22.悪女は天使様に連敗中!でも妄想のためには忍びがたきを忍ぶのです!
かくして表向きは褒賞授与式&晩餐会、裏では『いざ!社交界なるものへ初潜入取材』の日がやってきました。
朝からナターシャの手によって、着付けやらヘアセットやらメイクやらをされるがままにぼへーっと施されている私ことエリザベート、またの名をルーナ・シー。
しがないお色気作家でございます。
もう『じんでちゅる』と主張するトシでもなく、ナターシャが楽しそうなのでまぁ良いか、という気分ですね。
ちなみに授与式が終わった後はいったん家に帰り、夕刻にまた着替えて晩餐会です。
ウチみたいに都内にある家は良いですが、地方からの受賞者は1泊は滞在が伸びそうなこのスケジュール。
確実に王都にお金を落とさせる算段なのでしょうね……?
そんなことを思っている間にも、ナターシャは水色のワンピースのリボンを器用に結んでくれます。
「ナターシャ、すごく上手ね!」
普段はリボンの服など着ないので腕の見せ所がなかったのでしょう。
ナターシャは 「リジー様はこういうのもお似合いですよ」 と嬉しそうに返事をしつつ、リボンの形を細かく整え、胸元に銀とパールのオーソドックスなブローチを付けてくれました。
せっかくのナターシャご推薦ですが。
首元の詰まったレースの丸襟に5分袖の、いかにも視姦されるに適さない淑やかなドレスには、いまいちテンションが上がらないのが本音ですねぇっ!
せめて前面膝上丈にして膝から下をモロ見せしたかった……!
(しかしやはりデザイン決めの際に母の 「リジーちゃん?」 に負けたのでした。)
「やぁリジー、かわいくしてもらったね!」
居間に行くと、既に支度を終えていた父が迎えてくれました。
モーニングコートといえば大体黒なのですが、父のは黒に近い濃紺。
濃紺のアスコットタイに、中のジャケットとズボンはブルーグレーです。
ちょっとオシャレですね!
私は笑顔で父に飛び付きます。
「ありがとうお父様! お母様もすごくおキレイね!」
母は柔らかなグレーのワンピース。
目立ちたがるタイプではない上に、今日の主役は私の方とあって控え目も控え目です。
が! その地味なドレスがかえって美貌を際立たせるというか、ふわりとした微笑みがまた柔らかな色合いによく似合っているというか……
まぁつまりはドレスによらず、安定の天使様なのです。
「ありがとう。リジーちゃんもとってもキレイよ」
「ナターシャのおかげですわ」
「そう、ありがとうねナターシャ」
母の礼に、いいえとんでもない、とニコニコするナターシャ。
「お嬢様もお年頃なんですから、普段もこれくらい着飾ればよろしいのに。いつでもお手伝いしますわ!」
「ええまたよろしくね」
その時がいつまた来るかなんて、全然わからない程先ですけどね!
リジーちゃんは母の韜晦術を見習って悪女の幅を少し拡げたのですよ! ふふっ(悪女的笑)
「旦那様、俺はもう少し従者っぽい服装でも」
執事のエデルベンノさんと共に、戸惑い気味に現れたのはシドさんです。2人とも少し型の古いモーニングコートに黒のタイ。
「いえこれで従者に見えますから大丈夫ですよ」
エデルベンノさんに苦笑されて、慣れない感じで袖口などを睨んでいるシド。なんだか可愛いのです。
そして、タイが黒でなかったら、型の古い礼装でもどこぞの貴公子に見えそうですね!
美人さんは羨ましいっ!
「シド、よく似合っているわよ」
私は満面の笑みでシドに近付き、素早く囁きました。
「今日はしっかりレポートよろしくね。前みたいな小学生文章はダメよ」
「なんですかその『しょうがくせい』って」
「とにかく誰でもいいからきっちり視姦するのよ?」
そう、今日の取材はシドにもきっちり協力してもらうのです!
なにしろ授賞式の間はキョロキョロするわけにもいかず、晩餐会は晩餐会で侯爵家令息にエスコートされ王女様とお話する予定なのですから。
私自身が、取材にどれだけ時間が割けるか分からないのです。
「視姦のポイントが分かりませんが」
「えっあれだけポリー嬢読んでるのに?」
ちょっとショックです。
ああ。
お色気作家ルーナ・シー、まだまだ修業不足なんですねぇ(遠い目)
「リジー、シド、そろそろ行くよ」
父に「はーい」と声を揃えて返事をし、2人並んで歩き出します。
「じゃあ取りあえずお母様でいいわ。微笑みの鉄仮面を被っているようで、よく見たら微妙に表情が変化するところが面白いわよ」
「旦那様に誤解されたらイヤだから却下」
「あら、お父様は誤解なんてなさらないわよ!」
声を押さえてヒソヒソと主張します。
「せいぜい、もし万が一、美人妻と従者の美青年の間にひょっとして恋が芽生えたら……的な妄想をして、その際に身を引くべきかどうかをツラツラ悩む程度よ」
「それだけ分かっていながらオニですねアルデローサ様」
「当然でしょ、だってわたくし悪女ですもの!」
お約束のやり取りをしつつ、馬車に乗り込みます。
我が家から王宮までは馬車で1時間半といったところなのです。
そして、なんと!
御者台には父がスタンバイOK!
「ユリアン、本当にあなたが御者を?」
母が心配そうに少し眉をひそめます。
「ゲルハルトには夜も働いてもらないといけないからね。昼は休むように言ってあるんだ。箱は4人乗りだし」
父の声がワクワクと弾んでおります。仕事も忙しいのに多趣味な人ですね!
富裕層は大体、御者を雇っているものですが、最近は父のように自分で御したがる人も増えました。
特に王宮への道は馬車3台通っても大丈夫、くらいに幅広なので、素人御者たちに人気なのです。
「わたくしも御者台へ行くわ!」
父の膝にのせてもらって一緒に御者台に座るのは、手綱裁きを見るのが面白く風も気持ち良く、箱の中より全然楽しいのです!
慌てて箱から降りようとした私の腕を、シドががっしと捕まえて首を横に振りました。
母がニコニコと尋ねます。
「リジーちゃん、立派な淑女は御者台に座るかしら?」
「座ることもあるかもしれないわ! わたくしの背だとまだお父様のお邪魔にはならないわよ」
そう、残念なことに私は小柄なのです。
もし身長が高ければ、今夜のイブニングドレスは魅惑のマーメイドラインにできたのに!
私が着るとコスプレにしか見えません。そういう意味で視姦されても萌えなさそうですよね。
なんだから、御者台に座るくらい、いーじゃーん!
じゃないと小柄に生まれた意味が半減でしょうっ!?
母が優しく微笑みます。
「そうね。ではまた今度、皆でピクニックに行く時にはそうしましょうね」
ああ、これは絶対にワガママ聞いてもらえないパターンですねっ……
こうなれば、実力行使あるのみ!
「お母様、わたくし実は箱の中だと気分が悪くなってしまうのです……だから、ね? いいでしょう?」
瞳を最大限にウルウルさせて訴えると 「まぁそれは大変」 と母の顔が曇りました。
よっしゃ行けますね!
押せますよ、これは!
内心、ガッツポーズのリジーちゃん。
「シド、悪いのだけれどお父様を呼んで来て下さるかしら? 今日はリジーちゃんが病気のようだわ」
「スミマセン今ナオリマシタ」
シドの手がふっと緩み、母、「良かったわ」 と再びニコニコ。
……かくして。
悪女は天使様にまたても敗北したのです。
くぅぅぅっ!
取材が終わったらミテラッシャイマセ、と心に誓う、リジーちゃんなのでした。
読んでいただきありがとうございます(^^)
男性のドレスコードは18~19世紀イギリスあたりを参考に(あくまで参考)、女性は妄想の赴くままに決めていますw なんで活版印刷できたばっかりなのに服飾だけこんなに進化してるんだー、と自分ツッコミ入れつつですが、時代考証より見た目の華やかさ重視です




