帰って来た!
はっ!つい、取り乱してしまった。私もまだまだだね。
いまだに南領内にいるせいで、完全に決別したと思っていたのに心が吹っ切れてはいないのかも知れない。
こんな時は早めに休むに限る。考え過ぎて、泥沼にはまってはえらいことだ。
幸いにも私はモブ(決して僻んでいる訳ではない)に徹していたので、静かに宴をフェードアウトする。
翌朝、昨夜の宴で無理矢理、お酒でも飲まされたのかラベルが死んでいた。
大丈夫?一人で騎獣に乗れる?
心配していたら、ヴァンがラベルの愛騎に彼の体をロープで括りつけていた。
扱いが何気にひどい。
その横でセーランが涼しい顔で出発の準備を行っている。
私は、そそそと彼に近づいて行って、こそっと聞いてみた。
「お母さんとは話が出来た?」
すると、無表情の面に柔らかな色が広がる。
「ええ」
「そのう…。どう思ったの?カナフさんの孤児院を手伝うことについては?」
セーランは立派な成人男性だ。母親の再婚や恋人が出来ることに対して、思春期の少年みたいな拒絶反応はないとは思うが、嫌なものは嫌だろう。
「いいと思いますよ?私は、神殿の騎士として聖領を離れる気はないですから、一人残した母親に頼れる相手が出きるのは喜ばしいことです」
心からの言葉であると私には分かった。
「そっか。なら良かった」
「心配させてしまいましたか?」
「うーん。心配と言うか、後悔して欲しくないって言うか。ほら私は…何にも話せないままだったから」
仲間達には詳しい説明はしていないが、天涯孤独であるとは伝えてある。
セーランの動きが止まり、こちらをじっと見つめる。
やば、こんなこと言うつもりなかったのに。いらない気を遣わせちゃうじゃないか。
「またしばらく会えなくなるんだから、ちゃんとお別れはしておくのよ?」
ことさら何でもない風に言ってから、私はセーランに背中を向けた。
すると、背中越しにフワリと暖かさを感じた。目の前に朝の光を浴びて虹色に輝くセーランの翼が。
「…!?」
びっくりして後ろを振り返ると、私と真正面から見つめ合う格好になった。はにかむようにセーランが視線を反らせる。
何で翼?
「私にはあなたに触れる資格がまだありませんから」
いや、この前背中から抱きついてきたよね?
「あれは…、仲間同士の連帯感ですから」
んん?今とどう違うの?よく分からない。
「資格とかいらないよ~。セーランも仲間、ううん、家族みたいなものじゃない!」
手でバシバシとセーランの肩を叩いた。
「けど、ありがとうね」
心配してくれる気持ちは伝わったよ。
すると私を囲うように取り巻いていた翼がフワッと広がって、セーランの背中で折りたたまれた。
うん、やっぱりセーランの翼が一番綺麗だね。
私が正直にそう言うと、セーランは照れたようだった。
うんうん。私の仲間達が見目麗しのはよいことだ。私は平凡だけどね!
「うわっ!ヴァンってば、顔が怖いよ」
カナンの支度を手伝おうとヴァンの側に寄ったら、彼は不機嫌丸出しでこちらを見下ろしていた。
その鼻のシワは何?今にも唸り出しそうなんだけど。
「元々、この顔です」
ぶすっと告げる。
「何なの?ヴァンらしくないよ」
「あなたは知らないようなので言っておきますが、翼人の翼を褒めるのは求愛行動の一つです」
マジですか!
「ええ!知らなかったよ」
翼人の美意識もそうだが、翼人あるあるが多すぎる。
「まあ、セーランも本気でとってはいないでしょうが気を付けて下さい」
「はあい」
あくまでお気楽な私に対し、全く、と言って作業を再開した横で私も手伝う。カナンに乗るのも既に慣れたもので、準備も抜かりなく補助出来るまでになった。流石に全部は無理だ。だって鞍とか重すぎるんだもの。
「…少しは気持ちの整理はつきましたか?」
「あー、まあね」
私とリヒトさんの間で何事かあったらしいと察しながら、知らない振りをしてくれている彼らしい聞き方だ。
「ヒルダさんに勧められたことだけど、婚活って難しいね」
自分と相手のことだけじゃなく、周囲との関係も考慮しなければならない。それは結婚までに至るまでの誰もが通る道なのだろうけど。
「私の場合、結婚そのものと言うより子供を残すことを求められているのが微妙なんだけどね」
そうなのだ。婚活だ何だと言っているが、元々巫女はレーヴェンハルトの存続のために血を残すことが大前提とされ、恋愛感情はさほど重視されない。
そんなのはご免なので私は旦那さん探しをしているのだけど、こういうのはご縁だからね!まあ、そう言って地球での私は婚期を逃しまくった訳だけど。
「それなら、…でもいいじゃないですか」
「んん?何て言ったの?」
一部聞き取れなくて、問い返す。
「何でもありません!」
こわ、逆ぎれ?ここ最近、野菜中心となりがちな翼人の食事に合わせているから、肉類が足りてないせいか。
「まあまあ、帰る途中で金の卵でも食べようよ」
たんぱく質は大事だから。
「はあっ」
大袈裟なくらい、大きなため息をつかれた。
むむっ。ヴァンって時々意味不明だよね。
里の人が総出で私達の出発を見送ってくれた。そう言えば、前回頼まれた冒険者さんとは会う機会がなかったよ。
「ログさんに頼んだんだけど、いなかったみたい」
「ああ。彼らも南領には単発の仕事で来たと言っていたからな。入れ違いだったのかも知れんな」
冒険者“煉獄のクレイ”さんは、聖領に拠点を置いているとのこと(聖領において冒険者ギルドは無認可なので内緒だ)。
「聖領で会えたら、伝言は伝えるわ」
一宿一飯の恩義だから。
「セーラン、元気で。体には気を付けるのよ」
「はい。母上もお元気で。カナフ様にもよろしくお伝え下さい」
「ええ」
セーランママの表情が曇る。立派な大人になったとは言え、大切な我が子だ。心配は尽きないのだろう。
「セーランのことはご案じなさらずに。私がしっかり監督しますから!」
私は胸に握りこぶしを当てて、ご心配なくとそう請け負った。
「ふふ。お願いします」
あれ?笑われてる。何で?
「さようなら、道中気を付けて」
小さく手を振る。
「ありがとうございます。また、お会いしましょう!」
私は元気に別れを告げる。
里のある崖の至るところに、三々五々に広がった人々も盛大に別れを惜しんでくれている。
「また、来いよ!」
「元気でねー!」
「さよーならー!」
ふわん、ふわんと天使が空を飛ぶ。
あー、癒されるわー。
翼人の子供達が頑張ってお空を飛んでいる。
ちっちゃい子が小さな翼を使って、羽ばたく姿に胸キュン死(死語)つつ、私達は南領を抜けた。
さあ、ここからは聖領だ。どことなく空気が変わったと感じるのは、私の単なる思い込みだろうか。取り巻く空気に強くヒルダさんの魔力を感じる。
ヴァンのたんぱく質不足?を補うために金の卵を生産する村へと立ち寄る。そこで聖領への定期的な納入を申し出ると快く応じてくれた。やったね!
「では、詳しい商談には神殿から人を遣りますから、よろしくお願いします」
「こんな名誉なことはございません。我々の作った卵を神殿にお納め出来るなど」
神殿への寄進は誰でも出来るが、日々の食事に卸せる業者は厳選され、大変な名誉なのだそうだ。
まあ、そうだろうな。日本で言えば、天◯陛下御用達みたいに箔がつくようなものだ。
「品質は落とさず、頭数を増やせば流通に乗せられるし、村ももっと潤うのではないかしら」
「助言に従って、その辺りも村の者で考えてみます。仕事があれば、村を出ていく若者も減るはずですし」
どこの村も若者の流出が深刻だ。農耕地には限りがあるし、開拓しようにも人出が足りない。親から譲られる土地も稼ぐあてもない長男以外は村から出て仕事を見つけるしかない。
「村全体を金の卵農園にして、鳥や卵料理を旅人のための食堂なんかもあれば、もっといいんじゃない?」
南領へのルート上、ここは絶好の立ち寄り場所だ。道の駅みたいに賑わうと思うよ。
「は?道の駅とは?」
私は丁寧に説明する。
「なるほど地域の特産品や食事を提供すると、ふんふん」
村長さんら、村人も興味を示した。
「お土産ありがとう。ヒルダさんにも食べてもらうよ」
「おおっ!聖女様に!なんと有難い!」
ヒルダさん人気が凄いな。まあ、レーヴェナータが神様なのだから、その血筋は尊ばれるのは当然か。
「どうかお気をつけて!卵を割らないよう、ヒルダ様に必ずお届け下さい!」
なんか私、配達員みたいになってるんだけど。まあ、美味しい卵なので十分気を付けるけどさ!
それからは一息に駆け抜ける。
神殿を目にした瞬間、「ああ、帰って来た!」と、心から安心出来た。私の居場所はやはりここしかない。
トールとソールは職業訓練所の職員寮へと向かうため、途中で別れた。
「ちょっとあんた達!寮は基本、独身者専用なんだからね!あんまりいちゃつくんじゃないわよ!」
「な、ななな!何を言ってるんですか、もう!はふう!」
「…嫌ですね。独身女のひがみって」
こらあっ!ソール、聞こえてるわよ!美人なのに毒舌って、どうなのよ?
アリーサから「まあまあ」と宥められ、私達は二人を残し、神殿へと向かった。
「では、ここで。お疲れでしょう。十分な休息をおとり下さい」
神殿の騎士であるヴァン達ともしばしお別れだ。まあ、会いたければいつでも会えるんだけど。
「ご苦労様でした。皆もしっかり休んでね。あなた達もご苦労様!」
同じく騎獣達も労った。カナン以外は嬉しそうに首を振ったり、足踏みしたりして喜びを表す。癒されるわー。
カナンは何故か、じとっとした視線を私に投げつける。
何なのよ?文句でもあるの?
いつもの変顔攻撃に身構える。まあ、あれは馬鹿にされるだけで危害を加えられたりはしないけど。
カナンが頭を下げた。そして、フワッと私の頬に頬座りする。
ふわわわわわ!ええっ!もしかして、和解できたの?
嬉しくなって首に手を回そうとした瞬間、ガジッ。
「い、痛たたたたたた!」
なんと耳を嘴で甘噛みされた。
一瞬だけでカナンはさっと私から離れる。
新手の嫌がらせか?
「あー、どうやら好かれたみたいですねぇ」
やっと二日酔いから復活したラベルが、のほほんとそんなことを言う。
「耳を噛むのは赤ん坊だった頃の甘え方の名残で、俺もこいつによくやられました」
ヒッポグリフのグリちゃんを軽く撫でる。
子供だから手加減出来なくて、かなり痛かったそうだ。
「今でも時々やられますよ?俺達の耳が動くのが興味を引くって言うのもあるようですが」
なんと!でも、私の耳は動かないんだけど。
「まあ、大目に見てやってください」
ヴァンまでもが親愛の証だからと取り合う気はないらしい。
けどさ、結構痛かったよ?
カナンがふふん、どうよ?みたいの顔でこちらを見下している。
こいつ、絶対に確信犯だ。これなら怒られないって言う。
カナンはこう思っていた。
(ヴァンったら!あたしと言うものがありながら、こいつに…。絶対に許さないんだから!)
ナツキには届かなかった言葉は、しっかりとカナンには届いていた。嫉妬の炎をメラメラと燃やす。
えー、何だか分からないけど私、カナンを怒らせたみたい。
痛む耳をモミモミしつつ、今度、調教魔法を習って話を聞いてみようかと呑気に考えた。
読んで下さってありがとうございます。南領編、やっと区切りがつきました。あと少し、事後報告等続きます。