21.なぜだか王女殿下に注目されているもよう。悪女は悪女を知っているのか?!ついては黒い心を無くさぬよう気を付けます!
「ドレスに合わせたジュエリーをお祝いにいただきました」
夕食の席で粛々と報告する私ことエリザベート、両親の前では天使を心掛けている、悪女16歳。
人から貰ったものは必ず報告、が我が家のルールなのです。
たまに父の取引先なんかが過度な贈り物をくれたりするので、黙っていると家同士の付き合いに響き、ひいては収入ダウンにつながる可能性もあるからですね!
贈り主がお友達兼下僕のシドなら、黙っていても良さそうなものですが、後でバレた時がイヤ。
ほら、父がガックリ肩を落としておりますよ?
「ジュエリーはお父様とお母様でプレゼントしようと思っていたのに……」
どうやらまだ発注はしていないもよう。ギリセーフです!
「ありがとう、お父様!お気持ちだけでも嬉しいわ!」
キラキラ目を向けてお礼を言えば、父相変わらずデレデレと崩れてくれていますねぇ♡
「じゃあフォルトゥナ祭のプレゼントにまた考えようか。それで、誰から貰ったんだい?」
ああー気になりますよねそこ。やっぱりね。わざと言わなかったんだけど。だって。
「……シドからです」
ってことがバレると、母が天使様のまま意外と厳しいチェックを入れるからです。
「リジーちゃん、あなたがおねだりなんて、まさかなさらないわよね?」
シドは兄妹同然に育ったとはいえ身分的にいうなら使用人。普通ならモノをタカるなど考えられませんからね!
いやまぁ、リジーちゃんがしばしば普通じゃないから、こうして母のチェックが入るわけですが。てへ(誤魔化し笑)
「もちろんですよ奥様」
涼しく言うのは同じテーブルについているシド。
我が家ではもともと使用人も同じテーブルで食事、という習慣だったのですが、今では一緒に食事しているのは母付きの侍女のファルカ、それにナターシャとシドだけです。
というのも使用人たちから 「全員が1度に食事は非効率」 「食事時くらい仕事抜きでゆっくりしたい」 などの意見が出たため。
後者の意見には父ひそかにショックを受けていたようです。日記に 「家族だと思っていたのに……」 と書かれておりました。
(お父様ったら可愛いんだから、もうっ)
それはさておき。
シドは母に向かって、しれしれと嘘吐き中でございます。
「ただの奴隷を我が子同然に育てて下さっただけでも有難いので。いただいた給料は、そのうちなんらかの形でお返しせねばと考えていたのです。お嬢様の社交界デビューは良い機会かと存じまして」
……ん? あながち嘘でもないような気がしてきましたよ?
なんだそういうことだったのか。
両親に対する感謝の念ということなら、給料10年分もありですね!
両親はと見ると、2人ともシドの言葉にすっかり感動しているもよう。
「まぁシドったら本当に立派になって……」
母が目頭をハンカチでそっと押さえる隣で、父もファルカとナターシャも少々目を潤ませております。
「そんなことを気にする必要はないんだよ。働きに見合った分を支払っているんだから」
それでもきっちり諭す父に、またしてもしれっと 「かしこまりました」 と返すシド。
父は頷き、話題を当のプレゼントに移しました。
「それでどんなジュエリーなんだい?」
「最近話題の ″ルミニスマーレ″ でシンプルめなダイヤとプラチナのネックレスと揃いのイヤリングを」
「まぁ素敵!」
母のスマイルは相変わらずの天使様ですが、ああこれは目が笑っていませんね。
プラチナはルーナ王国では間違いなく高価、ダイヤもピンキリですからね! きっと内心では (リジーちゃんたら使用人にどれだけ出させたのかしら!?) と気を揉んでいるのでしょう。
「後で見せていただける?」
価格を気にするような気配は全く見せず、完璧に可愛らしく小首を傾げる母。
こういう韜晦術は見習いたいものですね。
悪女としての幅がグッと拡がるに違いありません!
(母は心底から優しい天使様ですけどね)
「ええお母様。とってもキレイなのよ!」
何しろ両親への感謝の貢ぎ物ですからね!
母がどんなに気を揉もうがリジーちゃんは素直に喜んでおけば良いというものっ♡
ホメつつ満面の笑みを披露すると、視界の端でシドの口許が少し緩みました。
「楽しみだね」
プライベートな金銭感覚が母より大らかな父は心からニコニコし、それはそうと、と話題を変えます。
「晩餐会のキャヴァリエだが、クラウゼヴィッツ侯爵令息様に決まったよ」
キャヴァリエとはエスコート役のこと。
クラウゼヴィッツ侯爵家は王女が降嫁されたこともある名門貴族もちろん領地持ち。
そして街では門から玄関まで馬車で30分のお城に住み政治の中枢で頑張っておられますよ!
……で、どうして。
そんなお偉いさんがここで出てくるのでしょうか?
「なにかの間違いではございませんの?」
母も不思議そう。
なにしろ、クラウゼヴィッツ侯爵家なら他の重要な家の令嬢からも引く手数多でしょうしね!
頼み込んだって、ウチみたいな政治全く関係ない適度な金持ちの末端貴族とは、縁が無さそうなのにっ……!?
「王女殿下から、リジーと話したいから是非お連れして、と頼まれたそうだよ」
父が困ったような顔で説明しました。
また王女殿下!
お会いしたこともないのに、褒賞決まって以来よく耳にしますよ!?
母が形の良い眉をきゅっと持ち上げました。
「王女殿下は、よほどリジーちゃんに興味を持っておられるようね」
「そうだね。まぁ、悪いことではないと思うが……」
不安そうな父に、リジーちゃん、きっぱりお願いです!
「お断りしてくださいませ、お父様!」
王女殿下とお話なんかしていては、ポリーちゃんのための貴重な取材の機会がフイになってしまいますからねっ
「いやさすがにそれは無理だよ」
父、溜め息まじりです。
なにおぅっ!?
悪女は権力なんかに負けませんよっ! ……と思ったら。
「リジーも勝手にお断りの手紙なぞ書いてはいけないよ」
しっかり釘を刺されてしまいましたっ……やはり長い付き合いだけあります!
行動パターンをしっかり読まれちゃってるリジーちゃん、なのです。
「わたくしはエスコートしていただくならお父様とシドが良いの! ね、お父様」
「それはもちろん、デビューだから最初はお父様がエスコートするよ」
父、一瞬デレデレ顔。
「でもシドは今回は無理だなぁ……」
「いやです! シドがいいの! お父様、まさかわたくしを権力に売り渡したりされないでしょう?」
ウルウル瞳やや上目遣いで父を見詰めると、父困り切った顔で目を逸らせました。
「売り渡すなんて大袈裟ですねお嬢様。たかだかちょこっと引っ張られて1曲踊って王女殿下とお話するだけなんでしょう」
クスクスと笑うシド。なに父の援護してるんですかシドのクセに!
「ダンスなんかしていたら忙しくて、しか……もとい人間観察できないじゃないの!」
危ない危ない。
ついウッカリ両親の前で「視姦され体験の取材が」とか言っちゃうところでした!
実は、両親には ″月刊ムーサ″ のことも "ポリー嬢" のことも内緒なのですっ
……だって、娘が大衆誌でお色気小説発表してるなんて、バレたらショックで目の下クマの日々が続きそうですからね!
「人間観察ってリジーちゃん、晩餐会でいきなり壁の花になるつもりだったの?」
母に尋ねられ、力一杯頷きます。
「ええ勿論ですとも! パーティーといえば人間観察! 表面キレイに着飾った方々をじっくりしか……
もとい観察し、ニコヤカな表情の裏に隠れる黒い心やドロドロの三角四角関係について妄想を繰り広げる絶好の機会ですわ!」
「…………!」
「確かにダンスより面白そうだね」
黙って天使様の容貌を曇らせてしまった母の隣で、父がニコニコと相鎚を打ってくれます。
さすがお父様ですねっ♡
「ね、ですからエスコートはシドがいいのです」
「大丈夫だよ。1曲踊って王女殿下とお話しても、人間観察する時間くらいあるからね。ああお父様とも踊ったら2曲か……うんでも大丈夫だね」
くぅっそうきたか! ああせっかくの視姦され体験取材のチャンスがぁっ!
どうしよう、と悩む私の耳に、シドのひと言が飛び込んできました。
「クラウゼヴィッツ侯爵家の坊ちゃんといえば確か、けっこうなイケメンでしたよね」
なんだとっ!?
そうだ、ポリーちゃんの次のお相手もイケメン設定だったんでした。
……こ、これはもしや! イキイキとしたイケメンを描くチャンス!?
悩むところですねぇ……っ!
視姦か、生イケメンか!
うーんどっちにしよう。両親の前だとシドにも相談できないしなぁ……
しばし考え、覚悟を決めるリジーちゃん。
視姦はギリ妄想でいけるはず。
こうなれば、生イケメンしっかり観察させていただきましょう!
「わかりましたわ! そういうことでしたら名門貴族も王女殿下も受けて立ちます!」
私の態度が180度変わったのを見て、父はほっとしたような寂しいような表情になりました。
「リジーちゃんもお年頃なんだねぇ……イケメンに反応するなんて」
「大丈夫です!」
ニコヤカに父をヨイショするリジーちゃん。
「どんなにイケメンでも、お父様の方がかっこいいですから! ね、お母様?」
「そうね」
羞じらいながら同意する天使様、我が母ながらどれだけ可愛らしいのかしら。
そんな母を見詰める父の顔は、私に向ける以上にデレデレです♡
ご馳走さまです♡
(な、なんだか……今世っていいかもっ!)
不意にそんな思いと涙がじんわりこみあげて、慌ててまぶたを押さえるリジーちゃん。
前世ではワガママ1つ言わずにどんなにガマンしても、嫌われたりイジメられたりしていたのに!
ワガママ放題好き勝手して、これだけ人の優しい気持ちを感じられるなんて、なんて恵まれているんでしょうかっ……うううっ(涙)
いえ、泣きませんけどね!
でも、お陰で、悪逆の限りを尽くす前に黒い心が灰になりそうなのですっ。
いえ、負けませんけどね!
油断は禁物!
頑張って悪女を貫くのですっ!
美しい両親を眺めながら心に言い聞かせる、リジーちゃんなのでした。
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