152.公衆浴場に隠される、公然の秘密! 変態悪女も取材不可能な花園、なのです!?
今回は、ダーナちゃんの夫こと蒸気機関さまこと、ヨハネスさん目線です。
「シドさん……その姿は……」
ルーナ王国イチとの呼び名も高い科学者ことヨハネス・ヴァット男爵は、薄い顔立ちの連れを見て、ゴクリと息を呑んだ。
「ダメですよ…… きっと濡れてしまったら、よりイヤらしくなってしまいます……」
連れこと、妻の友人の夫こと、シド=アーロン・クローディス。
彼は上半身をピッタリとした薄手のシャツに身を包み、その上からさらに短いキトン (亜麻布1枚で作られた昔ながらの簡易着) を重ね、タイツでガードしている、という実に奇妙なスタイルをしていた。
公衆浴場なのに。
確かに併設されている屋内運動場や図書室では、寛ぎやすい簡易着やガウンを着る。
が、シドの場合は明らかに着込み過ぎである。
今、彼らがいるのは、ガチで 『蒸し風呂』 なのに。
――― きっと、入って5分後には、シャツもタイツも、蒸気で湿り汗でしとどに濡れてきて、細身な見た目の割にはしっかりと鍛えられていそうな筋肉を透かすことだろう。
それが……どれだけ、この浴場にもゴマンといるであろうその筋愛好家たちの、剥ぎ取りたい欲望を掻き立てることか。
もともとはタダのカタブツであったヨハネスも、結婚のしばらく後よりここ数年、 『"月刊ムーサ" による夜の探究』 を進めているうちに、その辺のことは素早く分かるようになった。
――― つまり、これは、客人の意図とは逆の結果を招くだけだ、ということが。
「脱いでください」 きっぱりと言い切る、ヨハネス。
「そっちの方がよほどマシです」
しかし、対するシドは頑固であった。
「ご心配なく。1分半で出ますから」
「…………」
沈黙の中に込められた 『何のために公衆浴場にきたのか?』 という疑問を察したシドが、ボソボソと説明する。
「ほら……ご婦人方からものすごく 『邪魔だから出ていけ』 という空気を感じたでしょう?」
「え……?」
全然、わからなかった。
しかしシドは 「アレはつまりそういうことなんですよ」 と主張し、そのまま浴場に脚を踏み入れ……
たところで、止められた。
「あー、お兄さん、ここ着衣禁止! 前にそれで具合悪くなっちゃった人がいてねぇ」
グイグイとシドを押し戻すのは、浴場の従業員である。
「あれ、お兄さん、見た目よりずっとイイ筋肉してるね? どう? 安くしとくよ?」
……公衆浴場の従業員がしばしば行いがちな、非合法の楽しみ兼小遣い稼ぎである。
「そういう行為も風紀を乱すから、禁止だったはずでしょう」
「固いこと言いっこ無しだよ、もー。ちなみに兄さんはどっちが好みだい? 俺は両方イケるよ! 兄さんならタダでもいいなぁ!」
「訴えますよ」
連れのコメカミに分かりやすく青筋が立つ。
人の感情に疎いヨハネスも、さすがにこれには慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
2人を押し止めたものの、どうやって場を収めればいいのかは、わからない。
……もともとヨハネスに、そんな能力は皆無なのである。
そして、シドと違い、さほど筋肉質でもなく、明らかにお腹のあたりがブヨブヨとしたヨハネスが間に入っても。
「なに? アンタ関係ないでしょ?」
……確実に、従業員からはナメられている。
けれども、なんとかしなければならない。
なんとかしなければ、自分の奥さんことダーナの友人にも…… ひいては、可愛い自分の奥さんにも申し訳が立たないではないか。
「か、彼は……!」 ヨハネスは必死で叫んだ。
「彼は、私のパートナーです……!」
……その声は、そこそこの広さの浴室中に、しっかりと反響したのだった……。
かくして、まだまだ5月は14日の夕方。
仕切り直して、ギリギリ許可されている薄手のキトン1枚の姿で蒸し風呂の隅に並んで座る、シドとヨハネス。
爽やかなミントの香りの蒸気が、心地よく2人を包み、布を肌に貼り付かせる。
「こういう考え方が少数派だというのは分かっていますが……」 シドが、ボソボソと自己主張した。
「パートナーと性別が違えばもう1人OK、というのは、やはり誠実でないと思います」
ルーナ王国は基本、一夫一婦制である。しかし、習慣的には男女両方のパートナーを持っても良いことになっており、その場合には 『浮気』 や 『二股』 にはカウントされないのが通例なのだ。
異性どうしで結婚していたとしても、同性の愛人がいたりするのは割かし普通であり…… 従って、シドの主張に、ヨハネスは。
「はぁ……まぁ……そうでしょうねぇ……」
曖昧にうなずくしか、ない。
(シドさんには申し訳ないが……)
ヨハネスは、奥さん1人で既に手一杯である上にモテたことが今までないため、シドのような悩みとは無縁であった。
いきなり訴えられても、返答に困るのだ。
「おひとりですか?」 なかなかに貫禄のある中年男性がひとり、シドの薄めの美貌または筋肉に引っ掛かった。
「…………」 声をかけられ、ぷい、とあからさまにそっぽを向くシドの膝に軽く手を置き、「私の連れです」 と答えるヨハネス。
目的はもちろん、奥さんの友人の旦那が、客人として不快な思いをしないように、という心遣いである。
しかし正直、もしこれが知り合いに見られて噂がたってしまったら…… 自分はともかく、 『妻以外は目に入らない』 旨主張してやまないこの客人の嫌悪感たるや、いかばかりか。
……趣味でない者からのナンパに耐えるのと、自分のようなイケていない男との噂が立つのでは、どちらがより、不愉快だろう。
(……熱効率の計算の500倍は難しい難問だ!)
と、ヨハネスが密かに悩んでいると。
「あれあれあれ、シドさん!?」
明るく声を掛けてきたのは、全裸のムキマッチョである。
どうやら今度は、知り合いであるらしい。目が悪いのか、やたらとこちらに顔を近づけてくる。
(こ、これはヤバいのでは……)
十分に焦る間もなく。
ムキマッチョは、ひときわよく響く声でカラカラと笑いつつ、シドの背をバシバシと親しげに叩いたのだった。
「シー先生ひと筋なのかと思ってましたよー! まさか愛人持ちとは、隅に置けませんねー!」
©️砂臥 環さま
えーと…… ちゃんと説明できてるでしょうか……。
実は、ルーナ王国とその近辺の国あたりの文化は、同性愛も割かしスタンダードなのです。
公衆浴場でのナンパやらほにゃらーは、本文にもある通り、『風紀が乱れる』 として法律では禁止されておりますが…… はい。
まぁ…… シドさんはこういう所にいくと、よく話し掛けられてしまう (ので滅多に行かない) のです。
では……!
コのつくやつで相変わらず大変ですが、
なるべく楽しく! ストレスためず!
がんばりましょー!
感想・ブクマ・応援どうもありがとうございます!
※ 2020/5/10 砂臥 環さまよりFAいただきました!
どうもありがとうございます!




