4.前世の知識で立派に悪女人生を歩みはじました。3歳にして人心を蕩かし利用すべく頑張ってます!
ここ異世界はルーナ王国に転生した私ことエリザベート、立派に悪女の本領を発揮しはじめてはや1年が経ちました。
3歳になったリジーちゃんは、またしてもひと味違いますよ!
「お父様……はい、どうぞ♡」
モジモジと羞じらうフリをしつつ父にお手紙を差し出しては、毎日のように男心ゲットに励んでいるのですっ。
「やぁまたお手紙くれるのかい?」
父もまんざらでもない様子……どころではなく、整った顔面をデレデレ崩壊させております。
「リジーは天才だなぁ! 自分から文字を覚えて、あっという間に文章まで書けるようになるなんて!」
「もちろんです! お父様のこどもですもの」
男心を蕩かすためには、さりげないヨイショも忘れてはいけないのですっ!
ほら、ご覧くださいませ。
デレデレのお顔が、ますますヤニ下がりましたよ(ニヤリ)
「ね、よんでくださいませ」
「どれどれ……」
便箋を広げれば、ふわりと漂う沈丁花の香り。
母にねだって、香水を1吹きしてもらったのですよねっ
たくさんある美しい小瓶の中から、私の好きな香りを選ばせてくれる時の母の優しい笑顔……
何度、思い出してもうっとり……
コホン(咳払い)
ではなくて。
女子を味方につけることも、五感に訴えることも大切な策略ですからね!
さて、今、父が読んでいるのはこんな文面です。
『お父様、きょうもだいすきです。
お父様もリジーがだいすきです。
だからきょうは、いちまんかい、だっこして、じゅうまんかい、ちゅうをしてくれます。
リジーはうれしいです。お父様もうれしいです』
相手に確認することなく断定してしまえるのは、3歳児ならではの技ですね。
…………? いやちょっと待て、もしかして!
悪女ならオトナになっても使えるかもっ!
「アナタだって嬉しいでしょ。うふ」 みたいな。
フェロモン女王ですね!
それはさておき。
もう1つ重要なのは、この断定的文章を声に出して読ませること。
なぜならば、声に出して読むことで自己暗示が……
「すごいなぁ! こんなにたくさん書けたんだね!」
父が嬉しそうに顔をほころばせていますが、いえ、ね?
お父様、それは角度にして60度ほどズレてますよ?
「お父様、ちゃんとよんでくださいな! リジー、なんてかいたかしら?」
「わかってるよ。抱っこしてチューだろう?」
父は私の両脇に手を入れて、高い高いし、そのままぐるぐる回ってくれます。
きゃあああっ楽しいぃぃぃぃっ♡
……コホン(咳払い)
いえ、ね。
リジーちゃん、基本は3歳児の脳ミソですから……っ!
ぐるぐると目一杯高速回転してくれた後、腕を縮める父。
あんっ! そんなことしたらっ!
父のほっぺに、リジーちゃんの唇がっ……!
なんと、これでは。
チューしてるの私の方やんかいっ、ですよね、もうっ!
でも、父のお顔はメッロメロなのです。
それこそ、見ていられないくらいにっ……ふむ。
まぁ良し、としておきましょう。
この分なら、これからも私のためにせっせと稼いで貢いでくれることでしょう!
おねだりもし放題っ! (ニヤリ)
それでは早速、試してみましょう。
抱っこされたまま父の首に両腕を回し、その耳に口をつけてできうる限り甘く囁きます。
「お父様ぁ、リジー、まほうならいたいなぁ」
「うーん、それは……まだ早いんじゃないのかい?」
途端に困ったような顔をする父。
ちっ、やはり前世が枯女かつ喪女では精一杯でも糖分控えめになってしまうのかっ!
しかぁしっ! 今世のリジーちゃんは、ひと皮もふた皮もむけているのですっ!
そう簡単には、引き下がりませんことよっ。
「だってリジー、おべんきょうがんばったのよ? もうお手紙だって、かけるのよ」
「それは分かるが……家庭教師をつけてお勉強するとなると、お父様との時間が減ってしまうだろ?
可愛いリジーをお勉強に取られるなんて……お父様は、寂しいよ」
げふっ……砂糖まみれクリームてんこ盛りの断り文句に思わず吐きかけるリジーちゃん。
お父様、そんなこと言っている相手って……お母様とリジーちゃん、だけですよねっ?!
何か言い慣れてる感があるのは、気のせい、ですよねっ?!
負けませんっ!
「じゃあお父様が教えてくださればいいわ! そうしましょ!」
「うーん、お父様はそんなに上手に魔法使えないんだ……なら、こうしよう! お母様に習いなさい」
「あらお母様は、ぜんぜんまほうつかえないでしょ?」
ここで解説。
ルーナ王国では魔法を使えるのは特定の血筋に連なる者だけなのです。ごくごく一部限定。
クローディス伯爵家はその血筋だけれど、別の家系出身の母は違うのですね。
しかし父はぱっと顔を輝かせました。
「お母様は詩がとても上手なんだ! お父様よりずっとね。結婚前にはそれは美しい恋……」
「そこまでにして下さいな。恥ずかしいわ」
父の推定あと15分は続きそうなノロケを穏やかにぶった切った声は、他ならぬ母ご本人様。
「おかあさまぁっ!」
はぁぁぁ……眼福。
母は今日も安定の、清純正統派な天使様のご容貌。
白い肌は滑らかで、金の髪は窓から差し込む春の光を受けてキラキラと輝き、アメジストの瞳は明るい微笑みを湛えております……はぁぁぁ。
何度見ても、眼福。
こんな女性から美しい(推定)恋の詩を贈られたって?
くぅぅぅっ、お父様ったらっ!
男冥利につきますわね?!
なるほど、と納得するリジーちゃん。
糖尿病確定の甘台詞がナチュラルに吐けるようになったのも、そんな羨ましい経験があればこそ。
一瞬でも浮気を疑ってスミマセンでした……なんて、思ってないもんねっ!
と、それはさておき。
「お母様!」
ぱっと父から離れ、母の方へたたたっと駆けよるリジーちゃん。
対女性には甘々感よりも、子供っぽい無邪気さを強調するのがポイントですね!
「お母様、今日もすごくおきれいね!」
満面の笑みで誉めたたえておきましょう。
おきれいは本当なので、誉めやすい点もイイですねっ。
「あらいやだ」 くすくすと笑う母。
「別に何もしていないわよ」
「それでもおきれいなのです! リジーのじまんのお母様です!」
「リジーもお母様の自慢の女の子よ」
「ちがいます! お母様がリジーのじまんです!」
ここで子供らしく飛び付いておきましょうっ。
「リジー、大きくなったらお母様みたいになるの!」
よし、決まりましたね!
いかにも子供らしい名演技っ!
「まぁ楽しみだわ」
母の手が優しく私の背中を撫でてくれます。
さて、この程度で良いかな……女同士の社交は疲れますね、ふぅっ(タメイキ)
「だからお母様はリジーに詩をおしえるのですよ」
脈絡の無い台詞で結論を確定できるのも3歳児ならでは。
しかし母は、ピタッと動きを止めて父を見ました。
「ユリアン? 少し早いのではないかしら? この子はまだ3歳ですのよ」
「いやぁ、だが。本人がやりたいと言っているんだ。少しずつ教えてやったらどうだろう」
「……そうですわね」
しばらく考えて、母が頷きました。
(よっし!)
リジーちゃん、内心ガッツポーズですっ!
これで、じきに魔法が使えるようなるはず!
そうすれば、悪女としての幅がグッと拡がりそうですねっ。
さて、ここでまたしても解説。
なぜ詩が魔法と関係あるのかというと、それはクローディス家に代々伝わる魔法というのが『書字魔法』という特殊なものだからなのです。
この魔法は、家紋入りの紙に術者の血を混ぜたインクで詩を書き、それを読み上げることによって発動するのですね!
……なにこのメンドい手続き。
なぜそんなことになったのかは皆目分かりませんが、とにかく言えることはこれ。
その詩がイメージを喚起し美しいものであるほど、そして読み手の技量が高いほど、魔法は効力を発揮します。
ちなみに書き手は術者でなければいけませんが、読み手は誰でもOKです。
なので、かつての魔法全盛期にはクローディス家は『詠唱士』という特殊な者を雇うほどの熱の入れようだったこともあるようです。
文明が進んだ現在では、魔法を使う機会なんてパーティーの余興程度ですがね。
……ああ、長かったっ!
とりとめのない説明、最後までご拝聴有難う存じ……と、コホン(咳払い)
わざわざ説明して差し上げたことを有難く思いなさい愚民ども。
何はともあれ、そんなわけで。
リジーちゃん、3歳にして、母から詩の英才教育を受けることになりました!
計画通りですねっ。
このままいけば、あっという間に魔法が使えるようになるでしょう!
もちろん、これまでのように、魔法をただの余興で終わらせるようなことはいたしませんっ。
悪女人生のために有意義に活用して差し上げますとも!
おーっほっほっほっほ(高笑)
きっと今日という日は、私ことエリザベート・クローディスの悪女人生、真の幕開け。
後世にも、それとして万人の胸に記憶されることでしょう!
ザマヲミナサイマセっ!
なぜか伝説になれると信じて疑わないリジーちゃんでしたw
読んでいただき有難うございます(^^)