36.お父様は若い頃、想像以上のイケメンでした?!びっくりエピソードで変態悪女もスランプ脱出です!
さて『突撃!王女殿下のお庭ランチ』も無事に終了した夕刻、シドと帰宅した私ことエリザベート16歳。
「まぁまぁ! 心配したんですよ、リジー様」 出迎えてくれるのはナターシャです。
「お母様もご心配されていましたよ。さっきまでレース編みが全然進まなかったほどですよ!」
言われて、奥のサロンを覗けば、確かに。
母が侍女のファルカとお喋りしつつ、ソファに優雅に腰掛けてせっせとレース編みの最中でした。
自室ではなくサロンにおられるのはやはり私を待って下さっていたのでしょう。
「ただいま戻りましたわ! 遅くなってご心配をお掛けしました」
挨拶すると、母はレース編みの手を止めて「いいえ」と相変わらず美しいお顔に安定の天使様スマイルを浮かべます。
「シドが一緒だから、安心していましたよ。王宮の庭園は美しかったでしょう?」
「ご存知でしたの?」
「ええ、王女殿下から使いの方がいらっしゃいましたからね」
「まぁそうでしたの!」
ということは母が心配していたのはリジーちゃんが王宮で何かしでかさないか、ですよね。
それにしても王女殿下の気遣い畏れ入ります。
「大丈夫ですわ! 珍しい藤棚を見せていただいただけです。登ったり足掛けたりする手摺もございませんでしたもの」
「そう。良かったわね」
母の笑みが本当に嬉しそうなものに変わりました。はぅぅ胸キュン。
とん、と母の隣に腰を下ろすと、ファルカがお茶の用意をしに立ってくれます。
小声で 「俺がやります」 というシドに、「いいから」とニコッとしてさっと動く、よくできた人ですね!(リジーちゃんにはとても無理です)
母に椅子を勧められ、堅苦しく一礼して腰掛けるシドさん。
リジーちゃんは母の隣に座り、ぴったりおカラダをくっつけてみます。
ふふふふ。天使様に甘えられるのも娘の特権! ですわね。
「王女殿下からお父様の素敵なお話を伺ったの。お母様はご存知でしょうけど」
「どんな話なのかしら?」
お父様、と聞くだけで、ますます優しくなるリジーちゃんと同じ色の瞳。
ご馳走様です……っ!
話を始める前に、まずは、ファルカが淹れてくれたカモミールとレモングラスのハーブティーを1口。
ふぅ……落ち着きます。
さて、お話を始めてみましょう。
「19年前、王女殿下が5歳の時のことよ」
その冬は、飢饉の上に病気が流行りました。
こうした時は政治がまともでも対応が難しいものなのに、政治は腐りはじめの時期。
備蓄を庶民に開放するための会議すらしばしば紛糾し、王宮の対策は後手に回りがちだったのです。
ある朝、道端で1人の子供が倒れて死んだのをきっかけに、民衆はついにキレ、大規模なデモを行いました。
デモはヘタに鎮圧されようとしたためにかえって暴徒化し、貴族の館を襲いながら王宮へと進んでいったそうです。
貴族は皆王宮に避難しましたが、怯えて混乱し、何らかの対策など立てられる状況ではなかったといいます。
日頃なら華やかな夜会が開かれるホールには灯り1つなく、聞こえるものは貴族たちの不安げなざわめきと、外の民衆の怒号だけ。
(本当にあの時は恐かったわ、と母が呟きました)
その時不意に、朗々と詩を詠む青年の声が聞こえたそうです。
あまり上手ではない詩でしたが、その声に合わせてホールには幻影が映し出されました。
不死鳥が舞い、ルーナ王国の四季―――短い夏の深い青空、秋の紅葉や黄色く染まるリラの並木、霧雨、天から舞い降りる雪とフォルトゥナ祭の賑わい。
長い冬の1日を彩る雪灯祭。雪を溶かして顔を出すスノードロップ、雪解けと同時に一気に開き出す花々。
緑の麦の穂波、そして黄金色に染まる麦畑―――が次々と現れ、皆の目を奪いました。
その詩は最後にこう結ばれました。
『ルーナ王国を守護する光の精霊よ、クローディス家のユリアンが願い奉る。12月は3の日、今ここ王の宮殿に集いたる全ての人の心に希望を灯せ』
書字魔法であれほかのどんな魔法であれ、人の心を操るなどなかなかできるものではありません。
しかしその青年はそう詠い切ったのです。
そして、その言葉と美しい幻影が、確かに皆の心に怯えや不安以外のものを呼び起こしたのだ、と王女殿下はおっしゃいました。
まず気力を起こされたのは当時の国王と王妃。彼らは敢えて民衆の前に姿を現しました。
高貴なお姿に打たれて静まり返る民衆に、その場で減税と備蓄の開放が約束され、先程まで怒号で満ちていた王宮は今度は王と王妃を称える声で満ちたのだそうです。
「あなたのお父様がおられなかったら、きっと私たちは恐怖の中で怒りに滅ぼされていたでしょう」
当時は幼かった王女殿下も、その出来事は覚えているのだそう。
(どうやら残り物ケーキ泥棒の褒賞は、この辺の出来事も関係しているようですね!)
ちなみにその後、クローディス家には昇格や政治の舞台に戻る話も出たのですが、「ちょっとした手品をしただけ」と全て固辞したのが我が家らしいところ、ですかねぇ……。
「わたくしも覚えているわ」 うっとりとした、母のお顔。
「あの時のお父様は本当に格好良かったのよ。素敵だったわ」
「わたくしも見たかったわ!」
お返事しつつ、内心ニマニマしちゃいます。
……それで恋に落ちたんですねお母様? 再度ご馳走様です……っ!
「わたくし今日は本当に、王女殿下にお目に掛かれてようございましたわ」
「その通りね。お父様は照れ屋さんだから、こんな話はイヤがるものね」
ニッコリする母。とってもイイお顔ですね。
そこで。
実は、やっと本題なのです!
「それでね、わたくしこのお話をすぐに書きとめておきたいの!だから夕食は要らないわ」
「あらお父様ががっかりなさるわよ」
母の眉が少々さがります。残念そう。
「お父様には後でご挨拶するわ。それに、たくさんご馳走になってお腹いっぱいなのよ」
何しろ王女殿下の庭園でお話を聞きながら、結局はベーグルとサンドイッチ全種類、いつの間にか登場したクイニーアマンとマカロンまでご馳走になってしまいましたからね!
これ以上食べると色々ヤバいのですっ!
(カロリー全部、胸に付くなら問題ないのに……っ!)
それに、すぐにお話も書きたいのです!
父の武勇伝メモはもちろん、『マリエちゃんと燕のお話』も。
おそらくそのために、王女殿下も父のお話をされたのでしょう。
リジーちゃんが自分で気付けるように、ヒントを下さったのですね。
そうです!
ペンで書けるのは絶望や破滅だけではないし、もちろん、ありきたりの幸せ結末だけでもないのです……っ!
マリエちゃんとツバメ君がどうやって希望を持つのか、その過程ならば。
悪女の黒い心でも、なんとか書けそうではないですか!
……というか、書きたくて仕方なくなってきちゃいましたよ、もうっ!
今のリジーちゃんを止められる人は誰もいないのです……っ!
こうして、母に挨拶して自室に戻る途中。
「今日は心配してくれてありがとう」
何気なさを装い、シドに言う、リジーちゃん。
声がちょっと震えます。
はい、緊張しています!
だって、これまでヨイショはしても、本当にその気持ちに対してお礼を言ったことって無かったようなっ……
けれども、対するシドは普段通り。
「いいえ。俺より王女殿下のおかげでしょう」
「そんなことないわ」 やっぱり、緊張しますねぇ……っ!
うっかりすると、言葉って、上滑りしかしないような気がするのです……っ!
「励ましてくれて、嬉しかった」
耳に心地良いことも芸術的なことも言えないけれど。
それよりも、もっと気持ちを込められるように。
リジーちゃん頑張りますよ!
これまでずっと、取るに足らないものだと思い込んできた、私の気持ち。
そんなものは、伝える価値もないつまらないもの。もし伝わっても嫌われたり蔑まれたりするだけのもの。
ずっと、そう、思ってきました。
けれど、今世で私の周りに居てくれている人たちは、どんなに黒い心で何をしでかそうとも、1度も私自身を 「ダメでどうしようもない子」 とは言いませんでした。
皆が私に優しい気持ちを掛けてくれるように、私も、もしかしたらそれほどダメじゃないかもしれない私自身の気持ちを返してみましょう。
今、そんなことを思っているのです。
やって損はありませんねっ!
だってそもそもが悪女だもんっ♡
ダメで元々。
もし成功したら、ワンランク上の悪女にレベルアップも夢じゃない……っ!
でも、緊張しますけどね!
ヘンに思われたらどうしよう。
「…………」 シドは黒い瞳をほんの少し和ませて 「お話が出来たら1番に読ませてくださいね」 と言ってくれたのでした。
読んで下さりありがとうございます(^^)




