154. お友達の家で、楽しい晩餐始まります!冷たい戦争もいったんはお休み、なのです!?
さて、かくしてお風呂でこざっぱりとした面々が揃った、5月は14日のヴァット男爵家の夕餉の席。
「まぁ、すごいわ!」
目を丸くする私ことエリザベート・クローディス。
食卓に並ぶのは、焼きたてのパン、新鮮な野菜と海の幸のサラダ、ひき肉とトマトのパスタ、ビシソワーズスープに、ヒラメのポワレ。添えてあるソースからはレモンの香りがします。
……ダーナちゃんと料理番さん心尽くしのメニューですねぇ! ルーナ王国では珍しいトマトやレモンを使ってくれてるところが、ぐっときます。
……食材の手配も大変だったでしょうに。
「うまそうですね」 と、お世辞ではなく誉めるのは、ただいま喧嘩中の旦那さまこと、シドさん。
「うふふ。リジーちゃんやシドさんがいらしたのですもの。張り切り甲斐がありますわ」
優しい微笑みを絶やさずに言うのは、ダーナちゃんことヴァット男爵夫人です。
「ヨハネスったら、食事中も論文を読むものですから、サンドウィッチばかりですもの」
にこにこしながら、さりげなく不満を漏らすとは…… 結婚とは、ダーナちゃんのような優しい子にまで、悪女スキルを磨かせてしまうのでしょうか……っ!?
「……今日は、きちんといただきますよ」 と苦笑いをするのは、ヨハネスさまことヴァット男爵。
そして。
「私は、その…… お邪魔してよろしいんでしょうか……? いえ、やはり……」 と妙に遠慮がちにしているのは。
眼鏡の似合わない我らがムキマッチョ編集長こと、ジグムントさんです!
公衆浴場でシドさんたちと出会い、そのままヴァット男爵家に誘われたとのこと。
――― ということは、どうやら "月刊ムーサ" の製本作業が早めに終わったのでしょうね。 「あ、これ手土産代わりに」 とジグムントさんがダーナちゃんに渡している冊子が、最新号と見ましたよ!?
……明日の発売が楽しみなのです!
「そのようなことおっしゃらないで、ぜひ召し上がってくださいな」
もらった冊子を胸に抱えたまま、ニコニコと言うダーナちゃん。
「ヨハネスがお友達を呼ぶのなんて初めてですもの。嬉しいわ」
本当に嬉しそうですねぇ……! その心理は……もしや…… 『母』?
もしかして、ダーナちゃんなら、何を言われても、シドさんとリジーちゃんみたいな喧嘩には、ならないのかもしれません……。
「冷めないうちにいただきましょう」
変わらずにこやかなダーナちゃんのひとことで、晩餐スタート。
ひたすら寡黙なヨハネスさまや、喧嘩中のリジーちゃんとシドさんに代わり、場を盛り上げるのは、ジグムントさんとダーナちゃんです。
「それでですねー、その後、酔っ払ったシー先生が、嫌がる旦那様に無理やりダンスを……」
……盛り上がるのはいいんですが、どうして 『シー先生』 ネタなんでしょうね!?
リジーちゃんが大人でなかったら、居たたまれないところでしたよ!?
しかし! 今やリジーちゃんは、上級の変態悪女!
このような羞恥プレイなど…… どうってこと、ございませんわ……っ!
――― ジグムントさん。
後デ覚エテラッシャイマセ……! ―――
「それで、まだ帰りの挨拶も済んでないのにふたりでどこかに姿を消されてしまって……」
「まぁ!」 ダーナちゃんは、モグモグとパスタを食べて、ほうっ、とタメイキなど漏らしています。
「文士さんのご夫婦ってどのような方たちなのかと思っていましたけれど……仲が良いのですわね」
「そうそう! シー先生方はものすごく仲が良いんですよ」
ジグムントさんの声、我がことのように嬉しそうですねぇ……。
リジーちゃんは嬉しくありません、けどね。
「よくご夫婦で印刷所まで来られるんですけど、羨ましいくらいにベッタベタです!」
「まぁ! だから、シー先生はあんなに愛に溢れたお話をお書きになるのかしら」
「だと思うんですよー」 ニコニコとワインを舐め、ヒラメを口に運び 「いや美味しいです!」 と賞賛するジグムントさん。
「シー先生は今、"月刊セレナ" で、イケてる男性どうしのジレジレな三角関係を書いておられまして」
「まぁ……! す・て・き……!」
……ダーナちゃん?
いえね、ルーナ王国では、確かにその辺ゆるゆるですけど……
なんだか、萌えようが違う気が……!?
「ええー大人気ですよー」
ここぞとばかりに、宣伝をかけるジグムントさん。
「"月刊セレナ" は読んでおられます?」
「いいえ……?」
「では、奥様にも是非オススメです! 質の高い読み物から美容法、流行のファッションまで全てが載った女性向け雑誌ですから!」
「まぁ……! リジーちゃんも読んでおられるの? 面白そうね?」
ワクワクとした眼差しを向けられて、「ええ」 とうなずきます。
「わたくしも読みたいわ!」
あっさり引っ掛かるダーナちゃんに、「では、今月号からお届けしましょうか?」 とサクサク商談を進めるジグムントさんです。
……ぬかりありませんね!
さてこうして、ごちそうをしっかりいただいた後、デザートに "ヴェルベナエ・ドゥルシス" から取り寄せたチョコレートケーキ (最近始まりました) とコーヒーを堪能して、晩餐は和やかに終わり。
「明日も早いので、そろそろ失礼します。"セレナ" 楽しみにしていてくださいね!」
最後までちゃっかりと宣伝をかけて、ジグムントさんは帰っていきました。
その後しばらくはまた、ジグムントさんの噂話で盛り上がる、リジーちゃんとダーナちゃん。
「実は事務員のサラさんに32回もフラれて……」
ええ、もちろん、先程の復讐ですよ!
あることあること、告げ口しちゃいますよ!
けれど、ヴァット男爵夫妻の彼への評価は上々のよう。
「楽しい方ですわね」 とダーナちゃんが微笑み、「本当に助かりましたよ」 とヨハネスさまがうなずきます。
……ま、あることしか、言っておりませんものね! ふん……っ!
かくして。皆でしばらくおしゃべりをしているうちに、夜もかなり更けました。
「また明日」 と客用寝室に引き上げた、シドさんとリジーちゃんの間には。
「………………」 「………………」
「………………」 「………………」
予測通りに、深い沈黙が、支配しております。
――― 全く。なんでここまで追いかけてくるんでしょうか、シドさんったら!
と、改めて腹を立てる、リジーちゃんです。
白で統一された可愛らしい調度も、清潔なシーツに覆われた気持ち良さそうな広いベッドも、台無しじゃないですか!
せっかく、せっかく。
ちょっとだけ、ひとりになって、色んなモヤモヤをリセットして、何食わぬ顔でお家に帰るつもりでしたのに…… むぅ……っ。
もーこーなったら。
絶対、リジーちゃん謝りませんからね!
「…………」
ひとり鏡台に向かおうとすると。
「…………」
無言で、さっと椅子を引いてくれる、シドさん。
ブラシまで手にして、就寝前のブラッシング準備OKです。何も言わなくても…… 習慣って恐ろしい。
「…………」
どうしようかしら。
……別に、1日くらいブラッシング怠ってもどうってことありませんし! ……でも、どうしようかしら。
「…………」
迷いつつ、シドとブラシを見比べていると。
「俺は……」 シドが、形の良い唇をイヤそうに歪め、ボソボソと何か言い出しました。
ふぅ。もう。やっとですよ!
……ちょっと、ホッとしたなんて、思ってませんけどね!
ほら、さっさとゴメンナサイするがいいのです、シドさん!
ところが。
シドは、冷たく、こう言い放ったのでした。
「俺が間違っているとは、思いませんから」
……それ。仲直りする気、ゼロ、ですよね!?
読んでくださりありがとうございます!
緊急事態宣言が伸びてしまいましたね。
コのつくヤツめ……! ぐぬぬぬぬ。
そんな中でもお節句です!
お子さん方の健やかな成長を願って、
(`・з・)ノU☆Uヽ(・ω・´)かんぱーい!!
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