175. 蒸し風呂で汗にまみれる旦那様方!変態悪女もシッカリ応援しちゃいます!?
今日の蒸し風呂は、薔薇とジャスミン。
古来媚薬として用いられてきた甘いやかな香りの中で一緒に入りたいのは、妻に他ならない。
なのに……
「確かに気持ち良いものですね。他国の客人が喜ばれるのも納得です」
真面目くさった発言と、鍛えぬかれた筋肉を隣で披露しているのは、 『高貴』 を地で行く、護衛騎士隊長クラウゼヴィッツ侯爵ことヘルムフリート。
(妻は忘れて今でも 『青年』 呼ばわりだが、王女との結婚と共に侯爵家は代替わりしている)
「蒸し風呂もハーブも珍しくもないでしょうに」
「それはそうですが……」
隣の浴室からの、きゃあきゃあと華やかな妻たちの笑い声を内心で恨めしく聞きながら、焼けた石に湯を注ぐと、シュゥゥゥッ、という音と共に蒸気が立ち上った。
あらかじめハーブを加えたお湯を使うのは、ルーナ王国の伝統。公衆浴場ですらやっているのに、今さら、である。
「改めて、その良さを実感しました。それに、平和な時代だからこそ、こういうものにゆっくり入れるわけで……」
確かに、その通りだ。
つい3、4年前までは、何かというとデモが起こり、若干ひねくれた素直なお嬢様だった妻が 『わたくし悪女を極めて断頭台で処刑されるのよ』 などと物騒なことを言っていた。
しかしその後、貴族による菓子の配布が一般的に行われるようになり、王室が小麦価格の安定化と天候の変化に強い芋の作付けの推奨に乗り出し、さらには倹約のアピールを行ったことにより、民衆の活動は鎮静化している。
…… というようなことを、ヘルムフリートと仲良く語り合う気は全くない。
シドは、淡々と応じた。
「良かったですね」
「ええ、全くです」
「…………」 「…………」
沈黙を破ったのは、「蜜雪召し上がります?」 と浴室の外から聞いてくるナターシャの、若干ワクワクした声だ。
…… 何を想像しているのかは、大体予想がつく。妻の新作 "美しき鉱物学者と社長兄弟" を読めば、女性の妄想力には震撼せざるを得ないのである。
ネタになってたまるものか。
(既になっていることを、彼は意識的に否定していた。)
「…… 俺はもう出ますので、どうぞ、ごゆっくり」
言いおいて立ち上がったシドの手を、ヘルムフリートの手が、がっしと捉える。
「…… わからないんです」
「何がでしょうか」
「殿下が、何を怒っているのかが、さっぱり…… 」
『今夜はリジーちゃんと寝るから邪魔しないでね』 とか言われてるんですが、結婚したのにどうしてそんなに冷たいのでしょうか……
切々と訴える青年にタメイキをつき、シドは、浴室の外に蜜雪を2つ、頼んだのだった。
◆♡◆♡◆♡
「んっふっふっふー。殿方より、蜜雪2つ、いただきました!」
「「きゃあああっ!」」
ナターシャの報告に、一気に盛り上がる、王女殿下ことリーゼロッテ様。と、私こと、エリザベート・クローディス。
7月は15日のお風呂上がり、バルコニーで蜜雪をいただきつつの夕涼み中です。
蜜雪とは、ルーナ王国のちょっと贅沢なおやつ。氷室に貯蔵しておいたきれいな雪を取り出して器に盛り、蜜をかけたものです。
「2つっていうのが惜しいわね」
「食べさせあいっこしておられると考えるのは、いかがでしょう? しかも指で」
「はぁぁぁんっ♡ 鼻血出るぅっ」
と、妄想も大変に捗っておりますが。
「ですが、甘々新婚生活の方が、いきなり疎かになっているような……」
気になるのはやはり、これですね!
「んっもう、リジーちゃんったら」
蜜雪を優雅に口に運び、形の良い眉をかすかにひそめるリーゼロッテ様。
「気を遣ってくれるのは有難いわよ? でも気にしなくて、いいの!」
あ、これ。
気にしないといけないパターンですね……っ!
――― そう。王女殿下は気さくに見えて、滅多にご自分のお悩みを話されない方、なのですよ。
悪女ですのに、常に下々優先、が身に付いておられるのですねぇ。
「……………… 結婚したのにいつまで経っても 『殿下』 呼びとか」
「なっ、なんのこと!?」
「確かに昔から 『殿下』 って呼ばれてたので不足はない筈なのに、なんとなくモヤモヤされていて、でもご自分からはおっしゃりにくいのでは……」
「え、その、別に、アナスタシア様みたいに 『私のアニー』 的に呼ばれてみたいとか、そういうわけじゃないのよ?」
「失礼ではございますが、もしかして、閨でも遠慮されすぎてて…… 物足りなく思ってらっしゃったり……」
「………… まだ、そこまでもイってないの」
「…… はい?」
「だ・か・ら……!」
おおう。
リーゼロッテ様のお顔が、真っ赤に染まってしまていますよ……!?
「結婚してるのよ? 結婚してるのに 『私ごとき下僕が殿下を汚すなど申し訳ない』 とか言って…… わざわざ清潔な手袋をはめて」
「まじですか」
「だからナデナデやモミモミやコチョコチョはあるけど、ナメナメはダメみたいだし」
「………… え」
「キスの前にはイチイチ入念に歯磨きするの。なのに、アナスタシア様とかロティーナちゃんみたいに、深いのは全然ないのよ……!」
そんなだから、当然の如くナイのよ、アレとかアレとかも……! つまりは結婚したのに、そっちのレベルはほとんど上がってないのよ……!
と、堰を切ったように訴えられれば、唖然とするしか、ないのです。
えええー、何やってるんでしょうかヘルムフリート青年っ!?
結婚前からあれだけ王女殿下好きオーラを漏らしてたのに、信じられませんっ!
「遠慮されているだけでは? リーゼロッテ様から攻めてみられれば、意外とノって下さるかもしれませんわ?」
「もしそれで、『すみません、やっぱ無理』 とか言われたら……っ 悲しすぎるぅ……!」
「それはないと思いますけど……」
お気持ちは、分からないことはありませんねぇ。
リジーちゃんだって、もしシドさんに迫って断られたりしたら…… 3日間くらい口利きいてあげないもん、なのですよ!
しかし、まさか。体位だのおリボンプレイだの以前の問題が王女殿下とヘルムフリート青年の間に横たわっていたとは。
これは、何とかしなければっ!
「リーゼロッテ様!」
がしっ、と王女殿下の手を握る、リジーちゃんなのでした。
「甘々ハネムーン、絶対に成功させましょうね!」
読んでくださり、ありがとうございます。
蒸し風呂は風呂屋か大貴族の館にしかついてない設定なのに、なぜリジーちゃん家の別荘にあるかというと、こちらの建物が歴史建築的に古いやつだからなのです。
昔こちらが別の国だった頃にあったワイナリーの母屋にあたる部分を改修しつつ使っていまして、このワイナリーとは実は前作の……
と、ドヤろうと思ったのですが、前作あまり読んでる方いないからやめときます(笑)
気づけば読んでいただいてる方、前作より遥かに多いんですよ。本当にありがとうございます。
感想・ブクマ・応援☆いつもめちゃくちゃ感謝しておりますー!




