153. まだまだ続く、男同士のハダカの付き合い! 入りすぎると危険な蒸し風呂、なのです!?
引き続きヨハネスさん目線です。
さて時は5月14日の夕方早め。
ルーナ王国は街角の公衆浴場では、特に珍しくもない光景が繰り広げられていた。
すなわち、蒸し風呂の片隅で汗を流しつつ話し込む3人の男たち。
周囲に邪魔にならぬよう、声は完璧に密やかに秘められている。
(取りあえずは、良かった……)
ムキマッチョの編集長ことジグムント・バルシュミーデが現れたことで、連れの客人にちょっかいかける連中もいなくなり、内心でほっと安堵の息をつく、ルーナ王国イチの科学者ことヨハネス・ヴァット。
このムキマッチョに、客人こと妻の友人の夫ことシド=アーロン・クローディスとの仲を誤認された時には 『もう詰んだ』 と思ったものだが……
シドの冷酷なまでの無視により、「あ、違いますよね、当然……スミマセン」 とスゴスゴ謝罪してからは、とんでもなく助かっているのである。
――― たとえ彼らが周囲から見たら、 『タイプの違う三つ巴』 的な妄想を掻き立てるとしても。
そんなことは、この3人のうち誰1人として、知ったこっちゃない。
それよりも問題は。
「……心配しすぎと思われるのは分かってますし、彼女がそう思ってるのも明白なんですが……」
ボソボソとムキマッチョに訴える、初めての妻の妊娠で戸惑いまくってる哀れな男からの相談事、である。
やっぱり居合わせてくれて良かった、とヨハネスは再び、内心でムキマッチョに感謝した。自分ではとても、そんな相談には乗れないだろう。
シドの主張はボソボソと続く。
「人生なんて何が起こるか分からないんですよ。失う時のことを考えたら、どんなに心配してもしすぎということはないと思うんです……」
昔の自分なら、と考えるヨハネス。
――― これは 「それは確率的に考えるべきでしょう。我々には分からないのですから、心配なことは助産師に尋ねた上でその意見に従うべきです」 とでも答えるべき案件だ。
しかし、ダーナと結婚して約2年、彼はしばしば思うようになってしまった。
どうやら人の心というのは、どんなに割り切ろうとしても余る部分が出てきてしまうのだ…… そして、余ったその部分が、困りもすれば愛しくもあるのだ、と。
(もっとも、だからと言って、対処の仕方が分かるかというものではないが……)
さて、ムキマッチョがどう答えるのか、と見ると……
「まぁ元気出してくださいよ、シドさん!」 とバシバシと背中を叩いている。
……なにげに接触が多いな、と思うヨハネスである。……
「確かに先には何が起こるか分かりませんよ。全てを失ってしまうことも、それはあるでしょう」
ジグムントの言に、シドはうつむく。
「俺は…… 彼女と会ったから、生きてこれたんです……もし、失うことになったら……」
その声は、わずかに震えていた。……重い。人の感情に疎いヨハネスにすら分かるほど、重い。
(ふ、普通の人は、こんな重い会話を風呂の中でしたりするものなのか?)
考えるヨハネスだったが、彼が話すのは主に奥さんと仕事相手だけであり、日常会話には疎いのでよく分からないのが事実である。
代わりに内心で、三度ジグムントに感謝するヨハネスであった。
そしてジグムントはというと……
「でもですねー、シドさん!」 あくまで、明るい人である。
眼鏡をクイッと押さえようとして、今その眼鏡を外してることに気づき、その指で頭を掻く。
「どんなに心配しても失ってしまうこともあれば、何も考えずに幸せを夢見て過ごしてその通りになることだって、あるんですよ」
「……まぁ、それはそうですが……」
「でしょう? 先のことなんて、誰も分からないんですから!」
頭を掻いた指が、シドの鼻先に戻ってきて、ちっちっ、と振られた。
「つまり、心配しても心配しなくても結果はほぼ同じ! 必要なのは用心であって心配じゃないですよ!
心配なんて、するだけ損、損♪」
なんだこれは、とヨハネスは思った。
(思いっきり割りきってるではないか……!)
きっと奥さんなら、こう応えるに違いない…… 『あなたが人の気持ちを分からない方ということは、もう存じておりますわ』
しかし、シドの反応は違った。
「確かにそうですね」 と言ったきり、考え込んでしまったのだ。
「…………」 「…………」 「…………」
気まずい沈黙をカバーしようと、ジグムントがヨハネスに話しかける。
「もしかして奥様、ペーパークラフトが得意だったりされます?」
「ええ……確かそんなのが、趣味のようですね……」
「ああやっぱり!」
嬉しそうなムキマッチョ。
「シー先…… いや、リジーさんが、この前嬉しそうに話していたんですよ。近々、お友達の家に泊まるって」
「え……?」 シドが、顔を上げた。
「……ジグムントさんには話してたんですか?」
「には、って!」 またしてもバシバシと、シドの肩が叩かれる。
「当然、シドさんも聞いていたでしょう? 仲良いですもんね! 羨ましいくらい!」
「……いえ……」 シドは再び黙りこくった後、真剣な顔で呟いた。
「……やはり……筋肉の差でしょうか……」
「…………」 「…………」 「…………」
よくは分からないが、それは絶対違う気がする…… と思う、ヨハネスである。
再び沈黙が3人の間を支配した後、ジグムントはゆっくりと尋ねた。
「もしかして……ずっと、そんなことを……?」
「はい…… だって、彼女が俺よりも貴方に懐く理由なんて、筋肉以外にないでしょう」
真面目な表情で繰り出される失礼な台詞にも、ニコヤカにうなずくジグムント。
「まぁ、そうかもしれませんね!」
「…………」
そのスルースキルを分けてほしい、と切実に考えるヨハネス。
きっとそれだけで、奥さんとの、なんとも形容しがたい微妙なすれ違いは、ぐっと減るに違いない。
「けれどですね……」 ジグムントの口調は、明るさを失わないままだ。
「リジーさんが正直でなくなったとしたら、何か理由があるはずでしょう?」
「それは……」 うなだれる、シド。
「俺が口うるさいからだとは思うのですが……大事な時期ではあるし、少しくらいは」
言いかけた唇を、しっ、と片手で制するムキマッチョ。
「それは、リジーさんを信用してないということですか?」
「それとこれとは別問題です」
「心配なのは分かりますが、リジーさんは赤ちゃんではありません。
それに、誰よりもきちんと、お腹のお子さんのことも考えられる人だと思いますよ。あの原稿への執念を見ても!」
「あれは原稿だけです。日頃は、とてもそうは……」 言いかけて、シドがハタ、と口をつぐむ。
どうやら、何か気づいたらしい。
またしてもしばらく黙り込んだ後、「もう少し考えてみます」 と立ち上がった。
「そうそう、それがいいですよー」
のんびりとうなずくジグムントに 「では」 と挨拶しかけて、ふと思い付いたように、シドが尋ねた。
「……もし、サラさんが妊娠されたら、ジグムントさんなら、どうされますか?」
「そうですねぇ……」 ムキマッチョの瞳が、急にとろん、と蕩ける。
「……サラが安心して赤ちゃんと過ごせるように、いつもガードしてあげたいなぁ…… お手伝いを雇って、家事も絶対させないようにして、のんびり…… ああでも、サラは嫌がるかも……」
ひとしきりブツブツと妄想を繰り広げた後、彼はニッコリと白い歯を光らせたのだった。
「どっちにしろ、サラが幸せなのが一番ですよね!」
読んでくださり、ありがとうございます!
ヨハネスさんにバシッとシドさんを説得してもらう予定が…… 流れ流れてフニャフニャに……
やはり蒸し風呂は入りすぎると危険ですね(微笑)
でーはー!
ストレスたまりやすいご時世ですので、できるだけ発散させていきましょう!!
踊るとか歌うとかもイイですよね。
実は書くのもいいんですよ!一説によるとコーヒー飲む○倍のリラックス効果があるそうです。
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