183. 変態悪女の産休危うし!?編集長が持ち込む意外なお仕事、でございます!
「ですから…… ファンクラブ会誌上で物凄い論争が繰り広げられてて、ファンクラブ自体が崩壊寸前なんです…… はい、バター塗り終わりました」
「ありがとうございます、じゃあ、次はこちら、生クリームでお願いしますね。…… ともかくも、大変ですこと」
「ええ…… まさか、ファンたちがこんな風になるとは、思いもよりませんでしたよ」
薄く切ったサンドウィッチ用のパンに、手際よく生クリームを塗りながら、カクッと眉を下げるムキマッチョ…… 銀縁眼鏡とフリル付きエプロンの似合わない、我らが編集長ことバルシュミーデ兄弟社のジグムントさん。
7月は17日のお昼前、朝まだ暗いうちから馬車に揺られて別荘までいらっしゃったお疲れも取れないでしょうに、お昼のガーデンパーティーの準備を手伝って下さるご親切なお方です。
――― で、なぜにわざわざ忙しいお仕事の合間を縫って、産休に入ったばかりの私ことエリザベート・クローディスこと、お色気作家ルーナ・シーの元を訪れたかというと。
ジグムントさん曰く、ファンクラブ会誌にて 『シー先生しばらく産休』 の旨を告知したところ……
『シー先生に書いてほしい。書いてくれなきゃ "月刊セレナ" 買わないからね』 派と 『人生の一大事に無茶言うな。大人しく復帰を待てやこのヤロー』 派が誌面で大論争を繰り広げる事態に発展した、のだそうで。
「つまりは、わたくしが両方を納得させるような書き物をサラサラッとして、論争を治められればそれが一番、と…… あ、次はフルーツ乗せて挟んでくださる?」
「了解です…… そうそう、さすがシー先生。話が早くて助かります」
「おーっほほほほ! 恐れ入りなさいっ…… と、それはさておき。問題は、何を書くかよね」
バターを塗ったパンに手際よく、ハムとタマゴを乗せていきます。
あとできゅうりのサンドウィッチも少し、作りましょう。
隣では、シドが聞き耳立てつつ寡黙にチーズとハムとレタスをパンに乗せ乗せしてくれています。
「…… うーん、 "美しき鉱物学者" はもう休載のつもりでキリが良いところまで出しちゃいましたものね。代打のカエーラ先生の作品もぜひ載せていただきたいですし」
「ええ。そもそも、本編載せると今度は 『休んで良し』 派がヒートアップしそうで…… ブラック出版社、とか言って」
――― ブラックというのなら、ジグムントさんの労働量が一番の問題と思うのですけれど、ねえ?
「それなら、エッセイはいかがかしら?」
「エッセイ、ですか」
調理用のスプーンを置き、腕組みをして考え込むジグムントさん。
「それは…… レーゲル・ドルフドリンゲンの "ポルトメリー日記" 的なものですかね?」
「近いですわね。日記ではありませんけれど、自身の意見や経験を書き連ねたものよ」
「ああ、グートライスフェルトの "暇潰しの記" みたいな」
「そう、それですわ。まぁ、ファンクラブ会誌のあることないことを、わたくし自身が書くようなもの、と思っていただければ」
「俺は反対です」
ああー、シドさんはそうだと思ったのですよ…… 書かれて困るようなやましいことは、ちっともしていないのですけどね?
「大丈夫よ。シドさんのことはちょっとしか書かないから」
「全部書かないでください」
「あら。『理解のない夫に苛つく』 ネタ、女性向けではウケそうなのに」
「俺は、あなたのことなら隅から隅まで理解していますが」
「まぁ、つまらない」
そんな風に考えてるから、理解が時として 『ただの思い込み』 になってゴタゴタしちゃうんだ、ってことに、どうして気づかないんでしょうね?
「けど、それは良いと思いますよ!」
素早く反応してくれるのは、やはりジグムントさんです。
「シドさんのことは書かないにしても、普段から 『良妻賢母』 という美徳を押し付けられがちで本音の言えないルーナ王国の女性たちにはウケるんじゃないでしょうかね」
「ふふふ。それを狙っているんですけど…… よしんば外れて火傷しようとも、誹謗中傷の陰で大いにうなずいてくださる読者だって、いるはずですからね」
「火傷しそうな時は止めますよ、さすがに。ですが、それ以外は……」
「自由に書かせていただきますわ!」
「おさすがです!」
原稿料はお任せください、とジグムントさんが差し出す手を、ぐぁっし、と両手で握るリジーちゃん。
シドさんのさりげなさを装った嫉妬深い視線が、突き刺してきてますねぇ…… ぐさり、とパンに包丁突き立てる手にも力がこもっています。
「ジグムントさん。そもそも、読者の争いをこっちに持ち込まないでいただきたいですね」
もうこうなったらムダだと分かってるでしょうに敢えて文句を言うところとか…… シドさんったら。
甘えモード解禁した途端に、なんだかとってもかわいいんだから、もう……っ!
「お嬢様も。産休の意味、わかっておられますか?」
ざくり、ざくり、と刃を入れられたサンドイッチのカット面、怒ってるにも関わらず美しいのです。
「だって意外と退屈だったんだもの」
そう。 「さらば締め切り! さらばスランプ!」 と嬉しかったのはその実、最初の3日間だけだったのです。
もっとダラダラのんびりする予定だったのに…… と思うと泣きそうですよ、もうっ!
「何か書かないと脳内麻薬が足りなくて禁断症状が出そうなの……っ」
「ああ、それで。 "アブナイ湯煙紀行~鉱物学者がハマった、隣国第二王子の甘い罠~" なんてモノをせっせと書いておられたのですね」
「どうして、それを……っ」
シドはともかく王女殿下のご夫君モデルはさすがに失礼だと思って隠してましたのに……っ!
「だから、あなたのことなら隅々まで理解していますから」
フッ、と満足そうに笑い、サンドイッチをカットする、シドさんなのでした。
――― 王女殿下ご夫妻が戻られたのは、ちょうどガーデンパーティーの準備がしっかり整った頃でした。
読んで下さりありがとうございます!
ただひたすらサンドウィッチを作る回でしたが いかがでしたでしょうか。
(なお鉱物学者のモデルが自分だということは、シドさん意識的に無視しております。笑)
この作品にはしょっちゅうサンドウィッチ出てきますが、それは作者がサンドウィッチ好きだから! おにぎりも好きです。
でもルーナ王国では米は作ってないんですよねぇ…… 北国ゆえ。
しかしこちらの日本では北海道ブランドの米が最近美味いのです! 『ななつぼし』 好き~♪
あーでも地元のコシヒカリもいいです!
つまり米は美味いのです!日本人で良かった(≧▽≦)
では!年末、何かとお忙しいでしょうので温かくして、お身体お大切に過ごしてくださいませー。
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