さあ、出発しよう
私達の新たな旅の目的地が決まった。湖水竜が棲むと言う湖だ。
しかし、問題はどうやって会いに行くかと言うこと。
魔法具を用いて水の中でも呼吸が出来るようにするのか、魔法で水のバリアーを張るのか。
しかし、私の悩みはあっさりと解決する。
「湖水竜の棲み家は湖のなかじゃないぜ。湖と繋がっている洞窟の中だ」
とはクレイさん。
あ、そうですか。
「向かう方角としては同じだが」
神殿のある山の反対側には、なだらかな山々の峰が広がっている。そこにぽっかりと大きな湖があるのだ。
「騎獣でも高地向きのものが好ましいな。あいつらは頑丈で寒さにも強い個体と速さと機動力に長けた個体とで大きく分かれる」
へえ、そうなんだ。
それならカナンはどっちなのだろう。
「鷹の騎獣?そんなの万能に決まっている。強い個体ほど繁殖しにくいから、数がそんなに増えないんだ」
ほうほう。優秀なんだね。性格はちょっとアレだけど。
「そう言うことなら、俺のヒッポグリフが一番だ!」
ラベルが自身の愛騎を自慢すると、
「お前の騎獣、ヒッポグリフかよ!凄えな!」
牛系(バッファロー型)獣人のダルボさんがびっくり仰天し、ついでに、鼻息を荒くした。
あ、書類が飛んでいくよ。それを給仕のために控えていたギルドで見習い期間中の子供達が拾い集めてくれた。
うん、拾ってくれてありがとう。良かったら、お菓子をどうぞと手渡すと凄く喜んでくれた。
「あ、すまねえ」
「鼻息が荒いのよ。全く、あんたときたら」
とは、ギルドの受付孃ミグ姉さんだ。
彼女も旅の同行者である。冒険者は辞めたと言う彼女が何故参加するのかと言うと、密偵の腕前を買われたからだ。
これまでギルドで調査したのは、湖の水量と湖水竜の棲み家の場所のみ。その棲み家と言う洞窟が結構な曲者なのだそうだ。
「地下迷宮?」
まさかのダンジョンとは。レーヴェンハルトは魔法の世界だけど、元々は地球の一部。それほどファンタジー要素はないと思っていたのだけれど。
「強い魔法生物の棲み家は概ねそんなものよ。あんた達、南領で火竜に会ったんでしょ?」
「えっと、はい」
「火竜の棲み家は、砂漠の火山内にある迷宮だと言われてるわ。ただの人間じゃ、辿り着く前に途中の灼熱砂漠の熱でお陀仏だろうけど」
ですよねー。そんな危険な場所に近寄りたくない。
「湖水竜の棲み家も一筋縄じゃいかないだろう。まだ洞窟の入口付近だけしか入ってないが、魔獣の巣窟だ」
クレイさんてば、さらっと怖いこと言ったよね。
「魔獣の巣?」
ヴァンがピクリと耳を震わせた。
本日は出発前の打ち合わせとして、ギルドで会議中だ。
旅の同行者の顔合わせも兼ねる。
「そんな危険な場所にナツキ様が向かうのはやはり…」
「待って、待って!それはなし!ヒルダさんの許可も得ているし、準備だって万全だよ」
言いながら、私は毛織のチュニックの袖を捲って見せた。腕には常にない、あるものが巻かれていた。
今回の旅は危険を伴うものだとヒルダさんはとうに承知していた。そのため、ある秘法級のアイテムを貸してくれたのだ。
「おい…、それってまさか」
冒険者さん達がごくりと生唾をのみこんだ。
「レーヴェナータ様の…」
「間違いねえ。それはの《守護の腕輪》」
神殿内の礼拝堂には等身大のレーヴェナータ像が奉られている。彼女の右手には錫杖が握られ、左手は拳を握り胸元にあてられている。その左腕に巻かれているのが《守護の腕輪》だ。
錫杖は神官長であるヒルダさんが祭祀を行う時など、手にしているのを多くが目撃しているが、腕輪は別だ。
「これには古の、五人の偉大なる守護魔法使いによって守護魔法が組み込まれているのよ」
金色に輝く腕輪には緻密な魔法陣がこれでもかと言うくらいに彫り込まれていて、パッと見は綺麗な紋様だなあと思うくらいだが、専門家によると研究対象として垂涎の代物らしい。
「俺…、初めて本物を見た」
「当たり前じゃないか!秘宝だよ!」
ダルボさんがミグ姉さんに頭をはたかれる。
「そんな訳で私は万全の御守りで護られているから、大丈夫!それに神殿の騎士も増員してるしね」
普段のメンバーであるヴァン達以外に今回追加の騎士達が同行する予定だ。今日の話し合いには、まとめ役の騎士長のみが参加している。
「ナツキ様のことは我々がお守りいたしますから、ご心配なく」
さらりと赤みを帯びた金の髪が揺れる。私と同じ人族である。
美丈夫と言うのだろうか。鍛えられた体躯に秀麗な顔立ち。瞳は綺麗な菫色だ。五人の騎士を束ねる騎士長で、名前はカイル。
「我らは元々、巫女様にお遣えするためにあるのですから、ご心配には及びません」
そうなのだ。本来ならば、彼らが私の護衛騎士として付き従っていたはずなのだ。それを勝手に私がヴァン達三人を選び、私専属としてしまった。
それで彼らとヴァン達の間に微妙な確執があるとかないとか。
「慢心すれば取り返しのつかない失態を犯す羽目になる」
ヴァンが苦言を呈すると、
「君らと違って、我々はヒルダ様によって選別された守護騎士なのだ。慢心などするものか」
ピクリとヴァンの髭が震えた。
二人の間に見えない火花が…。
「まあまあ!私もだけど、皆も油断はしないってことで!」
ふぃー。男同士いやライバル同士か、こじれてるな〜。そもそものきっかけは私なんだろうけどさ。
「俺達の方は全員で六人だ。ここにいる奴らとあと三人」
大所帯だね。移動だけでも大変そう。
「各々の装備は各自で用意させるが、補給物資はどうする?」
これだけの人数だもん。食事の用意だけでも大変だ。
「こちらが用意する。君達は最低限の支度だけでいい」
カイルが答える。今回の旅の責任者は彼だ。同じ騎士長だけれど、序列ではカイルの方が上らしい。
「分かった」
こうして神殿と冒険者による初の合同探索の事前準備が整った。出発は三日後と決まる。
婚活とか関係ない、冒険の旅って感じでいいね!私は、出発の日を心待ちにした。
出発の当日の朝。あくまで極秘探索なので人目につかない場所で双方が落ち合うこととなった。
私はいつもと変わらず、カナンに相乗りさせてもらった。
目的地には既にカイル率いる神殿騎士達が最初に到着しており、周辺を抜かりなく警戒していた。
「おはようございます」
カイルが、降り立った私に挨拶にやって来た。
「おはよう。随分と早いのね。私達も結構早めに出たのだけど」
わくわくが止められず、私が皆を急かしたのだ。
「周辺に魔獣がいないか確認が必要ですし、いれば駆除する必要がありますので」
ここはもう、ヒルダさんの守護範囲を外れた場所である。つまり、魔獣だって出没する危険地帯なのだ。
「ええと、ご苦労様です」
とりあえず労っておくべきだろう。
「いえ。当然のことをしたまでです」
きちっとしているなあ。感心するよ。
ヴァンが悔しそうにしているのが横目に見てとれたが、何も言うまい。
何と言っても彼らとは年期と場数が違いすぎるのだから。同じ騎士長であっても、カイルの方が神殿の騎士としてずっと長く、その地位にある。彼に従う騎士達も同様だ。
「冒険者が到着次第、出発いたします。それでよろしいですか?」
「ええ。任せます」
では、と行ってカイルが踵を返した。部下へと指示を与えるためだろう。
でもまあ、見る限り、指示などなくても彼らは自分達のすべきことを熟知している様子だ。
余裕の表情で作業をこなしている。彼らにとって聖領内であれば、勝手知ったる庭のようなものなのだろう。
そもそもヒルダさんが、彼らを同行者に選んだ理由は地形を把握し、どこにどう言った魔獣がいるのか熟知しているから。
ヴァン達が他領から厳しい選抜を受けて騎士となったのとは対称的に、彼らは元々聖領出身であり、代々、騎士を輩出してきた家柄である。言うなれば、神殿の親衛隊と言うところか。
現在、ヒルダさんには彼らの親世代にあたる騎士団長達が付き従っている。
ピリピリオーラを発しているヴァンの肩を、私はポンと軽く叩いた。
「適材適所だよ、ヴァン」
私の言いたいことを察したらしく、きゅっと反り上がっていた黒いしっぽがだらりと下がる。
「すみません」
私から(転移前のおばさん目線)見てもヴァンは若い。
それに対してカイルはそつがなく、こなれた感じなのだ。でも、それはただの経験値の違いと出身地における差だと思う。
「いつものヴァンでいいから」
そう言うと、ヴァンがほわっと満面の笑みを浮かべた。
えー、凄くレアなんだけど。
「ささ。お二方とも遊んでらっしゃらないで準備を怠らないで下さい」
遊んでないよ。ちょっと親睦を深めていただけで。
「今回は大所帯ですからね。ナツキ様もいつもの如く、ふらふらとなさらないで下さいね」
アリーサが厳しい。今回、人数も多いのでアリーサは不参加かと思いきや、
「男性ばかり増えてどうします。私もご一緒いたします」
と、同行を申し出た。
「トール殿、見てください。このカシュの実は疲労回復のお薬に欠かせないものです。さすが聖領は多様な植物の宝庫ですね」
嬉しそうにソールが夫?(男同士の番なので)に話しかける声が聞こえてきた。
「どれどれ。本当だ。綺麗な赤ですね」
トールが髭をそよがせる。まるで二人の世界だ。
音もなく背後から近づいた私は、おもむろにトールの垂れた両耳を左右に引っ張る。
「はふうっ!?」
トールが驚いて飛び上がった。
「ナツキ様!あなた様はまたそのようにトール殿をからかって」
「あら!耳を触るのはマナー違反ではなくってよ」
お貴族様風に言い返す。
「それはそうですけど…」
悔しそうにソールが唇を噛みしめる。
私はトールのしっほをもふる権利?を奪ったソールに若干の意趣返しとばかりに、トールに悪戯をしかける。
最初はちょっとだけ意地悪をするつもりだったのだが、最近では趣味に近い。
「ソール殿、私は気にしてませんから」
そう言って、夫を宥める。
「あんた達、いつまでお互いに殿呼びなの?いい加減、呼び捨てで呼んだら?」
番となって結構経つのに他人行儀な。先だってオーリさんがやって来て、親族の間でも承認された、れっきとした番同士のくせに。
「え?そ、それは…」
「…ね?」
ウサギと燕がお互いにモジモジし合う。
けっ!私は胸の内で舌打ちする。
トールは魔獣に詳しいので今回の旅の同行者に選ばれたのだが、ソールは半ば無理矢理だ。
お留守番確定後、しきりに私の周囲に出没し、
「ひどい。新婚なのに引き離すのですか」
とか、
「本当は玄鳥の一族の秘薬だけが目的で、私は必要なかったのですね?」
とか、恨みがましく付きまとうので同行を許可した。
決して圧力に屈した訳ではない。面倒くさかったのだ。
どう違うの?と問われると困るが、気持ちの問題だ。
「おーい。遅れてすまん」
上空から五騎の騎獣が降下してくる。
あれ?六人って言わなかった?五騎だけと思っていたら、相乗りしていただけだった。
え?でも、この子達、子供じゃないの?
大きな鹿の騎獣に相乗りしていたのは双子の男の子。どう見ても小学生だ。十歳くらい?
どうゆうこと?