76.花咲く林の梅の木の下で囁かれるアツい想い!?甘々な変態台詞にさすがの悪女も泣きそうです!
さて、こうしてジンナ帝国に滞在することになった私ことエリザベート、うっかり禁断の快感に目覚めてしまった16歳。
ただいま、ぼへーっとシドのモデルぶりを観察中です。
―――そういえば2年前の秋だったっけなぁ、シドのセミヌードを皆で視姦したの。―――
あれ。なんか思い出すと恥ずかしい?
当時は平気だったのにっ!
それはさておき、画家先生が速筆だというのは本当らしく、先程から30分程しか経っていないのにもうデッサンを終えて、水彩で色を乗せておられるもようです。
「持ち帰ってから細かい部分を手直しして2枚制作し、ひとまず1枚をお渡ししますね!」
そして残りの1枚をもとにゆっくり油彩を作って、後ほどお届けしますからね~!
と、制作工程をざっと説明。
「油彩は時間がかかりますが、お嬢様が惚れ直しちゃう仕上がりにしますから任せて下さい!」 などと片目をつぶってみせてくださっています。
ということは、モデルはこの数時間で終わりですか?
『毎日同じポーズを何時間も』 というイメージとは、ずいぶん違いますねえ。
そんなわけで、滞在2日目。
肖像画 (簡易版) の出来上がりを待つばかりになったシドと私は、ジンナ帝国皇都を見下ろす丘の上に来ています。
細い道を挟み、両脇は梅の林。
白梅の枝は黄緑がかった蕾で点々と彩られています。
ちらほらと降る雪の中に、誇らしげに花開いているのは目の醒めるような紅梅。
丘の頂上の、ひときわ鮮やかな真紅の花の下に、その大理石の墓はありました。
『最愛の妻リウ・メイユ、彼女の死を悼む者たちによりこの墓が作られた』
黙って墓標をなぞるシドの姿に、また涙が出てきちゃいますよ……もうっ!
最愛の妻と呼びながら 『私が墓を建てた』 とは言い切れないグァン様の迷いや後悔といい……バージョンアップした悲恋妄想に大号泣再び、なリジーちゃん。
「あなたが泣いてどうするんですか」 シドがヨシヨシ頭を撫でてくれます。
「本当にね」
泣きたいのはシドのはずなのに……と思って見ると、当のご本人はなかなか複雑な表情です。
「あなたを見ていると、俺にもそんな気持ちがあるのかな、と思います」
「きっと、あるわよ」
単純に悲しめないほど、色んなものに押し潰され隠されていても、心のどこかにはきっと。
「母は紅い花にたとえられることが多い人でしたが、本当は白い花を愛していたんですよ」
雪がチラつく梅林を、シドと手をつなぎながら歩き、ぽつぽつと語られる話に耳を傾けます。
「特に、まだ蕾の白梅を雪の中で見るのが好きでした」
「ちょうど今日みたいな日?」
「そうです。俺は毎年ここに連れてこられてて」 何やらほっこりとする、良い想い出のようですね。
「わざわざクソ寒い中で花見だ!? ふざけるな……と思っていました」
あら。
―――そういえば前世でも、花見に連れてこられた子供って大抵、退屈してましたね!
花、ほとんど見ずに駆け回って遊んでいましたもんね!
そういえば社会人も、花、ほとんど見ずに飲んで食っておべっか使って使われて、という感じでしたね。―――
おっとしまった。
不意に、『花見』 という名の取引先総接待で、場所取りとお酌をさせられ尻を撫でられた記憶が、フラッシュバックしてきちゃいました!
ああ気持ち悪っ!
「アルデローサ様? 怒っておられるんですか?」
「少し思い出したことがあって」
「そんなにイヤなことが?」
「単なる夢の中の出来事よ」
前世の記憶は、甦る度にどれだけイヤな気持ちになろうと、どれだけ私を恐怖と混乱と怒りの渦に巻き込もうと、こう説明するしかありませんからね。
「アルデローサ様は昔から夢見が悪いですね」
「その度に、シドが助けてくれたのよね」
大丈夫、と抱きしめて宥めてくれるから、私は心の底から甘えることを覚え、泣くことを覚えたのでした。
「大したことはしてませんよ」 シドはぶっきらぼうに言って立ち止まります。
一輪だけ開いた、気の早い白梅の下。
「でも、これからはそんな夢も見ないよう、俺があなたを守りますから」
「無理よ」
だって前世の記憶はきっと、せっかく生まれてきたのに、怒ることと憎むことしか覚えなかった私への、罰だと思うから。
幸せになればなるほど、許されない部分も増えてくるような気がするのです。
「無理じゃないですよ」 シドはキレイな顔で微笑み、力強く請け合いました。
「毎晩、夢を見たりできないほど、可愛がって疲れ果てさせてあげますので!」
ああ……もうっ!
イイ雰囲気もシリアスな空気も、台無しですよ、シドさん!?
「結局それ!?」
「俺たちらしいでしょう?」
シドが笑って、私をぎゅうっと抱きしめます。耳にかかる、熱い息。
「だから俺と結婚して下さい」
コクンとうなずいてしまいそうになって、でも、そうはできなくて、また泣きそうになります。
「あのね、こんなこと言ったらショックだと思うのだけれど」
大切な人だからこそ、きちんとしておかなければ! ……やっぱり泣きそう。
「わたくし、シドのことまだ 『愛している』 って言えないの」
「そうですか?」
「そうよ。愛は、こわいもの。間違えたくないの」
間違えて、傷つけたくない。
シドが私を抱きしめたまま、ポンポン、と背中を叩きます。
「もしアルデローサ様が間違えたら、ちゃんと言いますよ」
「わたくしが聞く耳もたなかったら?」
「分かるまで、ちゃんと言いますよ」
「うそ。シドはわたくしに甘いもの」
「それは、俺がそうしたいからです」
だから、結婚して下さい。
もう1度、耳に口をつけて囁かれる美青年の破壊台詞……うーん、普通ならとっくの昔に腰砕けかもしれませんね!
でも、今世の私はひと味もふた味も違う、悪女なのです!
「そういうことなら、予定通りに婚約だけはしましょう?」
「だけ、ですか?」 おや、めちゃくちゃ不満そうですね。
「結婚はわたくしがシドのことを 『愛してる』 と言えるようになるまで、待って下さいな」
「待てません」 キッパリと言うシドさんです。
「そんなの待ってたら、いつになるか分からないじゃないですか!」
「あら鋭い」
でも、きっと、なんとなく。
あともう少し、な気がするのです。
「そんなにソレを言いたいなら……」
背中に回っていたシドの手がすっと下がり、お尻をサワサワと撫でました。
「今から教え込んであげましょうか?」
どうしよう。
前世のスケベオヤジがしたのと同じことされてるのに、なぜだかロティーナちゃんが降臨しそうです!
まずいっ! 屋外でそれは恥ずかしすぎるっ!
「……初めてはイロイロ計画してるんじゃなかったの?」
「だから寸止めギリギリまで」
イイ笑顔で 「どうですか?」 とイケないところに手を回してくるシドさん。
どうしようか迷って、とりあえず人生2度目の急所膝蹴りを炸裂させる、リジーちゃんなのでした。
読んでいただきありがとうございます(^^)




