調和の鐘の音
三人が次々とこちらへと降りて来る。もちろん、マルタさんのご両親も一緒に。
「わあああっ!お父さん、お母さん!」
「マルタ!」
駆け寄って、親子三人が輪のようになってお互いがお互いを抱きしめ合う。
うう、良かったね。
「遅くなってすまん!こちらも色々と片付けなければならない案件があってな!」
シルヴァだ。
ちょっと声が大きい!せっかくの感動的な場面だって言うのに。
「ナツキ様?あなたには申し上げたいことが多々あるのですが?」
ひいい!ヴァンってば笑顔なのに目が笑ってない!
「それこそ後にせよ。まずは町の掌握だ。まあ、すぐに終わるだろうがな」
シルヴァが上空を顎で示す。そこには空を覆い尽くすかのような翼人の部隊があった。
さらにその上にー。
大きな影が地上に落ちた。
「りゅ、竜だ!」
「嘘だろう?火竜なんじゃないか!」
翼人達がパニックに陥る。そして、彼ら以上に恐慌状態となったのは獣人側だ。
理由は分からないが、明らかに火竜はこちら側であるというスタンスをとっている。
さらに翼人の部隊が町を取り囲むように上空を旋回し始めると、彼らの間を縫うように火竜が悠然と地上へと降下し始めた。
ドーンと巨大な地響きが大地を揺らす。
「ルウちゃん!」
「ちょっとぶり〜」
久しぶりの短い版?だろうか。
《セイラもいるよ!》
ルウちゃんのおでこにちょこんと乗っかっている。
あんた行方不明かと思いきや、そんな所にいたの?
「薔薇姫様だ!」
わああああ!と歓声が沸き起こった。つくづく隠密活動に向かないペアである。
あーもー、修復不可能!勝手にして!
町長側は全面降伏した。シルヴァ率いる翼人部隊と火竜だけでも震え上がるくらいなのに、
「獅子族のエルリックは既に捕らえられ、領主館に移送した」
と言う言葉で完全に戦意を喪失した。
町長に呼応して集まっていた周辺の獣人達も次々に降伏した。
武装解除後、民衆を除いた翼人の兵士達がシルヴァとともに町の中へと移動する。
私も町の中心を見るのは初めてだ。転移先はマルタさんちの倉庫だったし、すぐに隠れるようにして裏道を通って町の外に出た関係で。
いわゆる地方の町(田舎とも言う)なのだが、古い歴史を持つと言うだけあって独特の町並みである。
領都である、サヘルのきらびやか町並みとは一線を画し、色違いのレンガ作りの壁や素人臭い絵柄のステンドグラスなど素朴ながら暖かみがあった。
ゾロゾロと隊列が進むなか、一行は中心部へと出た。
正面が町議会などが行われる庁舎で、周囲の建物も兵士の詰所など町の機能を司る機関が全て集められてある。
そこで目を引いたのが、庁舎の真ん前に鎮座している一体の彫像だった。人族と獣人と翼人が集った三位一体の構図。
分かるよ、分かる。三つの異なる種族の調和を描きたがったんだよね?
どうしてそれが、こうなったの?
一つの体に三つの顔が…。基本的な体の部分は人、翼人の翼、獣人の体毛と尾といった特徴がよく表されている。
うーん。日本のお寺に同じような仏像があったような…。
あれ?町の皆さんが拝んでるけど?そうか…。いわゆる、仏像的なものなんだね。
私も一緒になって拝んでおく。
捕縛された町長と主だったメンバーの姿を見て、獣人側の敗北を知った町の人々が遠巻きに見守っている。
「俺達は納得してないぞ!」
ん?どうしたの?
猪系の獣人、多分、おじさんが大声を上げるのに呼応するように一部で騒ぎが起こっていた。
「よさないか!我々は降伏したのだ。お前達も従え」
獣人側の隊長さんが宥めている。彼もまた、捕縛されているが、元々戦いには消極的で、これ以上双方の犠牲を出さないためにあえて獣人を指揮する側に立っていたのだそうだ。
翼人の隊長さんとも秘密裏に連絡をとるなどしていたらしい。影で平和的解決を模索していたとしても、やはり立場が立場だ。捕縛しない訳にはいかなかったと聞いている。
「勝手に戦争を始めて、今度は勝手に終わろうって言うのか!俺達の方にだって犠牲者はいるんだぞ!そいつらにどう詫びるつもりだ!」
「そうだ!そもそも、獣人の土地に勝手にやって来たのは翼人じゃないか!何故、俺達が罪に問われるんだ!」
その通りだと、彼らの賛同者が同意の声を上げる。
「これ以上の犠牲は必要なかろう。もはや、勝敗は決したのだ。無用な揉め事はこれ以上起こすな」
「あんたは家族を奪われたことがないから、そんなことが言えるんだ!俺の息子は、酒を飲んだ末の口論で起こった喧嘩が原因で翼人に殺されたんだぞ!」
猪の獣人が吠えた。彼の周りにいる人々も口々に自分の所もそうだったと、頷いている。
「それは…。お前の息子は気の毒だったと思うが、相手も罪を償ったじゃないか」
「何が罪を償っただ!息子は人殺しをした訳じゃない。翼が折れたくらいで勝手に死んだ奴が悪いんだ」
尊厳の死、獣人にはない翼人の誇りだ。二つの種族の相容れない理由がそこにもあった。
翼人の側から獣人への怒りの声が静かに沸き起こる。
そもそも、今回の事の発端は獣人の嫌がらせとも言える通行税の不平等のせいだ。
加えて翼人の側には多数の死者、負傷者だって出ている。これまでと違い、武力の差もない。今なら、圧倒的な数の差で徹底した武力行使だって行おうと思えば行えるのだ。
双方のにらみ合いが始まる。
せっかく、うまく纏まりかけていたものを…。
私達、人族は彼らのような外見に特徴がないし、それぞれの種族特有の翼や力などがないせいか、そうした争いまでに発展しないのだそうだ。だからこそ、中立の立場がとれるのだとも言える。
「領主代理のリヒト様は寛大な処分を下されると約束して下さった。お主らは感謝すべきだろう」
シルヴァが口を挟むが、火に油を注ぐだけだ。そんなことも分からないのかと、私はげんなりする。
案の定、獣人サイドの怒りが膨れ上がる。
静観していた町の人達の間にも、翼人の驕りのような物言いに不快感を覚える空気が流れた。
再び、争いが起こりそうな雰囲気に私は歯がゆさを覚える。
この町は三つの異なる種族が協力し合ったことで拓かれたのではないのか。この三位一体の彫像は、何のためにあると言うのか。
「…本当に人は過去から何も学ばない」
今では遠い過去の出来事となってしまった、魔力を持たない人との間で起きた争いは教訓となってはいないのか。
地球とレーヴェンハルト。魔力を持たない人と魔力を持つ人。
自分と違うと言うだけで人は差別し、忌み嫌う。
レーヴェナータとキーラが作りたかった世界は、こんな風に互いにいがみ合う世界ではなかったはずなのに…。
『…悲しい』
え?
『淋しい、淋しいよ』
最初は空耳なのかとも思ったけど、今度ははっきりと聞こえた。
小さな子供の声?
『昔は皆、手を取り合って仲良く暮らしていたのに』
今度は男の人の声だ。
『どうして、忘れてしまったの?』
最初に聞いた、柔らかな女性の声。
私は後ろを振り返る。
もしかして、あなた達なの?
そこには一つの彫像があった。
『どうか、思い出して。皆が一つであった、あの頃を』
『思い出して!楽しかった記憶を』
『…私達はずっ見てきた』
私の体の中に彼らの想いのような、記憶の結晶みたいなものが流れ込んできた。
胸の奥がほわほわと暖かくなるような…。
私は祈る。心から、かつて私の祖先達が願ったように。
リン、ゴーン…。
それは、澄んだ鐘の音色だった。
三つの種族を形どった彫像は空に向かって腕を広げていた。何もなかった、その中心にカテドラルの鐘が出現する。
リンゴーーーン、リン、ゴーーーン。
光を発しながら、高らかに鳴り響く。
「ああー、ああ。こんなことって…、再び、この調和の鐘の音を聞けるだなんて」
一人の年老いた犬族のおばあさんが、ヨロヨロと彫像へと歩み寄って来た。
私は躓きそうな、おばあさんの手を取りながら聞いた。
「調和の鐘って何のことですか?」
「ああ、お嬢さんのような若い方はもうご存知ないのでしょうね?この町を切り拓いたご先祖様達の功績を讃えて、初代のご領主様が授けて下さった魔法の鐘のことですよ」
「そんな…、あれはただのおとぎ話のはずだ」
獣人と翼人の隊長さん達が揃って、驚愕の声を上げる。
「そう、そうね。この鐘が鳴らなくなってから随分と年月が経つものね。私が最後に鐘の音色を聞いたのは、うんと小さな子供の頃のこと。一緒に聞いた幼なじみ達も私以外、皆、いなくなってしまった」
おばあさんは随分と長生きなのだろう。私の手のひらに乗せた指先はしわしわで、体だって幼児のように小さく丸くなっている。
「鐘が鳴らなくなったのは、あなた達がお互いに憎しみ合うようになってしまったからよ。サヘルから東領へと街道が繋がって、この町が潤うようになってから、ことあるごとにあなた達はいがみ合い、争うようになった」
おばあさんは獣人と翼人、それぞれを交互に眺めた。大人達は互いにバツが悪そうに、目をそらした。
「こんなに綺麗なものを頂きながら、あなた達はいがみ合ってばかり。魔法の鐘は調和をもたらした結果、頂いたもの。鳴らなくなったのも道理ですよ」
鐘は鳴り響く。
憎み争い、戦いにまで発展した両者に分け隔てなく、その音色は届いた。
「…きれいだね?」
いつの間にか子供達を連れた女の人達が集まって来ていた。彼らは男達に言われて、家のなかにとじ込もっていたのだろう。
けれど、鐘の音色を聞いて、外へと飛び出した。
「心が洗われるような…」
獣人の女の人がそう言うと、翼人の女性が、
「本当に、ささくれだった心が癒されていくわ」
と答えた。二人は、はっとして顔を見合せる。
「ごめんなさい。私達は自分達に関係ないからと不平等だと知りながら、何もしなかった」
「私の方こそ。こんなことになって、ただただ、あなた達を憎んだわ」
翼人の女性は避難せずに残っていた人達の一人なのだろう。
「あー」
彼女の腕のなかにいる、小さな赤ちゃんが腕を伸ばした。
小さな子供達、主に獣人の子供達だったが、翼人の子供も見え隠れする。
「うわー!なんか、空気がキラキラしてる」
彼らが言った通りに空気がキラキラと色付いていた。
ってコレ。精霊じゃん!
あんた達、どうやってここに!
精霊の森にいるはずの子達がフワフワとそこいら中を飛び回っている。
《ルウちゃんに連れてきてもらったー》
《なんか楽しいことがあるってー》
《綺麗な音ー、好きー》
自由だ。
「…俺達、どうしてこんな風になっちまったんだろう」
猪の獣人さんが涙を流す。
「俺だってそうさ。憎くて悔しくて、世の中を恨んで」
そんな彼らの前にシルヴァが立った。
ちょっ、また、余計なことを言うんじゃないでしょうね!
私はおばあさんを放り出す訳にもいかず、成り行きを見守った。
「俺達の仲間が非道な行いをして、済まなかった」
翼人の頂点に立つ、大鷲が深々と頭を下げた。
周囲の翼人部隊からざわめきが起こる。彼らにとってシルヴァは王に等しい。そんな彼が、ただの獣人に頭を垂れたのだ。
「だが、理解して欲しい。翼人にとって翼は誇り、命そのものだ。それを奪われて、生きることはひどく勇気がいることだ。
かつて、俺の兄も翼を片方失った。けれど、誇り高く生きている。何故なら、自分の命は友が命懸けで守ったものだったからだ。俺はそんな兄を誇りに思っている。
たとえ、この先、ともに大空を飛ぶことが出来なくとも」
「あんたの兄さんを守ったって言うと…」
「そうだ。獅子族のセーランだ」
え?セーラン?
私は私の騎士であるセーランを見た。彼は静かに微笑み返した。
「そうだったな。魔獣討伐で亡くなった獅子の若様は、翼人の友のために命を落としたって言うのは有名な話だ。俺達は、なんでそれを忘れちまってたのか…」
そうだったのか。セーランはそんなお父さんの名前をもらったんだね?
「うおおおおおおお!」
猪のおじさんが地面につっぷして号泣した。
そんなおじさんの周りを仲間達が取り囲んだ。
大丈夫。おじさんも、その周りの人達もきっと立ち直れる。
だって、皆の気持ちが一つになったのだから。
人も獣人も翼人もない。大勢の人間が、輪となって清らかな鐘の音色を聞いた。
それは新しい夜明けのような、始まりを歌うようだった。
リンゴーーーン。
戦いは終息したのだ。
いつもご愛読ありがとうございます。
寒いと、こたつが恋しくなりますね。私もヌクヌクと執筆しています。
次回も引き続き、よろしくお願いします。