覧下さい。