77.やってきました雪灯祭!華やかな故国に想いを馳せつつ地味に旅する変態悪女、なのです!?
「では、アーロンをよろしく。油彩が出来上がったらすぐに届けさせよう。
それから、結婚式にはお祝いを贈るよ」
「グァン様、ありがとうございます!」
ジンナ帝国でもそこそこ寒い2月も半ば、3日間の滞在を終え、宰相様と別れのハグを交わす私ことエリザベート・クローディス、もうすぐ婚約するかもしれない16歳。
シドがイヤそうな顔でジトッとこちらを見ておりますが、敢えて知らん顔、でございます。
またしてもわざわざ時間を作って見送って下さっている悲恋の宰相様、いくらシドが嫌がってても無下にできませんよね!
「孫が産まれたら見に行ってもいいかい?」
「いらっしゃらなくて結構です」
すかさず、シドの冷たい声が被さります。
反抗期続行中ですね!
というか、2人とも気が早すぎますね!
シドのブリザード視線を余裕で受け止めるグァン様。
「楽しみにしているよ」
「その頃に左遷されていると良いですね」
遠慮なく毒を吐けるのも、親しさの表れ。
……そう思っておくことにしましょう。
さてこうして、ジンナ帝国の皇都を離れ、馬でパッカパッカといくつかの街を渡り野を越えて行く帰途の旅。
溶け残った雪がうっすらと地を覆い出し、そしてチラホラだった雪も段々と激しさを増してきたら……ルーナ王国ももうすぐですね!
「はぁぁぁぁ」 防寒着でしっかり覆われた口許から漏れる息が、真っ白。
「この寒さ……懐かしいわぁ」
「王都はもっと寒いですね」
シドの声が、懐かしそうな響きを帯びています。
「今年の雪灯祭は王都には全然、間に合わないですね」
そんな話が出るのは、2月の雪灯祭が、ルーナ王国の民にとっては大事なお祭りだから。
雪灯祭はもともと、贖罪の神に己の罪を告白し贖うためのもの。
スッキリした気持ちで春を迎えましょう、ってことですね!
熱心な信者は古来からのしきたり通り夜に贖罪の神殿に向かいます。
それほど熱心でなければ昼のうちに。
『雪だるまが代わりに行ってくれる』 との信仰を持っている人たちもいます。
なにしろ厳寒なので 『行けたらでいいよ』 とのノリなのですね。
しかぁし!
今年のリジーちゃんは、割かし行く気、満々ですよ。
「大きな街なら贖罪の神殿はあるでしょうから、そこでいいのじゃない?」
「いつも神殿の方はそんなに熱心じゃないのに、どうしたんですか今年は」
シドが不思議そうなのもごもっとも。
これまで毎年 『贖罪?リジーちゃん悪女だもーん、そんな必要ないわっ』 とばかりに参拝も両親に付き添って適当に済ませていましたからね。
でも、気が付けば大切に思える人達が増えていて、そうすると、どうしても気になってしまうことがあるのです。
そんなワケで2月は25日の雪灯祭。
シドと私はジンナ帝国の北端の街、ベイガンに来ております。
このまま海沿いをずずずいっと北上するとルーナ王国。
あと5~6日でやっと帰宅できますね!
家が懐かしくはなってきているのですが、今日のところは、ベイガンの贖罪の神殿に参拝です。
時刻は午後4時。あたりが薄暗くなってきています。
ルーナ王国なら、そろそろ道の両脇の雪の壁に、参拝者たちのための明かりがポツポツと灯され始める時刻。
次々と明かりが広がる様子は幻想的で、それを見るために参拝の時刻を合わせる人も多く、道は混雑状態になっているはず。
「お父様とお母様はもう参拝済ませたかしら」
空いている昼のうちにサクッと馬車で行ってしまう合理的なクローディス家です。
点灯時刻には、父が書字魔法で雪の壁にイリュージョンを描いているはず。
シドが口許を緩ませます。
「きっと今年も張り切っておられるでしょうね」
「今年は柔らかい仕上がりになると思うわ」
「詠み手が奥様ですからね」
そんなことを話しながら、馬を引いて贖罪の神殿への道を辿ります。
ルーナ王国とは違い、人気も灯りもない静かな道。
うっすらと積もった雪が凍って、私たちの足元を照らす明かりを、小さく撥ね返しています。
「神殿で 『告白』 を申込みますか?」
『告白』 とは、単純な贖罪の制度です。
即ち、お布施を多めに差し出して神官に罪を聞いてもらえば、それで贖えるという、なんとも……イヤ、ここで疑問を差し挟むのは止めとこう。
それで贖罪になるかどうかは、人それぞれの価値観ですからね。
そして、私にとっては、そんなことでは気休めにもならないのです。
「いいえ」
どっちにしても、気休めなのかもしれないけれど。
それでも私は、罪を聞いてもらうのならば、このひとを選ぶ。
そのせいで、もしかしたら、失うかもしれない。
そう思うと、こわくてこわくて仕方ないけれど。
隠し通したまま、彼の可愛いお嬢様でいたいけれど。
そしたらきっと、ずっと彼のことを 『愛している』 とは言えないままだと思うから。
「神殿についたら」 寒さのせいなら、声がこんなに震えることはないのに。
助けてほしい。ちゃんと話せる勇気を、私に与えてほしい。
立ち止まって、シドの指をぎゅっと握り、上目遣いにその顔を見ます。
精一杯でも、これが限度。顔を堂々と上げるなんて、とても無理でございます。
「シド、あなたに聞いてほしいの」
忘れることを許されず、繰り返し見る前世の夢と、大切な人が増え、幸せを感じるほどに、募ってくる後悔を。
「婚約する前に、ちゃんと聞いておいてほしいの」
もしそれで 『やっぱりやめます』 なんて流れになっても仕方ない。
そう思う底から 『シドだから大丈夫』 という期待が湧き出てくるのが、苦しい。
そんな姑息な期待のせいか、シドの黒い瞳は、どこかほっとした光を帯びているように、見えるのでした。
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