雨降って、何とやら
トールの心からの叫びは誰にも届かなかったようで、二人は空きのあったと言う新居で暮らし始めた。
神殿の騎士のための借家なので、当然、神殿に近い。
私は二人が連れだって歩く姿を目撃する度に、心の中でちっと舌打ちしつつ、新婚さんをからかう毎日だ。
一つ気になるのは、トールがどんどん痩せていったこと。
もしかして、美人のソールとの釣り合いを考えて痩せる努力をしているのかと思っていたら、そういう訳でもなかった。
思い余った私は、ソールに内緒でトールを呼び出した。神殿には入れないし、人目も気になるので神殿からそう遠くない東屋を指定する。
外は寒いが、ここは騎士の休憩所でもあるので魔道具で作成した暖炉がある。薪をくべる普通の暖炉ではなく、魔法で一定区域を暖める優れものだ。微量な魔力は消費するが、数メートル四方がぽかぽかだ。
「あんた、悩み事でもあるの?」
対面に座るトールのしおしおとしおれた、ひげがぴっと震えた。
「…あの」
「もしかして、私が勝手に盛り上がって話を進めちゃったとか?結婚、ううん、番になる覚悟がなかったとか?」
「私は…」
沈黙することしばし、トールが顔を上げた。
「私にその気はなかったのです。ソール殿のことは、嫌いではありませんが…」
「そっかあ。でも、何ではっきり違うと言わなかったの?言ってくれたら、良かったのに」
「ソール殿が…、凄く喜んでいたので」
んん?どう言うこと?
「番になりたくないと言ったら、悲しむと思って…」
しゅんとする。
兎系獣人だからと言って、全てがかわいいとは限らない。その証拠にウダウダと悩むトールは、はっきり言ってダサい!
ダサダサだ!
「あのさあ!喜んでいたから悲しませたくないって、それってさ、相手に好意がないと出来なくない?」
垂れたウサギ耳がひょんと左右に振れた。
「どうでもいい相手だったら嫌って言うよね?例えばさ、ラベルが相手だったら、やっぱり可哀想だからって番を承諾してた?」
ブンブンと勢いよく頭を振った。
「ラベル殿でも…、それどころかナツキ様が相手であっても、私はNOと言ったでしょう」
あんた、それ。相当、私に対して失礼なんだけど。分かってる?
「ち、違います!そうではなくてですね!私はソール殿だったから、嫌と言えなかった…。あ…!」
やっと理解したか。
「そうだよ。ソールだから、あんたは拒まなかった。それが愛情でなくて何なの?」
ポポポポポポッ!トールが真っ赤になった。
焼きウサギだね、こりゃ。あれ、何だか美味しそうな気が…。
身の危険を感じたのか、トールが勢いよく椅子から立ちあげる。
「わ、私っ!先に帰らせていただきますね!」
あたふたと東屋から飛び出して行った。
私も腰を上げて、外へと出る。
トールが走って行く先に、所在無げに立ち尽くす人影があった。
ソールだ。今にも泣き出しそうな顔をしている。
トールが急いで駆け寄った。
こちらからはトールの体が邪魔をして、二人の様子が見てとれなかったのだが、話をしているようだ。
それから、ソールがトールの首に両手を回して抱きついた。
どうやら、わんわん泣いているらしい。
あのクールな美人さん、ついでに毒舌、ソールが手放しで泣いている。
トールがあたふたと腕を振り回していたが、そっと腕をソールの体に回して抱き寄せた。
やれやれ。
「何事かと思えば、お節介ですか」
私の隣にヴァンが立った。彼にソールを連れてくるよう頼んでいたのだ。
「こんなことで悩んでいたとは、思いもよりませんでしたよ」
獣人は本能で好きか嫌いかを見分けることが出来る、らしい。
「まさか自分の気持ちに気付かない獣人がいるとは…」
ヴァン達は二人が相思相愛だと理解していた。だから、お祝いしたのだ。他の皆もだ。
「獣人って凄いねえ。私は相手の気持ちなんて、さっぱり理解出来ないよ」
リヒトさんの時はさ、あれは何と言うか別格?
相手の放つフェロモンみたいなもの?に一目でノックアウトされた感じ。
あんな出会いがそうそうある訳がない。後悔はないけど、やっぱり惜しいと思う。
「あなたもいつか理解出来ますよ。我々、獣人の本能にも似た運命を」
ちょ、格好いいんですけど!
ヴァンってさ、ちょいちょい女心を揺さぶるよね?
ホント、心臓に悪い。
あ…、二人が連れだって歩いていく。新居、二人の巣に帰るのだろう。
「羨ましいな…」
ポツリとつぶやく。
「それなら…、その!」
ヴァンの黒い尾がフーラフーラと揺れる。
ん?何なの?
「ナツキ様!いたーっ!」
元気な声の主はラベルだった。セーランもいる。
二人で空の巡回任務なのだろか。
グリちゃんに乗ったラベルが大きく手を振る。
「良かったら、神殿までお送りしますよ!」
おお、助かるよ。寒さが堪えてきたところだ。熱々の二人に当てられて、独り身が堪えたのかも知れない。
「うん。お願い!」
私も手を振り返した。
「…あいつら」
くぐもった低い声でヴァンが毒づく。
ん?どうしたの?
「あ、ヴァンも乗せてもらったら?セーランの後ろにでも」
私一人が楽をしちゃ、駄目だよね。ヴァンに頼み事をしたのは私のほうなのに。
「いえ、結構です。野郎と相乗りなど御免です」
あれ?言葉遣いが悪いよ。私はその方が好きだけどさ。
「ナツキ様〜?」
グリちゃんを旋回させてから、地上に降り立つ。セーランは上空で待機だ。
でも、どうしてだろう。どことなく人の悪い笑みを浮かべているような?
「グリの奴がナツキ様がいるって教えてくれたんですよ!」
「そっかあ。グリちゃんは偉いねえ」
グリこと、ヒッポグリフの首の辺りをわしわしとかいてあげた。
癒される。
「あれ?隊長もいらしたのですか?」
「白々しい。においで気付いていただろう」
「え?ええ、まあ」
てへっと頭をかく。
何故だろう。イタズラが見つかって、誤魔化そうとするワンコの姿がダブって見える。
「ふえっくし!」
くしゃみが出た。うう、急に冷え込んできたな。
「あ!風邪ですか?こんな寒いところに長居は無用ですよ!早く戻りましょう」
私はチラとヴァンを見上げた。
「…いいですから、先にお戻りなさい」
「ホントにいいの?」
「私は寒さなど感じませんから大丈夫です」
なら、ごめんね。先に戻るね。
「今日はありがとう」
お礼を言ってから、グリちゃんに乗せてもらった。
フワリと宙に浮く。グリちゃんの翼が力強く羽ばたいた。
「ありがとねー!ヴァンは一等頼りになる、私の一の騎士だよ!」
落ちないように気を付けながら、地上のヴァンに手を振った。
「…ふぐうっ」
ラベルが後ろで、喉に何かつかえたような声を出した。
大丈夫?
「乗って行きますか?」
騎乗したセーランがヴァンに近付いて、そう問う。
「いらん。歩いて戻る」
「頼りにされてますね?」
ジロリとヴァンがセーランをねめつけた。
「嫌みか?」
「まさか。羨ましいだけですよ」
ヴァンがフンと鼻を鳴らす。しっぽが最大に揺れている。
(犬系は分かりやくて、大変ですね)
セーランは自身がナツキから分かりやすいと思われているなど露知らず、そんな感想を抱く。
自分は今まで欲しいものなどなかったし、欲しがってもいけないと思っていた。だからこそ、能力ではヴァンに劣ってなどいなくても部下の地位に甘んじていた。
「…少しだけ、後悔していますけどね」
もし、騎士長だったら、ナツキと最初に出会ったのは自分だったのかも知れない。それだけが悔しくて、そして、ヴァンが少しだけ羨ましかった。
望むなら騎士長となることも可能だろう。だが、それではナツキだけの騎士ではいられない。たとえ、二番目であろうとも、彼女の側を離れるなどとんでもなかった。
「だから、多少の意地悪は許して下さいね?」
「は?何を言ってるんだ?」
「内緒です」
そう言って、騎獣から飛び上がって己の翼を広げ大空へと翻した。
「おいっ!」
「私だって、相乗りは御免です」
空を飛ぶのは好きだ。自分が翼人であると心から感じられる。
それと同じくらいナツキの側にいるのは、心地よい。
セーランはそんな風に思いながら、空の散歩を楽しむのであった。
今回、男達の駆け引きやら本音やらが楽しく書けました。