閑話 蝙蝠城の姫
前話と次話を繋げるための閑話ですので、続きじゃないです。
私は、大蝙蝠族の族長の姫として誕生した。
この世界は魔力を持つ者と持たない者との間で、いさかいが起こっているらしいが、そんなもの私には何の関係もない。
この豊かで暗い森に囲まれた大蝙蝠城で、差別も迫害も露ほども感じず、暮らしていた。
そんなある日、レーヴェナータとキーラと言う姉妹を中心として、魔力を持つものだけを新しく創造した世界へと連れていこうとする動きが持ち上がる。
「なんですって?私達をないがしろにして、勝手なことを!」
蝙蝠城の主である父親相手に憤る。
「まあまあ、姫や。そなたは下世話な世間なんぞ、放っておけばよいのだ」
「さようでございますよ。姫様!姫様はただ、そこにあるだけでよろしいのです」
「そうです。姫様はそんなにもお綺麗なのですもの!」
生まれた時から側にいる鼠の獣人である、じいややメイド達がそう誉めそやす。
蝙蝠城には同じ蝙蝠族を主とし、鼠や鼬。他に土竜など夜行性で暗い場所を好む者達が家臣として一緒に生活していた。
その頂点が姫の父親で、一人娘である姫は誰からも脅かされることなく、自由に、言い換えれば、我が儘に育てられた。
そんな風に万事が万事、姫を中心に回る調子であった。
姫は知らなかった。自分より美しい娘がいることを。自分の黒い翼がみすぼらしく感じる程、美しい翼を持つ翼人がいることを。
そして、時は流れてレーヴェンハルトは蝙蝠城ごと、新しい世界に創造された。
さすがに森の中にある城に引きこもったままではいられず、蝙蝠城の面々も後に聖領と呼ばれることとなる地へと足を運んだ。
考えられる限り、美しく着飾った姫とともに。
「レーヴェナータ様、この度は無事に新世界を創造されたこと、我ら大蝙蝠族一同、お喜び申し上げます」
蝙蝠城の主である父親が恭しく頭を垂れる。
「ありがとう。わたくし一人の力で成し遂げたことではございません。かの地に残してきた妹キーラ、そして、協力していただいた皆様のお陰です」
フワリと微笑む、世界の創造主はたぐいまれな美貌の持ち主であった。
豪奢な金の髪、しみ一つない白磁の肌、すんなりとして均整のとれた肢体。そして、誰もを魅了して止まないであろう、青い宝玉のような瞳。
女神とは、この人を指すのであろうと万人が思うだろう。
だが、大蝙蝠族の姫は違った。
(なんて、尊大な態度なのだろう。大蝙蝠族の族長である、私の父を見下ろすような、この物言い。無礼極まりないわ)
彼女は一人、憤慨していた。
誰もが美しいと讃える、レーヴェナータを自分よりも劣っているとも思った。
なるほど、姫は美しかった。淡い金髪は綺麗に整えられ、闇夜の群青色をした瞳も綺麗だ。
だが、それはどこにでもある美しさであった。ここにいる、別の娘達の中にも同じくらい美しい者はいた。
そんな風に自分が一番と思う姫であったが、自分に足りないと思った点が一つだけあった。
それは、空を舞うように飛んでいる、翼人達の翼だ。色鮮やかな、その翼を羨ましく思った。
これまで彼女の周囲に翼人はいなかったから、初めて目にした黒い翼以外のその輝きが欲しくて堪らなかった。
レーヴェナータが住むこととなる神殿を中心に、ありとあらゆる人達が次々とことほぎに訪れる。
それはもう、千客万来。毎日がお祭りのような有り様だった。
そんな場所にあって、姫は思った。
(私の翼も金や宝石で飾り立てれば、翼人の翼と同じくらい美しく映えるのではないかしら?)
大急ぎで城から取り寄せた装飾品で、これでもかと言うくらいに黒い翼を飾り立てる。
「あの…、姫様。本当にこちらでよろしいのですか?」
じいやが恐る恐ると言う風に注進する。
彼の目から見ても、それはとてつもなく奇異に映った。
「どう?綺麗でしょう?」
姫が翼を広げる。黒い膜の張った翼には金色に輝く粒がまんべんなく貼り付けられ、骨の部分には沢山の宝石が留められている。
目がチカチカする。じいやは老いた目をしばたたかせた。
「は、あの…。少々、派手ではございませんか?」
長い間、一緒にいて、じいやが初めて姫に意見した貴重な瞬間だった。
けれど、姫にその思いやりとも言える心中は届かなかった。
「もう、じいやったら!感性が古いのだから!これくらい飾り立てないと、翼人の翼に見劣りしてしまうじゃないの」
ねえ、皆。そうよね?
鼠族のメイド達は少々考えが足りないと言われる。同じことは出来るのだが、初めてのことをしたり、自分で考えて意見したりと言うことが苦手だった。
だから、いつものように声を揃える。
「姫様が一番、お綺麗です」と。
じいやは鼠族であるが、長の血筋で考えることも苦ではない。しかし、彼もまた、使用人の一人に過ぎなかった。
「姫様が、それほどまでにおっしゃっるなら…」
姫は意気揚々と祭りのような熱気に溢れた広場へと向かった。
行き合う、誰もが驚いたように足を止め、目を見張った。
(ふふん。どう?皆、私の美しさに驚いているわ)
そして、姫はレーヴェナータの前に立つ。
彼女の周りには彼女を妻に射止めんとする、各種族の若者達が大勢列をなしていた。
みな、立派で申し分のない若者だ。そんな彼らをまずは絶句させた。それほど奇抜でキテレツな格好であったからだ。
「どういう意図なのですか?そのなりは?」
「皆を笑わせようとわざと?」
「いやはや、大蝙蝠族が一族の富とは素晴らしい!」
しかし、それではまるで…。
「アッハッハ!道化師のようですよ?」
そう言って、一斉に腹を抱えて笑いだした。それにつられたかのように周囲の者も笑いだす。
姫は生まれてから一度も、からかわれたことも笑い者にされたこともなかった。
だから最初は、どうして皆が笑っているのか分からなかった。
けれど、皆が笑いながら指差しているのは私…。
私が笑い者にされているのだ。
姫は理解した。自分の格好が、自分自身が笑われているのだと。
頭に血が上り、考えることが出来ない。
そんな姫に声を掛ける者があった。
「あの…、大丈夫?」
レーヴェナータだ。
今日も素晴らしく美しい。宝石で飾ることもなく、ただの白いドレスを身に付けているだけなのに。
そこにあるだけで美しい人とは、彼女のことを言うのだろう。
それに比べて私は…。
どうしてこれを綺麗だと思ったのだろう。翼を飾るゴテゴテとした装飾品の数々と金の粉をまぶした翼。
まるで、まるでこれではー。
「あー、お母さん。見て見て!あれって、ピエロの格好なの?」
こちらを指差し、小さな男の子が隣の母親に無邪気に問い掛ける。
ピエロ…道化師。
新世界創造を祝う余興に、大勢の大道芸を披露する者達も集められた。魔法を使う、それらはとても華やかで迫力があった。
そんな中でおかしな格好や動きで人々を笑わせる道化師の姿があった。
派手で滑稽な…、まるで今の私だ。
私は踵を返す。けれど、羞恥と動揺で思うように体が動かない。
すぐに派手にスッ転んだ。
バラバラと装飾品が地面の上に散らばる。
「ふ、ふふ」
私は起き上がりながら、込み上げてくる笑いを止められなかった。無様過ぎて笑いが出る。
「レーヴェナータ様、これらは私からのご祝儀ですわ。どうぞ、お受け取り下さいませ」
地面に転がる宝石を指差し、そう言った。
「無礼な!レーヴェナータ様に地面に落ちたものを拾えとでも言うのか!」
若者達が憤る。それを手で制し、レーヴェナータがゆっくりとこちらへと歩んで来る。
「ありがとうございます。こちらは宴の費用として使わせていただきますね?」
落ちた宝石の一つを拾い上げ、ニコリと微笑んだ。
「ご遠慮なく。私も道化た格好をした甲斐がありましたわ」
一連の出来事をさも演出したかのように言い繕う。
「はい。とても、楽しゅうございました」
「良かったこと」
そうだったのかと周囲から声が聞こえる。派手な演出だなあと、感心している者までいた。
「お集まりの皆様、蝙蝠城の姫である私からの贈り物ですわ」
私は、ひきつりそうな頬を無理矢理笑顔に変え、その場を辛うじてしのいだのだった。
レーヴェナータの温情にすがりながら。
その後、そんな自分に『蝙蝠城の道化姫』と言う、有り難くもなんともない称号が付けられた。
人々は親しみを込めて、そう呼んだのだが、姫はそうは受け取らなかった。いや、受け取れなかったのだ。
自分とレーヴェナータとの格の違いを見せつけられるようで。
それ以来、姫が公の場に出ることはなく、蝙蝠族もまた、暗い森の奥深くに隠れ住むようになった。
これは古い昔話として、今も語り継がれている。