91.手フェチ取材から始まる港の恋愛相談会!婚約決まった変態悪女にも、実は悩みがあるのです!?
波間を縫って響くかもめの声。
船の警笛。
波の音。
楽士の奏でるアコーディオンの音。
荷を積み降ろししている船員と人足たちの掛け声。
「ダフネス港って久しぶりね!」
ワクワクと辺りを見回す私ことエリザベートと、ナンチャッテ婚約者のシドさん。
「俺が奴隷市に並んで以来ですね」
なんとなんとっ!
十数年ぶりにダフネス港へ来ております!
ちなみに奴隷市は西口市場外れで定期開催されるものなので、こちらの港へは正・真・正・銘っ!
リジーちゃん初めて、なのです。
「で、ラズール様はどちらなのかしら」
「海軍少佐様を呼びつけるとは良い根性しておられますよね、アルデローサ様」
「あら、こちらを指定してきたのはラズール様の方なのよ?」
「だから任務中の軍人さんに、よく 『手フェチのことがよく分からないから教えて』 なんて手紙出せますよね」
ははぁ、これは嫉妬というヤツですね、シドさん?
「うぅぅん! シドったら可愛い!」
シドのコートのポケットに入れた手をいったんほどいて、つなぎ直します。
ヤキモチさんな可愛いシドには、カップルつなぎなんてして差し上げちゃいますよっ!
長い筋ばった指と、滑らかなお肌。
ふふふふふ (不気味笑)
なに食わぬ顔をしつつ、密かに萌えるリジーちゃんです。
そうなんですよ!
女性サイドの手フェチはある程度、理解できるんだけどなぁ……
アナスタシア様の指輪精霊様はなんと驚き、本編初出の美老人ですからね!
男性サイドの事情もきっちり理解しておかなければっ!
「お手紙で返事下さるかと思ったら、任務の合間を縫って会って下さるだなんて、本当にご親切よね」
「それでホイホイ会いに行くなんて本当に隙だらけですよね。アルデローサ様」
「だって、ラズール様とは和解してるし」 唇を尖らせるリジーちゃん。
いくら評判のタラシ様とはいえ、いったん腹割ってお話できたら、もうそれはお友達、ですよね!?
「それにあの方は基本フリーの人にしか、手を出されないのよ」
楽しみたいけれど面倒ごとはお嫌い、といったタイプですからね!
つまり、もうすでに婚約が決まってるリジーちゃんは圏外、なのだっ
口説かれる心配なくラズール=ユーベル先生とフェチ談義ができるなんて、最高ですね!
"月間ムーサ" に 『おまけ座談会』 として載せたい勢いです……と、なんかリジーちゃん今イイこと思い付いちゃった?
またジグムントさんにリクエストしておきましょうっ
夢が膨らみますねぇ、くふふふふ (含み笑)
「どうだか」
まだまだ不機嫌そうなシドさん。
仕方ないなぁ、もう。
「あっ、なんだか、あの鬼スズメ様に会うと思ったら息が苦しいっ」
「帰りますか」
「そうじゃなくて」 目を閉じて若干、上を向いてみせます。
「人工呼吸……はぅわっ」
顎ピンされてしまいました。
地味に痛い……主に、心が。
なんなのでしょうか……
別に……人工呼吸くらい……っ!
顎を抑えて涙目になるリジーちゃん。
と、頭上から。
「あれイヤなの? なら僕が代わりにしてあげようか?」 と、何だか聞き覚えのある滑らかな低音。
顔を上げれば、日焼けした顔の中で、神秘的なラピスラズリとタイガーアイの瞳が微笑んでいます。
「職業柄、人工呼吸は得意だよ? どう?」
ラズール青年です!
「いえ結構です」 すかさず答えるシドさん。
「緊急性はないので、後程人目につかないところで、ゆっくりじっくりさせていただきます」
わーい♡ 確かに今、聞きましたよ?
後で撤回しても遅いですからね?
覚悟しといてくださいっ!
「奥ゆかしいねぇ。人前でのキスなんてこの国じゃ普通なのに」
「シドさんはシドさんでイイんです!」
「表と裏とのギャップが?」
「ああ……確かにそんな時期もありましたわね」
遠い目をするリジーちゃん。
昔あれだけ散々ウラで変態して困らせておきながら、今は表も裏も当時と比べれば物凄く紳士ですからね。
なんなんでしょうね、このギャップ。
理由はわかっていますし、納得もしていますけどね!
「寂しそうだね……なんなら僕が代わりに慰めてあげようか?」
ラズール青年、つとリジーちゃんの手を取り、唇を寄せて上目遣い。
ぞぞぞぞっ……(鳥肌)
この期に及んでも、というかそう簡単には、というか、ともかくも。
変わってませんねぇっ!
「おーほっほっほっほ! 寂しいだなんて!
そちら様の気のせい、でございますわ!」
「そうかい?」
「そうですとも! ほら!」
ご覧なさいませ、とばかりにシドにぎゅうっと取りついてみせます。
「わかった。やっぱり寂しいんだね。僕に助けを求めたのは良い選択だと思うよ」 蕩けるようなロイヤルスマイルを浮かべるラズール青年。
いえね、お手紙ちゃんと読んでます?
確かに助けは求めましたが。
それは 『シドさんが最近冷たいっどうしましょうっ!?』 ってことじゃないのですよ?
そんなことより 『手フェチ』 の取材……
しかし。
「まず、一方的にベタベタするのをやめた方がいいね」
ラズール青年が素早く耳打ちしてきた内容に、敢えなく降参したリジーちゃんなのでした。
さて、そして。
「ようは『手に入った』と安心させてはいけない」
「といっても、もう婚約決まっててどうすれば?」
ただいま私こと悩める乙女なリジーちゃん、ヒソヒソとラズール青年と密談中でございます。
場所はレンガ造り倉庫群 (輸出入品の管理などに使われてます) の一画 "ダフネス・カフェ"。
窓からは海が見え、楽士の弾くアコーディオンが漏れ聞こえるオシャレなカフェ、夜はお酒も出ます。
船員、人足、仲買人に観光客、休憩中の軍人さん少々……と多種多様な人々で賑わう店内は、密談にはもってこいですね!
話の内容が内容だけにシドには聞かせられず、離れて待機していただいてます。
「たとえばほら今の状況。まさに向こうから見れば」 ラズール青年、またヒソヒソと耳打ちしてきます。
「自分は引き離されて座り、一方で女の子は以前の求婚者とかなり親密。ヤキモキするよね?」
い、言われてみれば確かに。
「ちょっとシドに断り入れてきますわ!」
誤解はされたくありませんからね!
が、立ち上がりかけた私の手をそっと押さえて首を横に振るラズール青年。
「それがダメ」
「え……なぜですの?」
「なんだーやっぱり俺のモノじゃーん、敢えてベタベタちゅうちゅうする必要なんかなくね? ……って、なるから」
「し、シドはそんなことないもんっ。が、ガマンしてくれてるんだもんっ」
「それだけ余裕ができたってことだよね」
ガーーーンっ!
な、なんだか、太刀打ちできませんっ!
ナンパ鬼スズメ様の言うことなんかっ、とは、思うんですけど……っ!
振り返ってみれば……まさに、その通り、なような気がぁっ!
「だ、だって、わたくしがシドさん愛でまくっても別にイヤがったりしないし……っ」
「それはそうでしょう。でもさっき」 すっと手を伸ばしてリジーちゃんの顎を持ち上げるラズール青年。
間近でオッド・アイが揺らめいております。
「ここ、ピンされていたよね」
「…………!」
ギリギリまで顔を近づけて囁いたりとか、もうっ!
やめてくださいませ、なのです!
「そろそろ潮時かな、と思うんだけど」
「何が、ですの?」
「しばらく放置。ベタベタするのやめて 『あれどうした?』 と慌てさせてやんなさい」
「うーん……なるほどっ」 恋は駆け引き、ということですね!
ここは悪女なら乗るべきっ!
けど、しかし。
「それには1つ問題が」
「どうした?」
「ベタベタちゅうちゅうできないと思うと、半日でシドさん離脱症状が出てしまいそうですわ、軍曹!」
「あーーそうだな」 ラピスラズリとタイガーアイの双眸が、考え込むように漆喰で塗り固めた天井を仰ぎました。
「彼の洗濯前シャツに埋もれて乗り切れば?」
「な、なるほどっ……」
考えたこともありませんでした!
さすが、ラズール "鬼スズメ" ユーベル先生っ!
家に帰ったら早速、洗濯係のマリエちゃんに話をつけるのです!
脳内メモメモ。
「さて」 ラズール青年はニッコリとそんなリジーちゃんの手を取り、日焼けした逞しい指で甲を撫でました。
「で、本題の手フェチなんだけど……」
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