80.帰ってきました懐かしの我が家!でもイケメンパパと婚約者の悩みは意外と深い、ようなのです!?
さて季節は極寒の2月が終わり、寒さの中にも陽射しが次第に明るさを増す3月になりました。
そんな早春というにはまだまだ早いある日、馬でパカパカとお家に帰った、私ことエリザベートと婚約者のシドさん。
正式な婚約式はまだですが、ジンナ帝国宰相家のご威光はさすが、というか。
帰宅早々に見せたプロポーズの証拠品の数々を前に、我がクローディス家ではまた、ひと悶着起こっております。
「そんなお偉い家と縁戚になるなんて……」 と頭を抱える父。
「しかも、もともとが奴隷として購入したりとか、ずっと従者させたりとか……」
「いえ、俺は家名借りただけですから」
シドがにこやかになだめますが、父はまだ悩んでいます。
大体のことには動じないように見える人が、珍しいけれども、それも仕方ありませんね!
何しろジンナ帝国の宰相家といえば、遠い昔をたどればルーナ王国の王家とも縁続き……って。
リジーちゃんたら、めちゃくちゃ普通にご当主様と話してましたけど。
シドも、めちゃくちゃ普通に敵意アピールしてました、けど……
(グァン様が顔に似合わず、穏やかな方で助かったぁ!)
今更ながら、ちょっとブルブル。
「とりあえず、シド……様、いや、アーロン様も」 父が何やら決意して話を切り出します。
「だから、これまでと同じでけっこうですよ」
「……シドも、リジーの婚約者になるんだから、従者の仕事はしなくていいよ。従者はまた、別につけよう」
「いいえ、けっこうです!」 どきっぱりとシドさん。
「しかし工場経営の仕事も本格的に覚えて貰わないといけないし、これまで通りいつも一緒というわけにも」
「…………」 シドさん、ガックリとうなだれました。
「ではとりあえず婚約だけして、結婚は30年後くらいでいいですか」
「……これまで通り、従者でいいよ」
「ありがとうございます、旦那様」
即座に立ち直るシドの前で、今度は父がガックリうなだれております。
「気持ちは分かる……けど、どうしようかな……いや、そもそもがグァン家の人間を入り婿扱いするのが間違いか……」
コメカミ押さえつつ悩んでいますけど 『気持ちは分かる』 ってなんででしょうねぇ?
「家名は借り物です。俺は前と変わりませんから」
シドが再度なだめても、父の耳には、全く入っていないもようです。
あまりにお気の毒……。
なので、こんな提案をしてみましょう! 即ち。
「ではお父様! わたくしに工場のお仕事を教えてくださいませ、ね?」
「ええっ! リジーに!?」
「……ダメ、ですか?」
「い、いや……」
久々のお目々ウルウル攻撃に、父タジタジです。
いやもう 『女性の権利が云々』 とか言うより、こっちの方が断然、早いですからね!
「そしたら、シドも一緒に学べますでしょう?」
「なるほど! 確かにそうだね」
パチパチと目を瞬かせる父。
「愛、だねぇ……」 しみじみと呟いておられます。
「愛って素晴らしいですわね!」
いつぞやの母のセリフを真似してニッコリするリジーちゃん。
ええ、もう覚悟を決めましたよ、はい。
どんなカユいセリフだって、利用できるものは利用しますよ!
(また、悪女として1ランク上がっちゃいましたね!)
しかし。
「すみません」
自室に戻り、ガリガリと原稿用紙に向かっているリジーちゃんに、頭を下げるシドさん。
心なしか、しょんぼりしちゃってます。
「いいのよ」 顔を上げないのは、創作モードだから……いやでも。
シドのしおれっぷりが可愛すぎて、集中できないぃぃっ!
仕方なく、椅子から降りてシドの手を取ったりしてみます。
「いきなり生活を変えるのって難しいもの。一緒に少しずつ、慣れていきましょ?」
「でも」
「きっと工場経営学ぶ方が、家庭教師からマナー教わるより有意義よ!」
そう、もしルーナ王国に革命が起こったら、マナーよりか工場経営の方が確実に役立ちそうですからね!
父について工場に行くときは工員さんたちにクッキーでも差し入れすることにしよう、うん。
たとえ貴族全員がハルモニア広場で首になっても、我が家だけは生き延びるのですよ、ほーっほっほっほっほ!(高笑)
「だけど、お嬢様なのに」
まだ何やらこだわってるんですかね。
そんなことにこだわるより、こっちが待機中だってことに、気付いてほしいものなのですが?
―――旅行中は散々、ちゅうちゅうやっといて。―――
帰宅した途端に、どれだけイイ子ちゃんなんですか、シドったら。
仕方ない。ここは、悪女っぽく攻めてみましょうっ!
「だって、もしわたくしが、新しい従者とこんなことしちゃってたらどうしよう、とか思うと気が気でないんでしょう?」
フェロモン美少女を意識して、角度をイロイロ工夫してみます。
うーん……難しい。
そしてシドさんも、フェロモンは別に感じておられないもよう。
普通にコクコクとうなずいています。
「そうなんですよ」 ……なんですと!?
「アルデローサ様ときたら、すぐに人に心許すし、隙だらけだし、正直言ってバカじゃないかと思うことも」
「……シド?」
瞬間的にリーゼロッテ様になった気分です! そうかっ!
ブリザードって、こういう風に吹かせれば良かったんですね!
「すみません、言い過ぎました」
「よろしい」 じゃなくて!
「誰にでも、取材するわけじゃないのよ?」
「ヘルムフリート様」
「ポリーちゃんのイキイキした鉄壁ノーブル美青年は、彼のおかげね!」
「ラズール様からは、求婚までされましたね」
「明日断りに行くんだから、いいじゃない」
「でも、皆が止めてるのに勝手に懐いていってましたよね」
「……そう見えたの?」
心外ですね!
「見えました」
……まったく、もうっ! 心外にも、程がありますね!
「だって仕方ないじゃない!」
一生懸命、言い訳します。
「あの方はわたくし以上に、真性のド変態なんだもの!」
「普通そういう人からは、離れるものですよ」
「だって、あんな方めったにいないでしょう?
エロい方面の専属アドバイザーに就任してほしいくらいよ!」
―――なにしろ、彼のおかげで拙著 ″若き未亡人アナスタシアの優雅なるお遊戯″ 耳フェチ回は、驚異の出来になったのですからね!
今月の ″月刊ムーサ″ 発売が待ち遠しいのです!
打倒ユーベル先生、まではいかなくても、記録更新、はイケるかもしれませんっ
そして、そのうち……ふっふっふ (ほくそ笑) ―――
ユーベル先生を使ってユーベル先生を倒す。
悪女ここに極まれり、ですよね♡
「……あなたがそんなだから」 シドさん深い溜め息です。
「嫁候補で、ホイホイ名前挙げられたりするんですよ」
「ビックリしたわねぇ」
「笑いごとじゃありません!」
なんだか悲痛な声の響き。
シドが、ギュウッと抱きしめてきました。
首筋に息がかかるのがくすぐったいです……おっ、これは、アナスタシア様の首フェチ回にも使えそうですねっ!
「あなたを失うかと思うと、気が気じゃなかったんです」
そんなことあるわけないじゃないですか!
心配症ですねえ!
……でも、それがかわいく見えちゃうんだから、リジーちゃんも大概、なようです。
「正直言って、バカなのね。シドさん?」
頭をナデナデしてあげちゃいますよ、もうっ!
ついでに頬にキスもしてあげちゃいますよ (テれっ) !
……ん? んんん?
どうしよう。
なんか火がついた。
止まんなく、なってきた。
もっとシドさんイジりたい。
こういう時は……取材です!
早速、お願いしてみましょう。
シドの形の良い耳美女様にそっと口をつけて囁きます。
「首フェチの取材、もう1回しても、良い?」
なぜだか、ぴきーん、と固まるシドさん。
ややあって、やっとイイ笑顔が返ってきたのでした。
「ラズール様のエロアドバイザー就任を見送って下さるなら、いいですよ!」




