59.美青年がナンパな軍人さんを妖しく誘惑!?半開きの新たな扉に変態悪女もドキドキです!
そして、どうしてこうなった。
屋台のテント内に並べられたテーブルの上には、ホットワインとホカホカ湯気の立つ骨付きソーセージ。
そんな、合うのだか合わないのだか、という組合せを前に、内心で頭を抱える私ことエリザベート・クローディス。
隣ではガタイの良い軍人さんが日焼けしたお顔をノーブルに、しかしナンパな感じにほころばせておられます。
そう、リジーちゃんはかの鬼スズメ様ことラズール青年に、またしても捕獲されてしまったのです。
せっかくヘルムフリート青年が教えてくれたトリセツ、ほとんど活用できてないですよ……申し訳ない。
「大丈夫だよ。単なるお近づきのシルシだから、安心してどうぞ?」
「……」
「警戒してるの? かわいいなぁ。耳をピクピクさせるウサギさんみたいだ」
「……」
「でも、酔わせてその気にさせよう、とか思ってないからね!
ホットワインだし」
知ってますよ、アルコール度数ゼロですよね、家でもファルカが作ってくれますよ。
でも! この機会にリジーちゃんが飲んでみたかったのは!
エール、ルーナ王国一般の認識ではザ・庶民オヤジの飲み物、なのです。
「……シドがいないのであれば、失礼させていただきますわ」
サヨウナラ、夢の屋台de昼呑み。
かなり後ろ髪引かれつつも、なるべく決然と、そして優雅に立ち上がるリジーちゃん。
小娘ナメるなよ、なのでございます。
「あっ。シドさんだ」
……何回、同じ手で引っ掛けるつもりなの、と思いつつ、それでもつい、足が止まってしまいます。
だって、きっとシドのこと。
もしこんな人混みではぐれたりしたら、必死こいて探してくれてる、と思うのですよね。
けれども、しかし。
これがやっぱり、鬼スズメ様の思うツボ、だったようです。
「違うちがう、こっち」
いきなり伸びた手に、顎をグイッと持ち上げられます。
こんなムカつくシチュエーションですらキレイな、ラピスラズリとタイガーアイの瞳。
昼の明るさの中で見ればいっそう、情熱とは無縁の無機質な感じがソソ……、ソソられてる場合じゃありません……っ!
アンタのドコがシドやねん、とツッコみたいのをガマンして、無言でツイッと目を逸らせます。
今度こそ、トリセツ (byヘルムフリート青年) 通りにしてみせましょう!
「では。失礼させていただきますわ」
顎から頬にズレた手を、扇でパシッと払います……と。
「いだだだっ」
不意に、ラズール青年が顔をしかめて手を押さえました。
……あれ?
もしかして怒りに任せて強くひっぱたきすぎたかしら?
イヤイヤイヤ、そんなハズは……あるかも。
けっこういい音して 「ふふっ。カ・イ・カ・ン♡」 とか、一瞬思っちゃったもの、今。
「大丈夫かしら?」
「う……ちょっと、小指の骨、ヒビいったかもっ」
「えええっ! 本当!?」
慌てちゃう、リジーちゃんです。
まさかそんな、怪我させるつもりなんて!
「あ、でも、なめてくれたら治るから」
「…………」
つまりは。
ケガ、嘘だったんですね。
まったく、もう……っ!
信じてウロたえちゃったじゃないですか……!
バカにするのも大概にナサイマセ、なのですっ!
こんな時にはとりあえず、ニッコリしつつ優雅に一礼。
「では。失礼させていただきますわ」
「待ってっ! 本当だから! 魔法使いの血筋の唾液には、癒し効果があるんだよ」
「そんなこと、聞いたことものうございますわ」
「それはもちろん、ルーナ王国の機密事項だからね」
というわけでヨロシク? と、なぜか可愛らしい感じで差し出される日焼けした手。
もういっそのこと、噛みついて差し上げましょうか!?
ギトッと睨み付けますが、いやちょっと待てリジーちゃん。
冷静に、なるのです……!
考えられる対策は3つ。
1.噛みつく
2.もう1度引っぱたく
3.無視して帰る
……あ。正解は3番 『無視して帰る』 ですね。
本当、冷静になるって大切。
「では」 もう1度ニッコリ優雅に一礼したところで。
不意に、目の前に黒い影がサッと立ち塞がりました。
「失礼します。俺の主が大変お世話になったようで」
「シド! 遅いわよ」
ほっとしてつい文句を言えば、ジロリと氷よりも冷たい流し目が送られてきます。
「5歳児みたいに勝手にはぐれといて何をおっしゃってるんですか」
超絶不機嫌なシドさん。
黒いコートの裾が、泥で汚れてます。
本当に、必死に探してくれていたんでしょう……あれ?
なんだか、そう思うと急に、胸の奥がキュンッと痛むような気が。
気のせい? じゃない、ようです。
うん、覚えがありますよ。
確か、髪フェチ取材の時に、保留にしてそのまま忘れてたヤツですよ……すなわち、これは例の!
チョコレートを食べる時の胸キュン+痛み、名前はまだ無い、ですね!
面倒だから暫定的に 『チョコ痛み』 としておきましょう。
で、このタイミングでチョコ痛みって、なぜ。
皆目、見当がつきません。
シドに対して申し訳ない?
うん、普通くらいにはそう思ってるかも……ああそうか、分かりましたよ!
それでお詫びに、チョコレートをご馳走したいんだな、リジーちゃんは!
などとツラツラ考える傍らで、ラズール青年がシドに親切ごかして忠告しています。
「目を離さない方がいいよ? こんな子すぐに攫われていっちゃうから」
「ご親切にどうも。それよりお怪我をなされたそうで……失礼、こちらの指でしょうか」
シドさん黒い笑みを浮かべてラズール青年の右手小指を思いっ切り引っ張りました。
うん? 気のせいか音しなかった?
「いだだだだっ」
「シド?」 思わず止めに入る私をキレイに無視して、シドさんラズール青年に囁きます。
顔近いです。
つい腐った妄想が頭を横切ります……意外とシドが攻めのようですね、ふふっ (含み笑)
「曲げ伸ばしできますか……はい、問題ないようですね。とすると」
ここでわざわざ、セリフを切るシドさん。
じとっとラズール青年を睨み付けます。
「なめときゃ治るでしょう」
「だから今、それをそちらのお嬢様にお願いしてたんだけど?」
「そうでしたか。しかし主は今、虫歯が100コありまして。残念ですがとても無理ですね」
どう考えても嘘と分かる言い訳をしれしれっと吐きながら、シドはラズール青年の小指に口を近付けました。
漆黒の瞳が上目遣いにオッド・アイを見上げます。
「というわけで、俺のツバでご容赦下さいますか?」
ぎゃああああっ! シドさん?
あなた自分が美人さんだって忘れてませんか?
ラズール青年の、新しい扉を開いちゃったらどうする気ですか?
どうしよう。
ついでにリジーちゃんの新しめな扉も半開きのまま閉まらない予感が。ドキドキ。
固唾を呑んで、2人の青年のやりとりを眺めるリジーちゃんです。
対するラズール青年、普段はヘルムフリート青年にも負けず劣らずなノーブルスマイルを若干、引き攣らせております。
身体の方も、引き気味です。
あれ? 日焼けした手の甲に鳥肌立ってますねぇ?
「……いや、もう治ったみたいだよ。じゃあまた会おう」
引き攣り気味のノーブルスマイルのままでラズール青年はそう言うと、さっさかと歩いて行ってしまいました。
今までのしつこさは、何だったのでしょうかね?
そして、後に残されたのは。
まだまだ不機嫌そうなシドさんと、衝撃のシーンを見ずに済んでちょっとガッカリ……もといホッとしているリジーちゃんなのでした。
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