169. さあ編集長を籠絡しましょう! 変態悪女の真骨頂、とくとご覧くださいませ、なのです!?
「生活費が……? なるほど、では何らかの対処をしましょう」
一瞬息を呑んだ後、キビキビとした口調になる、バルシュミーデ兄弟社・副社長 兼 編集長ことジグムントさん。
普段忘れてますけど、実はデキるお方なのですね。
「社長に交渉して、月イチの原稿料を上げてもらいましょう」
「それでは……困りますの……」
ここ一番、すっと目を伏せて言いにくそうな口調で返す、リジーちゃん。
お色気作家ルーナ・シー…… なだけでなく、女優もイケちゃいそうな、一応伯爵令嬢でございます。
「わたくし、もうすぐ…… 産休に入りますでしょう?」
「なるほど、原稿料では収入が途絶えてしまうのですね。では、特別に生活費の保障を検討しましょう。返済は、復帰後の原稿料からで……という方向で大丈夫でしょうか」
「まぁ…… そこまで……!」
うっかり感動しちゃいそうになりますよ、もうっ!
ジグムントさんには、新人の時からお世話になっていますが…… こんなにも親身になってくださるなんて……
「当然ですよ。シー先生は僕の妹みたいなものですからね!」
爽やかに笑うジグムントさんに、さらに感激なのです……っ
――― 隣でボソッと 「俺の妻ですけどね」 と対抗されてるヒトがいますが…… もう、シドさんったら。
それはさておき。
いかに感激しようとも、ここで引き下がるワケにはいきません。
……リジーちゃんの野望は、一時的な生活費の借用などではなく、永続的な 『印税』 なのですからっ。
「ありがたいお話なのですけど…… 」
再びうつむいて、シドさんのお膝の上で手をモジモジさせてみます。
「もし、お返しできなくなったら……? それに、わたくしだけ特別扱いというのも…… あの社長が賛成されるかしら?」
「シー先生なら大丈夫ですよ! ……たぶん」
断言しておいて、ふと、弱気になるジグムントさん。
――― なかなか良くデキる働き者さんですが、尊敬するお兄さんこと敏腕社長には頭が上がらないという……
そこが尊くもあり、付け入る隙でもあるのですね、うふふふふ。
「………………」
「………………」
「………………」
じゅうぶんに間隔をあけて、悩んでいることを示してみせたところで。
「そうですわ!」
いかにも 『今、思い付きました』 という風にポン、と両手を打ち合わせてみます。
「単行本の売上に応じて、報奨金をいただくというのは、どうかしら?」
「……売上に? 応じて?」
「ええ。例えば、本1冊が売れる毎に銅貨1~2枚が作者に還元される…… そのような仕組みを作れないかしら」
「むむ…… 確かに、その程度ならば、出せないことはないはずですが…… そういう決まりにする、となると……」
考え込むジグムントさんの目は 『あの兄さんがOKするかな』 と物語っています。
ふふふ。実は、それについても、すでに上の方からの根回しはしてあるのですけれど…… 今は内緒、ですわね。
「そちらが一方的に負担になるわけではなく、メリットもございますのよ?」
ここで、ガツガツしてはなりません。
お茶をひとくち含み、ゆったりと微笑んで余裕を見せつけて差し上げます。
「本が売れれば生活費が入る…… それならば、作家はより売れる本を書こうと執筆に身を入れ、より面白い作品を書くようになるはずですわ。
そして、本が売れて報奨金が手に入れば、作家は生活費を稼ぐための時間を減らせ、この分、より執筆に集中できますわよね?」
「……確かに」
「つまり、報奨金が制度化されることによって、より面白く売れる本が書かれ、本が売れれば、さらに面白い本が……という正の循環が生まれるのですわ……!」
「うむむむむ……」
ジグムントさん、思わず腕組みしちゃってますね。
ふっ…… 好きなだけ、悩むが良いのです!
リジーちゃん、基本的に嘘は申し上げておりませんもの。
――― シドさんがボソボソと 「詐欺師」 とリジーちゃんの耳にお口などつけて囁いてくださってますが、とぉんでもない、のでございます。
……少なくともこの瞬間、リジーちゃんは理想が理想で終わらない、と信じておりますからね。
真の悪女は、たとえその論理に大穴が空いていようが、自身の正義を信じて平然と他人まで巻き込むものなのです……!
「ジグムントさん」
そう、こんな風に、優しくも凛とした声音を装って!
「これは……ルーナ王国の出版文化の隆盛のためにも、欠かせないことだとは思われませんこと?」
「……と、いうと?」
「現在の本…… 出版物は、庶民向けのものでさえ、貴族・知識階級の手慰みで書かれているものですわ。
わたくしにしろ、ユーベル先生にしろ。そうではなくて?」
「まぁ……確かに、そういった面は……」
言いにくそうですね、ジグムントさん。けっこう気遣いの人ですからねぇ…… ご苦労様、なのです。
ならば。
ここは、リジーちゃんがキッパリと言って差し上げましょう!
「あるのよ」
「はあ……」
「それが悪いとは申しませんけれども、それだけでは、あまりにも土壌が貧しすぎますわ。
……これでは、出版物が真に庶民のものになったとは、言い難い…… そうは思われませんこと?」
「…………確かに…………!」
ふっ、喰いつきましたね……!
そっとほくそ笑みます。
『庶民のために、庶民が楽しめる読み物を』
…… "月刊ムーサ" にしろ、 "月刊セレナ" にしろ、バルシュミーデ兄弟社の出版は、この理念から始まったのですからね。
ジグムントさんのツボは、心得ておりましてよ! ……なのです。
さて、ここで、少々、誘導しやすいように具体例をば。
「ほら、産休中の代打でご紹介したキエリーラ・エル・カエーラ先生、覚えておられて?」
「ああ!」
ジグムントさんの顔がパッと明るくなりました。
「彼女の発想は素晴らしいですね! 時に斬新でありながら、これ、というポイントを外さない。『魔王子アムルガルト』 は男の私ですら惚れます!」
……アムルガルトのモデル、シドさんなんですけどね? 御馳走さまです。
というのは、置いといて。
「カエーラ先生は、普段はクローディスの工場の従業員なのですわ」
「ええっ……!?」
ジグムントさんの口が、ぽかーん、と開きます。
無理もありません。
普通の工場従業員で、文字の読み書きができるのは、ほんの一握り。
ましてやお話を作るとなると…… ほとんどいませんからね。
従業員教育の成果、とくとご覧なさいませ、なのですよ!
内心で息巻きつつも、顔面にはニッコリと天使の笑みを刷きます。
「もし、彼女が、工場で労働する時間を執筆に充てられるようになれば…… 素晴らしいと、思われません?」
「………………!」
コクコクとうなずく、ジグムントさん、なのでした。
かくして、説得が完了し、「原稿ですって? 今、本家に置いておりますの (嘘だけど)。お兄さまとの話合いがお済みになったら、また取りにいらして?」 とにこやかにジグムントさんを見送った、6月は14日の夕方。
「はぁぁぁ…… 疲れたわ」
「珍しく頭を使いましたからね」
「そうなのよ! 普段は何も考えてないから、とっても疲れたのぉぉぉ」
シドさんのお膝にお座りして、わざとらしく甘えてみるリジーちゃん。
ただいま早めの夕食中、メニューは軽めにサンドウィッチでございます。
「お疲れ様でした」
「シドさんも」
「ええ。気疲れはかなり、しましたが」
「だと思いましたわ」
うふふふ、と笑って、シドさんが口に咥えて差し出してくれる卵サンドをぱくんとかじります。
このままハムハムと食べていけば、段々に、お口とお口が近づいていくという……っ!
(こ、これは…… いつか、"美しき鉱物学者と社長兄弟" で使いたいわ!)
神シーンとなる予感に心を震わせつつ、シドさんの唇についた卵を丁寧に舐めとる、リジーちゃんなのでした。
……やっぱり 『ふたりきりの甘々新婚生活』 は最高♡ なのですねぇっ♡
ジグムントさんから、『報奨金 (印税) OK』 の連絡がきたのは、それから10日後のことでした。




