164. 公爵家の晩餐会に漂う不穏な気配!? そんなの絶対気にしないから、な変態悪女でございます!
「あら、ワインは召し上がらないの?」
「ええ。あまり強くございませんの」
「まぁー。わたくしたちの仲じゃない。少しくらいハメをお外しなさいな」
「母上、無理強いは良くないでしょう」
気さくな中にもザ・上品・オブ・上品な雰囲気を漂わせる 『おばさま』 ことアリメンティス公爵夫人がワインを勧めてくるのを、公爵家ご子息ことラズール青年こと実は人気エロ作家のユーベル先生が、苦笑しつつ窘めてくださいます。
普段はどっちかといえば 『エロ鬼畜スズメバチ』 な印象のユーベル先生ですが、こうしていると真面目な貴族の子弟 『ラズール様』 に見えるのが、不思議……!
――― ちなみにルーナ王国では、ワインはあまり危険視されていないのです。ほぼ、高級な水扱い。
私ことエリザベート、実は転生者 (ただしチート無し) に前世の知識がなければ、妊娠中でもカポカポ飲んじゃうところでしたよ!……アブないアブない。
と、そんなことを考える、6月は10日の晩餐 in アリメンティス公爵家。
近海でよく獲れるニシンの酢漬けのサラダ、サーモンのチーズ焼き (これはリジーちゃんの好物です!) 、ビシソワーズスープに鳥のポワレの黒胡椒添え…… などなど、テーブルの上に並ぶのは、割と馴染みのある料理ばかりです。
「意外と庶民的で驚かれましたか?」
「いいえ。街のお祭りで見掛ける御馳走のようで、とても楽しゅうございますわ」
確かに、目の飛び出るような贅沢なものはありませんものの…… これが庶民的と思う方が国政の要って、大丈夫なのかしらルーナ王国。
などと、柄にもなく国の将来が心配になりつつも、品よく微笑まれるアリメンティス公爵様に愛想ふりまいていた時。
ふと、覚えのあるブリザードな視線が、突き刺さってきたような気が……
「……!?」
見回すも、周囲には公爵家の面々と、給仕をしてくださっている方々だけです。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでもございませんの」
ラズール青年に首を振ってみせながら、私ったら、と反省するリジーちゃん。
――― まさか、せっかく実質家出して1日足らずで旦那さまのことが気になっちゃうだなんて、絶対に無いですからね!
「気になることは遠慮なさらず、おっしゃってね? きっと、ラズールがお役に立ちますわ」
公爵夫人がフレンドリーな笑顔を崩さぬままに、ご子息を推してきます。
「なんでも相談なさって……? わたくしたち、あなたのことは本当の娘のように思っているのよ、エリザベートさん」
「あら、恐れ入ります」
うーん、これまでの悪女修業で鍛えた表面的な笑顔が、とっても役に立ちますね!
笑顔のまま、イヤそちらに乗り換えとかあり得ませんからー、的な宣言など、しておきましょうっ……!
「わたくしも、ラズール様のことはお兄様のように思っておりますわ」
「まぁ、本当に!? 嬉しいわ!」
パッと顔が輝く、公爵夫人。
……もしかして、こちらの意図、スルー ……なのでしょうかっ!?
「いつまでもフラフラしているような子に育ってしまって、どうしようかと思っておりましたけれど……
血も繋がってないお嬢さんから、そのように慕われているだなんて…… ああ、わたくし、嬉しくて涙が……」
「あら、そんな…… ラズール様は頼りになる方ですわ」
もう一度、気合いを入れて笑顔を強化します。
「結婚生活の悩みなど、それは親身に聞いて下さって…… まるでお姉様のようですのよ」
「そうか…… そこまで親密な仲だとは……」
アリメンティス公爵も、ワイングラス片手にゆったりと微笑まれています。
「どうぞごゆっくり、滞在してください。ずっと居てくださってもいいのですよ。伯爵家にはこちらからお断りすれば良いのですし」
「ほほほほほほ」
笑って誤魔化す、リジーちゃんです。
どう考えても暗に 『アナタを無理に嫁にしても、権力と財力で揉み消せるんだからね!』 と言われてるとしか、思えませんねぇ……っ!
ま、実際にはムラムラする薬も盛られていないようですし…… この程度なら 『権力者あるある』 でしょうか?
……それにしても、疲れる会話。
建前の陰に本音をプンプン匂わせて、相手に圧をかけるなんて…… たまになら良いですけれど、いつもはちょっと、なのです。
ラズール青年がグレちゃった理由もこのあたりかしら。……理由その1が王女殿下との悲恋だとして、この両親が堂々2位に入りそう、ですねぇ……っ!
口先で気持ちの良いこと言うけど、本心が伴っていない…… だなんて、女性を口説くときのラズール青年そのままではありませんか。
(と言えば、『僕は1人1人に本気だし、口だけじゃなくて手も気持ちいいと思うよ? 試してみる?』 などと返されそうですが。)
―――と、まぁ、こんな感じに 『もーウチに嫁に来ちゃえよ。子連れバツイチでも歓迎するから』 という以外、ナニひとつ内容のない会話をしつつも、そこそこ美味しく晩餐をいただき、部屋に戻ったリジーちゃん。
ぼふんとベッドにダイブし、ほうっ、とタメイキなどついてみます。
手は、自然にお腹へ…… いつ頃からこの癖がついたのか、わからないし、これで何をしようとしているのかも、よく分かりません。
……ラズール青年ことユーベル先生の言うように、本心では慈しんでいるのか。
それとも、できることなら、全て無かったことにしたい、と思っているのか。
ここで、ふと、考えてしまいます。
――― 無かったことに……、だとすれば、いつからかでしょうか。
この子が発生する前?
――― けれど、シドさんと結婚したら、いずれはこうなってしまう。
ならば、結婚を? 出会ったことを? ……それとも、生まれてきたことを?
……違う。
無かったことにするならば、私は、私自身を無かったことにしたい。
前世の記憶なんか無く、悪女だからとか変態だからとかいちいち理由をつけては、自由に振る舞おうとするのではなく。
怒る時は素直に怒り、愛する時は素直に愛し、間違いもするし賢くもなく、時には無自覚に人を傷つけるかもしれないけれど……
きっと、そういう風にできていれば、今の両親ともシドさんとも、本当の家族になれたし、この子のことも素直に喜び慈しんで迎えられたのかもしれない。
……そんな人間に、生まれたかったのに。私は結局、こんな人間でしか、ないのですよね。
ふぅぅぅぅぅ…… 思わずまた、タメイキでちゃいますよ、もうっ!
せっかく転生できたんだから、楽しく明るく自由に生きよう、と決意して17年。
自分のどーしょーもない部分を 『悪女だもんっ!』 とポジティブ変換しつつ、やってきたつもりが。
いつの間にか、どーしょーもない部分から目を反らすことに慣れてしまって、再び向き合わなきゃいけなくなった時には、本気でどーしょーもなくなっているなんて……っ!
……あぁぁぁぁっ、もうっ!
死ぬんじゃなかった……っ!
自分の人生どうでもいいとか、思うんじゃなかったっ!
――― もしこれが、転生ではなく、私が死ぬ前に見ている、長い長い夢だとしたら。
もし、転生後に、どんなに幸せにしてもらっても、こんな思いをする瞬間が、何度も何度も来るって分かってたら。
どんなに最低な人生でも、どんなに自分がつまんなくて嫌な人間でも、絶対に最後の瞬間まで頑張ったのに……っ!
………………………… そ っ か 。 そ れ だ 。
ぽこん、と目からウロコが落ちた感覚です。
つまり、今は間違いなく、リジーちゃんの頑張り時。
……赤ちゃんは大切。
でも、リジーちゃんも大切。これ重要。絶対。
そして、旦那様も、今の両親も大切。
分かってもらえない、で諦めるんじゃなくて、分からずば分からせてみましょうホトトギスッ!
たとえ、それが簡単じゃなくても……っ!
ですねっ!
だって、悪女だもんっ!
よっっし!
ならば早速明日から、行動開始、なのです……!
うん、と拳を握りしめ、決意してみる、リジーちゃんです。
さーて。そうと決めたら……
久々に気分よく、眠りについてやりますか。おーほほほほっ!
と、脳内高笑いを繰り出した時。
トントン、と戸が叩かれました。
「どうされまして?」
「おっと今、開けないで。こっちの戸、鍵はもちろん、蹴破っても入れないよう何かでガードしとくのをオススメするよ。……念のために窓の方も、しっかり戸締りヨロシク」
おおっ、この砂糖てんこ盛りクリームヴォイスは……っ!
ラズール青年ことユーベル先生、お久しぶりの 『鬼畜スズメバチ』 バージョンですねぇ……っ!
……って、なんで今?
了解の後忙しく内心ツッコミを入れるリジーちゃんに、鬼スズメ先生は、こう、のたもうたのでした。
「……僕が夜這いかけないように、ね」
な、な、な…… なんですとっ!?
読んでくださり、ありがとうございます!
なんとか吹っ切れた気配のリジーちゃん。
さっさとしろ、と圧をかけてた割に、吹っ切れたら吹っ切れたで、「え……こんなんで? 甘すぎない?」 と慌ててる作者でございます(苦笑)
もっと、誰かさんが感動的なことを言ってくれて……って予定だったのですが、ねぇ……
ま、まぁ……リジーちゃんはヤル時にはヤル子ってことで……っ(目そらし)
でーーーはーーー!
感想・ブクマ・応援☆、いつもめちゃくちゃ感謝しております……!
2021/07/08 誤字訂正しました!報告くださった方、どうもありがとうございます!




