188. ついに全てがバレる時がやってきた!?娘の変態悪女っぷりに悩むお父様、でございます!
今回は父こと、ユリアンさん視点です。
「ねえユリアン、今月の "ムーサ" と "セレナ" お読みになった?」
「ああ、少しだけ……」
「今月も面白うございましたわね」
「あ、ああ……」
リジーこと愛娘ことエリザベート・クローディスが開催した 『カレー』 なる料理を食すパーティーから数日後。
ユリアン・クローディスは悩みの只中にあった。
生まれてからこの方、恵まれた容姿と地位・人当たりの良さで、他人からは 『悩み知らず』 と思われがちなユリアン。
だが実は、その涼やかな佇まいの陰で、人一倍ウダウダと思考の袋小路に迷い込んでしまう癖があるのを知っているのは、家族だけである。
今も彼は、おっとりと微笑む美しき最愛の妻ことアメリアを前にして、その悩みを更に深めていた……。
今回の悩みの原因は、カレーパーティーにて愛娘と編集長との話をウッカリ聞いてしまったことだった。
すなわち。
ユリアン・クローディス伯爵はついに、知ってしまったのだ…… 目に入れても痛くないほどに可愛がってきた娘が、これまで書いてきたものを。
――― それは、 "月刊ムーサ" や "月刊セレナ" の中でも 『これだけは違うだろう』 と彼が勝手に信じていたラインナップ。
具体的に言うならば、『読んでいる方が恥ずかしくなるほどに、少女を舐め回すように眺めて愛でる話』 やら 『未亡人がなぜか毎回脱いで、宝石の化身とやらと愛欲の限りを尽くす話』 やら 『男だらけの三角/四角関係』 やら、だったのである。
(三角/四角関係は許容できるにしても、ベットリと貼り付くような肉体描写には…… これを愛娘が書いたのかと思えば、身震いを禁じ得ない。)
――― あの時、なぜリジーの後を追って立ち聞きなどしてしまったのだろう。
いかに後悔しても、いったん記憶したものは、まったく消えてはくれない。
――― そもそもは、リジーが、編集長を物陰に引っ張り込んだのを偶然見てしまったのが、いけなかった。
結婚してもなお、一旦気を許した相手には極端にその距離を縮める癖が娘にあるのを…… いつかは注意せねば、と思っていたユリアンがその後を追ったのは、当然と言えば当然の流れであったのだ。
(ちなみに彼は、こんなに可愛くて美しい娘に懐かれたら男性は須くウッカリ勘違いしてしまうものだ、と信じきっていた。
『自分の娘は世界一可愛いので周囲はお持ち帰り希望者ばかり』 という親バカフィルターがその目と思考に未だにガッチリ付着している。それが、ユリアン・クローディスという男なのだ。)
もっともユリアンは、たとえ我が子といえど、人に自らの正義を押し付ける人間ではない。
――― 知ってしまったものの、ただ、それだけ。
今回のことについては、娘の書き物についてのことも含めて何も言うまい、と即座に決めた ――― 決めたのだが、しかし。
自身としては、割りきれぬものがある。だが、割りきらねばならぬ。しかし、娘の顔がまともに見れない…… といった感じに、グルグルと悩みモヤモヤを溜め込み、ひそかに眠れない日々を送っているところなのである。
そんなユリアンの複雑な心境には気付いていないのか、アメリアは嬉しそうに雑誌のページを繰ってみせた。
「"ムーサ" の方は相変わらず恥ずかしくなってしまうようなお話も多いですけれど…… こうしたお話とリジーの書くお話が並ぶなんて、あの子も大きくなりましたのね」
「…… そうだね。それに 『恥ずかしい話』 と言っても、そうした、普段は人に言えないようなことこそ、書き物にする価値があるという考え方もあるんだよ。
そう、それこそが、人間の真の心、姿に迫るというか…… 昔でいえば、タルカプス・アムフォイトマンやエッケバッハの著作もそういったスタンスだろう。
おそらくは "ムーサ" や "セレナ" にああした話を書くのも、そうした一派だと思うのだが」
おそらくはリジーも、そうした著作の影響を受けたのだろう…… と、頭では分かっていても、気持ち的には納得できないユリアンである。
「しかし…… なぜ、妖精のように純真で愛らしいあの子が、あんなものを書くのだろう」
ぼやいてしまってから、ハッとした。
――― 娘が知られることを望んでいない上、妻が知ればきっとショックを受けるだろう案件である。
己の胸1つに納めておこうと決めた矢先から、何を洩らしてしまっているのか。
しかし、これまたやはり、いったん言ってしまったことは消えてくれない案件であった。
「あんなもの、ですか?」
なにかしら、と最愛の妻が優雅に小首をかしげる。
「あ、ああ、つまり……」
なんとか誤魔化さなければ…… と、焦るユリアンの耳に飛び込んできたのは、予想外の台詞だった。
「わたくしはむしろ、安心しましたわ」
「え……?」
「リジーちゃんは小さい頃から、人に遠慮するというか、馴染まないというか…… 母親のわたくしにでさえ、上手に甘えてはくれますけど、少しも油断していないようなところがありましたでしょう?」
「そうかな……?」
「ええ」
全然、分からない。
ユリアンにとっては愛娘は、幼い頃から甘えん坊でワガママで、実に子どもらしい子どもだったのだが…… 妻には、別の一面が見えていた、ということだろうか。
「いかにも 『子どもらしい』 演技をしているようでしたわ。
シドが来てくれて、少し解けたようには思いましたけど…… ああも人嫌いで、この先大丈夫かしら、とずっと心配していましたのよ」
「そういえば、お友達となかなか気が合わなくて、シドを買…… いや、シドに来てもらったんだったね」
ユリアンの中では 『奴隷を買った』 は黒歴史である。
少々顔をしかめつつ言い直せば、アメリアは 「本当に来てもらって良かったわ」 と微笑んだ。
「リジーちゃんの書いたのを読んだのは "美しき鉱物学者" が最初でしたけど……
"ポリー嬢" "未亡人アナスタシア" "鉱物学者" と辿っていくと、成長しているのがわかりますわ…… 人を好きになることを知って、受け入れることも受け入れてもらうことも知ったのだと、そう思いますのよ…… 本当に、良かったわ」
「ああ、工場でも従業員から慕われているよ、リジーは」
「シドはもちろん、あなたのお力も大きいのね、ユリアン。それにきっと、編集長さんも…… 恵まれていて、良かったわ」
「それを言うなら、君の力もだろう、アメリア…… それはそうと」
今の会話で、ユリアンがもっとも気に掛かることといえば、つまりは、これである。
「つまり、もう知っているのかい?」
「ええ、すぐにわかりましたわ。あの子に詩を手解きしたのは、わたくしですもの…… 美しい文章を書くようになりましたわね」
「そ、その。ショックなどは……」
「あら、どうしてかしら?」
アメリアはユリアンを見上げてにっこりした。
「リジーちゃんが好きで書いていることなら、それで良いではありませんの。
もともと、子どもが子どものままでいる時間なんて、ほんの少し…… あとは、人と人との付き合いなのではないかしら?
…… そうは思っても、あれこれ口を出してしまうけれど、ね?」
――― 黙っておけることくらいは、黙っておきましょう。
優しく両手を取られて、ユリアンの顔がくしゃりと、泣き笑いのような形に歪んだ。
「そうだね……」
…… 君がいてくれて、良かった。
万感込めて麗しの妻の頬にキスを送り、それから当然の流れで、長たらしいスキンシップが行われることとなったのだが…… 彼らは、気づいていなかった。
――― 部屋の外で当の愛娘が、一部始終を聞いてしまっていたことには。
読んでくださり、ありがとうございます!
さて、今回は実は初!
父ことユリアンさん視点でございましたが…… いかがでしたでしょうか(ドキドキ)
3人称にするとどうも文章が固くなってしまう気がします。うむむ…… いつかは脱却がんばる(言うだけはタダ!)
ちなみに、リジーちゃんが立ち聞きしてたのは長いスキンシップの前までです(笑)
ではー!
地元では急に暖かくなって、かえって体調が安定しなかったりします。
寒い地域の方も暖かい地域の方も、お風邪にはお気をつけてくださいね。
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