冒険に出よう
南領で言付かった伝言を伝え、やっと肩の荷を下ろした。シセンさんから必ず伝えて欲しいと言われた訳ではないので、放っておいたって良かったのだが、何と言うか気持ちの問題だ。
「そうか。ティファ嬢ちゃん、元気になったのか」
所用のためサヘルへと旅を続けていたクレイさんら冒険者の一行が彼女に出会ったのは、それこそ偶然だった。
いつものように一人で薬草摘みに出掛けたティファが運悪く猛毒を持つ蠍に刺されて動けなくなった現場に行き合ったのだ。
それは特殊な解毒剤を一時間以内に処方しなければ、命に関わると言われる強い毒性を持つ蠍だ。
クレイさんらは速やかに解毒剤に必要な様々な薬剤の元を探しだし、毒に苦しむティファに処方した結果、彼女は命をとりとめた。
それは奇跡に近かった。薬剤は簡単に調達出来ないものばかり、しかし、彼らは日頃から探し物が得意だった。
次々と探しだし、クレイさんが解毒剤を処方したのだそうだ。
「あの子は早くに病気で母親を亡くしたせいか、里の中でよく病人の世話をしていたそうだ。あの日も病気の子供のために薬草を探しに出て、二尾蠍に刺された」
二尾蠍とは?
「言葉の通りだ。二つの尾を持つ蠍のことだ」
こわっ!普通の蠍でもぎょっとするところなのに、毒を持つ尾が二つもあるなんて。
はー、私は出会わなくて済んで良かった。
「あれは本来、砂漠に住むもので誰かが故意か偶然かは分からんが持ち運び、それがあの場にいたようだ」
帰って来ないティファを捜しに来た翼人に彼女を託した後、念のため他にいないか捜索したと言う。
自分達に関係ないのにそんなことまで!私の冒険者への好感度がぐんとアップした。
「ま、乗りかかった船ってやつだ。シセンには礼金ももらったことだし、丸っきりタダではないが」
おっとー。ちゃっかりしてるね!
「冒険者は賞金次第でナンボだからな!」
清々しいくらいだね〜。慈善家の顔をしながら、裏ではあくどいとか言うよりもすっきりしてていいけど。
「ま、伝言ありがとうよ!ついでと言っては何だが、俺達がばあさんに会う段取りをつけてくれたら、なおのこと助かるぜ」
それくらいお安い御用ですよ〜、と安請け合いしたら、後日、とんでもないことに巻き込まれることとなったのは、それはもう別の話だ。
「まあ、せっかく来たんだ。楽しんで行ってくれ!」
あれれ?何故か分からないうちに、宴会に巻き込まれる。
私が知っている冒険者ギルドとは何かが違う(ラノベ調べ)。
ここでは常に宴会が催され、依頼を受けて出払っている者以外、常にへべれけ状態…らしい。
そんなことで仕事が出来るのか?不思議だ。
「そんなことどうでもいいじゃねえか!飲めや!」
木製の大ジョッキを掲げた野郎共With数名の女子ズが、
「かんぱーい!!!!」
と、大合唱。
その後のどんちゃん騒ぎはの結末は…、言いたくない。知る人ぞ知るのみだ。
数日後、約束通り数名の冒険者を職業訓練所に詰めているセルマさんの元へと案内してあげた。
セルマさんは彼らのことをちゃんと覚えていて、
「いい年をして、いまだに冒険者などと言う中途半端な職についているのですか!もっと先のことを考えて、地道に働きなさい!なんでしたら、こちらで面倒みてもよいのですよ?」
彼らを立たせて、長々とお説教を始めた。
おじさん達は大きな体を縮めて、お説教を受けていたのだが、どうやら昔を懐かしんでいるようで、かえって喜ぶ始末だ。
自然とにまにましてしまう顔をしかめっ面に戻そうと、悪戦苦闘する様子が、まるでお説教に飽きた子供がもぞもぞと動いているようにも見える。
「人が話をしている時は、きちんと聞きなさい!」
と、さらに雷を落とされていた。
まあ、それすらも喜んでいるようだけど。
久方ぶりの再会を互いに喜んで?クレイさん達は帰って行った。
「じゃあな!ばあさんも長生きしろよ!」
立ち去る際、クレイさんがそう言って憎まれ口を叩く。
「クレイ!口の聞き方には気を付けなさいとあれほど!」
わっはっはっ!と、おじさん達が帰っていく。
その後ろ姿をセルマさんは最後まで見送っていた。深い皺の刻まれた面には厳しいながらも、成長した我が子の姿を見守る母親の慈愛に満ち溢れていた。
きっと、養護院で育てられた孤児である彼らは、結婚することもなければ、子供を持つこともなかった神官である彼女にとって、自身の子供のようなものなのだろう。
少なくとも、私にはそう見えた。
さて、クレイさんの来訪は、セルマさんによるお説教ばかりで終わった訳ではない。
近況報告と銘打ってはいたが、明らかに私達、神殿に向けて発言した重要な案件があった。
「実は気になることがあって、しばらく前から調査していたんだが、湖水の水量が明らかに減っていることを知っていたか?」
うん?もしかして、ダム湖のことかな。
「そうだ。聖領の水源で湖水竜の棲み家でもある」
え?竜が棲んでいるとは初耳だ。ルウちゃん以外のいたのか。しかも、こんなに身近に。
「そもそも水源が一定に保たれているのは、湖水竜のお陰だ。その均衡が破られたと言うことは、湖水竜に何らかの異変が生じた可能性が高い。これはあくまで推測だが」
我々、冒険者は依頼もなしに調査に乗り出したりしない。だから、真偽は確かではない。
「さて、ここから先はあんた達の仕事だ」
昔馴染みに説教されて、ニヤついていた人とは別人のようだ。
クレイさんは冒険者ギルドのギルド長として、そこに立っていた。抜け目のない顔をして、獲物を狙う野生の獣みたいな。
「…なるほど。私に調査の依頼を発注して欲しいと、そう言うことなのね?」
「話が早くて助かるよ」
クレイさんがニヤリと笑う。
「分かったわ。その調査、あなた方に依頼します」
「ナツキ様!いかにあなた様と言えど、ヒルダ様の許可も得ず、勝手をされてはなりません!」
セルマさんが血相を変えて、私を止める。
「大丈夫よ。だって、私も一緒に行くもの」
「はい?」
一同が揃ってポカンとした顔で私に視線を集中させる。
「個人的な依頼だから、ヒルダさんに許可を得る必要もないし、私も湖水竜に会いたいし。一石二鳥でしょ?」
「絶対に違います!」
これまた全員が合唱する。
えー?いいアイデアだと思うんだけどな。
セルマさんから、「必ずヒルダ様から許可を得るように!」と、くどいくらい何度も念押しされて、私は早急にヒルダさんに会う段取りをつけた。
「まあ、まあ!火竜だけでは飽きたらず、湖水竜に会いたいですって?」
やっぱりヒルダさんは知ってたんだね。竜が棲んでいること。
「当然でしょう。かの方に棲み家を提供したのは、レーヴェナータですのよ?」
あれ?そんな昔から棲んでいたの?
「聖領を中心とした世界を創造するにあたって、この地に安定した水源を確保するために契約したそうですわ」
もちろん、古い文献に詳細までは記述されていない。神官長から次代の神官長への口伝によるものがほとんどらしい。
「わたくしは会ったことはありませんが、その存在は光の結晶のようにはっきりと世界に示されています。
それを感じとることは出来るのですが、はっきりとは分かりません。南領の火竜も同じように感じとれるだけですが」
人なんて光の結晶どころか、砂粒程度にしか感知出来ないのだそうだ。
ただ、人にも例外はあって、巫女である私や大量の魔力を有している存在は一際輝いて見えるらしい。そう、砂金くらいには。
私って砂金程度なのか…、ちょっと複雑。
「ですから、いるとは分かっていますが、かの方がどういった状態かまでは見ることは出来ません。
今のところ、水源が減っていたとの報告も上がってはいませんし、まさかと言うのが正直な心境ですわ」
竜の寿命は長く、病気に罹ると言うイメージとも無縁だ。
火竜のルウちゃんも何千年と生きているが、湖水竜もおそらく同等かそれ以上だろう。
レーヴェンハルトの創造時からいたのだから。
「ただ、竜にも寿命はありますものね…」
そうだね。それが心配だ。
「もし、湖水竜に何かあったら、湖の水はどうなるの?」
「すぐに枯れると言うことはないでしょう。ただ、数百年規模となるとおそらく枯渇してしまう可能性はゼロではありません」
聖領にも雨は降る。ただ、多くも少なくもない。北寄りの高地にあるこの場所は本来、乾燥した地域なのだ。
「対策をとる必要がありますが、先ずは湖水竜に本当に異変が生じているのかを調べることが先決でしょう」
「それじゃあ…」
「ええ。ナツキ、あなたにお願いしてもいいかしら?」
「もちろん!」
やったー!湖水竜に会えるぞー!
ルウちゃんみたいな、気さくな?竜だと良いけれど。期待に胸が膨らむ。
《湖水竜?セイラ、知らなーい》
薔薇姫こと、セイラがあっさりと首を横に振った。
《ルウちゃん以外に会ったこと、ないよ?》
そっかー。転生を繰り返し、記憶も継承する薔薇姫であっても全部は知らないか。
《水の属性の子とは相性悪いし》
薔薇姫の属性は火。火竜であるルウちゃんも同じ火だ。
「なるほど。精霊にも相性があるのね?」
《そうそう。火のねえ、おっきい子の傍はあったかくて、気持ちがいいの。反対に水の子は冷たくって、ぶるぶるしちゃうの》
言いながら、私のベッドの上をコロコロと左右に転がる。
なんなの、このかわいい生き物は。つい甘やかしたくなる。
「それじゃ、今回はお留守番する?」
《やっ!》
それこそ翔んできて、私の後頭部にへばりつく。
《セイラ、ナツキとずっと一緒だもん!》
ぎゅぎゅっと髪の毛まで引っ張られた。
「ちょっ、ちょっと!痛いよ」
潰さないようにセイラの体を両手でそっと掴んで、胸の前で抱え込む。
時々、情緒不安定になるんだよね。幼い体と心が、代々の薔薇姫から受け継いだ膨大な記憶を処理しきれずに起こるものらしい。
出来るだけ安心させてあげるのがいいと聞いている。
「一緒に行きたいなら、私は構わないよ。置いていったりしないから」
《うう〜、うう〜》
不安そうに体を丸めるセイラの背を優しく撫でる。
「大丈夫。ずっと一緒だからね」
しばらくそうしていると、セイラの緊張の糸が切れたのか、コテンと眠りに落ちた。
私は、専用の寝床(藤製のバスケット)にセイラの体をそっと下ろした。傍の花瓶にはアリーサが毎日変えてくれる綺麗な花が飾られている。
少し前に、なかなか帰って来ないセイラを迎えにシズクがやって来た。もちろん、オーリさんが一緒である。
トールが番を迎えたと報告を受け、兄夫婦に頼まれて様子を見に来たようだ。
彼の案内をアリーサに任せ、私は話があると言うのでシズクと二人きりとなれるよう、セイラも彼らに付いて行かせた。
セイラはトールを気に入っており、ちょくちょく一人で遊びに行っているので特に不審がられることはなかった。
シズクはセイラの幼児返りを危ぶんでいるようだ。
《生まれてからしばらくすると、記憶と心が馴染んで幼さが抜けるのが普通ですが、セイラは逆に幼くなっているみたいです》
シズクによると、セイラの先代である薔薇姫は魂の伴侶であるキーラを早くに亡くし、その後、長い眠りについていたと言う記憶の断片をセイラから聞き知っていた。
《あの子は、その記憶を非常に恐れているみたいです。魂の伴侶に先立たれる悲しみを》
元々、魔力の強い者は長命である。それは地球にあった頃も変わらない。しかし、魔力溢れる大陸を切り離し、新たな世界を創造したことで地球上における魔力量は激減した。
本来、共に生き死ぬはずだったキーラと薔薇姫であるが、早くにその繋がりを絶たれることとなり、薔薇姫は転生自体を拒んでしまった。
だからこそ、長い年月、新たな薔薇姫は誕生しなかったのだ。
《もし、今生においてあなたと早くに死に別れることとなったら、今度こそ、薔薇姫の魂は粉々に砕け散ってしまい、二度と転生することはないでしょう。
それは我々、精霊族の滅びも意味しています》
責任重大だね。一種族の存続まで私の肩にかかっているなんて。もちろん、早死にする気もなければ、無茶をする気もない。
《そうでしょうか?色々と聞き及んでおりますよ?》
はう!筒抜けなのは勘弁して。
「…一層の努力をします」
生き死にはそれこそ運命だから、努力したところで死ぬ時は死ぬだろうけどさ。
「私もセイラを悲しませようとは思わないし、あなた達のことも守りたい」
これは紛れもない本心だ。
《セイラの…、薔薇姫様のこと、よろしくお願いいたします》