愛されている令嬢は、愛していない『振り』をする。
「イェシカ。昨日言っただろう、君の母と妹になる人だ」
お父様が、女性の肩を抱き、少女の頭を撫でた。
「こちらがオーセ、こちらがビルギッタ。ビルギッタは、お前の2つ歳下だ。……2人とも、この娘がイェシカだよ。仲良くしてやってくれ」
母親がオーセ、娘はビルギッタね。
私は、ぺこりと頭を下げた母子を観察する。
オーセは、地味だが清楚で美しい顔立ちをしている。一方、ビルギッタは、少女とは思えないほどの蠱惑的な肢体に、それとは対照的な あどけなく愛くるしい顔立ち。
彼女は真ん丸な瞳で、私をじっと見つめている。
「イェシカ!無視をするのか?挨拶はどうした」
お父様の、私を見つめる視線に愛が全く篭っていないのを見て、私は吠えた。
「お父様。まだお母様が亡くなってから1年しか経っていませんわ! それなのに……その娘はお父様の子なのですか! 昨夜、その娘の母親は平民とおっしゃっていましたが、卑しい血を我が家に入れるおつもりですの?」
「何を言うイェシカ、口を慎め!お前がアウロラを慕っていたのは知っている。だから正式に2人を戸籍に加える前に顔合わせの場を設けてやったのだ! すぐに馴染むのは難しいであろうが、平民を卑しいとはどういう了見か!謝罪せよ!」
愛する人を侮辱されたためだろう、その目には憎悪が燃えている。
すると……
「お、お父様っ。イェシカ姉様が怒るのも無理ないわ。だって、私……!」
今にも飛びかかって来んばかりのお父様と私の間に、ビルギッタが滑り込んできた。
彼女の豊かな胸がぷるんと揺れて、私は顔を顰める。
「私、いいえ母さんも私も、卑しい女なの……だって、愛してなかったとはいえ、お父様の奥様は、イェシカ姉様のお母さんだったんでしょう……? 私たちが憎くても仕方ないわ。お父様、だから、姉様を許してあげて……!」
お父様に向かって、ビルギッタはまくし立てた。大方、瞳でも潤ませているのだろう……お父様の表情が、みるみる解けていく。
「……ビルギッタがそこまで言うなら、今回は大目に見てやろう。イェシカ、ビルギッタの慈悲に感謝することだな」
「ああ、やっぱりお父様は優しいわ!そのお父様の娘なら、姉様もきっとお優しい人よ!ね、母さん?」
終始不安そうにしていたオーセだが、躊躇ったように、頷く。
「…………そうね、あなたが言うならきっとそうよ。私の可愛いビルギッタ」
幽かな声でそれだけ言うと、オーセは顔を隠すように、お父様の胸に顔を埋めてしまった。
――予想外ね。娘の尻馬に乗って私を貶すかと思っていたわ……。
戸惑いつつも部屋を見回し、使用人たちの様子を伺うと、誰もが目を逸らし俯いた。ビルギッタの様子に、衝撃を受けたのだろうか?
「イェシカ!お前は部屋に戻りなさい。これからもここの娘でいたいのならば、明日からは、ビルギッタを見習いなさい。妹はこんなに優しい娘なのに……お前は何と醜悪な性根をしているのだ」
ビルギッタの懇願にもオーセの言葉にも無反応でいたからだろう。
お父様が、軽蔑を滲ませて吐き捨て、2人を伴って居間を出て行った。
ビルギッタが、お父様の腕をとり胸元に押し付けている……仮にも『実の父親』に!
「――まあ、母親があの女では、無理な話かもしれないがな」
そして、お父様は、最後にそう付け足した。
――――――
時間は、少し……いや、もう少し遡る。
――――――
私のお母様・アウロラはこのフォーゲルストレーム侯爵家の一人娘、お父様であるクィンテンは、なんと隣国の第3王子だった。
本来、当時の隣国の王は、王族の交換を求めていたのだが、この国の王がそれを断ってしまった。
そして、一方的に隣国の王族を要求したのである。
無茶すぎる要求だが……当時の隣国では疫病が蔓延していて不安定な情勢だったため、支援を見返りにお父様をこの国に送った。
つまるところ政略結婚だ。
お父様は、王位継承権を放棄させられ、お母様と結婚した。
そして、そのお母様は、幼い頃の病が原因であまり動けず、身体中に痘瘡があった。
無礼な要求で臣籍降下させられた上、仕方なく娶った妻は醜い。
母国では、兄らは王子として大切にされているというのに……と納得のいかないお父様と、顧みられないお母様の仲は最悪だった。義務だけで私を作った後、お父様が愛人を持つのは時間の問題だった……。
――――――
――というのが、世間一般での、フォーゲルストレーム家のイメージだ。
実際は全く違う。
まず、お母様の体には、ほとんど痘瘡は残っていなかった。体が弱く、社交界には出ていなかったために流れた憶測だった。
お父様は、己の境遇やそれをもたらした父・兄弟を恨んでいるように振る舞ったが、それは演技。
両親はお互いに一目惚れして仲睦まじく、お父様は隣国の情勢を分かっていたから不満はなかった。
むしろ、疫病で王族が全滅する可能性すらあったため、自分を逃してくれた父たちに感謝していた。
もちろん、私も両親のみならず使用人のみんなからも愛を注がれ、またとなく幸せに暮らしていた。
では、あのオーセとビルギッタは何なのか?という話になる。
あれほどお互いを愛していた両親なのに、お父様は浮気などするだろうか?しかも、私とそう歳の変わらない子をもうけるなど、実際のフォーゲルストレーム家を知っていたら信じられない事態である。
私とお父様が、さっきのように言い争うというのもあり得ないし、お母様を侮辱するのもおかしすぎる。
使用人たちはみんな、そのことをよく知っている。
だから、みんな必死に笑いをこらえていたのだ。
つまるところ……これは茶番。
私たちフォーゲルストレーム家は、いるはずのない『愛人』と『娘』を名乗って現れた女狐たちを、逆に化かしてやろうとしているのだ。
――――――
『わたくしが死んだら、きっと、あの王妃が…………』
『お願いします、あなた……どうか、このフォーゲルストレームを守って……』
『イェシカ、愛しているわ……』
――――――
甦るのは、ベッドで微笑するお母様の姿。最期まで、私たちを案じていたお母様……その通りに、ことは起こってしまったのだ。
オーセとビルギッタは、ただの女狐じゃない。あの2人を動かす黒幕がいることは、既に掴んでいる。
その黒幕が、この国、ひいてはお父様の祖国を狙っていることも……
だから、お父様と私は、真実のために、愛していない『振り』をするのだ。
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