159. 夜目にも輝く、両親からのプレゼント! 変態悪女も、びっくり、なのです!?
さて、かくして6月は6日の、咲き誇る薔薇の香りも華やかに漂う夜。
わたくしことエリザベート・クローディス、少々困っております。
その原因は、といえば。
父が使った書字魔法のおかげで、夜目にも柔らかく光り輝く、クローディス家の庭園の片隅の、小さな一軒家。
そして。
「気に入ってくれたかしら?」
「リジーの好みに合うように、内緒で改装させたんだよ。古い建物だが、中も外もすっかりキレイにしたからね」
いかにも、子供たちが喜ぶことを期待しまくっている両親こと、アメリアさんとユリアンさん。
「立派なプレゼントをありがとうございます……!」 と、感激に目を瞬かせている風の、旦那さまことシドさん。
「…………」
ええ。ここは、リジーちゃんも、もちろん、感動すべきなんでしょうね。
それは、わかっています。
――― わかっては、いるんですが。
なんだか。
イ メ ー ジ と 違 う の で す …… !
「もしかして、ここに家出しましょうね、ということでしょうか……?」
恐る恐る質問すれば、天使のように美しい両親が、ニコニコと汚れのない笑みを浮かべてうなずきます。
「ええ、そうよ、リジーちゃん」
「私たちも若い頃は、こっちの離れに住んでいたんだよ…… 本来なら、結婚のプレゼントにすべきだったんだが」
「あなたたちを手放すのが寂しくて、つい、遅くなってしまったのよね……」
「身勝手な私たちを許しておくれ……?」
えーーーと。
まさかこの、同じ敷地内の離れ (これまで物置小屋と認識していました) に息子夫婦を住まわせることを、 『手放す』 と表現しておられるのでしょうか、この両親は?
「あの、元々わたくし、赤ちゃんが産まれたら、ひとり暮らし……」
「そうなのよ。赤ちゃんが産まれたら、夫婦ふたりきりの時間なんて、なくなってしまいますからね」
全部聞かずに遮ってくださる、母ことアメリアさんです。
「少しの間だけでも、シドさんとふたりきりでお過ごしなさいな。
食事は運ばせて、ナターシャに通ってもらえば、生活はなんとかなるでしょう?」
いや、そうじゃなくて、ですね。
――― うう。言いにくい。
言いにくいけれど、ここは、バシッと申し上げちゃいましょう!
「元々、わたくし、ひとりで家出する予定でしたのに」
次の瞬間。
「「許 し ま せ ん よ …… ?」」
シドさんと母の声が見事にシンクロし、父の眉がカクッと情けなさそうに下がりました。
「リジー、気持ちは分かるが…… 本当に、それでいいのかい?
産まれたばかりの我が子を置いて、ひとりで暮らして、心配になったり、後悔したりはしないのかい?」
こ れ は …… !
ピーン、とくる、リジーちゃん。
さては、3人で、結託しましたね……!?
「いいか悪いかなんて、やってみなければ、わかりませんわ、お父様。それに、自分で決めたことですもの、どんな結果でも後悔なんて、するものですか……!」
リジーちゃんは、『親はなくとも子は育つ』 と思ってますからね!
少なくとも、前世なら、母親はいない方がマシだった、と断言できますし……!
ちなみに、今世の母アメリアさんのことは大好きですけど、それにしたって、ナターシャさえいれば自分は恙無く育ったんじゃ、とも思うのですよね。
「たとえ、わたくしが居なくても、乳母さえいれば、問題ないでしょう?」
と、今度は、母がうつむきます。
リジーちゃんを育てる間、面倒なところは全てナターシャに任せきりだったアメリアさんですが。
「……わたくしの、せいなのね……」
――― まさか、自覚があられたとは。
てっきり、『貴族なんてこんなものよ!』 という認識なのかとばかり、思っておりました……!
「いえ、お母様、違いますわ」
慌てて母をフォローします。
「生まれる前から、わたくしは変わっておりませんのよ」
これは、リジーちゃん自身もびっくりだったのですが……。
シドとなんとなく仲直りした後も、胸の奥にわだかまっていたのは、前世の母親のこと、だったりしたのです。
――― 「愛しているから」 「心配しているから」 という理由を武器に、当然のように支配され、彼女の人形であるしかなかった、私は ―――
我が子を愛しいと思うのも、心配するのも、こわい。
日に日に、胎内に息づく命を感じるようになるにつれ、それが、どうしようもなく可愛く思える瞬間が増えるにつれ、恐怖も増してくるのです。
おそらく、まともに愛情を受けて育った人には、わからないでしょうけどね……っ!
こんな思いを抱えながら、母親になるとか、そんなの…… イヤすぎる、のです……。
なんで前世の記憶なんか持って生まれたんだろう、と後悔しまくるレベルですよ、もうっ!
「もし、あなた方の娘がわたくしでなかったら…… ここには、とっても素直でかわいい良い子がいたでしょうね」
「お嬢様」
シドが何か言いかけたのに、父が 「何を言ってるんだ、リジー」 とやや強い調子で被せます。
「私の娘は、リジーしかいないよ。ワガママでも、困らせても、ほかの子がいいだなんて、思ったことは1度もない」
「その通りよ」 と、母もうなずきました。
「ガーターベルトを通行人の皆さんに披露した時には、どうしようかと思ったけれど、それでも、大切な娘には、変わりないわ」
「…………」
うっかり出そうになるタメイキを、なんとか抑えるリジーちゃん。
自分のために悪女として生きようと決めているけれど、しばしば、この人たちに申し訳ないと思うのも、事実なのです。
「そうね。今まで、どうもありがとうございます」
「こちらこそ?」
ニッコリと天使様そのものの笑みを浮かべるアメリアさん。
そして、父は暢気に 「引っ越ししても、いつでも会えるさ」 と、まとめてくださいます。
シドさんも 「そうですね」 と微笑み……
なんでかなー。
どうして、皆に愛されて、心配されて、ここまで疎外感を感じなきゃ、ならないんでしょうね。
もしかして、これが 『トラウマ』 というやつなのかもしれません……っ!
説明しようは、ないですけど。
「そうですわね」
ひとまずは無難に説得されたフリをしつつ、考えを巡らすリジーちゃん、なのでした。
――― さて。これから、どうして差し上げましょうか、ねえ……?




