ただいま勉強中
私付きの侍女となったのは、先だって鏡のある間に案内してくれた少女だった。肩先で切り揃えられた紺色の髪と目をした美少女で年の頃は私とそう変わらないだろう(レーヴェンハルトにおける姿では)。
「アリーサはここでの暮らしは長いの?」
朝食を終えて、しばしの寛ぎタイム。雑談がわりにアリーサ自身について尋ねてみた。
「そうですね。三十年ほどでしょうか?ただ、見習い期間は、神殿に併設された養護院に住んでおりましたから、神官としては新参でございます」
「そうなの?」
「はい。巫女様付きとなるなど私には分不相応でございますのに、指名していただけて光栄にございます」
「いいよ、いいよ。私はかたっくるしいのが苦手だから、アリーサももっと打ち解けてくれると嬉しいな」
「もったいないお言葉にございます」
そう言って、さっと頭を下げる。
うーん。堅苦しいな。これでも随分と譲歩してもらった結果なので、あまり文句は言うまい。床に頭が着きそうなくらい平伏されるのに比べたら、まだマシだ。
「それにしても女の人ばかりなんだねー」
「神殿は男子禁制でございますから」
そうなのだ。レーヴェンハルトの中心部とも言える神殿は基本男子禁制。神殿のある聖領を中央に東西南北に分け、それぞれを領主が治めている。
領主は一年に一度、神殿に税を納める際集まってレーヴェンハルトの様々な決め事や争い事などを審議し合う。その期間は男性の立ち入りが認められるだそうだ。
神殿は、この世界の要であるが、政治には不介入が原則らしい。けれど、人々の尊敬と崇拝を担っており、領主と言えど、神殿の意向には逆らえない。
そうして世界の均衡を保っているのだ、と言うのはアリーサの談。
私は目下、この世界を学ぶのに必死でヒルダさんやアリーサを先生として日々精進している。
この年で勉強をし直すとは、人生色々だね。
「それで今日は四つの領についてだったね」
本日の先生はアリーサで四人の領主とそれぞれが治める領地についての講義が行われる予定だ。私は歴史が好きな方だから、こういうのは歓迎だ。
それよりも午後からの教養や作法が苦手。苦手と言うより苦痛かも。社会人として最低限のマナーは身に付いているとは思うけど、ここでの教養はなんと言うか、お貴族様としての作法ではなかろうか。
お貴族様って。庶民の手に余る。
日本人の私からすれば、天◯陛下に沿道で旗を振るが精一杯(実際に振ったことは一度もないが)なのだから、貴族との付き合い方なんて、どうしたものやら。
「ナツキ様は彼らよりもご身分から言って、格上なのですから、ゆったりと構えていればよろしいのですよ」
教養の先生はそう言うが(これは古参の神官が担当している。あばあちゃん先生だ)、キツイものはキツイよ。キング オブ 庶民の私からすれば。
まあ、嫌なことは考えまい。集中しよう。
「最初に選ばれた四人の領主は、この世界の祖であるレーヴェナータ様のお子様方が初代領主となって、聖領を支える仕組みを築いたのです」
「へぇ~」
私は間抜けな相槌を打った。
だって、それ以外のリアクションてある?
ちなみにレーヴェンハルトの語源は、『レーヴェの箱庭』という古代語なんだって。
いくら創造者だからって、レーヴェナータ個人の庭にしてはここは広すぎじゃない?