146.ワガママになるのは、妊婦のスタンダードです!?さぁ、張り切って、変態悪女しちゃいましょう!
さて、かくして4月は7日の昼下がり。
「……憐れなる下僕がこぼしし稀なる薬よ、再び銀のポットに元通り帰らんことを!」
私ことエリザベート・クローディスの詠唱に従って、スルスルとポットに戻っていくローズヒップティー。
そう、只今、割かし久々に書字魔法の使用中…… すなわち、覆水を盆に返しているところです。
他愛ないように見えながら、その実。
(重力に逆らっておりますのよ!)
妙な満足感があるのです……っ!
「普通に拭けばいいじゃないですか」
ボソボソとツッコミを入れてこられるのは、愛しの旦那さまことシドさん。
『生涯に一度の失敗』 レベルの暗いお顔です。
(確かに、従者になって十数年で、初めての失敗ではありますけどね!)
「だってモッタイナイでしょう?」
「……まさか飲まれるおつもりですか!」
「心配なさらなくても、大丈夫よ」
なにしろ、『元通りに』 と指示しましたのですから。
……衛生上なんの問題も無いはず、なのですよ。
しかし。
「イケません」 首を横に振るシド、とっても真剣な口調です。
「万一、腹でも下して、ついでに赤ちゃん流れてしまったら……!」
「…………」 ふうううう。
ついついタメイキ出ちゃいますよ、もうっ!
そうなのです。
これが、ルーナ王国人の常識。
腹下しはもちろん、ムラムラ解消のためのイケないことやイイことも全て、『流産の可能性がある』 として、禁止されているのです。
「あうううう…… 満3ヵ月にして、すでにツラいわ……」
書字魔法用、クローディスの家紋入り特殊紙にぽつり、と涙が落ちました。
「お茶イッパイさえ、自由にならないだなんて」
「淹れなおしますから」
「そんな問題では、ございませんのよ」
……問題は、妊娠中の身となったリジーちゃんには最早、何の自由も無い、ということなのです……っ!
「愛しの旦那さまにムラムラする権利はおろか、お腹を下す自由さえ奪われてしまうなんて……」
「大変、残念ですね」
シドが手際良く、乾燥させたローズヒップと蜂蜜を新しいポットに入れ、お湯を注ぎます。
「腹下しがムラムラより重要事項だとは存じ上げませんでしたが」
「だってそちらの方がより、嫌われているでしょう?」
嫌われ者を贔屓するのは悪女の常識。
それに。
ムラムラの方は、良い解決法を思い付いちゃいましたからねっ!
つまり、すなわち、これぞ。
「こ れ ぞ …… !」 書字魔法の文言を書き付けた紙の束を、ぼふっ、とシドに渡します。
「快適妊娠生活のための素敵な戦略……っ!」
「ボツです」
「まだ全然見てないでしょうっ!」
「少なくとも1枚目はボツです」
「あら、赤ちゃんが一瞬で手のかからない時期まで成長して出てきたら、ラクでしょう?」
いい案だと思ったんですけどねぇ?
コテン、と首をかしげるリジーちゃんを無視して、次々と書字魔法用特殊紙にバツをしていくシドさん。
「少しは読んでから考えてくださいませんこと?」
「きちんと読んでます」
「なのに、全部バツですの? どうして?」
「ロクなのが無いからに決まっているでしょう」
ええええ? そんなはず、無いのですけど、ねぇ?
『旦那さまがルーナ王国の常識も自制心も乗り越えて……♡』
ですとか。
『夫婦間でにゃんにゃんする度に安産確率が上がる』
など。
良いアイデアが目白押し、なハズですのに……!
「せめて 『シドさんの自制心が限界にきて、ジグムントさんに言い寄る』 のは置いておいてくださいませね?」
可愛らしく上目遣いでお願いです!
「浮気もジグムントさん相手なら許しますから♡」
「では、こちらの 『ジグムントさん兄弟がついに両想いに……!』 の方は遠慮なくバツということで」
「……おおぅ……」
いきなりジグムントさん兄を排除にかかるとは。
シドったら、はやソノ気満々ではないですか!
「いいわね!」
早速、女性向け雑誌 "月刊セレナ" の新連載 "美しき鉱物博士と社長兄弟の交遊録" に取り入れちゃいましょう……っ!
――― "月刊セレナ" 4月号では折しも、美貌の鉱物博士・ヴォルフが鉱山開発会社の副社長・オットーに淡い恋心を抱いたばかり、なのです。
帰宅して 「そ、そんな! 一瞬だけど、石ころよりも彼の方が…… ごめんよ、僕の石ころたちぃぃっ! もう二度と浮気はしないから!」 と、物言わぬコレクションたちに謝り倒すシーンで終わり。 ―――
…… あれ?
兄社長 (名前はオド) を排除する展開、使えるかと思いましたが、ちょっと急すぎますね!
では、取りあえずは ……
メモメモ、なのです!
と、そんなリジーちゃんの手を、ガッシと押さえてくる、シドさんのお手々。
「……で。それとムラムラ解決に何の関わりがあるんでしょうかね?」
この、普段より一層ボソボソとした、低い声は。
怒っておられますね!
予 想 通 り …… っ !
そんな時には、こう言って差し上げるのです。
「妊娠中の妻を放って、オトコに走る旦那様を妄想するだけで、ムラムラがイライラに変わると思うの……」
いかがかしら、遠回しな愛情表現の威力はっ!?
ふうー、と息を吐き、シドの淹れてくれたローズヒップティーをひとくち。
あ、美味しい。
シドがなおも、ボソボソと主張します。
「何のために、俺が従者に戻ったと思っておられるんですか」
「お腹の赤ちゃんのためよね」
「それが分かっておられるなら……」
どうして、と言いたそうな形の良い薄い唇に、指を押し当てて黙らせます。
「わたくしのためじゃ、ないのよ」
ふっ。悪女、決まりましたね!
――― そう、今。
何がいちばんモヤモヤするかといえば、それは、周囲の人から急に 『お母さん』 扱いされることなのですよ! ―――
もっとも、それが嬉しい人もいるでしょう。
それに、状況的には、善女なら有難がらないといけないところ、でしょうね。
愛しい旦那さまとの赤ちゃんがお腹の中にいて、ツワリにも慣れて、順風満帆。
何の不満があるんだよコンチクショーという、恵まれない方々の声が聞こえてきそうです。
もちろん、リジーちゃんだって、シドさんとの赤ちゃんはとても大切と、思っていますとも。
けれど、でも…… シドさんだけには。
(わたくしのことを、一番に大事にしてほしいのにぃぃっ!)
赤ちゃんのことはいいんですよ!
だって、リジーちゃんが責任をもって大事にしますからね。
ムラムラだって、イケないというならば、書字魔法を使ってでも消し去ってあげますとも……っ!
けど、けど、けど。
赤ちゃんのために早く寝なさいとか、コーヒーとチョコレートは禁止です、とか、事細かく旦那さまが管理してくるのは何かが違うぅぅぅっ!
そんな、リジーちゃんの内心などキレイさっぱり無視して。
「赤ちゃんのためが、アルデローサ様のためでもあるでしょう?」
とっても不思議そうなお顔で主張するシドさん。
逆ですよ、逆っ!
(わたくしのためが赤ちゃんのため、と心得てほしいものですわ!)
――― でも、リジーちゃんにはわかっています。
今のシドには、どう説明しても真顔でルーナ王国の常識を返され、「俺の子でもあるんですから」 と主張されるだけ、ということが。 ―――
相手の反応が予測つけられるようになると、自己主張するのも面倒なのですよ、ねぇ。
……こうして夫婦は枯れていくのか、などとシミジミ感じ入りつつ。
「せめて、わたくしのために、"鉱物学者と社長兄弟" のネタくらいには、おなり」
久々に威厳をただし、お嬢様らしく、ビシっと命令してみるリジーちゃん、なのでした。
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早く終息してほしいものですね。
お風邪・体調不良等もお気をつけてくださいませー。




