56. 人生初・ナンパされ体験に困惑!吐血し砂糖にまみれても変態悪女はガンバリマス?!
そもそもコトの発端は、シドがトイレに立った時から始まりました―――のだと思います、たぶん。
その後カウントダウンの準備のために王女殿下とヘルムフリート青年が行ってしまい、なんとなく1人になった私ことエリザベート・クローディス、外面は可憐な変態悪女16歳。
辺りを見るともなく見回せば、向こうの方に可愛らしい星乙女コスのダーナちゃんと、イイところもイケないところもさり気なく隠した愛の使者こと従者のルーク君の姿があり、少々嬉しくなっちゃったりもしたのです。
で。そちらへ行ってみましょう、と歩き出した時、不意に背後からぽん、と肩を軽く掴まれたわけでございます。
振り返るとそこには、ラズール様の真剣なお顔がありました。
「君の従者だよね? さっきトイレにいたキラキラ王子」
えーと確かこの方のトリセツ(byヘルムフリート青年)によれば正しい対応は 『ひたすら無視』 だったな。と、前世以来の曖昧スマイルで固まるリジーちゃん。
それに構わずラズール様は続けます。
「飲み過ぎかな? かなり気分悪そうにしていたから、とりあえず医務室に運んだんだが」
「シドが!?」
驚いて思わず聞き返せば、やはり真剣な頷き。
「そう、シドさんが」
飲み過ぎではありませんね!
意外とマジメなシドさんは、私と対等に招待されているにも関わらず、今夜も従者のお仕事中な気満々。
一滴も飲んでないのですよ。間違いない。
……ということは。
急性の胃腸風邪?
さぁーっと全身から血の気がマジに引きました。
なぜならここルーナ王国では、胃腸風邪は前世以上に危険なのですから。
けっこうな確率で死にます。ヤバいです。
「医務室どこ?」
「案内しますよ」
親切にも差し出しされたラズール様の手を取り、慌てて医務室に向かった……はずだったんですが。
なるほどなるほどなるほど。
乙女の純粋な心を利用するとは、ラズール、いやいや、この鬼畜スズメバチ略して鬼スズメ様め。
地獄に半分以上堕ちろ。
雪の中、連れ込まれたあずまやで、危険なオッドアイから極力目を逸らし、内心で毒づく私ことエリザベート、まだまだお子様でいたい16歳。
いえ視姦は大歓迎ですけどね?
それ以上はノーセンキュー、でございますよ……ん?
ここで私、ある可能性に気付いてしまいました。すなわち。
もしや今、この鬼スズメ様、リジーちゃんを視姦しまくっている状態じゃ?
だとすれば、目を逸らしてばかりじゃもったいないよね?
ぜひこの状況をじっくりと味わわなくては。
ああ、前世の某アニメの如くに、三ツ目が欲しい!
けど残念ながら三ツ目は無いので、半目程度で鬼スズメ様の目線をチラチラ確認です。
……す、すごい……ですわっ……あぅぅ。
ついウッカリ、いいタメイキなど漏れそうになります。
なぜならば、そのラピスラズリとタイガーアイの瞳は、リジーちゃんのイタダケナイ態度に嘆きも怒りもせず、スケベな妄想にニヤつくでもなく。
ただひたすら、ジーッとこちらを観察し続けておられたからです。
ナニ、この冷徹なまでの鑑賞姿勢。
イヤン、好みでございます。
萌え萌えしそう……っ!
いえ、ダメ、なのです!
たぶんヤツは今 『どうやってこの目の前のジャリを米粒に変換し、オモチに搗いて美味しくいただいてやろうか。フッフッフッ』 とか考えてるはず!
いくら好みでも、イケません! ……でも。
チラッ……はぅぅぅやっぱり萌。
いやチョットダケだから!
……チラチラッ……はぅぅぅうう萌!
いやモウチョットダケ……やっぱやめとこ。
でも。……でも!
こんな鬼スズメ様の前なのに身悶えしそうで困ります!
やばいのです!
いっそ固まっちゃってください、リジーちゃん!
困惑を破ったのは、他ならぬ鬼スズメ様自身の声でした。
「羞じらう君は、雪の間から顔を出すスノードロップのように清楚で可愛らしい」
……あーあー( ガッカリ)
一気に冷めちゃいますよ。
台無しですよ。カユい。
砂糖まぶした雪像できそう。
ガッシリとした右手が、不思議な繊細さで頬に添えられます。
『扱い慣れてるわね』 どこぞのフェロモン美女様なら、たぶんそうおっしゃるはず。
「もっとよく、見せてくれないだろうか」
「イヤです」
しまったっ。また、マトモに受け答えしてしまったわ。
「見たいのなら、グダグダお伺いなど立てず、甘ったるい感想も封印し、黙ってご覧になるべき、でしょう?」
そしてついつい、視姦の美学を語ってしまいました。
……いえ、今ナニも言わなければ 『視姦準1級』 の称号を差し上げたいとか思う程、イイ線行ってたものですから。
惜しくなって、つい。
同一趣味の変態仲間は、増やしたいのですよね!
「そう」 日焼けした顔を全く崩さず、声だけでクスリと笑う鬼スズメ様。
「やはり君は面白いね。思った通りだ」
ウソつけ。
甘言オンパレードですぐ堕ちそうな、年端のいかないジャリガールを狙っただけのくせに。
「でもね。見詰めるだけでは、すぐに足らなくなるだろう?」
「いいえ。大満足でございます」
しまった、また。
相手をペースに乗せるのがうまい人なんですね、この鬼スズメ様は。
「そう?」 またしてもじーっとこちらを眺める鬼スズメ様。
口調にふんだんに砂糖盛り込み囁いて下さいます。
「僕は……もっと触れたいな。君に……」
げふうっ (吐血)……うん?
でも今、またしても好奇心が湧いてしまいましたよ?
触れたい、すなわちそれフェチの世界ですからね!
一体この方は何フェチなんでしょうか!?
そしてどのような理由をもって、その部位に萌えておられるのでしょう?
これは取材せねばなるまい。
そう、アナスタシア様のためならこんな鬼スズメこわくない。
恐くないったら恐くない。
「参考のためお伺いしますが」 彼の瞳をじっと見詰め返します。
ニラメッコは得意ですからね!
……ちゃんと見ると、神秘的でキレイな色合いだったんですねぇ、このオッドアイ。
「最も触れたいとお考えになるのはどの部位でしょうか?
その名称と理由を簡潔にお答えいただけません?」
「それは難しいなぁ」 これまで崩れなかったお顔がトロリと蕩けました。
「どうしてでしょう?」
「だって……全部、愛しいから」
うっ……うぎゃああああ!(断末魔)
全身ふぇち!
いやそれってフェチなのでしょうか!?
それとも、単なるスケベ?
「知ってる?」
気付くと顔がモノスッゴイ近いのです。
近くても鑑賞に耐えるとは、さすがイケメン血筋の王族様。
日焼けしてるけど、もともとの肌質はサラふわなようです。羨ましい。
しかし次に発せられた言葉は聞くに耐えないものでした。
「女の子ってね、触れた部位と触り方で、上がる声が変わるんだよ……?」
ヤダ何この人やっぱり恐いですっ!
もう泣いちゃいますよ! 泣いちゃうからね!
知ってる?
女の子の涙って男の性欲を撃退するんですよ!?
前世の科学番組でやってたもん!
……てことは、最初から泣けば良かったのかしら。
あ、いえ、やっぱりダメですね。
この人の場合は確か、そうしたら更に付け込んでくるんでしたね!
(トリセツより。)
そして。
「助けて……」
げふっ。
己が口から漏れた台詞が。
言葉といい口調といい、嗜虐心をさらに煽りそうな感じに……っ!
なにやっているんでしょう、リジーちゃんったら。
もっとハッキリ言わねば、なのですよ!
「シドっ!」
あらら、力みすぎて思わず予定外のこと言ってしまいました。
(やっぱり言い慣れてますからね!)
ではもう一度、仕切り直して行きましょう。
あなたなんか食前酒にもならなくてよ! 修業して出直しておいで!
ですよ。はい、せーのー!
リジーちゃんが思いっきり、冷たい空気を吸い込んだ、その時。
「はい、お嬢様」
気配も感じさせず、いきなりシュタッと現れたのは、黒金の髪に漆黒の瞳、笑える王子様コスも着こなす美人さん。
「シド!」
あらら、ホッとしすぎてまた予定外のこと言ってしまいました。
(やっぱり言い慣れてますからね!)
ではもう一度、仕切り直して。
はい、せーのー!
「大丈夫なの? 気分は?」
「最悪です」
「医務室には行ったのでしょう?
お薬もらった? 吐き気はする? 吐いた? お腹痛い?」
シドの頬にペタペタと手を当てて (熱はなさそうです!) 尋ねると、超絶な不機嫌顔が返ってきました。
挿絵になるのも、無理なレベルです。キレてます。
「俺の主が大変お世話になったようで、誠に有難う存じます」
リジーちゃんの質問ガン無視で、ジロリとラズール青年を睨み、テンプレ的従者セリフを吐くシド。
「いや大したことじゃないよ。気にしないでくれたまえ」
サクッとノーブルスマイルを取り繕った爽やかなお返事の一方で。
「いいえ、ぜひお礼させて下さい」 シドの方は、何1つ取り繕ってなさそうな黒い笑みを浮かべています。
「今夜は、お開きまではいつでもどこでも無礼講でしたよね?」
「そ、そうだったかな……?」
「ええ。危害を加える以外は何をしても良いんですよね?
いえあくまでお礼ですから心配いりませんけど」
「ああいけない。カウントダウンの準備があるんだった!」
急に思い出したように、あずまやを飛び出し急ぎ足で去って行くラズール青年。
それを見送りもせず。
「良かった」シドがぎゅうっと私を抱きしめました。
安心できる、においと温もり。緊張が一気に緩みます。
そうか、気付かなかったけど、モッノスゴイ緊張してたんですね、私。
それが分かったら、なんか本当に涙出てきちゃいました。どうしよう。止まらない。
「わぁぁぁぁぁん!」 こわかったよぉぉぉ!
そして、子供みたいに声を上げて泣く私の背を、シドはずっと、優しく撫でてくれたのでした。
読んでいただきありがとうございます(^^)




