71.ナンパ青年が投げた求婚爆弾に一家騒然!?変態悪女もブチキレ気味です!
そんなこんなで贖罪の2月は3日の夕刻。
普段なら静かな賑わいを見せる我が家の食卓は、シーンと重苦しい沈黙に支配されております。
そして、好物の鮭のシチューでさえ残し気味の私ことエリザベート、クローディス伯爵家の1人娘。
なぜ、こんなことになったのでしょうか。
と自問自答するならば 「そもそもが……」 の連続でついつい、「これもまた運命」 などと安易な結論に走ってしまいそうな脳ミソを、内心で踏み付け蹴飛ばし鞭でブチブチ調教中でございます。
このような事態になっているのは、ひとえに我が家に届いた1枚の肖像画 (+若干の贈り物+メッセージ) のせい。
男性が女性の家に己の肖像画を贈るのは、ルーナ王国貴族の正式な求婚なのです。
フザケルナ。
けっこうな腕前の画家さんにより魅惑的に表現された不安を誘うオッドアイをガンガンと殴りつけ、通った鼻の下に鼻血を落書きし、端正な微笑みを浮かべた唇に牙を生やして差し上げとうございます……っ!
「いったいいつから、アリメンティスのご子息とお付き合いを……」
父がタメイキ混じりに尋ねること、これでもう3度目です。
「いえ。お付き合いは、しておりません」
リジーちゃんがこう答えるのも、3度目。
「ではなぜ、あの有名人がリジーに目をつけたんだ?」
「……あみだ、でしょうか?」
存じません、と答えるのにも飽きて別のことを言ってみます。
うん、あの鬼畜スズメバチ様ならクジでヨメ選ぶくらい、やりそうですよね……!
「…………」
コメカミを押さえて目を閉じる父。
ご苦労をお掛けしますね。
漏れる呻き声も、痛ましいのです。
「……さっさとシドと婚約させておけば良かった」
はい?
今、なんとおっしゃいまして?
「お父様! それは違いますわ! シドはラズール様がっ」
「お嬢様の勘違いでございます」
シドの冷徹な声に遮られて、黙り込むリジーちゃん。
今のシドさんの心情を考えると……涙が出てきちゃいますよ、もうっ。
せっかくラズール様とこれから、前向きに付き合って行こう、と決心がついたところだったはずなのに!
そして父がふぅぅぅ、と溜め息。
「名前で呼ぶ程度には親しい、というわけか……」
「お断りできませんわね」
母が、普段は穏やかで美しいお顔を盛大に曇らせ、眉間に縦ジワまで寄せています。
「いや、リジーがイヤならば断るよ。どの道ウチは貴族社会とは余り関わりないし」
言いつつも、父の表情は苦悶に満ちております。
我が家が経営している工場の取引先には、貴族も大勢いますからね。
仮にも王族・公爵家からの正式な申し込みを断ったとあっては、どのような影響が出ることか。
もしかしたら、従業員ごと路頭に迷う、なんてことも……そしたらどうしよう。
いっそ革命先導しちゃう!?
「とりあえず、保留でよろしいのではないかしら」 と母。
あ、やっぱりそうなりますよね。
本音を言えば肖像画に落書きして突き返したいところですが、角が立たない現実的な選択肢なんて、こんなものです。
良いともダメとも言わずに誤魔化し続け……おや。
これって、王族・公爵家のご子息をキープしてる、状態ですよね!?
しかも、そのまま忘れ去る、とかどうですか!?
ををを! 悪女っぽくてイイ感じ!
「では」 ニッコリして宣言してみましょう。
「保留でお願いいたしますわ!」
「……そうだね」
しかし、まだ苦悩している様子の父。
まぁね。
キープといっても、度が過ぎれば、断る以上に失礼ですものね。
けど、それを言うなら、向こうだって失礼でしょう!
「そもそもお父様に、打診などありましたの?」
「今日の午後に、突然ご両親が揃って工場に尋ねてこられたんだ」
……逃げられませんね、それは。
「いきなりで失礼だが、愚息の気が変わらないうちにぜひともお願いできないだろうか、と土下座せんばかりに頼み込まれた」
「どうしてウチが、そんな優良物件ぽい扱いに!?」
「……アリメンティス少佐様が浮名を流し過ぎてて、どの家からも予め遠回しに断られている上に、本人にも結婚する意思が全く無く、イイカゲンニシロと問い詰めたところリジーの名が……」
「なんて迷惑な!」
どうせなら 『市井の名花75歳』 様にでもしておけばいいのに!
あー、もうっ!
そして、公爵家のご両親様もやっぱりイヤラシイですよね!
低姿勢を装いつつ、身分で相手の頬をひっぱたいてますよね!
あー、もうっ!
ダメだ。これ以上ガマンできません。
「ごめんなさい。わたくしお先に失礼させていただきますわ」 と、なるべく穏やかに席を立ちます。
たぶん両親は 「リジーちゃんもショックだったんだな」 という理解でいて下さることでしょう。
しかぁし!
ただショックで引きこもるなんて、今世では絶対、いたしませんからね!?
自室に引きこもっているフリをしつつ、熱い想いを胸に滾らせ廚2文章をゲシゲシと家紋入り特殊用紙に書き付けます。
そう、傲ったアリメンティス公爵家のご両親様には、腹下し10回の刑 ―――いや、使用人が気の毒だから1回だけにしとこ――― なのです!
ザマヲミナサイマセ!
1度書き上がった詩を無言で読み直します。
『……大いなる汚水が腸を駆け巡り、痛みにのたうち回らんことを……』
まだまだですね!
もっと苦痛と苦悩と屈辱感を盛り込んでやるぅ!
………………と。
何回も書き直しているうちに、段々と冷静になってきたリジーちゃん。
「……はぁぁぁぁ」 とタメイキ、ついでにウツ入っています。
心は生まれた時からほとんど成長してない気がするのに、どうして身体だけは勝手に育って 『わたくし今が食べ頃よ♡』 みたいな主張をするんでしょうか。
いやそれで 『美味そう』 と視姦していただくだけなら喜んで萌え萌えできるのですが、ねぇ。
それに余分なオプション、すなわち 『結婚』 がつくことに、今さらながら気が付いちゃいましたよ。
それもきっと、今回のアリメンティス公爵家を撃退もとい保留したところで、これから何回かはこういうお話がくるんでしょうねぇ……ウンザリ。
だって結婚とやらに夢も希望も持ってませんからね!
ウチの両親はハタで見てるとカユくなるほど仲良しさんだけれど、世の中は、そんな結婚ばかりじゃないですもんね!
……ん? だとすると。
私の変態ぶりに理解がありそうなラズール青年の方が、その後にやってくる有象無象よりはまだマシ、じゃない?
…………………………………。
…………………………………。
…………………………………ウン、決めた。
プロポーズの1つや2つ、バシッと受けて立ちましょう!
義両親の1人や2人、変態悪女を続けつつでも、トロッと騙くらかして差し上げますとも!
…………ふ。
腕が、鳴りますねぇ!
さて。
とすると、残る問題はシドさんだな。
ひと言きっちり、釘を刺しておかなければ。
「シド」
「はい、お嬢様」
呼べばいつでもササッと来てくれる優秀なアナタを、悲しませはしませんよ!?
「あのね、わたくし、このお話受けることにするわ」
「はぁ!?」
シドさん、めちゃくちゃ驚いてますね! でも安心して!
「でも別にラズール様を愛してるとかではないから、わたくしに遠慮なく攻略なさってね?」
「気は確かですかアルデローサ様」
……あれ? 言い方が悪かったかな?
なんだかシドが余計に怒ってるような。
やはり従者が板についていて、私を優先する気満々だからこそ、の態度でしょうか。
もともとが天然下僕体質な子ですし、ねぇ。
しかしここは、シドの幸せのためにも、キッパリと言い渡しておかねばなりません!
「わたくしはシドがいて下さるだけでいいのよ。
だから、頑張ってラズール様と幸せになってね!」
「はぁ!?」
……あれ。また聞きなおされましたよ?
耳が遠いんですか、シドさん!?
「ずっと応援してるからね!」
心を込めてエールを送ります。
身分差も性別も乗り越え、恋をつかむのです! ガンバレ!
なのに。
「気は確かですか、アルデローサ様」
シドは、外の雪がそのまま永久凍土になりそうな超絶不機嫌顔で、もう1度そう言ったのでした。
お読みいただきありがとうございます(^^)




