41.悪女はアイデンティティー崩壊の危機も乗り越えます!黒い心でノーブルカップルに仕掛ける甘い誘惑の正体は?!
さて、かくして11月は5日の昼下がり。
恒例 "ヴェルベナエ・ドゥルシス" で休憩中の私ことエリザベート16歳と、従者兼お友達のシドさんでございます。
「もっのすごく動揺されてましたね」
コーヒーを飲みつつ、冷めた瞳でシドが言い放っております。
『困らせたい』系イジワルモードにしては、楽しそうじゃありませんね。
(イジワルの方がマシぃぃ!)
どうしようイジメラレタイとか。
最近どうもMっ気に目覚めつつありますね、リジーちゃんったら……。
「だってね、急に自分の言動が善女になったら、誰だって驚くと思うわ」
「いえ皆さんそれが普通ですからね?」
シドが再び言い放ちます。
「…………」
ハイテーブルからコーヒーをとって1口飲む、リジーちゃん。
……苦い。
本日はチョコレートなしなので、苦いだけ。
意気消沈しすぎて甘み芸術を味わう気分じゃないのです。
そう。
チョコレートでも打ち消せない、このずぅぅぅんと沈み込んだ感じ!
懐かしいわぁ!
前世では通常営業でこれだった。
おかげでしょっちゅう動けなくなるから、動くためにリストカットしてた。
カット位置は二の腕内側が個人的なオススメ、なのです……。
(そこリストじゃねぇよ、ってツッコミはナシでお願いします!)
ちなみに、今のこのずぅぅぅん、はその実、そんな前世の50倍はマシ。
本当は冬の新作フレーバー・12月は1日発売予定、で浮上できる程度、なのですね。
でもまだ12月ではないし、リジーちゃんだって、そう簡単には浮上しませんことよ……っ。
何しろ、悪女ですからね!
善い言動をしてケロリとしていられるのは、真の善女だけ。
普通の人は己が善行に多少酔い、悪女は恥ずかしさと戸惑いで居たたまれなくなるものなのですっ。
シドも多分、その辺分かっているのでしょう。
長い付き合いですからね。
「ジグムントさんに協力したい♡ とか心の底から思っただけでしょう。別に普通じゃないですか」
言葉つきも、なんだかトゲトゲしいのです。
簡単には浮上したくないリジーちゃんの気持ちを見越し、上から重石をガンガン載せて沈めてくれてるんですね、うん。
そう思うことにしよう。
生半可なイジワルよりこの冷たさの方が有難いのです……っ。
せっかくなんでズンズンと落ち込んでおきましょう!
「……悪女失格よね……」
「そうですか?」
ふとシドの口調が優しくなります。
いやぁぁぁ!
まだ慰めてくれちゃイヤ!
もっと落ち込んでいたいの!
「そもそも俺は、アルデローサ様のことを悪女だなんて思ったことは、ありませんよ?」
「…………!」
がぁぁぁん! と、思わずよろめくリジーちゃん。
優しい口調で更なる重石!
持ち上げておいて落とす、というやつですねっ!?
シドったらなんて上級なテクを披露してくれるんでしょうか……
コーヒーをまた1口含みます。
苦く香ばしくまだアツアツな地獄の味わいです。
「いいえ悪女です!」
「では 『そのようなパーティーなどツマラナイわ。勝手におやり』 とでも、言ってやったらどうですか」
「むしろそんなことを言う人間がいたら、マジ凍死10秒前まで裸踊りの刑だわよ」
なにしろパーティーは、″月刊ムーサ″ 1周年のお誕生日記念のためですよ!?
王女殿下の力で、ルーナ王国の祝日になっても良いほどじゃないですか!
シドの黒い瞳に初めて楽しそうな光が差しました。
「凍死10秒前だと、ほぼ死にますよね」
「では3分前でけっこうよ」
「そんなこと考えるのは、アルデローサ様くらいのものでしょうね」
「もちろん! 悪女ですからね!」
えっへん、と胸を張ります。
………………あれ?
………………しまった……!
ウッカリ浮上しちゃいましたよ!
もう少し落ち込む予定だったのに、もうっ……!
けど、きっと、これで良かったのです。
アイデンティティー崩壊の危機は、免れましたからね!
「ありがとう、シド」 心の底から、お礼を言って差し上げましょうっ!
「あなたのおかげで己が裡に黒い心を再確認できたわ」
「それは良かったです」
シド、にこやかに尋ねてきます。
「で、チョコレートは?」
「いただくわ」
せっかくショコラティエに来て、何が悲しくてコーヒーで終わらねばならないというのでしょう!
「ちょっと買ってくる!」
店にもう1度入るためハイテーブルを離れようとした時です。
ことん、とテーブルの上にチョコレートの小さな箱を置かれました。
「まぁ、シドさん……!」
いつの間に買ったんでしょうか……っ!
まるで、手品師です!
「ありがとう!」
いそいそと金のカカオの枝に彩られた真紅のフタを開ければ、中には、栗の形をしたダークチョコレート。
それに、彩り美しい紅葉の形のホワイトチョコレート。
どちらも個性的で美しいですね……っ!
「秋のフレーバーもそろそろお終いですからね。紅葉の方も、またこれで売り切れでしたし」
グッジョブですね!
ドヤ顔も許しますよ、シドさん。
ところが。
ピックに刺して差し出された栗の渋皮煮・ダークチョココーティングをかじろうとした、その時。
「んぐぅっ!?」
なんと、シドったら、いきなりグイッと奥まで丸ごとつっこんできたのです。
……歯に指が当たっちゃってますよ!?
いや大粒の栗1口でイケって、あなた。
それ、無理だから。
頬を膨らませて目だけで 「何するの」 と訴えるリジーちゃん。
対するシドは、抜いたピックの先をペロッと舐めつつキレイなお顔で微笑みます。
「丸ごと食った方が美味いでしょう?」
いやいやいや。
こっちは上の口も下の口も、淑女サイズなんですよ!?
そらまぁ淑女である前に悪女だけれど、どっちもサイズ的には変わりませんから!
一生懸命、口をモゴモゴさせてみます。
が! 栗がデカすぎて噛めませんっ!
……チョコレートだけが少しずつ溶けて、ブランデーの華やかな香と共に喉に流れ込んできます。
これはこれで美味しいですね。
……けど。何か、違うぅぅぅ!
大粒栗との格闘に敗北気味なリジーちゃんを見て、わざとらしくタメイキなどつきつつ、シドが助けてくれます。
すなわち。
リジーちゃんの上のお口に、ずぽっと長い指をつっこみ、器用に栗を引っぱり出すと。
ぱくっと、1口でご自分のお口に入れてしまったのです……!
あああっ!
リジーちゃんの栗っ!
別に、かめなかっただけで、要らなかったわけじゃ、ありませんからね!?
「シードー!?」
ジトーッと睨んで差し上げちゃいますよ、もうっ!
食 べ 物 の 恨 み 、思い知ってくださいませ……っ!
もともとはシドが買ったチョコ?
そんなの知りませんよ、悪女ですから!
怒りに燃えるリジーちゃんを無視して栗をモゴモゴ噛むと、あっという間にゴックンするシドさん。
「美味いですね」
ニコニコしていますが、飲み下すのが早過ぎですよ!
そこはもっとゆっくりじっくりネチネチと、お口の中に留めましょうよ!
もったいない。
しかもその後、即コーヒーで流し込むなんて、邪道ですからね?
余韻を楽しむのが正しいチョコレートの味わい方、なのですよ!?
「ちょっと待っててね!」
堪らなくなって、もう1コ買うことにし店内に駆け込みます。
そこに、おられたのは。
ローズレッドの艶やかな髪を複雑に編み込み、暁のグラデーションの衣装を身に着けた女神様。
「リーゼロッテ様!」
呼びかけると、お忍び好きの王女殿下は振り向いて美しい湖の瞳で私を確認され。
がっくぅぅぅ、と、いきなり肩を落とされました。
尋常ならざるお嘆きようと見受けられます。
「ああ……リジーちゃん、大変なの」
「どうされたんですか?!」
王女殿下はこの世のものとは思えぬ悲しげな顔でこう宣われたのでした。
「秋のフレーバー『紅葉』がまた売り切れだったのよ……!」
ゴメン、それ犯人知ってる。
そんなわけで再び、店外のハイテーブル。
王女殿下、そして付き添いのヘルムフリート青年に、金箔の乗った紅葉型のホワイトチョコレートに新しいピックを添えて、ニコニコと差し出しすリジーちゃん。
「どうぞお二人でお召し上がりになって!
チョコレートは買いたてがオススメですわ。
今は私とシドしかおりませんし、ご遠慮なさらず、かじってくださいませ!」
「うん!」 にっこりと可愛らしい王女殿下。
どうやら、リジーちゃんの脳内に突然現れた『鉄壁ノーブル侯爵家令息を崩そう』計画に協力して下さるもようですね!
「わたくし先で良いかしら、ダイヤ?」
「いえ、殿下が全部召し上がればよろしいですよ。私は結構ですから」
ダイヤ青年は相変わらずソツのないノーブルさで『かじる』を無視します。
「まぁもったいない。美味しいですのに……」
扇半開きで口許を隠しつつ呟けば「そうよっ」 と王女殿下も応援して下さいます。
協力姿勢が頼もしいですね!
「では恐れながら私もいただきます」
ダイヤ青年、意外とあっさり観念しましたね!
くすくす (忍び笑い)
「わたくしから先ね!」
嬉しそうに美しいボンボンをかじる王女殿下。
それを見守るダイヤ青年の眼差しは相変わらず、冷たい外気が一向に暖まらない程度の涼やかさです。
だが、しかぁし!
口許が、ほんのちょこぉっとだけ、緩んでおられますね?
これは後ほど誰も見ていない所で鼻血確定……と見ましたよ?
「あぁん、美味ひい!」
軽く身悶えしながらリーゼロッテ様はダイヤ青年に残りのチョコレートを差し出しています。
ピックを受け取り、口に入れるとヘルムフリート青年は口許を手で隠しつつモグモグなさいました。
なんかデジャヴですね。
″ヴェルベナエ・ドゥルシス″のチョコレートには男性をオネエ風にする魔力でも籠められているのでしょうか。
瞳が蕩けちゃうのは、分かりますけどね!
「ところで」
チョコレートの余韻が消えた程度のタイミングで、王女殿下が口を開かれました。
「″月刊ムーサ″ のパーティーの話、お聞きになった?
あなたも当然いらっしゃるのよね?」
「…………」
ううう。そんなこといわれたら。
そんなこと、いわれたら……っ!
行きたくなっちゃうじゃ、ないですかぁぁぁっ!?
読んでいただきありがとうございます(^^)




